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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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長い一日

「……かなり想像が混じるけど、概ねこんな流れじゃない?」


 全てを語り終わった終夜は、慎重に僕の様子を伺っていた。

 何なら、どこか身構えているようにも見える。

 僕が感情的に暴発する可能性もあると思って、警戒しているのだろうか。


 或いは、自分が事件の遠因だと責められるかもしれないと思ったのかもしれない。

 終夜の推理が正しいのなら、彼女の事件解決が巡り巡って守屋一の犯行に繋がった節がある。

 そのことを気にしてしまっているのか。


 しかし、それは杞憂だった。

 僕はそこまで動揺していないし、遠因を無理に取り上げて彼女を責めるような気も一切ない。

 ただただ、守屋一に呆れ果てているだけだった。


 僕のことを一方的に知っていて、そのせいで妙な特別扱いをしていたという犯人。

 彼の中途半端な態度に僕らは振り回され、そして犯人の僻みとしか思えない理不尽な感情で事件は起きたという。

 探しに探し求めていた、晶子さんが殺された理由がこれだと思うと────何だかもう、悲しさとかそういうレベルを超えて、虚しさと呆れしか残らなかった。


 今の時代、下らない理由で殺人が起きるのは珍しい話でもない。

 僕自身、終夜にそう言ったことがある。

 しかし、それにしても……いきなりクビになった無職男の八つ当たりで晶子さんが殺され、更に理不尽な逆恨みで終夜や香宮が狙われていたのだと思うと、虚無感が心を支配した。


 一応、守屋一と僕の間にはコインロッカーベイビーという共通点がある。

 しかしそれでも、守屋一の感覚はさっぱり分からなかった。

 分かりたくもない。


 だから僕は、大きな動揺を見せずに前を見て。

 彼女が自分を責めることがないように、気を付けて。

 ただ静かに、補足の質問をする。


「……警察やこれまでの調査では、守屋一がコインロッカーベイビーだという話は出てこなかった。これは何故だろう?少し調べれば言及される話だと思うけど」

「守屋一自身が積極的には証言しなかったのと……彼が捨てられた時期は、今以上に捨て子が多かっただろうから。そもそも、碌な記録が残っていないんじゃないかしら」

「あー……有り得る話だ」


 例えば僕が義父さんに発見された時のことだって、ありふれた出来事だったために図書館にあった新聞には載っていなかった。

 以前の調査で、そのことははっきりと確認している。

 あれと同じ理屈で、彼がコインロッカーベイビーであることは殆ど記録に残っておらず、結果として殺人事件の容疑者になってからも意外と隠せていたらしい。


「じゃあ、そうやって隠していた過去を僕たちには打ち明けたのは……」

「証言していた相手がアンタだから、だと思う。さっきの推理でも言ったけれど、守屋一はアンタのことを気にかけていたというか、同族意識みたいな物を持っていた可能性が高いから。私のことはともかく、アンタ相手には嘘はつけなかったんじゃない?」

「同族意識、か……その割に、僕が近くにいる状態で終夜や香宮を襲っていたようだけど」

「あれに関しては、単純に見えていなかったんじゃない?あの時、私が先頭を歩いて、次に凪が歩いて、最後にアンタが着いてきていたから。私と凪が見えた時点で、標的が来たなと思って飛び降りたのかもしれない。後からアンタに気が付いたけど、もう止められないから私と戦ったんだと思う」


 説明を聞いて、そんなところだろうと頷いた。

 終夜と話をする中で、一度は考えた仮説だ。

 あの仮説、どうやら的中していたらしい。


 ──つくづく……この時代らしい、とんでもない人だな。


 最早感想を抱くことさえ嫌になってきて、僕はただ静かに黙る。

 人に好意的に思われることを疎んだのは初めてだ。

 知らない人間にいきなり肩を組まれたかのような、突拍子の無さと気色悪さがじわじわと心に残り……その感触が、本当に嫌だった。


「……まあとりあえず、私の推理はこんな感じ。物証は無いけど、警察にも伝えておかないと」


 僕が落ち着いているのを見た終夜は、場の空気を切り替えるようにそう告げる。

 すると、まるでそれを待っていたように刑事たちの動きが忙しなくなった。

 ずっと停車して本郷キララの取り調べをしていたパトカーが、ファンファンと音を立て始める。


 どうしたのだろう、と僕も気持ちを切り替えて様子を伺うと、パトカーから藤間刑事が飛び出してきた。

 興奮で上気した顔で、彼はまず「捜査協力のお礼に、お二人にも伝えておきます。やりました!」と述べる。


「藤間刑事……本郷キララに、何かあったんですか?」

「ええ。泣いてばかりで強情な相手でしたが、ようやく当日のことを吐きましたよ。確かに自分はコインロッカーに子どもを捨てに行っていた、その途中ではB17区から出てくる男ともすれ違った、とね」

「ああ、そう言えば守屋一がB17区から出てきた時刻と、本郷キララがやってきた時刻ってほぼ同じでしたっけ」

「そうです。だからこそ、何か見ているんじゃないかとしつこく聞いたんですが……彼女によると、B17区から出てきた男は、()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを歩きながら外そうとしていたそうなんです。暑くなってきているこの時期に手袋なんて、と不思議に思ったとのことでした」


 黄土色の軍手と聞いて、僕と終夜はバッと顔を見合わせる。

 覚えのある表現だった。

 藤間刑事もそれを予測していたのか、ニヤッと笑ってスマートフォンの画面を見せてくる。


「その証言を聞いてから、どんな型の軍手だったのかを検索し続けていたんですがね。このメーカーで間違いないようです。本郷キララが言うには、確実にこれだったと」


 そう言いながら藤間刑事が見せてきたのは、海外の通販サイトだった。

 軍手の名前で検索したのか、色んなメーカーの軍手の写真がずらりと並んでいる。

 その中の一つが画面上で拡大されるのを見て、僕と終夜は同時に口を開く。


「これです。通学路の襲撃者は、これを両手に着けてました」

「間違いないわ。私、これに飛び蹴りをしたもの」


 僕たちの反応を見て、藤間刑事は満足そうに頷く。

 そして、「これで決まりですかな」と呟いた。


「B17区から出てきた時の守屋一が、何故か軍手を装着していた……これだけで、彼への疑いが増します。本当に彼が就活のために荷物を預けただけだったなら、当然素手のはずですからね。実際、彼が荷物を預けていたコインロッカーには普通に指紋が残っている」

「それなのに帰る際には軍手を身に着けていた時点で、『軍手をつけないといけないような何かの作業をしていたんじゃないか、ナイフを手に持っていたんじゃないか』と疑えるってことですね」

「その通り。そしてお二人を襲った襲撃者も同じ物を着けていたのなら、これで確定でしょう。羽生晶子殺害犯は守屋一であり、そして翌日の襲撃者でもあったということです。目撃証言頼みではありますが、証拠が出てきたのなら……後は何とかなるでしょう」


 藤間刑事の推察を聞いて、終夜がこっそりと拳を握る。

 やった、と思ったのだろう。


 終夜はまだ、例の推理を警察には聞かせていない。

 その状態ですら、藤間刑事たち警察サイドは守屋一が一番怪しいと狙いを定めたのだ。

 いくら現代の警察が無能と揶揄されているにしても、ここまで疑惑が揃えば流石に動いてくれる……爆弾絡みで本腰を上げているのなら、尚のことだ。


 ──後は、終夜がさっきの推理を教えて駄目押しするだけか。ここまで来れば、信じてくれるだろう。


 終夜の推理は、それ単体では物証がなく信憑性については乏しい側面があった。

 しかし本郷キララの証言もあって、か細いとは言え証拠が出揃ってきた形になる。

 そう言う意味では、僕が捨て子に拘って彼女の確保に動いたのも満更無駄ではなかったかな、という気がした。


「それで……お二人は他にも気が付かれたことがあるのですかな?何やら、ずっとお話をされていたご様子でしたが」


 藤間刑事もこちらの様子は分かっていたのか、推理を期待するように質問をされる。

 刑事としては情けない態度だけれど、僕たちとしてはやりやすかった。

 今までの事件もあって、彼としても僕たちの話は傾聴すべきものになっているらしい。


「実は、終夜も犯人が守屋一らしいことは突き止めていたんです。だから、彼女の推理を聞いていただきたいという流れになっていて……」

「なら、車で送りながら話を聞きましょう。本郷キララを確保して話を聞き終わった以上、この場所の留まっておく理由はない。ついでに、お二人のことも家にお送りしますよ」


 藤間刑事の提案を受けて終夜を見ると、すぐに頷いてくれる。

 どうやら、元々守屋一の確保については警察に任せるつもりだったようだ。

 優月先生の事件の時のように、自ら犯人確保をする気は無かったらしい。


 ──どこから手に入れたかは分からないけど、守屋一は爆弾を持っているようだし……探偵が個人で捕まえる相手としては、危険過ぎるか。


 当てにならないと言われる現代警察だが、流石に装備に置いては探偵を上回っている。

 拳銃を合法的に所持できることも、シールドを構えた機動隊や爆発物処理班を抱えているのも、警察の特権だ。

 大した威力ではなかったとは言え、襲撃中に爆弾を投げてきた相手の性格を考えると、ここからは警察に任せるしかないようだった────。




 こうして、僕と終夜は警察車両で刑事たちに今回の推理を話した。

 本郷キララの証言を抜きにしても、様々な点から守屋一は疑わしい、と告げたのだ。

 状況が状況なのですぐに信じてもらえたその推理は、警察無線を介して伝言ゲームのように広がっていき、藤間刑事はバタバタと忙しそうにしていた。


 何にせよ、推理を信じてもらえたなら、そこからの僕たちにはやることがない。

 約束通りに香宮邸まで送ってもらって、普通に帰ることになった。


 これによって、ようやくこの月曜日は終わった。

 朝に通学路で襲撃され、病院に向かい、三人の容疑者に取り調べをして、本郷キララの家を張り込みして、最後に推理までした。

 つくづく、長い一日だったと思う。


 因みに、この長い一日の締めくくりとなる最後の仕事は、僕がやった。

 警察車両から下りるところで、ちょっとしたお願いをしたのだ。


「本郷キララの件ですが……本人から、ちゃんと子どもを産んだ日のことを聞いておいて欲しいんです。そしてその日、つまりあの赤ん坊の誕生日を記録してあげてください。あの子は将来、それが正確な物なのかを気にするかもしれませんから」


 突然の依頼に藤間刑事は少し驚いた様子だったが、律儀に「取り調べの一環として必ずお聞きしますから、心配しなくても大丈夫ですよ」と答えた。

 それを聞いて安堵した僕の頭を、隣にいた終夜がポンと優しく撫でた。

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