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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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拾い物

「それと、現場での遺留品も調べてみたわ。これは殆ど無かったけど……強いて言うなら、爆弾の残骸はちょっとあったわね。一応、警察が出元を調べ中。ただ……」

「そんなにすぐには分からないだろうね。襲撃者が個人で作った爆弾かもしれないし……日曜大工感覚で爆弾を作る人だって、今の時代ならそこそこいる」


 旧時代であれば、爆弾は特殊なやり方をしないと手に入らなかったし、製造できなかったのだろう。

 だが、今は違う。

 爆弾の製造マニュアルや拳銃の密造方法は、裏社会では盛大に出回っているそうだ。


 だから警察がいくら爆弾の残骸を調べても、それだけで犯人の特定に至る可能性は低い。

 今の時代ではどこでも売っているパーツばかりでした、という結論になる可能性の方が高いくらいだ。


「念には念を入れるのなら、もう一度現場に行って九城君と一緒に証拠品を探すこともできるけど……どうする?」

「いや、そこまでする必要はないと思う。既に野次馬探偵が集まっているだろうから、中に入るだけで大変だろうし」


 今からもう一度あの現場に行って、野次馬や警察を躱しながら証拠を集めようとすると、かなりの時間を消費することだろう。

 それでは、早期解決は遠のくばかりだ。

 終夜が言った通り、遺留品はほぼ無かったことを前提にして推理をしよう────そう決めたところで、不意に僕はとあることを思い出す。


 ──あれ、でも遺留品と言えば……。


 僕は自分のベルトにそっと手を添える。

 病院に行くのを優先していたこともあって、対応を後回しにしていたことがあった。

 遅ればせながら、そちらに意識が向いたのである。


 今更ではあるけれど、()()の扱いはどうしようか?

 そう考えていると、隣で終夜がいきなり手荷物をごそごそと漁り始める。

 どうしたんだと思ってそちらに視線をやると、彼女はハンカチに包まれた何かを取り出して、ずいっとこちらに見せてきた。


「遺留品で思い出したんだけど……一応、アンタにも見せておくわ、これ。指紋は付けないように気を付けて。後で面倒なことになるかもしれないから」


 そう言いながら終夜が見せてきたのは、何かの破片だった。

 幅一センチもない金属片を、ハンカチで丁重に包んでいる。

 これは何なのかと目で問いかけてみると、終夜はさらっと驚くことを言った。


「これ、爆発の時に飛び散った爆弾ケースの破片よ。私の服の裾に飛び込んできたから、こうして持ち歩いているの」

「え、警察に提出せずに?」

「提出できなかったのよ。爆発から逃げた時に服の生地に食い込んじゃったから、取り調べとかが一通り終わった後に存在に気が付いて……病院に向かう途中で取り出したってワケ。まあ、別に良いでしょ。もう少し時間に余裕ができたら、ちゃんと提出するから。割と皆、こういうことをしているんだし。それにこんな破片を提出したところで、警察が犯人に一気に迫ることはまずないわよ」


 そう言いながら、彼女はハンカチに包まれた破片を再びしまう。

 旧来ならこう言うことはかなりの悪事だったと思うのだが、確かに彼女が言う通り、探偵にはしばしばあることでもあった。

 だから僕は驚きつつも、彼女の行動を黙認する────事件の早期解決を目指すのなら、警察署に立ち寄る暇すら惜しい。


 ──そうなると……()()もまあ、後で良いか。


 密かに思考して、僕はベルトから手を離す。

 同時に、終夜が次の行動について問いかけてきた。


「それで、ここからはどうする?襲撃犯に関する証言は無くて、私が確保した証拠はこの破片だけ。他に遺留品も無いって結論になったけれど」

「要するに、新情報もなく手詰まりってことだ。だったら……」


 ここから僕たちが選べる選択肢は、二つあった。

 一つは、襲撃者の正体について動機や人間関係から絞り込む手法。

 香宮との対話で気が付いたように、襲撃者は何故か僕への攻撃を躊躇している節があった……「犯人は僕の知り合い」というあの推理が正しいなら、僕がこれまで幻葬市で出会った人などを追いかけていけば、ひょっとすると正体に迫れるかもしれない。


 ただしこれは、かなり不確実な手法となる。

 そもそも、この街に来て二ヶ月も経っていない僕の知り合いはかなり少ない。

 あのような襲撃を仕掛けてくる人間など、もっと思いつかない……推理したところで、良く分からないことになるような気がした。


 だからこそ、僕はもう一つの選択肢を終夜に提案する。

 今のところ、そちらしかないと思った。


「……終夜、こうなったら、襲撃者についての推理は一時停止しよう。代わりに、止まっていた晶子さんを殺した犯人の方を捜査するんだ。現状では、襲撃者がフリーの通り魔なのか、晶子さんを殺した犯人と同一人物なのかは確定していない。もしも後者であれば、晶子さんの事件を追えば、襲撃者についても自然と分かる……調べる価値はあるはずだ」


 そう提案すると、終夜がニカッと笑った。

 僕がこう考えると分かっていた、と言いたげな顔だ。

 それを見て、彼女は既に選んでいたんだな、と思った。


 今の時代の治安から、「襲撃者は無関係の通り魔」という可能性を真面目に考えてきた。

 しかし香宮が最初に言った通り、晶子さんを殺した犯人が僕たちの推理を不都合に感じて、口封じに襲って来たパターンだって十分有り得るのだ。

 この場合、晶子さん殺害の容疑者である例の三人の中に、襲撃者がいることになる。


 あの三人の中に殺人犯がいて、僕たちが話を聞きに行ったことで危機感を抱いた。

 今の内に消さないと不味いと思って、警棒を抱えて襲撃を決行。

 しかし上手い具合に傷を負わせられず、仕方なく逃亡した────シンプルかつ破綻の少ない推理である。


 勿論、こちらの仮説でも動機面では疑問が残っていた。

 でもその辺りは、究極的には捕まえた犯人に聞けば良い話ではある。


「今からでも、例の三人に会いに行って……それで、今朝の襲撃のことをほのめかして揺さぶりをかけてみよう。襲撃者が三人の中にいるのなら、何か反応があるかもしれない」

「私もそれが良いと思う。今なら、比較的簡単な確かめ方もあるし」

「簡単な確かめ方?」

「ええ。ほら私、最後の最後で相手の右手に飛び蹴りしたでしょ?相手の警棒を吹っ飛ばした……」


 ああ、と頷く。

 そう言えば、戦いの最後でそんなことをしていた。


「蹴った時の感触的に、結構クリーンヒットした感じだったわ。骨折させたって程ではなくても、今でもかなり痛んでいるんじゃないかしら。だから……」

「……今から容疑者の三人に会いに行って、その中に右手首を痛めている人がいたら、その人が襲撃者である可能性が高いことになるな。逆に誰も怪我をしていなかったのなら、やっぱり襲撃者はフリーの通り魔だったんじゃないかって話になる」

「そうそう。右手首を痛めているかどうかなんて、握手一つで確かめられるんだからさ。下手に治療とかをされない内に、確かめに行くのが吉じゃない?」


 すらすらと論理を組み立てる終夜を前に、僕は確かに、と思う。

 決してこれを狙って飛び蹴りを放った訳ではないだろうけど、思わぬところで相手に負わせた傷が役に立ってきた。

 こうして着々と作戦を練りながら、僕たちは晶子さん殺害犯の調査を再開した。






「……君が終夜さんと九城君か。いやあ、どうも。昨日、坂東とかいう『情報』専攻の男子生徒からも名前は聞いたよ」


 住宅街の路地裏でそう言いながら、第一の容疑者・青井道隆はぼそぼそと口を開いた。

 三人の容疑者を追うと決めてから小一時間経ってからのことだ。

 普通に電話をかけて、「昨日電話した坂東君の仲間です、実は追加で聞きたいことがあって」と言ってみると、すぐに会ってくれることになったのである。


 既に警察が来ているから、人目の無いところで話したいというのが彼の要望だった。

 そこで終夜の提案により、彼の住むアパートのすぐそばにある路地裏に集まっている。

 ここならパッと見は分かりにくいし、仮に相手が襲撃者だったとしても表に出たら助けを呼べるので、僕たちとしては話しやすい場所だった。


 ──でも、こんなスムーズに会えたのは意外だな……こういう時って、引きこもりみたいになる容疑者も多いと聞くけど。


 青井道隆に頭を下げながら、僕はしげしげと彼のことを観察する。

 本郷キララが実際にやっていたように、探偵たちへの情報提供を煩わしく感じて、適当な窓口を用意する証言者や容疑者は多い。

 しかし青井道隆は、こうして二つ返事で会ってくれた。


 電話で話したアキラの印象が良かったのか……それとも、何か別の意味があるのか。

 密かに思案したところで、隣にいる終夜がすっと話し始める。


「ご協力ありがとうございます、青井さん。何度も同じ話ばかり聞かれて鬱陶しいかとは思いますが、私たちとしても聞きたい話があって……」

「ああ、いやいや。鬱陶しいなんて思っていないよ。君たちには……まあ、借りがあるからね」

「借り?」

「弟が……まあ、ほら、あれだったから。あの話を聞いた時は驚いたよ。四月の初っ端から、大したことをするなあと思った。しかも君らが推理なんてするものだから、変に大事になって寮でも噂になって……おっと、これは関係ないかな。事件を解決した探偵様には」


 その節は弟が済まなかった、と言いながら青井道隆は頭を下げる。

 この四月、彼の弟が仕掛けた詐欺のことに触れながら。

 行動だけなら、弟の悪事を真摯に謝る兄のように見えかもしれないけれど……。


 ──何か、皮肉っぽい言い方をしてるな。アキラの言う通り、悪感情があるみたいだ。


 言葉の最後の方を聞いて、眉を顰める。

 こうして目の前で見てみると、あからさまな態度だった。


 彼の弟である青井君は四月の一件以降、学生寮内では「名探偵の孫相手に詐欺を仕掛けた奴」として悪評を立てられているらしい。

 彼は兄として、そんな弟の味方をしたいようだ。

 弟は魔が差しただけなのに、なまじ名探偵の孫や財布を拾った学生が謎解きをしたものだから、弟に悪い噂が立った……本気でそう思っているのか。


 ──こうなると、またややこしいな……一人目からして、変な風になってきた。


 背中の痛みを無視して、僕は警棒に手を添える。

 流石に大丈夫だと思うが、念のためだ。

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