第一章:第六話『約束』
クエイの家にお邪魔する。見た目は寒そうだが、風などはしのげて意外と寝れる環境だった。旅のアドバイスという名目で話は進む。実際にはこの世界の根本的な話であり、硬貨の数え方などの五才から分かるような物から異世界特有、この世界の当たり前のことも聞いた。
まず魔女。伝承や物語ではその上の存在がいるとかの設定があるそうだが、現状最強は魔女だそうだ。しかし初日から魔女を倒している為あまり脅威とは思っていない。自分の今の力を深く過信している気はない。
種族。異世界にはやはりコミュニケーションを取ることが可能な生物が沢山いるらしい。身近な者だと獣人。希少価値の高い者は高値で売れるらしく、やはり転生者も範囲内なのかもしれない。まともな監視は無いためすぐ連れ去れれると聞いた時には息を飲んだ。
次に魔法。戦闘に使えたらラッキーだそうだ。大半はそこまでの高出力では出せない。出せるだけの魔力があるならば『勇者』、『英雄』になれるそうだ。
そしてご飯はちゃんと食べる事と水は定期的に浴びろと言われた。あと服も変えろと言われたが唯一のもとの世界の遺品だ。多少血にぬれても大丈夫と押し通した。
「……お前には関係ない。とは言い切れないけど、アタシは強欲の魔女が嫌いなんだ」
静かな夜、日中とは違い静かな声でクエイが話す。それは強欲の魔女の事でなぜ嫌いで何があったかを断片的にだが教えてくれた。
聞いている限り強欲の魔女は何故この世界中の奴らから嫌われているか分かってきた。
「――旅する形になるんだろ? ならさ、もしテルフォードの名前がいたら私を知ってるか聞いてみてくれ。あんな事しに行って生きてるか分からないけどさ」
「分かった。次来た時には他の国の事とか、野宿の事とか勿論今の事も色々教えてやるからな」
「約束だぞ?」
返事を返し、静かになった空気から微かに寝息が聞こえ始める。ゆっくりと目を瞑り、眠りについた。
「――また、会いに来いよ! アタシはここに居る。絶対に死ぬなよ?」
クエイから渡されたナイフとその他の多少の旅道具。決して上物とは言えないが心強い。
「俺は意外と強いんだぜ!? また会いに来るからな。元気でいろよ?」
そして二人は別れた。早朝から行くあてもないまま馬車の通った跡を沿って歩き出す。この世界に連れ来た張本人強欲の魔女を目指しながらハーレムライフでも堪能しようなどという軽い気持ちと共に。
***
「……疲れた。ただ平地を歩くだけとかつまらなすぎる」
これならクエイについて来てもらった方が良かった気がする。たまに魔物が出てくるけど弱すぎる。なんの能力も手に入らない。
平坦な草原がどこまでも続くようで国の道案内すら見えてこない。ただただ歩き続け、腹が減ってくるが、周りには道の駅もない。ふと前の世界と比べる。
意地を張るように高く積み上げた建物が日差しを覆い日の届かない日陰だらけの高層社会。皆何かに追われるように歩き舗装され、ルートの確立された地面。外音をかき消すイヤホンもない。
壮大で広々として、日に当たりながら景色を、音を楽しめる世界。草の上を歩いたり、何回も通り自然にできた道を踏み、何に追われることなく、気ままに自由の意志に歩くことの出来る世界。
「良い世界じゃん。前の世界よりかは楽しいかな」
『強欲の使徒』と重い名分があるがそんなものは二の次でも良い。異世界ライフを満喫する。未だやることは決まっていない。行く道を拒まれ、ここにしか吹けない風ではない。何のための転生か、その真実を知るまでの道のりはいくらでもある。
「まずは、お腹すいたし肉でも探して食べるか」
森に入ればそこは草原のように優しいものではない。木の根が盛り上げ、見たことの無い植物が生い茂り足場を悪くする。この場に向いていない元居た世界の制服で歩き回るのは少し難しいが唯一の元の世界の遺品であり手放すのには抵抗があった。
草原とは違い多くの魔物に出くわしたがどれも一人で対処できる程度の魔物ばかり。そしてついに、
「あれは!? イノシシ! ……なのか?」
元の世界では考えられない程の大きさのイノシシ。カバやゾウなどと比べても何ら大差はない程だ。倒すことは容易であろう。そう思い近づいた時、遠方から猛スピードで突撃してくる奴がいる。足音は段々と近づいてき、見事にイノシシに体当し、吹っ飛ばす。
――また敵かよ。どれだけ強欲嫌われてんだよ!?
「――強欲の使徒様! ただいまです! 黒狼族のアセナです!」
「……え?」