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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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救いは何処に

 ────そして時系列は戻り、夜の川のほとり。


 警察が赤ん坊を病院に連れていく中、うなだれた様子の本郷キララは複数の刑事に取り囲まれ、パトカーへと乗せられていった。

 最早、抵抗する気力もないらしい。


「とりあえずは、子どもを置き去りにした容疑での確保となりますかな。保護者であるはずの人間が、明らかに保護対象を捨てていた。あくまで一時的に置いただけだとゴネられたら面倒でしたが、本人もそんな主張をする気はなさそうですな」


 終夜からの連絡に応じて来てくれた藤間刑事は、律儀に僕たちにそんな報告をしてくれる。

 最初に電話した時点では、「物証も無い中で個人の家に踏み込むことはできない、赤ん坊が本当にいるかも確証はない」と及び腰だった彼だけれど、流石に目の前でああされたら動いてくれるらしい。

 何とか説得して張り込み現場の近くに待機してもらっていたのだが、それが報われた気がした。


「刑事さんたちも、ありがとうございました……あの人、すぐに署に連行を?」

「いえ、本当はそうするべきですが、一先ずパトカーの中で詳しい話を聞きます。お二人の話が正しいのなら、彼女は保身のために死体発見に関する正確な証言をしていなかった様子。本当は、羽生晶子を殺した犯人についても新事実を知っていたのかもしれない……可能な限り早く、それを聞き出さないといけませんから」

「警察の方も急いでいるんですね、例の事件については」

「それはそうです。何せ、爆弾が出てきましたからな。いやまあ、まだ羽生晶子殺害犯と爆弾を持つ襲撃者が同一人物だと決まった訳ではありませんが……それでも、早く解決しないと爆弾で次の被害が出る恐れがある」


 だから警察としても、この件については全力で捜査しているんですよ────そう言いながら、藤間刑事はぐっと拳を握った。

 確かに、羽生邸で出会った時や森で白骨死体を見つけた時と比較しても、かなり力が入っているように見える。

 現代の警察の全力に果たしてどのくらいの実益があるかはともかく、警察が早期解決に注力しているというのは朗報だった……彼の言う通り、襲撃犯が爆破テロみたいなことをやる可能性がある以上、猶予など無いのだ。


「では、私はパトカーの方で取り調べに参加してきます……お二人は、少しここで残っていてください。まだ聞きたいこともあるので」


 そう言って、藤間刑事はせかせかと本郷キララを乗せたパトカーへと駆け出していった。

 待機することになった僕は、何となく近くにあったパイプガードを椅子代わりにして休むことにする。

 すると、黙って隣に座った終夜が、僕の背中をそっと撫でた。


「九城君、背中は大丈夫?尾行のために足音を消して歩いたけれど、あれって慣れていないとかなり負担がかかるでしょう?傷が痛むような感じは……」

「あ、ああ……大丈夫だよ。湿布のお陰で、痛みは割と良くなってるから」


 こうして終夜に撫でられていると、寧ろくすぐったくなってくるくらいだ。

 小さなパイプガードに隣り合って座っていることもあって、距離が近い。

 終夜の髪の香りがした。


 ただし、それに胸をときめかせるような旧時代の感性は、残念ながら僕の中からは失われていた。

 もっと、気にしないといけないこともあったから。


「あの子が……死んでなくて良かった」


 藤間刑事の帰還を待ちながら、僕はポツリと呟く。

 はあ……と、ため息も吐いた。


「……アンタ、ずっと心配していたものね。もしかすると、もう赤ん坊は死んでいるのかもしれないって」

「ああ、そうだね……可能性としては、決して低くはなかったから」


 僕たちのこの張り込みは、赤ん坊はまだ生きているはずだ、という仮説を前提としていた。

 まだ生きているからこそ、もう一度捨てに来るかもしれないと予測していたのだ。


 だけど実際のところ、赤ん坊が生きている確証なんてどこにも無かった。

 ただでさえ、電気やガスを止められているような状況なのだ。

 捨てるのに失敗したからいっそのこと、と避けていたはずの子殺しを本郷キララが行うだとか、もしくは単純に子どもが衰弱死してしまっている可能性は割と高かった。


 僕たちを部屋に入れなかったのは、泣き声を聞かれるのを避けるためではなく、赤ん坊の死体が見つかるのを避けたかったからではないのか。

 いや何なら、もう死体を捨て終わっている可能性もあるのではないか。

 その場合、僕たちの行動など全て無駄だったことになり、誰も救えなくなるんじゃないか……そんなことを、ずっと考えていた。


 幸いにして、その予想は外れてくれたらしい。

 衰弱自体はしているようだけれど、彼女の子どもはちゃんと生きていた。

 勿論、このまま川べりに放置されていたらその内死んでいた可能性は高いため、本郷キララに良心が残っていたとは言い難いところだけれど……。


 最初にコインロッカーに捨てようとした時もそうだが、とにかく捨てる場面を誰かに見られないようにすることだけを考えていて、「せめて赤ん坊を誰かに拾われやすい場所に」なんて考えはなかったのだろう。

 だから、ああ言うことをした。

 長時間見張っていたのは、結果的には正解だったことになる。


 ──まあ、生き残ったのは幸いにしても……あの子にとっては、これからが長いんだろうけど。生き延びたからこそ、これからの人生は辛く、長くなる。


 しかしそこで、僕はこんなことまで考えてしまう。。

 意地の悪い考えではあったが、自分でも正論だと思った。。


 あの子がここからどう生きていくのかは、僕にも分からない。

 本郷キララには頼れる親族がいないとも言っていたから、誰かに引き取ってもらうのは難しいだろう。

 かつての僕のように、まずは乳児院に入るのだろうか?


 乳児を引き取る里親はこの時代ではかなり少ないから、そこで成長して、児童養護施設に移ることになる可能性が高い。

 そこから先はどうなるのか……ぼんやりと考えていると、終夜がじっと僕の横顔を見つめていることに気が付いた。


「……どうかした、終夜?」

「んー、いや、何て言うか……また九城君、嫌なことばかりを考えているんだろうなあって思って」


 真顔で言われて、思わず苦笑する。

 いつの間にか、僕はネガティブな推理ばかりする人だと認識されていたらしい。

 香宮もそんな対応をしていた辺り、捨て子に絡んだ推理をしている時の僕は、そんなにも暗い顔をしているのだろうか。


 そして厄介なのが、この指摘が図星であることだった。

 あの子のこれからについて考える中で、僕は嫌な可能性に思い至っていたのだ。

 ついつい、それが口から溢れてしまう。


「まあ、あの子のこれからは、きっと大変なものになるから……そう言うのを想像すると、落ち込んでくると言うか。それに……」

「それに?」

「今回の一件については、間違いなく警察の記録に残ってしまう。だから……あの子が何時か成長した時、自分がどうして捨てられたのかは、容易に辿ることができるだろう。それって、場合によっては何も分からないよりも残酷なんじゃないかなって……そう思って」


 そこで口を止めた僕は、探偵狂時代の捨て子事情について思い出していた。

 一度、義父さんの手でカウンセリングに連れていかれた際に聞いた話を。






 再三言っているように、僕はコインロッカーベイビーであり、両親については何の記録も残っていない。

 警察も見つけていないし、手紙一つ残っていなかった。

 だからこそ、こうして幻葬市に移住してまで調べようとしているのだ。


 ただ実を言うと、僕のような行動をするのはかなりの特殊ケースだ。

 多くの捨て子は、自分が捨てられたと知っても、こんな調査なんてしない。

 各々、適当に心の中で自分の生まれのことを割り切って、「外」の世界で頑張って生きているらしい。


 では、どう割り切っているのか。

 実は流行りの手法があるんだ、とやる気なさげなカウンセラーは言っていた。

 簡単に言えば、真実が分からないのを良いことに、自由に経緯を後付けするそうなのである。


 例えば、「両親は自分を愛していたけれど、泣く泣く捨てざるを得なかったのかもしれない」とか。

 或いは、「両親は悪い人間に追われていて、そいつらから隠すために一時的にコインロッカーに自分を隠したんだ。だから本当は捨てる気は無かったんだ」とか。

 そんな風に、「実は自分は愛されていたんだ、決して親に不要だと思われた訳じゃないんだ」と考えることで、自己肯定感を上げるようにするのが、「外」で流行っているやり方だそうだ。


 僕はこの手法が受け入れられず、実際に幻葬市に来て真実を確かめることを選んだ。

 所詮、そんなものは自分にとって都合のいい妄想を捏造するだけだと思ったから。

 ただ、あくまで僕個人は無理だったというだけで……自分以外の人間がこの手法を使うことについては、全く否定する気は無かった。


 人の立ち直り方は人それぞれだ……よっぽど他者に迷惑をかけるものでない限りは、どうこう言う筋合いはない。

 本当に彼らが愛されていた可能性だってあるんだから、そう信じて生きていくのも一つの生き方だろう。

 どうせ真実が分からないのなら、自分の都合の良いように解釈しておけばそれで良い、ということだ。


 いくらでも穴埋めできることを考えれば、過去が空白であるのはとても便利なことである。

 その便利さを生かしたこの割り切り方は、今の時代らしい発明と言えた。

 真実が重視され、探偵が尊敬されるこの時代でも、人が立ち直るためには真実は邪魔なのだ。


 しかし……あの子は違う。

 今回の一件は警察の記録に残るから、成長してから少し調べれば、割と簡単に「自分が捨てられた時の状況」は分かるだろう。

 母親は生活が苦しくて、何度も自分を捨てようとしていて、しかもそれで捕まりたくなかったから別の事件の証言で嘘までついていた──我が子を捨てたことへの責任から逃げる気満々だった──と、確実に知ることになるのだ。


 なまじ事件記録が残っているからこそ、「外」で流行っているような過去の捏造はできない。

 自由な穴埋めは不可能で、ちょっと調べたらすぐにこの真相が分かってしまう。

 真実が分かってしまっているがために、救いの余地が少ない。


 だからあの子の未来は、ひょっとすると他の捨て子たちよりも苦しいものになるかもしれなかった。

 今日の僕は、あの子の命を助けた代わりに、あの子の未来における救いを一つ減らした。

 生きてくれていたことを嬉しいと思いながらも、こう考えると、僕の行為は果たして良かったのか────。






「将来が苦しくなるかもしれないんだから、あの子を助けたのは間違いだったのかもしれない……なんて馬鹿なことを考えてるんじゃないでしょうね、アンタ。いかにも暗いこと考えてそうな顔だけど」


 ぼんやりと黙考していたところで、自分の考えをズバリと終夜に当てられ、僕をびくっと肩を跳ね上げる。

 慌てて隣を見ると、終夜はやっぱり、と言いたげな顔になっていた。


「……そんな顔してたかな、僕」

「してたわよ。夜の暗闇と同化して、そのまま溶けて消えそうに思えたくらい」

「どんな顔だ、それ」


 流石にツッコミを入れると、終夜は分かりやすくニコッと笑った。

 見ているだけで、こちらに活力を分けてもらえるような強い笑顔。

 その顔のまま、彼女は僕の頭をガシガシと乱雑に撫で始める。


「え、しゅ、終夜……?」


 驚いた僕は抗議するけれど、彼女は動きを止めなかった。

 いやそれどころか、急に手を止めた終夜は僕の頭を両手で挟むように持ったかと思うと、段々と自分の顔に近づけてくる。

 やがては、自分の額をコツンと僕の額にくっつけた。


 現場検証をしていた警察官や、騒動を聞きつけたらしい野次馬が、ぎょっとこちらを見たのがはっきりと分かる。

 勿論、僕も全く同じリアクションをした。


「ちょ、終夜。皆、見てる……!」


 慌てて制止するが、終夜の方が動きが早い。

 僕の頭を丸ごと抱えて、彼女は瞳を閉じた。

 傍から見ると非常に誤解を生みそうな体勢のまま、そっと語り始める。


「アンタがどう考えたかは知らないけど……私は、今日のアンタの行為は気高い、格好良い物だったと思う。あんな所に捨てられたら、衰弱した赤ん坊なんてすぐに死ぬ恐れもあった。あの母親はただ捨てただけだって言い訳するだろうけど、やっていることは殺人未遂に近い……それを九城君は、推理で止めてみせたんだから」

「……終夜」

「勿論、あの子の未来が苦しい物になることは否定しない。でも……そんなの、今の時代だと全員そうじゃない?人には人の不幸がある。一点の曇りなく幸せな人間なんて、この時代だとそうそういないわ。誰しもが、生きていればもっと不幸になる可能性はあって……あの子は、そんな世界の一員になったってだけ。例えこれから不幸な未来が待っているとしても、アンタが責任を感じる必要はないと思う」

「……どうせ皆いつかは苦しくなるんだから、大して気にしなくても良いってこと?」

「少し違う。どれだけ将来が苦しくても、それでも今、命を救ったことは尊いって言いたいの。例えばアンタは昔、『外』に住む義父に命を救われたんでしょう?私に過去を打ち明けてくれた時には、今でも凄く感謝してるって言ってたでしょう?その上で、アンタは……『こんなにも苦しい人生なら、コインロッカーの中で死んでおけば良かった』なんて考えたことある?義父の方も、『助けない方が良かった』なんて考えていると思う?……違うでしょう?」

「……」


 ……確かにそうだ、とすぐに思った。


 僕はかつて、義父さんの手でコインロッカーの中から助け出された。

 その後、誕生日が分からないことに悩むこの人生が始まったのだけど……それでも義父さんに対して、「何で助けたんだ」なんて言ったことは一度もない。


 単純に、そんな恩知らずな考えを抱いたことは無かったから。

 自分の誕生日が気になるのはあくまで僕の事情であり、僕を助けてくれた義父さんへの感謝が消えることはない。


 また義父さんの方だって、「こんな苦しむのなら、助けない方が良かったんじゃないか」なんてことは流石に考えていないだろう。

 いくら何でも、そこを疑うことはない。

 あの人は、本当に呆れるほどに良い人なのだから。


 終夜は要するに、あの子についても同じ理屈を使えと言っているのだ。

 きっと義父さんが僕を救って良かったと思ってくれているように、僕もまた、あの子を救えて良かったとだけ思っていればいいのだと。

 そう言ってくれていた。


 彼女の励ましは的確で、力強くて。

 いつの間にか……僕はハハッと笑っていた。


「終夜って……本当に、不思議な人だな。繰咲駅でもそうだった。何か、こうしているだけで元気になってくるよ」

「誰も彼もが元気じゃない時代だもの。私くらい、元気でいても良いでしょう?」


 そう言って、彼女は瞳を閉じてじっと身を寄せた。

 くっついている額から、自身の熱を分け与えているように。

 周囲からは奇異な目で見られながらも、僕たちはしばらくそのままでいた。

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