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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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93/106

”川にモノを捨てないでください”

 ────少し、時間を飛ばす。


 終夜に対して、車内でとある推理を述べた日の夜のこと。

 香宮に電話をして、「今日は帰らないから、申し訳ないけど作ってくれた食事はまた明日でお願い」と言ってから、僕と終夜はある場所でじっと待機をしていた。

 分かりやすく言えば、張り込みを始めたのである。


「旧時代の刑事ドラマとかで、張り込みって言うのはよく見るけど……実際にやってみると、かなり暇だね、これ。その割にリスクが高いし」


 張り込み開始から数時間経ったところで、僕は小声でそうぼやいた。

 既に日は沈んでしまっていて、本来なら外に出てはいけないような時間になっている。

 幸いにしてここは人通りが少ないけれど、それでもこの時代の夜の危険性を考えれば、僕が言うリスクも決して杞憂では無かった。


「まあ、仕方がないんじゃない?向こうが昼間からは動いてくれないんだし……」


 僕のぼやきを受けて、隣に佇む終夜は苦笑する。

 その上で、「はい、これ」と手荷物の袋を一つ渡してきた。

 何だろうと思って見てみると、袋の中にはアンパンとパックの牛乳が入っている。


「旧時代の刑事って、張り込みの時にはこういうのを食べてたらしいのよ。アンタが凪に電話している間に、こっそり買っちゃった。だから、お裾分け」

「いや、それはフィクションの産物だと思うけど……それも、コントとかのパロディで使われるネタじゃないかな」

「あらそう?私が見たドラマだと、普通に出てきてたけど」

「かなり古いドラマだね、それ……と言うか、終夜も旧時代のドラマを見るんだ?」


 旧時代のエンタメに触れておかなければ、こんな雑学について詳しくなれるはずもない。

 ノルウェーの日本街では、そんなドラマすら流していたのだろうか。

 見張っている対象が中々現れないこともあり、暇潰しにそんなことを聞いてみた。


「まあ、そうね。日本街だと、日本から持ち込んだDVDやビデオが大人気だったから。普通にテレビをつけると、当たり前だけど海外のテレビしか映らないし。それで旧時代のドラマばかり見ている内に、自然と詳しくなったんだけど……寧ろ、九城君がこのネタを知ってた方が驚きよ。どこで知ったの?」

「普通に、テレビで見た。『外』のテレビ局って、基本的にニュース以外はかつて制作されたドラマの再放送ばかりしているんだ。新しいドラマを撮影できるような体力と治安は、もうないから……繰り返し再放送されるドラマを見ていたら、嫌でもこういうネタには詳しくなる」


 ある意味では、エンタメの世界すらもかつて平和だった頃の遺産に縋る以外できなくなった証左であり、割と物悲しい光景ではある。

 しかし同時に、そういう再放送をしてくれるからこそ、探偵狂時代に生まれた僕たちが旧時代の常識を知ることができた、という側面もあった。

 僕たちがちょくちょく「旧時代の常識なら~」みたいな言い方をするのは、過去の作品を通して当時の常識を知っているからである。


 仮に過去のドラマが無ければ、僕たちは旧時代の日本の平和など、とても信じられなかったに違いない。

 世界は最初からこんな風だったのだと、勘違いしていた可能性だってあった。


 ──そう言う意味では、旧時代の常識を知れて良かったかもしれないな……あの人の行為に対して、「よくあることだ」と流すんじゃなくて、ちゃんと怒ることができたんだから。


 ふと、そんなことを思う。

 終夜が小さく鋭い声を発したのは、正にその瞬間だった。


「九城君、来たわ!隠れて!」


 彼女の声につられて、僕はさっと腰を低くする。

 遮蔽物として利用している植木に隠れるように。

 そうしていると、ザッザッと音が聞こえてきて、見張っていた相手が動き出したのが分かった。


「リュックサック……持ってきてるな」

「ええ。背負うんじゃなくて、お腹に回しているけど」


 静かな声で、終夜と事実を確認する。

 家から出てきた見張りの対象は、体の前半分を庇うようにして、大きなリュックサックを抱えていた。

 普通はリュックサックというのは後ろで背負いこむだろうから、百八十度反転していることになる。


 一応、現代ではよく見るリュックサックの使い方ではあった。

 普通にリュックサックを背負いこむと、チャックが視界から外れてしまうので、スリなどに遭いやすくなる。

 だから現代人がリュックサックを使う時は、お腹側に荷物を回して使用することが多いのだ。


 しかし今回の場合、盗難対策でないことはすぐに分かった。

 時刻は夜更け、スリどころかまともな人間は出歩かない時刻だ。

 閑散としたこの場所で、リュックサックをお腹側に構える必要性は薄い……もっと別の理由で、あの人はそうしているのだ。


「……尾行するわよ」


 ある程度相手が移動したところで、終夜がボソリと呟いて物陰から身を乗り出す。

 そして、音もなく相手を追いかけて行った。

 彼女も尾行の経験が豊富とは言えないだろうに、足音と気配を消しているのは流石である……尾行術を独学で学んだのかもしれない。


 一方、僕は尾行術の授業をまだ受講していないので、彼女よりも不慣れな足取りでついていくことになる。

 尾行対象を追いかけると言うより、その人を的確に尾行する終夜の足跡を追いかける形だ。

 大きな音だけは立てないように注意しながら、僕は必死に着いていった。


 ……必死に追いかけていると、いつしか尾行対象は、かなり閑散とした場所にまで移動する。

 家の近くに流れている川に近づき、その土手を歩き始めたのだ。

 幻葬市には海が無いが、そこそこ大きな川が何本か流れている────その内の一本に赴いた尾行対象は、川べりから川の流れを少し見つめていた。


 目の前に広がっているのは、ごうごうと勢いよく流れている川の水。

 それを見て怖がるような顔をしてから、尾行対象は、ジジジ、と音を立ててリュックサックを開けた。

 そして「中身」を取り出してから、地面にそっと置く。


 偶然なのか、地面には誰かが捨てたらしい段ボール箱があった。

 それに収まるように、尾行対象は「中身」を捨てた。

 そのまま、逃げ出すように勢いよく駆け出して────。




「そこまでよ、本郷キララ。あんたが我が子を捨てる現場、確かにこの目で見させてもらった」




 直後、凛とした終夜の声が夜を切り裂く。

 川の流れの音すら、この時ばかりは終夜の声に道を譲ったかのようだった。

 今まさに、赤ん坊を川べりに捨てて逃げ去ろうとしていた本郷キララは、ギョッとした様子で周囲を見やる。


 その隙を僕たちは見逃さなかった。

 橋の隅から一気に駆け出した僕は、本郷キララと川の流れの間に素早く割り込む。

 自棄になった彼女が、赤ん坊を投げ捨てることがないように。


 さっきまでだって、もしも彼女は子どもを川に落とそうとしたのなら、すぐに駆け出して止めるつもりだった。

 移動時間を考慮しても、絶対に救出が間に合うような距離に待機していたので、僕の動きはスムーズになされる。

 そして相手が目を白黒とさせている内に、同じくダッシュした終夜が赤ん坊を確保した。


 汚れた段ボール箱に置かれたその子を抱き上げて、終夜はしっかりと胸に抱く。

 本郷キララはずっと事態の変化についていけずにオロオロしていたので、僕たちも彼女を無視して、もっと大切なことを確かめていった。


「終夜、その子の容態は?息はしている?」

「……うん、大丈夫。やや痩せ気味だけど、よく寝てるわ。脈もある」


 テキパキと脈や呼吸を確認した終夜の報告に、僕はそっと胸を撫でおろす。

 この報告を聞くまでは、安心なんてとてもできなかった。


 ──本当に良かった、間に合って……。


 そう思いながら、僕は右手でスマホのライトをオンにする。

 そして、橋の近くをパッと照らした。


 地味ではあるが、これが合図だ。

 僕の動きを見て、橋の向こうからガヤガヤと藤間刑事たちが姿を見せる。

 彼らにも事前に待機してもらっていて正解だった────そう思いながら、僕は終夜にこの推理を話した時のことを思い出していた。






「さて────」






「はっきりとした証拠がある訳じゃないんだけどさ……三人目の容疑者、本郷キララには子どもがいるんじゃないかと思う。まだ赤ん坊の……下手すると、生まれて一ヶ月も経ってないような子どもが」


 三人の容疑者への取り調べを終えて、タクシーで移動していた時のこと。

 真相を気にする終夜の前で、僕はそう述べていた。


「元々、不思議に思っていたんだ。終夜も今日見たと思うけど、あの人ってこう、お腹の辺りが伸びきった、生地の傷んだ服ばかりを着ていただろう?」

「ええ、そうね。経済的にアレな状況らしいから、新しい服を買えないのだと思っていたけど……」

「それにしても、お腹だけがあんな形になるのは変だよ。腕の部分とかはもっとマシだったし……単に服が古くなったのなら、普通は裾からほつれるはずだ。つまり最近まで、あの人は服のお腹の部分だけが極端に伸びてしまうような、そんな体型だったんだ。その時の服を今でも着ているから、ああなっている」

「要するに……妊娠してたってことね。この間まで妊婦だったから、お腹周りの生地が傷んでいた」

「そうだ。我ながら、言いがかりみたいな推理だけど」


 それでも、こう考えると色んなことに説明がつく。

 例えば涼風さんと一緒に話を聞いた時、彼女はすぐに煙草に火をつけた。

 恐らく、重度のヘビースモーカーなのだ。


 それなのに彼女は、「最近まで一定期間吸っていなかった」と述べている。

 ヘビースモーカーでありながら、急に禁煙していたと。

 単純に、経済的に苦しくなったので煙草を控えていたとも考えられるけれど……最近まで妊娠していたので、流石に喫煙は止めていたという解釈だってできるだろう。


 妊娠中の喫煙が胎児に有害であることは、広く知られている。

 妊娠中の彼女に一定の理性があったのなら、煙草は止めるだろう。

 もっとも、出産後は元に戻ってしまったようだが。


 また彼女は取り調べの最中に、男に捨てられてどうのという言葉を述べている。

 逆に言えば、捨てられる前までは交際相手がいた訳だ。

 これまでの情報で彼女の結婚歴は出てきていないので、恐らくは結婚まで行かない同棲相手だろう。


 現在では逃げられてしまったが、あのアパートには他にも男がいたのではないか。

 彼女が職業を転々としながらも生きていけたのは、同棲相手の稼ぎを当てにしていたからではないか?


 最後に、彼女は握手をした時に腕に痛みがあると言っていた。

 しかし体型的に、彼女が襲撃者だったとはとても思えない。

 つまりあれは、もっと別の場所で痛めたもの……赤ん坊を何度も持ち上げたことによる、腱鞘炎の類なのではないか?


 まとめると、彼女は最近まで男と同棲しており、恐らくはその相手の子を妊娠していたという話になる。

 そして、既に出産も終えているのだ。

 ちゃんとした産婦人科で産んでいれば、流石に警察が早期に記録を見つけているはずだから、それこそ家かどこかで秘密裏に産んだのだろう。


 しかしその後、彼女は交際相手に捨てられてしまう。

 理由は知らないが、暮らしぶりからして新しい彼氏も作れず、赤ん坊と二人暮らしになってしまったのだろう。

 乳飲み子を抱えての生活となり、経済的には一気に苦しくなった。


 訪問時のガスメーターの表記が他の空き家のそれと同じだった──つまり、ガスが全く使われていない──ことを考えると、ガスは既に止められていると思われる。

 服も新しく買うことができず、妊娠中に来ていて伸びきったそれを着続けるしかなかった。

 それこそ煙草なんて買う余裕が一番無いと思うのだが……本人も自棄になっていたのだろうか?


 何にせよ、彼女は苦境に立たされていた。

 赤ん坊を抱えたままでは、再就職のための面接すら碌にいけない。

 頼りになる親戚はいないとも言っていたから、誰かに預けることも不可能だった。


 ……この時点で、彼女が僕たちについた嘘は明白だ。

 彼女はとても、就活など行える状況ではなかった。


 しかしそんな彼女が、あの日に限って繰咲駅のB17区に来ていた。

 赤ん坊と離れられない状況なのに、リュックサックだけを背負って歩いている姿が、監視カメラに映っている。

 そして晶子さん殺害の現場となった、B17区の奥の方にあるコインロッカーに指紋が残っていた。


 ここまで状況が揃えば、推理は簡単だ。

 探偵狂時代では珍しくもなんともない、「日常の謎」である。

 何なら僕は、この世に生を受けたこの瞬間から、その犯罪の存在を知っていた。


「彼女は、本郷キララは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの日駅に持ち込んだリュックサックには、寝かしつけた子どもが入っていたんだろう。流石に普通に子どもを抱いたままB17区に向かうと、監視カメラで犯行がバレてしまう。だから敢えてリュックに入れることで、ただの荷物であるかのように偽装したんだと思う」


 殺人現場で偶然そんなことが起きていたのだから、つくづくとんでもない話である。

 しかし現代では、決してない話ではない。


 襲撃者について考察した時に、香宮は「今は治安が悪いから、殺人犯とは別に、無関係の通り魔が現れた可能性もある」と述べた。

 それと同じく……「今は治安が悪いから、殺人犯とは別に、偶々子どもを捨てに来た親があの場に現れた」というだけのこと。

 本当に、それだけの話だった。

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