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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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90/106

優先順位

 ……結局、襲撃者についてはそれ以上の推理は進まなかった。

 香宮は僕のことを気遣っていたし、僕も自分の推理を疑っていたので、新しく何かを閃くということが無かったのである。

 僕たちはそのまま黙って待合室で過ごし、やがてアナウンスに従って会計を済ませてから病院を出た。


 色々あったせいで酷く時間が経った気がしていたけれど、まだ月曜日のお昼前だ。

 まずは昼食にしようか、いや警察の取り調べもあるのか、いやいや他の人たちへの連絡が先か……などと、病院前で香宮とちょっと相談してみる。

 すると、バタバタとこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「……あれ、終夜?」


 救急車に乗せられた時から会っていなかった彼女が、何故か病院に向かってダッシュしている。

 目を丸くした僕は、とりあえず背中に気を付けながらひょいっと手を挙げて位置を示した。


 それを見つけてくれたのか、制服姿の終夜はズサーッと滑り込むようにしてこちらに到着。

 しばらくゼイゼイ言っていた彼女だが、僕の様子を見てふっと口元を緩ませる。


「その様子からすると、そんなに大怪我って感じじゃなかったみたいね。良かった。警察には、怪我人だから取り調べは後にするように頼んでおいたけど、そこまでしなくても良かったかも」

「あ、ああ。内出血や腫れはあるけど、骨には異常が無かったから……ええと、終夜はもう、取り調べとかが終わったのかな」

「ええ。一通り終わらせてきたところよ。大体の状況は伝えて、警察も襲撃犯の特定に動いてくれてる……未だに捕まっていないけどね。私の方は自分なりの調査をしてから、病院に走って来たってワケ。来る途中で、学生寮のメンバーにも報告しておいたから」

「そっか、ありがとう。じゃあ、もしかして他の皆も?」


 アキラや涼風さんも一緒に来てくれたのかと思って、僕はキョロキョロと姿を探す。

 しかし終夜はそこで急に真剣な顔つきになると、重々しく首を横に振った。


「涼風たちは、すぐにでも駆け付けたいって言っていたわ。皆、アンタのことを心配してた。でも、私の方からここに来るのは止めておいたわ……ひょっとすると、また襲撃される恐れがあるから」

「……なるほど」


 同じく真剣な顔になり、僕は終夜の判断力に舌を巻く。

 情が無いように見える決定だが、今の状況を思えば的確な対応だった。

 僕たちを襲った犯人が未だに逃走している以上、こうせざるを得ないのである。


 あの襲撃者が晶子さんを殺した犯人だろうが、無関係のフリーの通り魔だろうが、危険人物であることに変わりはない。

 香宮のような華奢な女の子に、平気で警棒を振り下ろす相手だ。

 どうしてあんな執念を抱いているのかは知らないが、逃亡した襲撃者が一度の失敗で犯行を諦めるとも思えない────こうしている間にも、あの人物が再度僕たちを襲撃してくる可能性があった。


 そして再襲撃のリスクを考えると、僕たちの周囲に付き添いはいない方が良い。

 アキラは「情報」専攻でそこまで力自慢ではない様子だったし、涼風さんや三堂さんもそうだろう。

 言葉は悪いが、再襲撃のことを考えると彼らは力不足なのである。


 彼らのためを思えば、ここで僕らは不用意に人に会わない方が良い。

 再襲撃があった際にその場にいたら、巻き込んで死なせてしまうリスクすらある。

 だからこそ、終夜は彼らとの合流を拒んだのだ。


「結果的に、昨夜やっていた推理とかの話もできなかったから、晶子さん殺害に関する捜査は完全に止まってしまったけれど……良いでしょう、九城君?」

「ああ。配慮してくれてありがとう、終夜」

「……それで、これからどうするの?」


 僕たちの話を見守っていた香宮が、すっと質問をする。

 再襲撃の話を聞いて、彼女も危機感を抱いたのだろう。

 無意識かどうかは知らないけれど、僕の腕に手を添えていた。


「……自分でも言うのも情けないけれど、私はどうしても暴力的なことについては足手まといになる。中学時代から、そういう時には雫に任せっきりだったから。襲撃者の正体や動機はまだ不明だけれど、本当に再襲撃が来るのなら……」

「そうだね……香宮はお屋敷に戻った方が良いかもしれない。これまでは授業に普通に出ていたし、ちょっと休んだところで幻葬高校の単位が足りなくなるってことは無いだろう。ええと、警備会社との契約ってしてるのかな、あのお屋敷」

「緊急時に呼ぶ警備員はいるわ。両親選りすぐりのね。警備システムもあるから……基本的には、それで一定の効果はあると思うけれど」


 ──良かった、いくら使用人を解雇したにしても、そう言うのはいるんだ。


 万一のための対策を香宮たちがしていたことを知って、僕は密かに胸を撫でおろす。

 以前、人がいて鬱陶しいから使用人たちを帰したとか言っていたけれど、流石に緊急時は別らしい。

 警備会社すら信頼できないこの時代だけれど、香宮の両親が娘のために選抜したメンバーであれば、とりあえずは信じた方が良いだろう。


「アンタの言う通り……凪は車でお屋敷に帰って、警備の手配をした方が良いわね。最悪、地下室に籠城するっていう手もあるし。それで、九城君はどうする?」

「……私と一緒に戻るのではないの?怪我をしているのだから」


 終夜の問いかけに、僕ではなく香宮の方が当惑した返事をする。

 彼女としては、怪我のこともあるので僕は家で回復に専念するものだと思っていたのだろう。


 確かに、その方が安全ではあった。

 旧時代なら、そうするのが普通だったかもしれない。

 しかし、僕はすぐに軽く首を振った。


「いや、僕は捜査を続行する。特に今日の襲撃者については、早いこと調べた方が良いだろう。背中の怪我だって、湿布を貼ってもらってからはそこまで痛んでないから」


 そう告げると、香宮が酷く困ったような顔になり、僕の袖をそっと引いた。

 彼女としては信じられない判断だったらしい。

 しかし僕としても譲ることはできず、悪いことをしているとは思いながらも、彼女の腕を柔らかく引きはがした。


 僕だって、一応は「外」で生きてきたのだ。

 ここで何を優先しなければならないのかは、自然と分かる。


「……香宮、聞いて欲しい。心配してくれるのは本当に有難いけれど、ここは推理を続けるべきだ。襲撃者が野放しになっていたら、どの道お屋敷だって安全地帯じゃない。そうだろう?」

「だけど……怪我したまま推理なんて。九城君が前面に出なくても、他に人に襲撃者の捜査をしてもらうことも……」

「襲撃者と直に接触した僕たちは、犯人の雰囲気や体格を知っている。ヘリウムか何かを使っていたとは言え、声だって聞いているくらいだ。そんな僕たちが捜査に参加しなかったら、いよいよ逃走中の犯人を捕まえられなくなるよ。学校の教師陣のような、他の優れた探偵を頼ることだって可能だけど……説明に時間がかかるし、再襲撃が起きた時にその人を巻き込みかねない。やっぱり、自分たちでやるのが一番早いはずだ」

「それは……そうかもしれないけれど」

「それに、あの襲撃者は爆弾を持っていた。今日使われたのは目くらまし程度の代物だったけれど、あんなのを持っている人間に狙われるのは不味い。もしもお屋敷により高威力の爆弾が投げ込まれたら、とんでもないことになるかもしれない……多少無理してでも、犯人を早期に捕まえないといけない状況なんだ」


 襲撃者が撤退に使った小型爆弾は、正直大した威力ではなかった。

 比較的近距離で爆風を浴びた僕や終夜は普通に無事だったし、何なら至近距離でそれを炸裂させた襲撃者自身、煙を利用して逃亡する余裕があったくらいだ。

 推測となるが、あれは元々撤退用に威力を絞った爆弾であり、煙幕を出すのが専門なのだろう。


 しかし当然ながら、襲撃者があのタイプの爆弾しか持っていないとは限らない。

 撤退用とは別に、普通に建物を吹っ飛ばせるくらいの高火力の爆弾も用意している可能性はあるだろう。

 もしお屋敷に引きこもったとしても、そんな高火力の爆弾を香宮邸にぶつけてこられたら……どんな警備システムを採用していようが、完全に防ぐのは難しいはずだ。


 つまり相手が爆弾を持っている以上、どこに隠れようと爆殺されるリスクは残る。

 そんなリスクに怯えるのを避けたいのなら、こちらから出向いて相手を捕まえるしかないのだ。


 今の時代、警察は大して当てにならないし、他の探偵だってどこまで信頼できるか分からない。

 自分たちで調べる方が、まだ安全なのである。


「香宮としては、一人でお屋敷に残る形になってしまうから不安かもしれない。だけど、信じて欲しい」

「……凪、私も九城君のことをフォローするから。私の方は無傷だしね。さっきは不甲斐ないところを見せてしまったけれど、次は負けない」


 僕の袖を掴んで俯いてしまった香宮を前に、僕と終夜は慌てて言葉をかける。

 香宮としては、自分だけお屋敷に待機というのがどうにも歯がゆくて仕方がないのだろう。

 街が危険な状況にある中で、自分だけが安全なところに匿われる────そのことを悔しく思っているのが、手に取るように分かった。


 だけど僕たちとしても、彼女を連れて行こうとは思わなかった。

 正直、香宮を守りながらの戦いとなると勝機が薄いのも事実なのである。

 彼女も探偵としてその辺りは分かっていたらしく……やがては、コクリと頷いた。


「……分かった。晩御飯の用意をして、待ってるから。絶対無事に帰ってきて」


 了解と返しつつ、こっそり「香宮って料理できるんだ」と驚く。

 何にせよ、お屋敷に帰った時の楽しみが一つ増えた。

 僕と終夜は香宮に向かって同時に微笑み、そして即座に敷地外を見据えるのだった。






 病院前に待機していたタクシーを拾って、お屋敷まで素早く移動。

 香宮が言っていた警備員たちが連絡を受けて駆け付けたのを確認してから、香宮を預けて再度出発。

 襲撃者を誘うように敢えて徒歩で移動しつつ、僕は終夜から改めて報告を受けていた。


「病院前でもちょっと話したけれど……今のところ、目撃情報や確保の知らせは無いわ。偶々周囲に人がいなかったのもあって、襲撃者の姿を見た人は殆どいないみたい。野次馬も、爆弾の音を聞いて初めて駆け付けた様子だったもの」

「つまり最初に考えた通り、戦闘後は煙に紛れて服を脱いだ。そして野次馬に混じって逃走した、っていう流れになるのかな」

「そうだと思う。あの辺りはそこまで監視カメラが仕掛けられていない地域だったんだけど、数少ないカメラの映像を見る分には、事件の前後に不審者の姿は無かったし……ああただ、最初の一撃を受けた場所の近くにある木に、何者かが枝を長時間踏んでいたような痕跡があったわ」

「……事前に木登りをして、枝の上でずっと隠れていたってことか。そして僕たちが木の下を通り過ぎたのを確認して、襲い掛かった」


 いきなり上から降って来たカラクリに納得しつつ、同時に襲撃者の執念深さが推察されて、僕は思わずぞっとする。

 やはりあの人物は、僕たちのことを計画的に狙っていたらしい。


「逆に言えば、襲撃者は僕たちがあの木の下を通ることを知っていたことになる……まあ多くの生徒が使う通学路だから、そんなに変なことでもないけれど」

「或いは、前々から登校風景を見ていたのかもしれないわね」

「考えれば考える程、嫌な話だな……」


 ある意味では、僕たちが三人揃って登校していた今日のタイミングで襲撃されたのは、幸運だったのかもしれない。

 普段なら僕とは登校時刻が違うため、香宮は終夜と二人で登校することが多かった。

 もしもその時に襲撃されたなら、終夜は一人で襲撃者と戦わざるを得なくなり────僕が盾になることもできず、香宮に危害が及んだ可能性もあった訳だ。


 ──何なら、襲撃者も本当はその予定だったとか?いつも香宮と終夜の二人しかいなかったから、女子二人なら襲撃しても勝てると踏んで襲い掛かった。だけど何故か男子である僕が混ざっていたから、動揺して攻撃を躊躇った、みたいな。


 木の中に隠れていたせいで、香宮の後ろについて歩いていた僕の姿はよく見えていなかったんじゃないだろうか。

 間が抜けた理由ではあるけれど、意外とこれが真相なのかもしれなかった。

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