4.占い師、再会する
「ええと、とても良いお話かと思いますが、それはちょっと……」
一般人が立ち入ることのできない”塔”での就職は非常に魅力的だとラジュカは思う。魔法使いしか働けない”塔”で働ける時点でとても名誉なことだし、給与も今の生活とは比べ物にならないほどもらえるだろう。
だが、考えてみてほしい。ラジュカの魔力特性を生かすとなると頻繁に身体接触が生じることになるだろう。それはいい、占い師として活動していた時も見知らぬ人との身体接触はしなければならない事だからだ。
問題は、未来視をする必要性がある人物がおそらく魔法使いがほとんどで、魔法使いの多くは独自の魔力形質を持つため、相性が良い人物が限られてくるらしいと聞いたことがある。――つまりストーカー化のハードルが低いのだ。
今まではうっかり接触した人物がストーカーにならないように慎重に露出や接触、交流を避けて暮らしていたのだ。定期的に住所も変えて念には念を入れた生活をしているのに、"塔"に就職したら逃げ場が無いに等しい。
「ふむ……君の本名はラジュカ・ドーデ・ファニマスというのだね。ファニマス家というと、歴史書に乗るような魔法使いを多く輩出している名家だな。――ところで、ファニマス家の次男が人探しをしていると聞いたことがあるが……君は知っているかい?彼は確か隣市の”塔”に勤務していた筈だ。一報を入れておいてあげようかね」
研究員の言葉に、だらだらと冷や汗が流れる。
ラジュカは魔法使いを多く輩出している名家の三女だ。両親の仲が良く、また魔法使いの出生を期待して子だくさんの一族でもある。下に弟妹もいるが、兄弟の中で一番可愛がられ蝶よ花よと育てられてきたのはラジュカで間違いないだろう。
現在24歳のラジュカは4年前、学院の高等科卒業時に過去の様々なトラブルから自立の道を選び、根無し草の生活を送っている。家族に反対されるのがわかりきっていたので、成人のタイミングで勝手に自立の道を選んだのだ。――なので家族に連絡をされると非常に困るといった訳だ。
「ジャネライラー研究員、脅しは感心しませんね。個人の生活や事情もあるでしょうに」
「私はただ事実を述べたまでだが?脅そうなどという意図は無い」
眉をひそめたアレルバータがジャネライラーを牽制してくれている。自身からジャネライラー研究員の意識がそれてホッとする。接したのは短時間だが、ジャネライラーの全てを見透かすような、蛇のような鋭い目が苦手かもしれない。
そうこうしているとドンドン!と部屋のドアが乱暴に叩かれた。ラジュカがドアに視線を向けると、同じくドアに視線を向けて、小さく首を傾げたナディルーンが視界に入った。どうやら彼女がドアを確認をしてくれるようだ。乱暴に叩かれていたドアは、これまた乱暴に開けられて招かれざる客が入ってきた。
「ここか!……あぁ、大丈夫だったか?研究員に乱暴などされていないか?」
「えっ」
闖入者の正体は、先ほど占いをしてから挙動不審なチョコレート色の髪に榛色の瞳をしたグレンディンだった。どうやら私が"塔"に向かって移動したのを遅れて認識し、追い掛け、部屋を片っ端から確認していたようだ。接触時間は極僅かだったはずなのに、執念が怖い。
「ふむ、グレンディンくんとは手袋越しの接触だったかね。それでこの反応か……なるほど」
「グレンディン殿、現在検査中ですから退室頂けますか?それに、貴殿は他の事件の捜査中では……?」
「そんなものより彼女が大事に決まっているだろう!ああ、そんなに怯えて……俺が守ってやろう」
何事か納得した様子のジャネライラー、ラジュカを背に庇ってくれたアレルバータ、何故かピリピリとした雰囲気を醸し出すナディルーン、目を白黒させて怯えたマイリーアン、死んだ目をしたラジュカ、急にとち狂った発言をしたグレンディン。さっきまでとは別の意味でピリついた室内は、闖入者グレンディンの存在でますます収拾がつかなくなってきていた。
「グレンディンくん、君、彼女とは今日が初対面じゃなかったかね」
「そうですが何か」
「初対面にしては熱烈な態度じゃないか。彼女のことをどう思っているんだい?」
「彼女とは初対面ですが、俺の家族です。こんなに落ち着くのは家族だけですし、年下だから守ってあげなければいけないんだ」
「怖っ!」
あまりに支離滅裂な発言過ぎて思わず声が出た。もうこの人と関わりたくなさ過ぎるラジュカは、今すぐにでも引っ越しをしようと決意した。チラと周囲の人の顔を伺うと、ジャネライラー以外はうわぁと言いそうな顔をしていた。
「ここですか!グレンディン先輩!」
「ふえた」
ラジュカが固く決意をしているとバタバタとした足音が響いてきた。ややあって扉を乱暴に開けたのは、ふわふわとした柔らかそうな亜麻色の髪を振り乱し、淡い水色の瞳をぎらぎらとさせたステフィノスだった。ラジュカが彼を見たのは短時間だが、先輩ファーストで面倒くさそうだなといった感想しかない。ただでさえ挙動不審なグレンディンの乱入でお腹一杯だというのに、騒がしい人が増えてしまった。胸やけで吐きそうだ。
「さて、諸君。ここではなんだから別室で話を聞かせてくれるかな。結果如何によっては彼女と会う機会も増えるだろう。さあ、グレンディンくんとステフィノスくんは移動してくれ給え。――ああ、マイリーアンくんもだ。君はお茶を持って僕の研究室に頼むよ。また話も聞かせてもらうからそのつもりでいてくれ給え」
「ひゃ、ひゃい!」
手をパンパンと鳴らしたジャネライラーは闖入者二人を手際よく扉に押し込むと、マイリーアンにお茶を頼んで部屋を出ていく。動機が全く分からないが厄介な二人を追い出してくれて非常に助かる。残されたのは大きくため息をついたアレルバータと口を引き結んだナディルーン、やや生気が戻った瞳のラジュカだ。
「はぁ……いや、すまないね。彼――グレンディン隊員があの様な無様を晒すなどと誰も考えていなくてね。……まさか許可も取らず部屋に押し入ってくるとは思いもよらなかったんだ」
「おきになさらず。――昔、ストーカーになった人が部屋で帰宅を待っていた体験と比べたらまだマシかなと思っています」
「それは酷いな……。さて、一応ラジュカさんが魅了の魔法等を使用していないことの証明がされましたので、魔法犯罪者の疑いは晴れた状況ですね。ですが、ラジュカさんの魔力特性や現状を考慮するとお伺いした生活に不安が残ると思います。先ほど、ジャネライラー研究員の誘いをお断りになられたのは何故でしょうか」
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次話は7/20 18:30の予定です。