別れと出会い
私達はその日、父親に捨てられた。
お日様がゆっくりと沈んだ夕暮れ、昼間の余韻で蒸し暑かったあの夜、思い返せば大分酷い格好だったと思う。買い替えてもらっていないボロボロの服もあまり食べていないやせ細った身体。お兄ちゃんは私に服を縫ったり、食べ物をくれたりしたから、お兄ちゃんよりは酷くなかった。私たちは放置された訳でも、殴られていた訳でもなかった。ただ、お金がかからないように育てられてただけだ。学校に行かず、食べ物も毎日パン1つ。母親が居なかったから、きっと育てるのが面倒だったんだと思う。2人も居たら手間もお金もかかるから、全て最小限だったんだろう。死なないようにしていた、ただそれだけだった。父親はお兄ちゃんが10歳くらいになった頃、私たちをカーパータ孤児院に預けた。妙に綺麗な孤児院で、私はそんな所へ行ったことがなくて、とても怖かったのを覚えている。孤児院で何年か過ごして、ここはこの国、異世界共存国の偉い人が運営しているのだと知った。他の孤児院より裕福で、お金もある。私達をここに預けたのは最後の愛だったんだろう。兄はそう言っていた。私はそれを素直に信じることが出来なかった。
変わらない日常なんて私は存在しないと思う。日常というものは人々の行動一つ一つが入り混じってできるものだから。天使様だと見間違う程綺麗な聖女様がここに来たのも、きっと聖女様にとっての日常なのだと思う。
「こんにちは」
何かを探すように共用スペースを見渡した後、聖女様は真っ先に勉強をしていた私達のところへ来た。近くで見ると更にきれいな人で、挨拶を返すのを忘れて見入ってしまった。
「ルーチェもリヒトも挨拶をなさい!」
院長先生に怒られて咄嗟にこんにちはと返す。いつも礼儀を大切にしていたお兄ちゃんも挨拶をしていないとは思わなかった。まだお兄ちゃんは聖女様をじっと見つめながら挨拶をしない。私より大きい右手は私と聖女様の間にある。
「…お兄ちゃん?」
心配になり声を掛けるがお兄ちゃんは反応しない。また叱ろうとした院長先生を聖女様が制止し、お兄ちゃんを見て微笑んだ。
「警戒心が強い良い子ですね。しかも自身より他者を優先している。その可愛い子は妹ですか?」
「…そうです」
お兄ちゃんは聖女様の質問に一言しか返さなかったが、聖女様はお兄ちゃんを気に入ったようだった。聖女様はお兄ちゃんの耳元に何かを囁き、再び微笑んでから院長先生と共に奥の部屋へ入っていった。