表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

時空を超えて3~三人目の花嫁


「君、名前は?」

 シャーロックもワトソンもクリスもとっとと自宅に帰って行った。特に手にレイガンを浴びたシャーロックはアミィに泣きつかれ、泣き止むのを待つと息子とさっさと自宅に帰った。今、マイクロフトの屋敷には三人目のコールドスリープの被験者とほぼ二人きりだ。家事をする家政婦のようなものはいるがマイクロフトにはあまり目の入らないところで働いている。

「エリザベス。それが?」

「それがとは・・・」

 あまりにも他のコールドスリープ被験者に見られない勝気な言葉にマイクロフトは言葉を失う。

「そういう、あなたは?」

「マイクロフト・ホームズだ」

「ふーん」

「ふーん・・・」

 気が強すぎてあっけにとられる。

「あなた。本に載ってる名前ね」

「本?! アミィと同じ世界か!」

「アミィ? ああ。あのめそめそ泣いていた人ね。あの人も別の世界から?」

「別の世界とは話が早い。多重世界アクセス機械は最後の一つはもう壊された。君はこの世界で生きていかなければならない。そのためのレッスンをはじめる」

「レッスン? 馬鹿馬鹿しい。私はイングランドに生まれて育ったのよ。同じ世界じゃないの」

「君は今をよくわかっていない。二十世紀と三十世紀の違いを」

「何が違うのよ?」

「明日、朝。外へ出てみよう。話は以上だ」

 あの勝気な姫は頭が痛い。頭の良さはいいがそれは奇しくも心が折れやすいことを示している。硬いものほど簡単に折れる。今は目が覚めたてで感じないだけだ。頭が痛い。もう一度考えて書斎へマイクロフトは戻った。


 翌朝、エリザベスはマイクロフトと市中へ出た。シャーロックの言うだんまり結社しか行ってないマイクロフトにとっては久しぶりの日中外出だ。

 人々はクィーンイングリッシュを話している人もいれば国際共通語を話している人もいる。

「何話してるの?」

 きょとんとした顔が珍しくてついマイクロフトの唇に微笑みが浮かぶ。

「なに。にやにやしてんのよ」

「いや。君がきょとんとしてるのが面白くてね」

「嫌味な奴」

「おほめにあずかり光栄だ」

「ほんっとーに。嫌味ね。で、何語?」

「あれが国際共通語だ。今この世界に国境はない。国の概念はない。地球という一個のかたまりだ。もともと現地語として英語もほかの言語もあるが子供たちが習うのは国際共通語だ。君もそれを学ばなければこの世界で生きていけないんだ」

 つんとしていた表情にやや不安な陰りが見えた。

「大丈夫だ。アミィも二か国語学んだ。日本語に加えて英語と国際共通語をね。未沙は一から覚えているからネイティブと変わらない。君は国際共通語のみだから運がいい。では。レッスンを始める」

 マイクロフトは国際共通語に切り替える。エリザベスは眉間にしわを寄せて聞いている。マイクロフトはエリザベスの手を取ると屋敷に戻った。

 兄弟というのは似ているのだろうか。マイクロフトも国際共通語で名前から始めた。自分をマイクロフト・ホームズと名乗りエリザベスを指さす。答えるとOKというような言葉を発する。そして身の回りのものの名称を言っては復唱させる。覚えのいいエリザベスはすぐに覚える。単語をひとしきり覚えたところで夕食になった。昼食すら抜いて熱中していた。心がないのかと思うほどマイクロフトは物に執着心がない。それがエリザベスとの語学勉強にまるまる一日をとった。マイクロフト自身が意外だった。何かがマイクロフトの中で起こり始めていた。そんな気持ちを払拭しようと例の結社に行くことにした。エリザベスはとうに眠りについていた。昨日の今日で適応するレッスンを過酷にも思い知らせた。疲れ切るのも無理はない。頭の整理も必要だ。今頃じわじわと感覚が戻ってるだろう。

 執事が送り出す。マイクロフトはしばらく喧騒の中から静寂の世界に身を投じていた。


 翌朝、エリザベスは起きてきてぎょっとした。マイクロフトの顔色が蒼白だった。

「何かあったの?」

 思わず聞いていた。

「いや。結社の会員資格を取り上げられただけだ」

 唯一の憩いの場から締め出されたのだ。どうもモリアーティーが関係しているらしい。自分の姿をした人物が結社で大暴れしたというのだ。門前払いをくらい、立腹して屋敷に戻った。頭の中にはどうやってモリアーティーに復讐しようかと考えが巡っていた。

「居場所を取られただけだ。君にはなんの関係もない」

 その冷たい突き放した言葉にエリザベスの瞳の中に傷ついた色を見た。マイクロフトは慌てた。

「いや。本当にプライベートの事なのだ。いつもいってる倶楽部に追い出された。モリアーティーが細工をしてくれたようでな」

「そうなの」

 そういってエリザベスはおとなしく朝食を食べ始めた。勝気な気配を見せないエリザベスに今度はマイクロフトが心配になった。

「ベス。あ。いや。エリザベス。どうかしたのか?」

「気安く呼ばないでよ。特に何もないわ。ちょっと考え事」

 座ったまま推理ができるという頭を持つマイクロフトだがエリザベスの事となると全くわからない。勝気かと思えば、おとなしい猫のようなそぶりを見せる。くるくる表情が変わる。エリザベスは警戒心の塊のマイクロフトの中に容易に入ってしまった。だが、自分は結婚するタイプの男ではない。いずれエリザベスもこの屋敷を出て一人暮らしをするはずだ。未沙が一人暮らしをしたように。その手引きをする相手が自分に回ってきただけだ。マイクロフトも朝食を黙々と食べ始めた。

 語学レッスンはその日も続いた。来る日も来る日も続く。国際共通語の文法は英語と似ているため習得は早かった。巣立ちの日もすぐ来るとマイクロフトはほっとするようななんとも言えない感情を持っていた。


 その日は突然やってきた。

 ノックが三回する。

「エリザベスか?」

 書斎にエリザベスの気配がした。それぐらいは簡単にわかる。

「マイクロフト。私、国際共通語マスターしたわね。そのあとはここを出ないといけないの?」

 扉を開けてエリザベスが入ってきて言う。心なしか気弱そうだ。

「君の住む家はもう用意したよ。ロンドンの郊外だ。シャーロックの妻、アミィにも未沙の話も聞いてみるといい。また違った世界の見方ができるだろう。シャーロックやワトソンやクリスも君の家族だ。君は一人きりではない。家族がいるということを忘れないでくれ」

「マイクロフトは家族に入らないの?」

「私なんて家族に持つと大変だ。政府の裏方だ。モリアーティーが私の命を虎視眈々と狙ってる。シャーロックもだ。だからアミィは気が休まらない。弟はもう探偵はしないといいはってるがね」

「マイクロフト。一人でいいの? 私は強気なふりをずっとしてきたわ。でも一人でロンドンの郊外へ住むなんて思っただけで気持ちが落ち込むわ。私はあなたが好き。共同生活はだめなの?」

「ベス。そう思ってくれるのは嬉しいが、独り身の男の家に若い女性が住むものじゃないよ。私なんてもう年寄りだ」

「何を言うの。マイクロフトは優しいじゃない。お荷物の私に教えて家まで手配して・・・ごめんなさい。頭を整理してくるわ。何を言ってるかわからない」

「ベス!!」

 エリザベスは自室に走り去ってドアを閉めた。マイクロフトは前まで行ったがノックする手をもどした。自分を好きだというエリザベスが愛おしかった。だが、モリアーティーに狙われている以上かかわるわけにはいかない。相談役ぐらいでいいのだ。声をかける。

「エリザベス。好きな時に出て行っていい。私は君の相談役ぐらいに思ってくれ。いつでもこの屋敷は君に開いている」

 そういってマイクロフトはまた書斎に戻った。

 エリザベスはなぜか涙があふれてたまらなかった。そのまま枕を涙で濡らし次の朝を迎えようとした。眠りながらエリザベスは用意された家に引っ越ししようと気持ちにけりをつけて行こうとしていた。だが、突然、窓が開いた。警報が鳴る。

「青い瞳の姫君。お迎えに上がったよ」

「モリアーティー」

「私の名前を呼んでくれるとは光栄だね」

 警報音を聞いてマイクロフトが駆け込んできた。

「ベス!!」

「マイクロフト!!」

 伸ばした手は届かなかった。


そして、エリザベスは連れ去られた。


「じゃぁ。アミィ、ベスを連れ戻しに行ってくる」

「ええ。気をつけてね」

「これで最後だ。戻ってきたら探偵はやめる」

「シャー・・・」

 押しとどめようとする妻の言葉をキスで封じる。

「行ってくる」

キスの後そう言って出ていった。未沙がアミィを抱きしめる。

「彼の気持ちも叶えてあげないと。不安がるアミィを一人にしたくないのよ」

「でも」

 ライフワークを取り上げていいのか? 亜弓ことアミィは悩む。怖いことは怖い。死なれたらどうしていいかもわからない。それほど愛している。だが・・・。考えは堂々巡りである。家の中から息子の泣き声が聞こえる。

「未沙。手伝って。お昼寝から目覚めてご機嫌斜めだわ」

「はいよ!」

 双子の妹は甥の泣き声のために家に飛び込んでいった。


 あのさびれた施設の中でモリアーティーとマイクロフトたちは対峙していた。

「ベスを返せ。モリアーティー」

「ほう。兄のほうは珍しくいきり立ってるな。惚れたか」

「マイクロフト危ないから!」

「ベスは返してもらう。お前はアミィのクローンにご執心だったじゃないか」

 シャーロックがモリアーティーを射程にとらえる。

「もう。あの純真な彼女はいないからな。この姫をもらい受ける」

「馬鹿なことを言うんじゃない」

 マイクロフトが突然走り出した。

「シャーロック私ごと打て! ベスを助けろ」

「マイクロフト!!」

 マイクロフトがモリアーティーにタックルしてエリザベスが解放される。ワトソンがすかさず自分たちのほうに引き寄せる。マイクロフトとモリアーティーがもみ合いになる。

「撃て。シャーロック!」

「だが!」

 射程が定まらない。何度も機会を狙う。

「捉えた!」

 最大出力でモリアーティーをレイガンで撃つ。撃たれたモリアーティーはごろん、と横になると動かなくなった。

「マイクロフト!」

 誰よりも早くマイクロフトに駆け寄ったのはシャーロックでもワトソンでもなくエリザベスだった。

「どうして。あんな、無茶を。あなたごと撃つだなんて!!」

「君を助けられるのなら私の命など安いものだ。モリアーティーが死ねばもう君はこんな危ない目にあわずに済む。それに私は・・・もう君の涙を見たくない」

「死んじゃったら泣くでしょ! それもわからないの!?」

「エリザベス?」

「ベスって呼んで。あなたの声で呼ばれると嬉しいの。あなたとずっといたい。愛してるの。ほんとはあの夜言いたかった。でも好きという言葉にしかならなかった。もう私のそばから離れないで」

 エリザベスがマイクロフトに抱き着く。きつくマイクロフトはエリザベスを抱きしめる。もう離さないというように。

「やれやれ。我が兄もつかまってしまったか。と、モリアーティーは? ワトソン」

「なんとか正当防衛ってところだな。もうあの世に行ってしまったよ。これからいろんな小物がでてくるぞ。アミィにどう説明するんだ」

「それはだれか別のシャーロック・ホームズがやってくれるさ。私は探偵業引退する。おとなしく育休が終われば外科医にまい進するよ」

「私の執筆業も無くなるってわけか。残念だがいい決断だ。息子に伝授したまえ」

「無茶言うな。ジュニアはまだ一歳にもなってないぞ」

「英才教育でもするんだな。ほら。そこの恋人たち。抱き合うのは屋敷でしてくれ」

「ワトソン! そうだな。私も引退して何か別の職業につこうか」

「あなたから政府の裏方をとったら何が残るの?」

「ベス・・・」

「私は勝気だからあなたが何しても驚かないわよ。ただ一つ約束して。命だけは守り抜くと。私とあなたの未来の子供たちのために」

「エリザベス!」

 再びマイクロフトはエリザベスをだきしめる。

「あーあ。しかたないな。しばらく時間をやるか」

 シャーロックとワトソンは恋人たちの時間を伸ばしてやったのだった。三人目の姫は誰一人心動かさなかった男の心をつかんではなさなかった。エリザベスの花嫁姿は綺麗だろう。三人目の花嫁と花婿に幸あれと弟シャーロックは妻と息子の顔を思い出しながら祈った。


どうやら、三人とも奥方に弱いのは変わらないようである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ