やっぱりおかしいと思うんだ
高校2年生の渡邉桃子は、地元茨城県を心底愛していた。だからこそ、納得できないことがある。
「ねえ凛ちゃん、やっぱりおかしいと思うんだよね、そう思わない?」
「んー、何が?」
桃子の友人、黒崎凛は、どうせあの話だろうなと思いながらも返事を返す。
「都道府県魅力度ランキングの順位だよ!なんで茨城県はこんなに低いのかなあ。こんなに魅力的なところなのに」
やっぱりその話か。凛は呆れ気味に桃子を見つめる。今日は、都道府県魅力度ランキングが発表された日なのだ。結果を見てからずっと桃子はこの調子だ。
「だってさ凛ちゃん、今歩いているこの千波湖なんかまさに魅力の塊だよ!放課後にこんなところ散歩できるなんて贅沢でしかないよ」
まあ確かにそれは一理ある。水戸市内の高校に通っている凛たちにとって、千波湖で散歩することは、一つの楽しみになっていた。水戸駅から徒歩15分くらいで来れる千波湖は、周囲3キロの湖で、私たちだけでなく、水戸に住む人の憩いの場になっている。
「まあ確かにね。ここは綺麗だ」
凛はそう言いながら改めて千波湖に目を向ける。目の前に広がる湖は、日頃のストレスとか悩みとか、そんな感情を少し和らげてくれる気がする。
「そういえば、凛ちゃんと初めて遊んだのもここだったよね」
そうだ。桃子と初めて遊んだのも、ここ千波湖だ。2年生で同じクラスになった桃子が、私と同じ日立市に住んでいると言う理由だけで、初日からグイグイ凛に話しかけてきた。そのまま放課後に千波湖まで連れてこられたのだ。
「あの時は流石にちょっと引いたけどね。あんた、いきなり話しかけてきすぎなんだよ」
「え〜?でも地元が同じなんて嬉しいじゃん!それに、凛ちゃんもなんだかんだ楽しんでたじゃない」
ニヤニヤしながら桃子が凛に反論する。
「まあ、そりゃ、それなりに楽しかったけど…」
「もう凛ちゃん。照れない照れない!」
「照れてないわ!」
出会いはそんな感じだが、今となっては当たり前のように一緒にいるようになった。あまり人付き合いが得意でない凛にとって、桃子は数少ない友人の一人だ。凛はあまり学校と言う場所が好きではなかった。クラスというものに縛られ、毎日同じ生徒と顔を合わせる。勝手に決められたクラスのメンバーの中で、みんなと仲良くしましょうとか、イベントごとの時にはクラスで団結しようとか、正直苦手だった。そんな時に出会ったのが、凛とは正反対の桃子だった。桃子は比較的社交的だし、誰とでも仲良くなれるタイプ。そんな、凛が一番苦手なタイプだった桃子とは、今や気のおけない仲になった。それが、凛を少し変えたのかもしれない。桃子のいる今の教室は、割と嫌いじゃない。
「ねえ凛ちゃん、ボート乗ろうよボート」
「はあ?ボート?」
「魅力度ランキングの結果で傷ついた私の心を癒しておくれよう」
桃子が凛の腕にしがみつく
「わかったわかった!乗るってば!」
「さすが凛ちゃん。優しいねえ」
「おばあちゃんみたいな話し方やめろ」
千波湖では、ボートをレンタルし、湖の上を体感することができる。桃子の勢いに負けて、凛はボートに乗ることになった。
凛と桃子はスワン型のボートをレンタルした。足漕ぎタイプのボートだ。
「さて、出発しんこー!」
「学校終わりに何してんだ私は…」
文句を言いながらも、足に力を入れ、ボートを発進させる。
「うーん、風が気持ち良いね〜」
数分ほどボートを漕いでいくと、気持ちのいい風が吹く。しかし凛にはそんな余裕がなかった。
「あれ、凛ちゃん。もしかして疲れた?」
「く、くそっ。最近運動してなかったからかな」
ぜえぜえと呼吸を乱しながら凛は答えた。
「ま、まあ凛ちゃん。無理せず休みながら行こう」
桃子はだいぶ余裕そうだ。そういえば、中学の頃は運動部とか言ってたっけ。私も何かしらスポーツをしとくんだった…と、凛は湖の上で後悔をする。
休みながらとりあえず千波湖にある噴水まで行くことにした。この噴水から出てくる水の迫力はなかなかだ。
「うわー!近くで見るとすごい迫力だね!」
「ああ、そうだな」
普段は遠くから眺めていた噴水を初めて間近で見た。流れでボートに乗ることになったけど、まあこれが見れたならよしとするか。凛は満足そうな笑みを浮かべる。
「さて凛ちゃん。そろそろ戻ろうか」
「うっ。またこの距離を漕がなきゃいけないのか」
「体力作りだと思おう!がんばろ〜」
クタクタの凛を桃子が励ましながら、なんとか船乗り場まで帰るのであった。
「はあ〜楽しかったねえ」
「疲れたけどな」
「それは体力のない凛ちゃんが悪い!」
まったく桃子に出会ってからというものの、振り回されてばかりだ。毎日クタクタになるし、くだらない話を聞かされる。でもまあ、そんな毎日クタクタになる自分も、桃子が大好きな茨城で過ごす桃子との毎日も、悪くないな。凛は、今日も無邪気に笑う桃子を見ながら、心の中で思った。