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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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とてもとても身近な話

「……彼女は晶子さん殺害の犯人じゃないし、今朝の襲撃者でもない。本当にただただ、生活が苦しくて子どもを捨てようとしただけの人だ。そんな人が偶然B17区に来ていたから、話がややこしくなっていた」


 後部座席の床をずっと見ながら、僕は語り続ける。

 彼女がしたことを、そしてこれからするであろうことを。

 それを話さないと、終夜と危機感を共有できない気がしたから。




「彼女がどのタイミングで子どもを捨てようとしたのかは分からない。そもそも、相手の男に捨てられたタイミングも分からないしね。妊娠中に煙草を控えていたことからすると、少なくともその時期は真っ当に育てようとしていたのかもしれないけど」


「出産した後に男に逃げられて、一人では育てられないと判断して捨てる気になったのか……それとも妊娠中に男に逃げられて、もう堕胎できない時期になっていたから産まざるを得なかったのか……」


「いっそのこと殺そう、という考えは無かったんだろう。それができたのなら、最初からやっているはず。良心が咎めたのか、自分でやるのは躊躇われたのか……彼女は殺すのではなく、捨てることを選択した」


「ただ捨てるにしても、今の時代だと中々難しい。児童養護施設や赤ちゃんポストが満杯になっているような時代だからね。特に幻葬市だと監視カメラも多いから、下手に分かりやすいところに捨てると、カメラで子どもを捨てる自分の姿が撮影されて、普通に捕まる恐れがある」


「多分、子どもを捨てたいけど、捕まりたくはなかったんだろう。彼女は頭を捻った。どうにか、自分が捨てたとバレずに子どもを捨てる方法は無いかと」


「それで目を付けたのが、繰咲駅のB17区にあるコインロッカーだ。あそこは端っこにあるから人が少ないし、監視カメラもB16区からB17区に繋がる小道を映す物だけ。B17区の奥にあるコインロッカーの様子を映すようなカメラは一つもない」


「つまり、コインロッカーに赤ん坊を押し込んだところで、すぐには見つかりにくいということだ。それこそ事件当日のような比較的早い時間なら、まず見つからない」


「だから彼女は、午前中に繰咲駅に出向いて子どもを捨てることにした」


「ただし一つ、B16区からB17区に繋がる小道を通る時だけは、小細工を弄した」


「さっきも言ったけど、ここにだけはちゃんと監視カメラがある。だからもしも普通に子どもを抱っこしていたら、カメラの映像を詳しく見るだけで、彼女の行為はバレてしまう。『あれ、この人、B17区に向かう時には赤ん坊を抱っこしているのに、帰ってくる時には手ぶらになってるぞ、あの子はどうしたんだ』って疑問に思われるだろうから」


「だから彼女は行きの時点から、子どもなんていないかのように振る舞わなければいけなかった。子どもを普通に抱っこしてはいけないし、泣き声だって聞かれてはいけなかった」


「そのために、子どもを元々持っていたリュックサックに詰め込んだんだろう。生まれたばかりの赤ん坊なら、リュックサックにだって余裕で入る。薬か何かで眠らせたのか、単純に寝かしつけたのかは分からないけど……少なくともすぐには泣きださないようにしてから、彼女はリュックサックを背負ってB17区に向かった」


「勿論、使用するコインロッカーはB17区に入ってすぐの場所じゃない。メインの通路に面している場所だと、子どもをコインロッカーに詰める様子が目撃されやすい。だから脇道にそれて、奥の方にあるコインロッカーを使おうとしたはずだ」


「そうして脇道に入ったところで……彼女は、通路に放置されていた車椅子を発見したんだと思う」


「最初に言ったように、本郷キララは殺人事件の方の犯人じゃない。赤ん坊を抱えて右往左往していた彼女に、保釈されたばかりの令嬢を殺す暇はない。殺人とは全くの無関係である以上……彼女がB17区を訪れた時点で、晶子さんはもう殺されていたんだろう」


「だから、晶子さんが使っていた車椅子もまた、既に通路で捨て置かれていた。僕が見た時と同じように」


「本郷キララも不思議に思ったはずだ。何でこんなところに、車椅子だけが放置されているのかって」


「疑問のあまり、周囲のコインロッカーの様子を確認した。誰か隠れているんじゃないか、なんて不安になったのかもしれない」


「その流れで……偶然、晶子さんの死体を発見したんだろう」


「そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「死体が入っていたコインロッカーを、彼女は僕が来る前に解放していた……だから、コインロッカーに指紋が残っていたんだ。そこのコインロッカーにしか指紋が付着しなかったのは、単純に一発で引き当てたってだけだろう」


「想像になるけれど、見つけた時は凄く驚いただろうね」


「自分が子どもを捨てようとするだけでも心臓がバクバク言っていただろうに、その状態で他殺死体まで見つけたんだ。絶叫して気づかれなかったのは奇跡に近い……多分、赤ん坊を起こさない方が良いと思って、努力して声を抑えたんだろうけど」


「何にせよ、彼女は見つかった死体に対して対応する必要に駆られた」


「普通なら、一も二もなく通報すべき場面だ。警察じゃなくても、誰か探偵を呼んでも良い」


「だけど、彼女はそれができなかった」


「だって、今まさに子どもを捨てようとしていたところだったから」


「もしも大真面目に警察なんて呼んだら、絶対に問い詰められる……『通報ありがとうございます、ところで貴女は、何の用事があってB17区を訪れていたんですか。どうしてお子さんを抱っこしてあげずに、リュックサックに入れているんですか?』なんて感じで」


「監視カメラ対策のリュックサックが、ここで仇になった訳だ。いくら何でも、通りすがりの通報者にしては不審過ぎる」


「捕まりたくなかった彼女としては、それが嫌だった。だから彼女は、晶子さんの死体を見て見ぬふりすることにした」


「いつか、誰かが発見するだろう……そう思って、立ち去ることにしたんだ」


「そして、一時的にせよ子どもを捨てることも中止した」


「何せ、彼女が子どもを捨てようとしたコインロッカーには、既に晶子さんの死体がある。ここに更に子どもまで捨ててしまったら、コインロッカー内の様子が凄いことになる」


「もしも赤ん坊が誰にも発見されずに衰弱死してしまったなら、死体が二つ出てくる事態にもなりかねない。そうなると、『犯人は羽生晶子とこの赤ん坊を同時に殺したのか?』なんて疑われて、彼女は探偵や警察に更に調べられることになる」


「ただでさえ死体のことで取り調べを受ける可能性があるのに、追加で自分を追い込みかねないことはしたくなかったんだろう。とにかく、殺人と関わり合いたくはなかった。だから、その場では赤ん坊を普通に持ち帰ることにしたんだ」


「ただし、そのまま立ち去ると、それはそれで不審者になる。監視カメラ上では、B17区に立ち入った直後に何もせずに帰って来た人になってしまうから」


「だからある種の言い訳として、B17区内の自動販売機で水とお茶を買って、B17区に入ってすぐのところにあるコインロッカーに詰め込んだんだろう。これで一応、『お茶が重くて荷物になったので、コインロッカーを使用した。奥には立ち入っていないから死体のことは知らない』という言い訳ができる」


「そんな仕込みをしてから、彼女は逃げるようにB17区から出て行った」


「これが、彼女が監視カメラに映ってから二分以内に起きたことだ……すぐさま死体を見つけて、すぐさま偽装工作に走ったなら、時間的にもギリギリ可能だろう」


「コインロッカーに本郷キララの指紋があったのも、水とお茶なんて物のためにわざわざコインロッカーを使ったのも、これで説明が付く」


「そこからの対応はまあ……とにかく、自分のことを深堀りされたくなくて、捏造した建前ばかり喋っていたってことで良いだろう」


「ただし、取り調べの場所だけは気を遣っていた……さっきもそうだけど、彼女、部屋の中を決して見せようとしないだろう?取り調べの度に、わざわざ外に出てくれるというか」


「涼風さんと来た時もそうだった。経済的に苦しいはずなのに、喫茶店に入ることを自ら提案した」


「何でだろうと思っていたけど、今なら理由が分かる」


「僕の推理が正しいのなら、部屋の中には捨てずに持ち帰った赤ん坊がいるはず。彼女は、赤ん坊の姿を見られたくなかったし、泣き声を聞かれるようなことを避けたかったんだ。その存在に気が付かれたら、芋蔓式に子どもを捨てようとしていたことがバレるかもしれない、と思ったんだろう」


「だから、取り調べ中は自室から距離を取るようにしていた……もしも玄関前で立ち話なんてしていたら、赤ん坊が泣いた時にすぐに気が付かれてしまうから」


「逆に言えば、僕や涼風さんと喫茶店で話をしていた時、そしてさっき外で話した時は、平然と生まれたばかりの我が子を一人で部屋の中に放置して、取り調べのために外出していた、ということでもあるけどね……元々は捨てる気だったこともあって、ちゃんと養育する気はないらしい」


「そして今も、彼女は殺人事件と関わり合いになることを恐れながら、自室に赤ん坊を放置している……」


「最初に会った時から、彼女の様子は少し変だとは思っていたんだ。でも晶子さん殺害と直接の関わりがなさそうだったから、頑張って考えないようにしていた」


「それでも、彼女が腕の痛みを訴えたことで、腱鞘炎を疑って……今でも、赤ん坊が家にいることを察した。だからこうして、推理を組み立てたんだ」




 ある程度話し終わったところで、僕は息継ぎをした。

 どっと疲れた。

 ただ後部座席で俯いているだけなのに、体全体が悲鳴を上げているかのようだった。


「……運転手さん、ちょっとそこで止まってください。飲み物を買ってきます」


 僕の様子を見て、終夜が素早く指示を出す。

 流れで話を聞いていたらしいタクシーの運転手も、何も言わずにそれに従った。

 終夜が電話で呼びつけただけの運転手のはずなのに、いやに気が利いている……もしかすると、終夜の家や香宮家の息がかかった人物なのかもしれない。


 そう思っている内に、終夜は凄まじい速度で飲み物を買ってくる。

 差し出されたお茶を受け取って、僕は一先ず喉を潤した。

 繰咲駅でおにぎりを貰った時もそうだったけれど、どうも今回の事件中は彼女から食べ物を受け取ってばかりいる気がする。


「それで……九城君は、どう考えているの?本郷キララは、ここからどう動くのか」


 僕がお茶のペットボトルから口を離すと同時に、すっと終夜が質問をしてくる。

 薄々続きが分かっているのか、その声色には切迫性が感じられた。


「多分だけど……一刻も早く、子どもを再度捨てようと考えていると思う。もう、貯蓄も何もなくなっているはずだから」

「そうね。さっきの事情聴取でも私たちを部屋から遠ざけようとしていたことからすると、室内には赤ん坊がまだいるはず。既に衰弱死してしまったってことはないでしょう。生きている以上は、また捨てにいかないといけない」

「ああ。追加でお金などが手に入った様子はないし、今度こそは、と思っているだろう。でも、昼間は駄目だ。事件のせいで警察がピリピリしているし、晶子さん殺害の件で野次馬探偵たちが近くに潜んでいる可能性が高い。僕たちに窓口を頼んでいたけれど、それだって絶対じゃないから」

「流石に、真っ昼間から再度捨てるのは目立ち過ぎるってことね。じゃあ、ひょっとすると……」

「そう。恐らく夜間に……場合によっては今夜にでも、再度子どもを捨てに出向く可能性がある」


 野次馬探偵たちでも、夜になれば大部分は外出は控える。

 幻葬市であっても、夜間の外出は避けられるなら避けるのが普通だ……特に今は、晶子さんを殺した殺人鬼がまだ捕まっていないのだから。

 逆に言えば今日の夜は、誰にも見られずに子どもを捨てようとする母親にとって、極めて動きやすい時間となる。


「だから終夜……事件の本筋からは少し外れるけれど、できれば今夜は彼女のアパートを見張りたい。大した証拠もないこの推理だけだと、赤ん坊の引き渡し要求を真正面からやるには足りない。親権もあっちにあるだろうから、何かをやらかすまでは見張るしかないんだ……可能なら、手伝って欲しい」


 本当は終夜に迷惑をかけず、一人でやりたかった。

 だけど、僕は見張りや尾行に慣れていない……本郷キララを取り押さえることを考えれば、終夜や警察の協力は欠かせなかった。

 ワガママだと自覚しつつ協力を頼むと、彼女はあっさりと頷いてくれる。


「了解、すぐにそうしましょうか。赤ん坊の命が最優先だもの」

「……ありがとう。見張り中は殺人事件の方の捜査は止まってしまうのに、こんなに協力してくれて……」

「まさか、殺人の捜査についても彼女を当たるのが得策だと思うわ。九城君の推理通りなら、彼女こそが真の第一発見者なんでしょう?だったら、その証言を聞かないのは大損よ。関わり合いになるのを恐れて未だに証言していなかっただけで、実は犯人に繋がる何かを真っ先に目撃していた可能性もあるんだから」


 フォローするようにそう言ってから、更にもう少し会話して。

 大きな破綻は無いことを確認し終わった後に、終夜はタクシーの運転手にUターンを指示した。

 素早く従ったタクシーは、本郷キララのアパート周辺に停車して……途中で警察にも話を通しつつ、僕たちは張り込みをしていたのだった。

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