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第一章:二十三話『主人公』

 更地と化した辺りを見回すが、誰の姿も見えない。感じる冷気がこの辺に居た事を指し示す。ならば確実にこの技を食らった事になる。


「呼びましたか? 強欲の使徒さん」


「何をした……!! ここに居た仲間はどこにやった!!」


 少し困ったような表情を浮かべ答える。『知らない』と、雑魚の事など見えていないと言っているのだろうか、憤怒の念が押し寄せる。


「なぜ怒っているのかは分かりませんが、とっても良いですね」


 何がいいのか、どこがいいのか、魔女はまともな奴が居ないのだろうか。


 《執行者》、《オーバーアクション》、《オーバーエフェクト》頼れるのはこの三つだけだ。攻撃の規模からして一撃で死ぬ。他の能力はピンチでないと使えない。十分にピンチだと言うのにだ。


 アセナ、セレーナ、ララノアそしてクエイ。今日一日で何人の仲間を無くせばいいのか、心をえぐり取られる様な痛みが走る。憤怒はエフェクトを通して目に映る。立ち上る魔力が死を彷彿させるような形になり消え、また立ち上る。


「ディビィニティ・カルネージ・パニッシュ!!」


 有無を言わさずに攻撃を仕掛ける。怒りに駆られた体だからかいつになく動く。目に映る執行対象であるマークを目掛け突っ込む。ただそれだけが目に映るような感覚、今はただこの魔女だけを何としても殺したい。


「憤怒の魔女!!」


「いいですね。伝わりますよその感情! その感情こそがもっとも人を突き動かす魔法です!」


 予想はしていた通り攻撃は当たらない。踏みしめる地面はオーバーアクションにより地割れ、自分の魔力もいつもよりどす黒い色をしている気がする。


 憤怒の魔女も一振りの騎士の剣を抜く。恰好からして騎士であろうと思っていた。あれほど立派な鎧はついさっき戦ったばかりの王国騎士団よりも見た目は美しい。姫騎士のようなところも見受けられる。


「実に愚かです。勝てる見込みもないのに戦いを挑んでくるとは……これだから……」


「そんなこと関係ない! 愚かかもしれないが勝てるわけが無いのも自覚しているが! それでもお前を許す事は出来ない!!」


「私が何をしたというのですか!? いつもそうです……私は正義のために動いているのに……!」


 まだ拙いが覚えたばかりの先ほどのステップを実践。体力消費を抑えつつギリギリのところで何とか避け切る。


「ディヴィニティ・カルネージ・バースト!」


「甘い! そんなもので私は倒せません!」


 簡単に折れそうな細い剣でいとも簡単に弾く。先ほどの王国騎士団の盾使いと言い憤怒の魔女と言いどうやっているのか。そんな事を考えていたら距離を簡単に詰められていた。何とか受け切るも大した魔力も乗っていないはずなのに大きく吹っ飛び倒れ込む。


「ッつ……ただの剣だろうが……」


「使徒様! 大丈夫デス!?」


 幻聴まで聞こえ始める始末。このタイミングなら走馬灯の方が正しいのだろうか。アセナが上から見下ろしている。遅れて二人の声も聞こえてくる。


「さっきから何事ですか!? 異常ですわ……」


「この魔力は……憤怒の魔女ですか……!?」


 身体を大きく揺らされ、そもそもこんな記憶はない。走馬灯ではない。


「お前生きていたのか!?」


 思いっきり飛び起き目を見開く。アセナの尻尾を撫で結界を張り魔力を確認する。本人だ。死んでいない。生きている。


「良かった……!」


 生きている事に喜んでいる暇はない。ゆっくりと歩いてくる憤怒の魔女を視界に捉え立ち上がる。全力でここから離れるように指示をする。また勘違いから始まったのだ。これ以上の戦いは無意味だ。ゆっくりと剣を収める。


「さすがに二度目はありませんよ」


 一番被害が少ないように。この場での最少は死なない事。一撃でももろに食らえば死ぬだろう。あいにく自分を守る能力を持ち合わせていない。死ぬまで攻撃をしてくるかもしれない。生き残れる確証の無いまま何とか一本の光の道筋をたどろうとする。


「いきます――」


 言い訳のする暇もなく間合いを詰められる。おかしい。なぜわざわざ剣で戦うのか、国を壊すのは簡単だと豪語していた魔女がなぜ剣で戦うのかが不思議でしかなかった。そしてここに可能性を見出した。


 能力の制限。何らかの制限があり力が出せない。一度だけ見えたあのカタコトとした喋り方、今とは違う性格。導き出した結果は『ビースト化』強大な力を受け取れる代わりに知能を失いあのカタコトとした言葉になった。そして『ビースト化』はあまりにも強大であるためにクールタイムが存在する。使いすぎたら人格が壊れるなどというペナルティがあるのかもしれない。


 分析は終わった。現状これ以外の可能性が無い。倒すなら今、逃げるなら今しかない。ただの魔力の多いい騎士に過ぎないのだから。


「何か考え事ですか? 魔力操作がさっきより荒いですよ」


 目に元止まらない攻撃。まるで光のように素早い。『オーバーエフェクト』を使わずしも光の速さになっている。流石『十三の魔女』と思う所もあるが瞬殺されていないだけ自分の強さに酔いしれる。


 ……勝てるのではないか――


 遂にそれは油断となり隙を生む。たった一瞬の揺らぎを見逃すほど甘くない。


「……天撃――……」


 全てが消えた。比喩では無い。本当にすべてが消えた。視界に映るものは何もない。ただ白い光がすべてを照らし焦がす。皮膚にひりひりとした感触が刺さる。これは攻撃なのだろうか、それとも封印なのだろうか。状況を理解する間にその光は消えた。辺りを見渡せば何も変わりはない。空の色も王国もある。だがしかし違和感を覚える。何かが違う。少し遠くを見つめる一つのことに気づき一周ぐるりと見渡す。周りに段差ができている。ここが低くなっている。自分を中心とし数十メートルの範囲ではない。さらに広大な領域を削り消した。


「……っ」


 ため時間はほぼゼロと言ってもいいレベル。魔力が上がったと感じ取った瞬間避ける暇も防ぐ暇も無くノータイムでのこの範囲攻撃。元からこの範囲を操れるならばこんなには驚かなかった。魔力の揺らぎは一秒にも満たないであろう。格が違う。


「……なぜ生きているのですか? あなたでは対処できないはず……」


「最近たまにあるんだよね。死なない事が」


 驚いた表情をしながらも冷静に判断している。一心にこちらを見ながら動かない。当たり前だろう。溜め時間が一秒未満とはいえ自分の判断では確実に殺せる技を放ったのだから。そしてそれを何事もなかったかのように無傷で立っているのだから。


 憤怒の魔女とは言えこんなことは一度もなかった。力を見誤る事は無かった。この強欲の使徒も死ぬはずだった。あり得ない状況に困惑しつつも腑に落ちる所もある。それは彼が強欲の使徒であるという事。それ以外に考えられることは無い。これ以外にも何かしらの能力を得ているかもしれない。現に彼の魔力は異常である。量もしかり感じたことの無い異様さ。


「……運が良いようですね。正直言って耐えられるとは思っていませんでした。少し様子を見るとしましょう。あなたの実力では……いえ、ここ数百年は変わっていませんから――」


「それはこっちとしてもありがたい。奥義は消費が激しいからね。一つ聞かせてくれないか?」


 奥義などあれどこの憤怒の魔女には通用しなかっただろう。黄金の魔女に使った技でもあるがあれ以上のものは未だ出せない。今後に備えはったりを言うが《オーバーエフェクト》の効果もあり憤怒の魔女にはさらに奥があると勘違いをした。


「……なんでしょう」


「強欲の魔女にはどうやったら会える?」


「先ほど言いかけたことにも繋がりますが、十三人の魔女の集会『ガヴン』に出れば会えますよ。集まることはそうそう無いですが、一つ絶対に開かれる瞬間があります。それは、『魔女の死』その辺の魔女ではありません。十三人の中の一人が死んだとき、空席に一人が入ることになっています。それに選ばれれば良いのです」


 以前にセレーナが話してくれた現在の十三人の魔女は傲慢、強欲、色欲、憤怒、暴食、嫉妬、怠惰、涅槃、夢幻、事象、久遠、代償、強制。聞く限り黄金だとか二乗だとか簡単に倒せそうな者はいない。憤怒の魔女に関しては勝てないと分かった。事象の魔女も何百年前に強欲の魔女と戦い国を潰している。そして現在は俺が一度死ぬ原因となった強制の魔女と戦っている。これでどちらかが死んでしまえば一席空くがそう上手くいかないだろう。


「どうやったら選ばれるんだ? 今の俺ならどうだ?」


「入れない事は無いでしょうけど、重要なのは人間の認知度からも来ます。例えば怠惰、傲慢の二人のどちらかを殺そうともあまり人間に衝撃は与えられないでしょうね。あの二人はここ数百年何もしていませんから。私が倒そうとしていた時に倒せれば間違いなく十三人の魔女に入れたでしょうけど……国を潰すのが一番早いですけど、他の魔女からも狙われやすくなりますからね……」


 魔女の世界も色々と面倒なのは理解した。そして強欲の魔女に近づく道も分かった。分かったが正直困る。国を潰す気は無い。今回の関してはクエイを殺されたからであって日常的に人を殺したいなど思わない。そもそも人を殺したいなんて思いたくもない。


「……ありがとう憤怒の魔女」


「そういえば名を名乗っていませんでしたね」


 服装道理の佇まい手に持っている剣を胸元に構えキリっとした姿勢を取る。まるで騎士のように。


「十三の魔女が一人憤怒の魔女、ミラ。今日の事はすべて水に流すとします」


「……ご、強欲の魔女の使徒夏川 誠です」


 釣られるようにとりあえず自己紹介をするが自分の名前が浮きまくっている事にようやく気付く。『強欲の使徒』としか認識されていなかったためか。自分の名前を思い出したような感覚。自分が人間であったという感覚。


「使徒様~! 生きてるですか~!」


「ちょっとアセナ不謹慎ですわ! 生きていたとしてもあれだけのものを食らっていれば……」


「さすが使徒様あれほど大規模な魔法に耐えるとは、感服です」


 三人から羨望の眼差しを感じるが一体何が起こって無傷なのか自分でも分かっていないため、苦笑いをしながらやり過ごすしかない。口々に誉め言葉を言ってくれている中剣を納めミラは先に姿を消した。


「この調子で魔女全員と殺り合うのです!!」


「強欲の魔女様も殴っていただかなくてはなりませんわ」


「不敬です。それは私が止めますが、他の魔女を全員殺すのには賛成します」


 いつしか功績を称える言葉は物騒なものと変り果てる。まだスローライフは始まりそうにない。この世界に来た理由を解いて一件落着したら『すべての謎も解き終え、やることが無いので仲間たちと気ままに生きていきます』そんなまだまだ先の夢を思う。元最強系主人公だ。

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