2.占い師、連行される
一晩心を落ち着けて次の日。
本日の天気は晴れ、所により魔力場の発生有りの予報。魔力場が発生すると魔力が動力の機械の調子が悪かったり、付近に近付くと調子が悪くなったりする人もいる。ラジュカは魔力場は平気なタイプだがお客さんはそうじゃないかもしれない、場所選びは慎重にしようと心の片隅にメモを残す。
さて、気を引き締めて占い師としての衣装をまとう。シンプルな丈の長いワンピースに認識阻害の効果がついたべール、接触を極力避けるためのレースの手袋。
お客さんに顔を見られないようにしっかりと隠すが、トラブルがあって見られても分からないようにメイクの雰囲気もいつもと変えて、明るい金髪のカツラを被る。
鏡にはできる女風の自分が映っている。これなら顔を見られたとしてもラジュカと結びつけられることはあるまい。
「よし、場所は……どこかの駅近くが良いかな?」
ベールは被ったままで移動すると、どう考えても不審者なのでカバンに仕舞い、一緒に小さな看板も入れる。ベールの代わりにマスクをしてなるべく顔を隠して移動する。
自宅から魔導鉄道で二駅程移動した先で降り、近くの歩道橋下にレジャーシートを敷いて座り込む。ベールをしっかり被ったら小さな看板を立てて出張占い所の完成。
「本でも読むかぁ……」
鳥の囀りが聞こえる中、歩道橋下は丁度よい日陰になっていて読書に向いている。お客さんが来るかどうかは運なのでゆったりと時間を過ごすことにする。
ふと人の気配を間近に感じた。どうやら看板を見て足を止めてくれたみたいだ。ラジュカがゆったりと顔をあげると、そこにはいかにも幸薄そうな女性が立っている。仕事で何かやらかしたの?と思わず聞いてしまいそうだ。
「こんにちは、占いなら一万マデリーだよ。現金かPayコード支払いに対応してるよ」
「あ、えっと……。どんな占い方法なんですか?」
「手を軽く繋いで貴方の運勢を視るよ。直近で貴方が一番幸せになれる行動やラッキーアイテムも視ることができるんだ」
「幸せ……。それなら、占いお願いしようかな」
「……じゃあ手を繋ぎますね」
貴女、幸薄そうだもんね、と思わず口走りそうになった口を閉じてそっと女性の手を取る。瞬間、ラジュカの目の前で星が瞬いたような光が舞う。この光はラジュカにしか見えないらしいが、キラキラ柔らかく光っているのが幻想的でとても気に入っている。
柔らかな瞬きの中、ぼんやりと女性の姿が見える。どうやらこの女性は恋愛運が皆無らしい。今もフラれた帰りのようだ。そして大層惚れっぽくて優柔不断な性格。
「ーー今はフラれた帰りなんですね。悩んでたブティック・シュクレのワンピースを買って、それを着て隣町のカフェに行ってみて。レモンパイ焼きたてのお店があるから、そのカフェのカウンター席でゆっくり過ごしてごらん。とっても良いことがあるよ。もちろんレモンパイを注文してね」
「どうして悩んでたワンピースの事まで……凄腕の占い師さんなんですね!さっそく買ってきます!!」
さっきまで幸薄そうな暗い顔をしていた女性は、急ににこやかな顔をしてラジュカの手を握ったまま離さない。占い終わったのでいい加減離して欲しい。
控えめにお代を請求するとハッとした顔をして現金でお支払いしてくれた。足取り軽く立ち去る女性を見送って次のお客さんを待つ。
「その人は止めたほうが良いね。既婚者だよ。貴方の一番そばに居てくれる人に気付いてあげて。幼馴染の彼とご飯に行って相談に乗ってもらえばいいわ」
「ラッキーアイテムはリンゴのついたボールペンだよ。持ってる?あらそう。それを使うと幸せになる出来事が起こるみたい」
「うわ、貴方とんだ浮気野郎じゃない。今日にでも手を切れば良いけど、すぐ別れないと一週間も待ったら全員から刺されるわよ。特にブルネットの3番目の彼女危ないから気を付けて。一番最初に付き合って別れちゃった人が貴方を幸せにしてくれるわ」
代わる代わるやってきた何人かの占いをして一息つく。思ったより稼げたしもうそろそろ切り上げようか、というタイミングでお客さんの靴先が視界に入る。ゆっくりと視線をあげると、背の高い男の人の二人組が目に入る。
「えっと、こんにちは。占いなら一万マデリーだよ」
「どうしたんすか先輩?占いに興味あるんすか?」
「……方法は?」
連れの男の人を先輩と呼んだ方は、柔らかそうな亜麻色の髪に水色の瞳をしていて、どこか軽薄そうな雰囲気はまるで好奇心旺盛な猫のようだ。
先輩と呼ばれた寡黙そうな男の人はチョコレート色の髪に榛色の珍しい色の瞳をしている。
二人とも紺色のローブを纏っていて、どこかの研究者のような雰囲気を漂わせている。
「手を軽く繋ぐと運勢が視えるんだ。ラッキーアイテムや幸せになるためにした方がいい行動指針を伝えるよ。支払いは占い後でも大丈夫。現金かPayコードが使えるよ。――それで、占うの?占わないなら、もう店仕舞いしようと思ってたところなんだ」
「……占ってもらおうか。支払いは先にしよう」
「え~、先輩。珍しいっすね~」
「では失礼します」
差し出された紙幣を受け取って仕舞う。占うためにそっと触れた指先はひんやりしていたけど、すぐ体温になじんで心地良ささえ感じる。目の前で瞬いて見える光はいつもより多くて、体ごと未来視の映像の中に入ってしまったような感覚さえある。ふわふわと揺蕩う心地良さに一瞬惚けてしまったが、気を引き締めて映像を確認する。
「――魔法使い、だったんですね。今探していらっしゃる人は今日の夕方日が沈んでからすぐ、BARジェッドのカウンター席、奥から二番目に居ます。お仕事はしばらく良好にできるみたいですね。それから、欲しいと思ったものはちゃんと欲しいと意思表示しないとその手からすり抜けてしまうみたいです。ラッキーアイテムはグレンダおばさまのチェリーパイですね」
「――そうか、ありがとう。君はとても良い子だね」
さっきまでの寡黙な様子はどこかに行ってしまったようで、繋いでいた手とは反対側の手を頭に乗せて撫でてくる。その表情は柔らかく、愛しささえ感じられる。
突然の豹変にラジュカは反応しきれず撫でられるままになってしまった。繋いだままの片手も、頭の上の無遠慮な手もどちらも開放してほしい。身体接触後、ストーカーになった過去の知人が連想されて身がすくむ。
「お前、先輩に何をした」
「おい、ステフィノス。やめろ。彼女が怯えているだろう。――ステフィノスが急に声を荒げてすまないな、怖かっただろう?」
「現在進行形で貴方が怖いのでもうちょっと距離を置いてくれませんかね?」
最早阿鼻叫喚と言っても良いだろう。先輩に何をしたと騒ぐステフィノスとやら、ラジュカを可愛がろうとしてくる先輩、途方に暮れるラジュカ。
更には言い合いをはじめた二人の姿に、可能な限りこの場から速やかに撤退したい気持ちでいっぱいである。そういえば、魔法使いと話をしたのはこれが初めてかもしれないとラジュカは思った。思ったより普通の人なんだな、とも。
「埒が明かないので応援を呼びました。そこの占い師、動くなよ」
「そんなキツい言い方をしたらかわいそうだろう」
「……わかりました」
ラジュカが現実逃避でどうでも良い事を考えている間に、ステフィノスとやらは応援を呼んだらしい。
ベタベタと無遠慮に触れて甘やかそうとしてくる先輩よりは、キッとこちらを睨んでくるステフィノスの視線に晒されている方がまだマシである。なんならもうちょっと離れて欲しい。
言い合いをしている二人が視界に入らないように天を仰ぐ。今日は天気が良いなぁ。あ、あっちの辺りは魔力場が発生しているのか……。ラジュカは意識を逸らすのに集中することにした。
地獄のような待機時間は五分程度だっただろうか。ややあって魔導バイクに跨ってやってきたのは治安維持専門の魔法使い二人組だ。魔法使いの象徴でもある連枝を模した胸飾りが光を浴びてキラリと光る。
ヘルメットの下から現れたのは鮮やかな金髪にサファイアのような青い瞳の高身長な女性と、滑らかなグレーの髪を長く伸ばして目元がすっかり隠れた豊満な体型の女性だ。
「ステフィノス殿からの通報で参りました。アレルバータとナディルーンです。どういった状況でしょうか」
「グレンディン先輩がこちらの占い師に占ってもらった直後から挙動不審です。念の為応援要請をしました」
淡々と情報交換をしている魔法使い達に取り囲まれて些か居心地が悪い。ステフィノスとやらが目を離したせいでジリジリとグレンディン先輩とやらが近付いてきているのも怖い。ラジュカは早くこの状況を何とかして欲しい気持ちで一杯である。
「あの、そちらの先輩とやらが近付いてきてちょっと怖いです……」
「怖いのか、よし、慰めてやろう」
「先輩!近付かないでください!」
またしてもぎゃあぎゃあとわめき始めた二人を応援に来た治安維持専門の魔法使いは一瞥して一言。
「異常事態ですね……。ええと、占い師?さん。私は治安維持専門の魔法使い、アレルバータです。事情説明も含めて”塔”への任意同行を願います」
「従います。移動はどうしたらいいでしょうか」
「ではこちらの魔導バイクのサイドカー部分にお乗りください。身体接触後からグレンディン殿が挙動不審と伺っておりますので、くれぐれも身体接触を試みませんように」
「心得ております……」
荷物はアレルバータさんの相棒であるナディルーンさんが片付けて持ってきてくれるらしい。レジャーシートと看板くらいしか無いけれどお言葉に甘えてお願いをしておく。
「では、”塔”へ移動します」
拙作をお読み頂きありがとうございます。
次話は7/10 18:30の予定です。