5.占い師、縁がある。
予約投稿をうっかり忘れておりました。
大遅刻投稿です。
「アレルバータさん、率直に申し上げると”塔”でお仕事ができたらとても素晴らしいと思うんです。――でも、考えてみてください。研究準助手でしたっけ?それに私がなったとして、業務内容は魔力特性を利用した未来視ですよね?そして、魔法使いの方たちは魔力形質が独特な方が多くて相性の良い人が少ないと聞いたことがあります。私と相性が良いと感じた人がグレンディンさんみたいな過激なストーカーにならない保証はあるのでしょうか。今まで通りの生活だったら、人との接触を控えて、万が一の時は引っ越しをして、それで問題なく生活できるじゃないですか。……私には、”塔”に就職する方がリスクが大きく感じます」
静かにこちらを見つめるアレルバータの青い瞳が真っ直ぐすぎて、ラジュカの視線は自然と下がっていってしまう。アレルバータの事は良い人だと思う。姉御肌で頼りになるタイプだ。でも、だからこそ自分自身の弱いところに軽々と踏み込んできてしまうような感覚もあって、怖い。
「……つまり、ストーカー被害などの影響がなければ就職したいということで良いのかな?」
「ええ、まぁ、そうですね。本当にそんな心配がないのなら喜んで就職しますよ」
「なるほど。ありがとうございます。では、本日は以上で事情聴取を終了させていただきます。もう暗くなってきていますのでご自宅付近までお送りしましょう」
「ありがとうございます。お願いします」
にっこりと笑顔を浮かべたアレルバータに案内され、”塔”に来た時と同じく魔導バイクのサイドカーに乗り込む。自宅の最寄り駅のロ―タリーに降ろしてもらい、想像以上にあっさりと解放された事に拍子抜けしたラジュカはしばらくその場で放心してしまった。徐々に帰宅ラッシュの人々が増えてきたことによるざわめきに、はっとなって慌てて自宅へ足を向ける。
自宅に帰ってからも”塔”に行ったことは夢だったのではないかと時々頬を抓っては、痛みで現実と再確認する。ぼんやりした思考のまま何も手につかないので、ラジュカは大人しく睡眠を取ることにした。溜まったままの家事は、きっと明日の自分が何とかしてくれる筈だ。
「――今日の天気は曇りのち雨。昼過ぎからは急激に天気が崩れるようなので傘をお忘れなくお出かけください!魔力場の発生もあり、天気が非常に不安定になりやすい一日です。続いて、本日のニュースをお伝えします――」
いつものルーチンでテレビを付け、天気予報をぼんやり眺めながら朝食のトーストをかじる。一晩経ってラジュカの荒ぶる気持ちは大分落ち着いている。だが、引っ越しは急務だろう。ラジュカはスマホを取り出して地図を開く。新しい仕事に新しい住む場所、引っ越し屋の手配もしなければいけない。まずは引っ越し先の地域を決めて、不動産屋にアポを取らなければならない。
「今の仕事気に入ってたんだけどなぁ……」
ため息を一つついて地図とにらめっこしていたらあっという間に時間が過ぎていたようで、気が付いた時には昼食の時間は過ぎてしまっていた。今から昼食を用意する気力も無いので近くのコンビニか、もしくは少し足を伸ばしてパン屋さんに向かおうかなどと考えながら外出の準備をする。といっても横着して着替えていなかったパジャマから着替えるだけだが。
「うわ、雨降りそう」
玄関を開けると、今にでも降り出してしまいそうなどんよりとした曇り空が広がっている。玄関に置いていたビニール傘を掴んで、家から近いコンビニを目的地とする。しかし、そう経たないうちに曇り空からぽつぽつと雨粒が落ちてきて、コンビニが見えてきた頃にはざあざあと大きな音を立てて雨が降ってきた。まだ降り出したばかりだが地面はすっかり濡れていて、水たまりのせいで靴だけでなくズボンの裾もびしょ濡れだ。外出したことを後悔するほかないが、もうコンビニは目と鼻の先だ。走って店内に入ってしまおうと思い、一歩踏み出した所で後ろから急に手を掴まれた。
「見つけた!」
「え!?は、離して!」
乱暴にラジュカの手を掴んだのは、明るい茶髪の背の高い男性だった。どこか見覚えがあるような顔だが、どこの誰なのかすぐには思い出せなかった。ラジュカは、掴まれていない方の手に握った傘を乱暴に振り回して男の手から逃れ、一目散にコンビニの中に駆け込んだ。
「……らっしゃーせ~」
「ち、治専に連絡を!不審者に腕を掴まれました!」
「はい?」
やる気のなさそうな店員に、治専――治安維持専門の魔法使い部隊への連絡を頼む。コンビニの出入り口を振り返るとさっきの男が追いかけてきている。ラジュカは店員の返事も待たず、トイレに駆け込みガチャリと鍵を掛ける。鍵を掛けたのとほぼ同時に、ドンドンと叩かれる扉と取り乱した男の声、店員の制止する声など、店内はにわかに騒がしくなる。やる気のなさそうな店員が連絡していてくれたとも限らないので、ラジュカは震える手を抑えながらスマホで治専へ助けを求める。
「こちら国家治安維持のための総合窓口です。ただちに現場に魔法使いが参ります。まずは深呼吸を一つしてください。……では、状況をお伺いさせてください」
「コ、コンビニに向かっていたら見知らぬ男に腕を掴まれて、それでコンビニに入ったんですが追いかけてきて、今はトイレに居ます」
「わかりました、今は一人ですか?」
「ひ、ひとり、です。外でもめている声が聞こえます。店員さんだと思います」
トイレという密室の中に居ると、外の様子が分からなくて不安が募る。よく考えると逃げ場も無いが、走って逃げ切れる自信も無いのでそれは考えない事にする。落ち着いて状況を説明できただろうか。ぐるぐると思考が巡る。
「大丈夫です。落ち着いて下さいね。相手の男性の容姿はわかりますか?」
「明るい茶髪に、背が高くて…多分二十代位だと思います」
「相手の男性に心当たりはありますか?」
「無くもない、です。突然だったので顔はちゃんと見てなくて……。でも、過去にストーカー被害に遭ったことがあるのでその内の誰かかなと思うんですけど……。ハッキリはわからなくて」
「そうなんですね、他に分かることはありますか?例えば何か持っていたとか」
途切れないように会話を続けてくれるオペレーターの声に、ラジュカは徐々に落ち着きを取り戻していった。いくつか問答を繰り返していると、気が付けば治安維持専門部隊の鳴らす緊急移動サイレンが聞こえてきた。
「サイレン、聞こえてきました」
「もうすぐ到着しますね。危険が無くなるまで電話を繋いでいますから安心してください」
「ありがとうございます」
大きくなったサイレンの音に安心するのは被害者だけだろう。トイレの外の騒動も気が付けば静かになっていた。
トントンと静かなノックの音が響く。
「失礼します。通報を受けて参りました、治安維持専門の魔法使い部隊所属、ステフィノス隊員です。オペレーターに確認を取り、問題がなければドアを開けて下さいますか?」
聞こえてきたのはつい昨日聞いた覚えのある名前だった。そのままオペレーターに伝えると問題ないとの返答。オペレーターとの確認が取れてしまったのでおずおずとドアを開けると、そこに居たのは予想通り、昨日難癖をつけてきた男が居た。柔らかそうな亜麻色の髪に水色の瞳、制服姿からでも漂う軽薄そうな雰囲気は間違えようがない。
「お前、昨日の……!」
「……チェンジってできます?」
果たして、このストーカー事件(仮)は問題なく解決するのだろうか。ラジュカはさっきまで抱いていたものとは別の不安を抱いた。
拙作をお読み頂きありがとうございます。
次話は、仕事が立て込んでいる為、少し遅れて7/30の予定です。