3.占い師、塔で実験動物扱いを受ける
しばらく魔導バイクに揺られて到着したのは魔法使いの研究塔。研究専門の魔法使いたちが勤務している研究塔は、研究狂いの『狂った魔法使いたち』の巣窟であるともっぱらの噂だ。
単純に”塔”と呼称されるのは各都市に超高層建造物がこの塔しか存在しないからだ。複数の尖塔からなる芸術的と言ってもいい”塔”に魔法使い以外が入ることはほぼ無いと言われている。
(任意同行で無ければなぁ……)
先導するアレルバータさんの後ろを静かに付いて歩く。”塔”の内部はイメージしていた魔法使いの部屋とは違って清潔感に溢れ、どこかの会社のオフィスと説明されたら信じてしまいそうな内装だ。
「では占い師さん、こちらの部屋にどうぞ。そのまま椅子に掛けて下さい」
「しつれいします」
「――それでは私、アレルバータが事情聴取をさせていただきます。可能な範囲でお答えください」
ついさっきまで阿鼻叫喚の様相を呈していたため一刻も早い離脱を望んでいたが、今になって事情聴取を受けるという状況に緊張がやってくる。とにかく事情を説明して早期解放をしてもらおう、そうラジュカは考えた。
「では、聴取を開始します。まずはじめに、グレンディン隊員――濃い茶髪に榛色の瞳の男性ですね。彼が挙動不審になった原因に心当たりはありますか?」
「私の魔力特性が原因ですね。私が誰かと身体接触をすると、私は簡易的な未来視のような、相手が幸せになるための行動方針のようなものがわかります。そして、何故か相手側は私に対して好意的な反応を示しやすいです。好意的な反応といっても、ただ親切になるのが一般的で……グレンディンさん、でしたかね。彼のような劇的な反応をされるのは比較的稀です」
「それは……どこかで検査などは受けられたりはしていませんか?」
「いえ、特には」
やや早口で告げたラジュカの言葉に、アレルバータは考え込んでいるようだ。沈黙が気まずくてそわそわとしてしまう。
「……研究者を一人お呼びしてもよろしいでしょうか。念のため占い師さんの魔力について検査をさせていただきたいのですが」
「構いません。むしろこちらがお願いしたいくらいです」
一般家庭で魔法使いを呼んで検査をしたいと願ってもまず叶うことはない。金銭面もそうだが、魔法使いたちは国家の安寧のため多忙な日々を過ごしているのだ。任意同行が切っ掛けと考えると、あまり好ましくはないが、自分の魔力について知れる良い機会だろう。
ラジュカの返事を受けて、アレルバータはテーブルの上に何やら空中ディスプレイを呼び出して何処かに連絡を取っているらしい。宙に舞う指先は軽やかだ。なんてハイテクなんだろう。
「すぐ研究者が参ります。魔力データ等を取らせていただくので、そちらのベールを外して頂けますか?それから、お持ちでしたら身分証の提示をお願いします」
「あ、すいません。あの、他意は無くって、ただ忘れていただけで……すぐにベールを外しますね。すいません」
「大丈夫です。そちら、認識阻害のベールですよね?どういった意図での使用でしょうか」
「先ほど好意的な反応をされるとお伝えしたと思うんですが、そのせいでストーカー被害に遭うこともあって、なるべく個人の特定をされない格好をした結果です。――普段は占い師ではなくアルバイトをして生活しているのですが、アルバイト先でやむにやまれぬトラブルがありまして……。直近で金銭が必要だったのでそれを稼ごうと占い師をした次第です。あ、これ運転免許証です。カツラも外しますね」
隠し事をしてこのまま逮捕なんてされたくないラジュカは精一杯正直に話をしていた。それを聞いたアレルバータは頭が痛そうだったが。金髪のカツラの下にあるのは何の変哲もない黒髪だ。どうせだったらこのカツラやアレルバータのような艶やかな金髪だったら良かったのに。
ややあって控えめなノックの音が響く。静かに立ち上がったアレルバータが部屋に招き入れたのは痩身の男性だった。汚れ一つなさそうな白衣に武骨なメガネを掛けていて、いかにも研究者ですといった風貌だ。男性にしては長い緑の髪をきっちりと一つ結びにしている。メガネの奥に見える瞳の色はアンバーで、どことなく蛇を思わせる組み合わせだ。
「ふぅん、君が今回の被験者かね。なんでも、面白い事があったとか?」
「ジャネライラー研究員、失礼ですよ」
「まぁいいだろう。検査をするから楽にしてくれ給え」
ズカズカと部屋に入ってきた研究者の人は大層マイペースらしい。持ち込んだ機械を部屋にセットしてあれやこれやと調べはじめた。ラジュカの周りによく分からない棒を翳してみたり、円盤のようなものをぐるぐると回したりと何をやっているのか皆目見当もつかない。
「ふぅむ、魔力量は結構高そうだけど魔法使いの素質が無いのか。特別魅了等の効果も感じられない、と……身体接触が条件だったね?アレルバータくん、ちょっと触ってみてくれ給え」
「はぁ……分かりました。念の為、相棒のナディルーンを呼びますから待ってください」
「まぁ良いだろう、早くし給え」
流石狂った魔法使いだ。軽いノリで人体実験しようとしている。指示を出した後も何かぶつぶつと呟いていて結構怖い。
少しして控えめなノックの音に次いで、入室してきたのはナディルーンさんともう一人、赤毛の小柄な女性だ。うつむき加減でおどおどとしていて、いかにも新人ですという顔をしている。
「失礼します。被験者をお連れしました。新人で研究助手のマイリーアンです。彼女の詳細はこちらの資料をご覧ください」
「ナディ、貴女……他の人を連れてきたの?」
「万が一、貴女があの男みたいになったら困りますからね、アルル」
思わずといった体で相棒のナディルーンに話しかけるアレルバータは呆れた様子だ。崩れた口調から二人の親密さが感じられる。研究助手だと言われた小柄な女性はおどおどと視線を彷徨わせていて、どうにも落ち着かない様子だ。
「ではマイリーアンくん、彼女と握手をしてくれ給え。ああ、手袋は外した状態を観測したい。外し給え」
「ええと、マイリーアンです。し、失礼します!」
きゅっと握られた手は小さく温かい。グレンディンを視た時と同じように、いつもより強い光が瞬く。ほんのりと揺蕩う心地良さの中にマイリーアンの未来を視た。視た未来そのままを口にする。
「次やる予定の実験は止めたほうが良いよ、部屋一つ分の爆発をするみたい。最後に入れる草が間違って納品してるみたいだよ。それから、週末のお見合いの人は相性良さそうだね。お菓子作りが得意なのか……手作りのサバランが幸せを運んでくれるよ」
「どうしてそんなことまで……!凄いです!あの、是非お礼にお菓子を受け取ってもらえませんか?」
「なるほど……マイリーアンくん、彼女に触れてどう感じたかね?」
「へ?あ、えっと、温かくて気持ちいい感じです。美味しいお菓子を食べたときみたいに幸せで、陽だまりの中でお昼寝したみたいな、あったかくて優しいな〜って思いました」
ラジュカにお菓子を贈りたいと言った時はキラキラした瞳でニコニコとしていたのに、ジャネライラー研究員に話しかけられた瞬間おどおどとしている。どうやら臆病な性格のようで、助けを求めるように視線を彷徨わせている。そしてふとラジュカと目が合った瞬間ほっとした顔をする、その姿にどうも庇護欲を感じる。
「既存の研究データと照らし合わせると、魔力の相性がとても良い場合に起こる症状に類似しているな。元々の魔力形質に目立った特徴がなく、誰とでも相性が良いのだろう。魔力の共鳴自体、魔力を使う環境以外では起こりにくい症状ではあるが、君は他者と接触すると魔力共鳴を常にしてしまう状態だな。一般的に相性の良い人の少ないクセの強い魔力形質の持ち主にも相性が良く感じられるため、好感度が高くなったクセの強い人物によるストーカー被害が発生するという訳だ。それから、未来視については魔力特性で間違い無いだろう。魔法使いの素質がないため身体接触で相手の魔力を感じ取り未来を視ている。言わば魔法使いもどき、準魔法使いのような状態だ。非常に珍しい被験者だな」
満足そうに語るジャネライラー研究員の話が長くていまいち理解しきれない部分もあった。話し口はゆったりとして聞きやすいが、内容が専門的すぎる。
「つまりどういうことなんでしょう」
「はぁ……好感度が高くなるのは魔力共鳴をしているからで、君は他人に好かれやすい人物だと言うことだ。未来視は魔力特性で珍しい才能だな。……君、"塔"で働かないかね?準助手は魔法使い以外でも良かったはずだが」
拙作をお読み頂きありがとうございます。
次話は7/15 18:30の予定です。