9.魔法省研究局第一……結局占い師、名付けられる
「貴女の名付けは、ジャネライラー研究員か同じ班の班長にお願いするのが良いんじゃないかと思いましたがどうでしょうか」
「よくわからないのでおまかせします」
話をすればするほど詳しい解説をされて、ラジュカの脳はオーバーヒート直前であった。先程も良く考えずにサインをして騙されたばかりなのに全く学習していない。ちょっぴり片言気味なのも思考放棄しているからだ。
「では名付けに関して貴女の上司にあたる人物へ打診のメッセージを入れておきます。それからこちらが入寮の手続きの書類です。単身者向けの部屋のリストはこちらです。現在の家の引き払い手続きもしなければなりませんし……後は」
「あれるばーたさんにおまかせします」
「なあ、こいつ、頭から煙でも出そうだけど?もうとっくに十二時過ぎてるし、休憩がてら昼飯でも食べてきたら?それから、僕は午後から他の仕事があるからもう抜けるよ」
「ああ、すいません。ではステフィノス殿はこれで。また何かありましたらよろしくお願いします。では、食堂に……はグレンディン殿がいるかもしれないので今日はここで食べましょうか」
ラジュカが頷くだけの機械になっていた間に気が付けばお昼を過ぎていたらしい。ステフィノスは猫のようにするりと部屋を出て行ったので残されたのはアレルバータとナディルーン、ラジュカの三人になる。アレルバータは朗らかに笑ってお昼ご飯の注文の仕方を教えてくれる。空中ディスプレイをそれぞれの目の前に呼び出し、メニュー表を出してくれる。ちなみに食事は三食すべて福利厚生の一部らしくお金は掛からないそうだ。メニュー名をタップするとホログラム表示で立体映像を見たり、使用食材についての注釈が見れたりする。ハイテク過ぎてついていけるか心配になってきたラジュカであった。
アレルバータが気さくに話しかけてくれたおかげで、比較的和やかに昼食を終えたラジュカはこの後にしなければならない手続きを思って憂鬱な気持ちになってきた。
「今から貴女の所属する第八班の班長、ニアラローズさんが名付けに来てくれるそうです。名付けは専用の防音室があるのでそちらに移動しましょう。名付けの間にできる手続きは代わりに行っておきますね」
「何から何までありがとうございます……」
面倒見の良いアレルバータはこの後の手続きを手伝ってくれるようだ。正直ほぼ無言で背後に居るナディルーンが怖いが、一人で全てをこなして明日から仕事に来るなんて絶対に無理なので甘えさせてもらおう。彼女たちとは所属が違うので今後関わる機会も少ないだろう。
アレルバータが案内してくれた防音室は神殿風の広い部屋だった。最奥には初代元首と導きの女神の像が飾られている。共和国民なら誰でも知っている建国神話の一場面だ。その神々しさに思わず見惚れていると肩をポンと叩かれた。ハッとして振り返るとそこには白衣を身に纏った小柄な女性が居た。
「君が新人ちゃんかな~?私、第八班の班長のニアラローズです。よろしくね~」
「よろしくおねがいします」
今から来るのは上司になる班長と聞いていたので、アレルバータのような仕事ができる人を想像していたラジュカは驚いた。柔らかなピンクベージュ色の髪は柔く波打っていて背の半ばまであるだろうか。小さな顔にバランスよく収まった淡いピンク色の瞳はぱっちりとしたたれ目で、おっとりとした印象を受ける。全ての配置が神がかったセンスで配置された美少女がそこに立っていたのだ。このような人物だとは全く想像していなかったラジュカは一瞬フリーズした。返事を返せたのが最早奇跡と言っていいだろう。動揺したままアレルバータ達の方を振り返ったラジュカだったが、既に二人の姿はなく、超絶美少女と二人きりであるという事実だけがそこにはあった。
「じゃあ~そこのお部屋にいこっか」
「ひゃい」
「聞いたかもしれないけど、ここのお部屋は完全防音室だから安心してね~」
ニアラローズが首から下げたカードを小部屋の入口の認証機に翳すとスッとドアが開いた。小さくラジュカを手招きしている姿もあまりに美少女過ぎて、同じ部屋に入ったら捕まるんじゃないかとラジュカは馬鹿なことを考えていた。小部屋の中は小さなテーブルとイス、それから建国神話の絵画が飾られている以外は特筆すべきことのない部屋だった。三人も入ったらちょっと手狭に感じるくらいの広さだ。
「それじゃあ~私、ニアラローズが名付けの親となりますがよろしいでしょうか~?」
「は、はい」
「アレルバータちゃんから説明があったと思いますが~名付けられた側と名付けた側には特別な繋がりが生まれます。ジャネライラーくんも、ちゃ~んとその辺考えてくれて、先に連絡くれたら良かったのに~、他の局の子から連絡が来たからびっくりしちゃったよ~。あ、君の魔力検査データは見させてもらったから、相性が問題ないのは確認してあるからね~」
ニアラローズはおっとりとした話口調で意外とおしゃべりらしくニコニコと話を続ける。ラジュカはニアラローズの美少女ぶりに緊張していてニアラローズの顔を直視できないでいた。
「手順としては~色々あるんだけど、今回は私が考えて付けてあげるからね。まずは~私が名前を聞くからフルネームで教えてください。そのあと私がこれにします~って名前を言うので、はいってお返事してくれたらそれで終わりだよ~」
「わかりましちゃ」
「では、はじめますよ~ごほんっ、『新たなる魔法使いに名を授けよう。汝の真名はなんぞや?』」
「ラ、ラジュカ。ラジュカ・ドーデ・ファニマスです」
「『隠蔽の神よ、ラジュカ・ドーデ・ファニマスの名を隠してくれ給え。導きの女神よ、新たなる魔法使いに名を授け給え……』」
不思議な事に、ラジュカが名乗った直後、名前の綴りがどこからか現れ、ふよふよと宙に浮かんでいる。ニアラローズは真剣な表情で宙に浮いているラジュカの名前を見つめている。
「『……汝に新たなる名を授けよう。ラシェールカと名乗るがよい』」
「はい」
「『汝に幸福な導きあらんことを』……じゃあ、これで名付けの儀式はおしまい!おつかれさま~」
「え、あ、これで終わりなんですね」
厳かな雰囲気はあったが、思いの外すぐ終わった名付けに拍子抜けしてしまう。宙に浮いていた名前の綴りも今は跡形もなく、幻覚でも見えていたのかもしれない。
「そう、これで真名は隠れたから大事にするんだよ~。……ほら、管理カード見てみて~」
「名前が、変わってる……」
先ほどジャネライラーに渡された薄紫色のカードに記載されていた”ラジュカ・ドーデ・ファニマス”の文字は”ラシェールカ”に変わっている。あまりにも不思議な現象なのでカードをひっくり返したり、光に翳したりしてみるが、金の文字がこれ以上変化することはなかった。
「隠蔽の神のお力で真名が隠れたから、魔法省のデータはぜ~んぶ名付け後のものになるんだよ~。今後は意図的に真名を書かない限りは隠されたままになるからね」
「はぇ~そうなんですね……不思議……」
「さぁて、そろそろ外にでよっか~。手続きはアレルバータちゃんがやっといてくれるって話だし、今の間に八班の研究室の場所に案内するね~」
こっちこっちと手招きをするニアラローズにふらふらとついて行くラジュカ改めラシェールカ。手の中の小さなカードがキラキラと輝いて見えた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
次話は9/30 18:30の予定です。