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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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ルサンチマン

 男の人生は、コインロッカーに捨てられたことから始まった。

 約三十二年前……年代的には探偵狂時代の初期が終わって、本格的に名探偵の指揮下でこの国が動き出した時期。

 当人も知らない理由で、男は捨てられた。


 しかし、男は幸運だった。

 捨てられこそしたが、衰弱死する前に発見されたのだ。

 冷たくなってから見つかることも多い数多の同胞とは違って、男は産声と共にコインロッカーの中から救出された。


 故にその後辿ったのは、この時代ではよくあるルートである。

 ひとまずは乳児院に送られ、ある程度大きくなってからは幻葬市の児童養護施設に入所。

 他の子どもたちと共に、そこから幻葬市内の学校に通う生活が始まった。


 更にこれまたよくある話として、バイトを始めた。

 子どもの立場では、自由に使える資金は少ない。

 その不都合を埋めるためにも、男はバイトに精を出した。


 これは、本人も取り調べの中で明言していた話だ。

 昔は乳児院でバイトをしていたと。


 自分がかつては世話になっていた場所だから、働く動機はある。

 慢性的に人手不足で困っているような施設なので、バイトをしたいと言えば断られることは無かった。

 旧時代の価値観であれば、乳児の世話を学生に任せるなど論外だっただろうが……こんな時代だからこそ、とにかく人手があればいいと、バイトに子育てを任せることもよくあることだった。


 証言の内容から、バイトをしていた時期も推測できる。

 男は現在三十二歳なので、計算すると十五、六年前の話だ。

 丁度その頃、男は乳児院にいた。


 そうすると、奇妙な符号が見つかる。

 約十六年前の乳児院というのは、とある事件関係者にとって重要な場所なのだ。

 他でもない……九城空の人生にとって、欠かせない場なのである。


 だってそうだろう。

 後に九城空と名付けられるその赤子もまた、コインロッカーで発見され、乳児院に運び込まれた。

 これが、十六年前の幻葬市で起きていたはずなのである。


 幻葬市に乳児院は一つしか設置されていない。

 故に、遭遇しなかったとは考えにくい。

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 ただしこの時は、男はその赤子を特に気にかけた訳ではなかった。

 あくまで、バイト先の乳児院に大勢いる赤子の一人としか認識していなかったから。


 名前すら無かったその子どもに、特別に注目する理由は無い。

 強いて言えば、自分と同じくコインロッカーベイビーであるという特徴はあるが、それだけだ。


 しかし、しばらく経って────男は、その赤子に特別に注目することになる。


 何故、注目することになったのか?

 簡単だ。

 その赤子が、発見者によって引き取られたからだ。


 引き取られた九城空自身が、つい先程言及していた。

 乳児院から引き取られるような子は、今時少ない。

 里親になってくれる人など、かなり限られている。


 だから九城空の義父は、かなりのレアケースだった。

 コインロッカーベイビーを発見しただけでなく、その子の後の人生まで気にかけた。

 加えて、既に「外」で就職しているにも関わらず引き取りに来たのだから。


 このようなお人好しは、現代では滅多にいない。

 当然、乳児院でも噂になったことだろう。

 珍しい人もいるものだと職員たちは雑談に興じて……自然と、バイトの耳にも入った。


 九城という名前の男性があの赤子を引き取った。

 話によれば、空と名付ける予定らしい。

 その程度のことは男も知ることになった。


 こうして、男は九城空のことを他の赤子よりも強く印象に残した。

 自分と同じ出自ながら、珍しく里親に引き取られた子がいた。

 そんなことを記憶に留めた。


 しかし男は、その後は九城空とは関わらなかった。

 しばらくは会うことも無かったのだから、当然のことだろう。

 ちょっと変わった子がいたな……そんなぼんやりした思い出だけが残った。


 やがて普通に学校に通い続けた男は、幻葬高校に入学する。

 これまた、よくあるルートだ。

 慣れ親しんだ幻葬市から「外」に出ることを嫌い、幻葬高校への入学を目指す児童養護施設出身者は多い。


 入学に成功する程度には、男は賢かった。

 ただし後の職業を参照する限りでは、探偵に向いてはいなかった。

 単純に授業についていけなくて卒業できなかったのか、或いは卒業は何とかしたものの、自分には探偵は無理だと諦めたのか……どちらにせよ、男は探偵にはならずに警備員になる道を選んだ。


 幻葬高校の選択授業を上手く使えば、体術を優先的に学ぶことも可能であるため、それを生かしたのだろう。

 優秀な探偵にはなれなかったものの、警備員への就職に必要な技術を修めることはできた。

 かくして、男は幻葬市内に展開する警備会社に就職した。


 恐らくは、真面目に働いたのだろう。

 男が就職した警備会社は幻葬高校の警備までこなす名門であり、男もまた学校内の警備に携わることになった。

 元々幻葬高校出身ということで、内部に詳しいと目されたのかもしれない。


 こうして、男は幻葬高校の警備員として働いていたが────しばらく経過してから、三つの転機が生じる。


 一つ目の転機は、あの時の赤子。

 高校生となった九城空が、幻葬市に引っ越しをしてきたのだ。


 直に会った訳ではないが、男はそのことをすぐに知った。

 何故かと言えば、幻葬高校で学生たちが盛んに噂をしていたからだ。


 香宮邸で同居人を募集したら、どうも詐欺師ばかりが集まったらしい、だけど九城空っていう「外」から来た学生がトリックを見抜いて、結果として倉庫に住むことが認められたようだ────「情報」専攻の坂東彰が言及したように、この噂はかなり広まっていた。

 終夜雫や香宮凪に劣らず、九城空も幻葬高校では有名人なのである。

 学内を巡回する警備員である男もまた、その名前を自然と聞くことになった。


 年齢が一致しており、「外」から入学してきたという事情にも矛盾はない。

 すぐに、男はあの時の赤子が幻葬高校の学生になったと確信した。

 無論、それだけで本人に話しかけるようなことはなく、あくまで一方的に知っているだけではあったが……男としては、目を見張る出来事だった。


 これが、一つ目の転機。

 そして一ヶ月もしない内に、二つ目の転機が訪れる。

 九城空について、もう一つの噂を聞くことになったのだ。


 この時期、幻葬高校では優月という学校教師が殺害されるという事件が起きていた。

 最終的にそれは終夜雫たちによって解決されたものの、物騒な目撃談を生むことにもなっている。

 事件終盤の犯人確保において、終夜雫は九城空を囮にして犯人をおびき出したらしい、という話を聞いたのだ。


 これまた情報屋の間で噂になっていた──だからこそ、犯人の攻撃を捌いた九城空は実は強いのでは、という考察が生まれたのだ──話だから、男でも知っていただろう。

 そもそも、犯人が取り押さえられた際に真っ先に駆け付けたのは、男の同僚でもある警備員たちなのだ。

 彼らから話を聞けば、明らかに九城空の了解を得ずに犯人確保が行われたらしいことは十分に察することができただろう。


 こうして事件の経緯を知った男は……。

 かなりの不快感を抱いた。

 自分が幼少期から知る九城空が、資産家の娘であり名探偵の孫である終夜雫に、良いように使われているように見えたのだ。


 男は元々、同じコインロッカーベイビーとして九城空にある程度のシンパシーはあったと思われる。

 発見者に引き取られたという珍しさもあって、個人的に注目していた。

 その少年が何やら危険な目に遭わされているとなれば、そう愉快な気分にはなれなかった。


 つまり、ここで男は幾らかの悪印象を抱いたはずなのだ。

 九城空を利用していたらしい終夜雫や、それに同意したかもしれないもう一人の同居人、香宮凪に対して。

 彼女たちが同居人を酷くこき使っているかのような印象を、男は勝手に抱いていた……これが、二つ目の転機。


 そして最後、三つ目の転機。

 これは、先二つの転機とは比べ物にならない程の影響を男に与えた。

 ……長らく務めていた警備会社を、クビになったのだ。


 丁度この時期、終夜雫たちが学校教師の殺人事件を解決したことで、一つの事実がついでに解明されていた。

 事件の容疑者の中に、警備員の立場を利用してストーカー行為を働いていた人物がいたことが分かったのだ。

 男からすると、同僚が不適切な行為をしていたことになる。


 一応、殺人そのものとは関係のない不祥事だった。

 しかしこれが露見したことで名探偵が怒り、学内の警備を担当する会社を変えてしまう。

 元々の警備会社としては、大口の仕事先がなくなってしまった訳だ。


 必然的に、業績は悪化。

 すぐさまリストラに走った。

 幻葬高校を警備するのなら、広大な敷地をガードするために膨大な人員が必要だが……そこの警備をしなくなった以上、雇う人員はもっと少なくても良いのだから。


 結果として男はクビになり、一瞬で無職になった。

 探偵の道を諦めてから進んでいた道が、強制的に途絶えてしまった。


 これは、男の心情的には辛い出来事だった。

 自分が何か悪いことをした訳ではないにも関わらず、いきなり職を失ったのだから。

 今までの仕事に満足していたのなら、尚のことショックだったであろう。


 コインロッカーベイビーだった男の立場では、誰か他の親戚を頼ったり、家業を手伝ったりすることは不可能。

 頼れる当てなど存在せず、慌てて就活をすることになった。


 しかし、再就職への道は厳しかった。

 現時点でも無職なのだから、すぐに再就職できなかったことは容易に想像できる。

 不祥事で名探偵に見限られた警備会社の一員だったという経歴がマイナスに働き、就活は中々上手く行かなかった。


 必然的に、男の生活は苦しくなった。

 元々の生活状況にもよるが、警備員の仕事で大儲けのチャンスはそうそうない。

 貯蓄などもあまりなかったと思われる男の環境では、ゆったりと仕事を探すなどということはできなかった。


 だから……次第に男は恨み始めた。

 自分を無職に追い込んだ人間の全てを。


 例えば、男をクビにした警備会社。

 例えば、問題行動をとった元同僚。

 例えば、警備会社の変更を決めた名探偵。


 そして……殺人事件を解決した終夜雫もまた、恨みの対象となった。


 自分の知るコインロッカーベイビーをこき使っているらしい、名探偵の孫娘。

 そんな少女が事件を解決して、その余波で自分は警備会社をクビになった。

 どうしてだ、どうしてあんな女がのし上がって、自分は生活苦にあえがなくてはならないんだ……そんな気分になった。


 一度恨み始めると、際限なくそれは膨らんだ。

 幻葬高校に通ったにも関わらず探偵にはなれなかったこと、警備員として働く中でのストレス、大前提となる自分の生まれ。

 様々なことを考えて、男は暗く深い感情に溺れて行った。


 そうしている時だ。

 マスコミに広がっていた情報を介して、とあるニュースを耳にした。

 羽生晶子という殺人犯が、近々保釈されるというのだ。


 元々は、男はそんな人物には大した興味が無かった。

 フェザーフーズの社長令嬢など、何の関係もない相手だ。

 羽生邸の事件が起きた頃はまだ真面目な警備員であり、それに注目する理由も無かった。


 しかしこの時は、男はそのニュースを気にした。

 何せその一件は、終夜雫によって解決した殺人事件なのだから。

 終夜雫を自分をクビにした元凶の一人だと認識していた男にとって、彼女に関わる事象の全ては注目に値した。


 終夜雫の手で捕らえられた殺人犯。

 ある意味では男と同じく、終夜雫の活躍の礎になった存在であり、男から見れば同情できる相手だったかもしれない。

 しかしニュースを聞いた際、男は羽生晶子に同情などできなかった。


 何故か?

 彼女が、「鳥籠娘」だったからだ。

 コインロッカーベイビーである男とは違う、いいとこのお嬢様だったからだ。


 世間の多くに非難されたように、男もまた、彼女の犯行動機を理解などできなかった。

 贅沢者のワガママとしか捉えなかった。

 生まれ故に様々な苦労を背負い、やっと見つけた仕事すらクビになった男からすると、自由を欲した「鳥籠娘」は僻みと嫉妬の対象だったのだ。


 終夜雫に捕まった、という点も気に入らなかった。

 もしかするとこの人物を捕まえたことで、終夜雫は殺人事件の解決に対して自信を持ち、男がクビになる元凶となったあの事件の解決にも関わるようになったのではないか……そう考えたからだ。

 難癖ではあるが、羽生晶子は終夜雫が活躍する切っ掛けを作った存在であり、彼女を憎む男にとっては敵だったのだ。


 そんな少女が、のうのうと保釈してくるらしい。

 人を殺しておきながら、資産家の娘である故に外に出てくるらしい。

 それを知ったことで、男は自然と動いていた。


 最初から殺意があったかは分からない。

 ただ単に、羽生晶子に関する写真なり証言なりを手に入れて、苦しい生活を支える小遣い稼ぎがしたかっただけかもしれない。

 羽生晶子に世間の注目が集まっていた以上、素人のタレコミであろうと買い取る雑誌や新聞はあったことだろう……最初はそんな、嫌がらせ兼金稼ぎ目的だった可能性もある。


 ノートパソコンを持っていたのは、羽生晶子の情報を移動中でも調べるため。

 会社の資料については、再就職のために普段から鞄に入れっ放しになっていただけ。

 スーツ姿だったのは、マスコミ関係者に紛れ込める服装を探している内に自然とそうなったのだろう。


 凶器となったナイフも最初から持っていたはずだが、護身用のナイフを持つ程度なら、今の時代ならよくあることだ。

 留置場に向かった時点では、男の真意が殺人にあったと断定はできない。

 他の記者たちと揉み合いになることを考慮して、拳の保護のために軍手を身に着けていた可能性はあるが、それだけでは犯罪ではない。


 その後、羽生晶子の居場所を掴んだこともしかり。

 彼女がB17区に逃げ込んだのは偶然であり、いち早く男がその場所を掴んだのも偶然だ。

 ただ何となく、コインロッカー付近を捜してみたら偶々見つけた、というのが真実だろう……自身の過去のせいで、男の脳内では「駅の中で人に見とがめられない場所=コインロッカー」という認識になっていたから。


 運良く、男は羽生晶子を見つけた。

 同時に男が見たのは、用事があった弁護士に去られて、車椅子に乗ったままポツンと脇道に控えている少女の姿だった。

 羽生晶子は、男が思っているよりも遥かに無防備な姿をしていた。


 故に────魔が差した。

 生活の不満、自身の現状、社会への絶望、「鳥籠娘」への反感、今まさに自分の胸元にナイフがあるという状況。

 気が付いた時には、男はナイフを少女の胸に突き立てていた。


 早業だったはずだ。

 あっという間に、男は羽生晶子を殺すことに成功した。

 軍手を持参していた甲斐があってか、指紋も残らなかった。


 無論、すぐに自分がとんでもないことをしたと自覚したはずだ。

 殆ど見ず知らずの少女を、衝動的に刺し殺したのだから。

 慌てて、男は周囲の自分の痕跡を消すことに躍起になった。


 自分の痕跡が残っていそうな場所は拭い取って。

 持っていた荷物の中から、ノートパソコンと会社の資料を別のコインロッカーに預けて、「これらを預けるためにB17区に来た」という言い訳が成立するようにした。

 そして、その最中────羽生晶子の死体を、手近なコインロッカーの中に詰め込んだ。


 大して意味のある行動ではない。

 ただ、ある種の意趣返しがしたかっただけだ。


 贅沢な理由で人殺しをしたらしい「鳥籠娘」を、かつての自分と同じくコインロッカーの中にすし詰めにする────そうすることで、憂さ晴らしがしたかっただけ。

 どうだ、苦しい環境の中にいる人間の気持ちを思い知れ、と死体相手に説教したかっただけ。

 そうやることで、自分を苦しめた社会そのものに訴えたかっただけ。


 たったそれだけの理由で、男は死体をコインロッカーの中に捨てた。


 これら全ての行為は、十分程度で行われた。

 元より周囲をベタベタ素手で触るようなことはしなかったため、その程度の時間でも足りたのだ。

 車椅子は適当に放置して、男は何事もなかったかのように現場を立ち去った。


 しかし、頭の中は次の計画のことで一杯だった。

 男は今、個人的に気に入らなかった資産家の娘を一人、殺した。

 だったらもう……一人も二人も同じではないか?


 ならば、もっと殺さないといけない相手がいる。

 自分をこんな目に遭わせた元凶である、どうせ大した苦労もしていないであろう資産家の娘がいる。

 自分の同胞である九城空も、殺人事件で囮にされていたことからすると、その娘のせいで苦労しているらしい……なら、殺さない理由なんて無いだろう?


 幻葬高校の警備をしていた経験から、その娘が使うであろう通学路の推測はできる。

 事件があった時は、通学路を巡回するのも警備員の仕事なのだから。


 幾らか候補の道を絞り込み、適当な場所で待機してやれば、目的の相手はきっと通りすがってくれるだろう。

 かつて見た登校風景からすると、女子二人で登校することが多いようだ。

 だったら、九城空を巻き込まない形で襲うことだってできる。


 元々使っていたナイフは、死体に刺しっ放しになって失ってしまった。

 仕方がない、また別の武器を使おう。


 警備員時代に使っていた警棒なんかはどうだろう?

 あれだけでも、頭を殴れば十分に致命傷になる。

 即死できないような、より苦しい死を与えるためには……あれが適当かもしれない。


 何なら終夜雫ではなく、その周囲の人間から狙おうか?

 同居している香宮とかいう娘も、自分がクビになる契機となったあの事件の解決に加担していた。

 いかにもひ弱そうだったあの娘から狙えば、更に苦しめられるのではないか……。


 守屋一の殺意は、もう止まらなかった。

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