第13話 涙の答え
交際前、ユキから母親の話はほとんど聞いたことがなかった。ループして「離婚した」とようやく聞けたくらいだったから。
同棲の挨拶の日も、
「お母……さん、仕事だから」
そう言ったユキの声を深く考えなかった。
その奥に潜んでいた“何か”に、気づかないまま。
コーヒーを注文し、3人の間に沈黙が落ちた。
先に口を開いたのはユキの母だった。
「ユキ……あんなに大きくなったのね」
その表情は、葬儀の日に見た雑な化粧の女とは別人だった。
まるで泣くのを我慢しているみたいな弱々しさを感じる。
「……あの、よければ……」
俺がスマホを取り出して見せると、
母はぎゅっと唇を噛みしめ、画面に指を添えた。
「写真……他にもあったら見たいの」
それはこらえたような震える声。
言われるままに、アルバムをスライドする。
春の陽だまりのように笑うユキ。
恥ずかしそうに照れるユキ。
俺の服をつまんで引っ張るユキ。
どれも、俺が当たり前のようにそばで見てきた光景だ。
でも、ユキのお母さんは
写真を見た瞬間、呼吸を止めた。
「……こんな……」
涙が、スマホの画面にひとつ落ちた。
「あの子……こんなふうに……笑うのね……」
声が震え、涙が次々とこぼれていく。
その姿に、胸がかきむしられるように痛んだ。
(……こんな表情するのか?ユキのお母さん。
ユキのお父さんの話と全然違う……)
俺の頭は、混乱しはじめていた。
ユキのお父さんの言う“ろくでもない母親”という像と、今目の前で泣いている女性が、どうしても一致しない。
派手なメイクも、明るい服も、
全部弱さを隠すための鎧にしか見えなかった。
しばらくして、彼女は目を伏せ、小さく呟く。
「……ごめんなさいね。
こんな……初対面の相手の前で……」
「いえ……」
返す言葉が見つからない。
涙で濡れた指先で画面をなぞりながら、母は続けた。
「あの子のこんな顔、もう……見られないと思っていたの」
その一言が、喫茶店の空気を一瞬で変えた。
胸の奥がざわりと波打つ。
(……違う。
俺が思っていた構図は、たぶん……間違ってる)
ユキ父のあの母親に対する厳しい言葉。
ユキの曇った笑顔。
レオナの怒ったような沈黙。
全部が繋がる“手前”まで来ている感覚。
だけど、あとひとつだけ足りない。
その“決定的なピース”に触れるのが怖い。
そんな中、ユキ母がまっすぐ俺を見た。
「ねぇ、コウくん……
あなた、ユキがあの家でどう育ったか……本当に知らないの?」
俺は喉がひりついた。
レオナが俺の足元で、息を呑むように固まった。
「知らない……教えてください」
そう言った瞬間、母は静かに微笑んだ。
悲しみを滲ませた、壊れそうな笑顔だった。
「話すわ……全部」
その言葉で、
俺の“勘違いしていた物語”は音を立てて崩れ始めた。




