表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/106

院内考察

 あまり喜ばしくないことではあるが、探偵狂時代では「不審者に襲撃される」というのは大して珍しいことではない。

 幻葬市なら多少はレアな体験かもしれないが、「外」では日常茶飯事である。

 だからなのか、そこからの対応はスムーズに進んだ。


 まずは終夜の手で警察と救急に通報。

 現場は適当な物で封鎖して、他の人間の立ち入りを阻止。

 そうでなくても爆弾の爆発によって野次馬が現れていたので、彼らにも手伝わせる形で現場封鎖自体はさくっと終わった。


 ついでに、一応野次馬たちにも目撃証言を聞いておく。

 この近くでライダースーツと目出し帽を身に着けた不審者を見てはいないか、と聞きまわったのだ。

 残念ながら、目撃者はゼロだったが。


 ──目出し帽や軍手は、逃げる途中で外したんだろうな。そんなの、身に着けているだけで悪目立ちするし……。


 逃亡犯の行動としてはよくあることだったので、ここは最初から期待していなかった。

 そんな訳で襲撃者の逃走経路は掴めずにいたところで、救急車とパトカーが到着する。


 結果、僕と付き添いの香宮は病院へ。

 終夜は現場に残り、取り調べと追加調査へ。

 思わぬ流れになりながら、僕たちは月曜日を始めようとしていた。




「えー、CTの結果を見る限りでは、かなり内出血はあるようですが骨に異常はみられていないようです。既に何度も聞かれたとは思いますが……腕や足のしびれ、それに歩行の異常やふらつきは本当に無い?」

「はい。警棒でやられたところは熱いし痛いですけど、それ以外は……精々、擦りむいたところの傷が痛むくらいで」

「なら、これ以上の検査は一先ず良いでしょう。仮にここから悪化したら、また来てもらうということで」


 四十代くらいの男性医師は、電子カルテに色々と書き込みながらそう結論付ける。

 明日葉総合病院という、幻葬市内でも特に大きな民間病院の救急外来での光景である。

 彼によれば、どうやら入院などの必要は特にないらしい。


「湿布と痛み止めの頓服を出しておきますので、とりあえずはそれでしのいでください。しばらくは何をするにしても痛いでしょうから、活動は無理のない範囲で」

「分かりました。でも、こう……アレですね。意外と軽かったですね、傷」

「ですねえ。ラッキーですよ、九城さん。背骨が折れたり神経が圧迫されたりすると、中々面倒ですからね」


 うんうんと頷いた医師は、「では帰って良いですよ」と軽く告げる。

 月曜の朝に急に診察する羽目になったからか、医師も何だか眠そうだった。

 悪いことをしたかな、と思いながら僕は頭を軽く下げて──深くお辞儀をしようとすると、背中が痛んでしまう──診察室を去る。


「……九城君」


 診察室から出ると、すぐにパタパタと香宮が駆け寄ってきた。

 適当に飲み物でも飲んで来ればいいと言っておいたのだけれど、律儀に待合廊下で待っていてくれたらしい。

 こっちも心配させちゃったな、と僕は申し訳なく思う。


「怪我、そんな酷いことにはなってなかったよ。骨にも異常はないから、湿布貼って休めって」

「そう……」


 良かった、と心の底から安堵した様子で香宮が呟く。

 相変わらず優しいなと思いながら、僕らはそのまま待合室で並んで座る。

 薬代と診察代の清算に呼ばれるまでは、ここで待たないといけないらしい。


 ──でも、半分しか支払わないのはやっぱり気が咎めるなあ……いくら香宮の主張とはいえ。


 救急外来に来た時、香宮は僕の医療費を自分が払うと主張した。

 どうも、香宮を庇う形で僕が怪我をしたのを気に病んでいるらしい。

 僕は流石に自分で払うと言ったのだが、香宮もまた何を言っても譲らず、結果として半額は香宮が払うことになってしまった。


 ──まあ、仮に犯人が捕まったら治療費くらいは民事で請求できるだろうし……香宮にはその時に返せばいいかな。


 そう思いながら、僕は隣に並んだ香宮を見やる。

 じっと俯いていた香宮は、僕の視線に気づくとビクンと跳ねて、それから小さな声で「……ごめんなさい」と言った。


「救急車に乗った時から、何度も言ってしまっているけれど……本当にごめんなさい、九城君。私を庇ってそんな怪我をさせてしまって。私、雫や貴方みたいに強くないから……貴方たち以上に警戒しないといけなかったのに」

「……僕も何度も言ってるけど、気にしなくて良いよ。僕が自分の意思で庇ったんだから、それで負った傷はこっちの責任だ。それにこんな直撃を受けたこと自体、僕の不手際でもある」


 別に香宮をフォローするためではなく、本心からそう告げる。

 実際、自らの身を差し出して香宮を庇ったあの時の僕の動きは、技量面で評価すると良い物では無かった。

 僕は右手に警棒を持っていたのだから、本当なら相手の攻撃はそれで防がなければならなかったのである。


 それができずに背中で受け止めることになったのは、僕の動き出しが遅れて、警棒を構える時間がなかったからだ。

 仮にあの場にいたのが義父さんだったなら、余裕で間に合った上で警棒で受け止めて、カウンターまで決めていたことだろう。

 自分の体でガードするなんて手法は、護身術の観点で言えば下策中の下策……そんな状況に追い込まれた時点で、僕の自業自得という言い方もできる。


「さっき言ったように、幸運にも痛いだけで大した怪我じゃなかったんだからさ……もう、そんな顔をしないで欲しい」


 明るく告げてから、僕は包帯を巻いた手──擦り傷が酷かったので、巻いてもらった──をすっと伸ばす。

 そして何となく、隣に座る彼女の頭を撫でていた。

 小さな子を相手にするように、さらっと。


「……っ!」


 流石に驚いたのか、香宮が頬を紅く染める。

 一方、僕も自分で自分の行動に驚いていた。

 精一杯慰めようとしていたら、何だか変な方向に腕が動いてしまった……何をしているんだ、僕は。


「あ、いや、ごめんっ。ちょっとその、慰めたくて……そうしたら、何だか自然にこうしてて。ええっと、その、とにかくこれ以上謝って欲しくなかったと言うか」


 慌てて手をパッと放した僕は、わたわたと動きながら弁明をする。

 勿論、動かす度に背中が痛むのだけれど、香宮に言い訳する方が先だ。

 無性に恥ずかしくなってひたすら弁解していると、香宮は恥ずかしがりながらもこちらを見つめ返し、やがて表情を和らげてクスリと笑った。


「そうね……これ以上は九城君を困らせてしまうようだから、謝るのは止めにするわ」


 僕の動きを制止するためか、彼女はワチャワチャしていた僕の左手をすっと両手で掴む。

 そのまま僕の腕ごと抱き締めると、手の甲にそっと口づけをした。

 包帯越しに、傷を癒すように。


「か、香宮?」

「……改めてありがとう、九城君。私を守ってくれて。貴方たちからすると、足手まといだったはずの私を庇ってくれて」


 しばし祈りを捧げるように、香宮は目を閉じて包帯を口でなぞる。

 僕はずっと動けないでいたのだけど、やがて彼女はパッとそれを放した。


「お礼に、私も何でもするわ。困ったことがあったらいつでも言って」


 そう言って、何もなかったかのように香宮は座り直す。

 僕としては、急に色んなことがあって目を白黒とさせるばかりだったけれど、彼女の動じなさに引きずられるように動揺を鎮める。

 思った以上に感謝されてたな……とちょっと意外に感じつつ、僕は何とか、ここで考えなくてはならないことの方に意識を向けた。


「それなら、香宮。早速聞きたいことがあるんだけど……」

「何かしら」

「あの襲撃者について、警察が取り調べに来る前に推理がしたい。香宮はどう思う?あの人は……今回の殺人事件に関係のある人だと思う?」


 僕と香宮の間の空気が、一気にピリッとする。

 香宮は一瞬だけ、推理に臨む僕を心配するように眉を下げたが、すぐにそれを振り払った。

 この時代の探偵らしく、すぐさま推理モードに入ってくれる。


「……普通に考えれば、関係があると思うべきでしょうね。私たちが殺人について調べ始めてすぐ、こんなことが起きたのだから。真相を知られることを恐れた犯人やその仲間が私たちを襲撃してきた、というのが一番筋が通っているわ。ただ……」

「ただ?」

「……全く関係のない、単なる通り魔の可能性もゼロではないわ。今の時代だと、何か事件を追っている最中に、完全に別件の通り魔に襲われるなんてよくあることだから」


 まあ確かに、と僕は苦笑する。

 つくづく、探偵狂時代の治安は推理に置いてノイズとなる。

 事件の調査中に誰かに襲われたという、一見「真犯人からの警告」にしか思えないこんな事件ですら、無関係の通り魔がいきなり出没した可能性を捨てきれないのだ。


 あの襲撃者について考えようとした場合、「あの人物こそが晶子さん殺害犯、もしくはその仲間」であるパターンAと、「事件とは全く無関係に襲って来た人」であるパターンBについて同時に考えないといけない。

 本当に厄介だなと愚痴を言いつつ、更に質問。


「因みにだけど……香宮。もしもあの襲撃者が、殺人事件と無関係の通り魔だったとして、その正体に心当たりはないかな?実は香宮家の人を度々襲う人間が過去にいたとか、そういうのは」

「……少なくとも、私は知らないわ。今年は死体が多いから想像しにくいでしょうけれど、去年まではこんなに事件は頻発していなかったのよ、この街は。誘拐や襲撃なんて、私もそうそう体験していないもの」

「なるほど……」


 あの時の襲撃者は、戦いの最中、現場から逃げようとする香宮をわざわざ追いかけていた。

 だから、実は香宮サイドにも事情があるのでは、と思ったのだけれど……香宮としては、心当たりはないらしい。


「……勿論、この時代ではどんなところで恨みを買うか分からないから、私の知らないところで目をつけられた恐れはあるわ。例えば、身代金目当ての誘拐を思いつく人間はいつの時代にもいるでしょう」

「確かに、それも有り得る。香宮のお屋敷は幻葬市にいれば嫌でも目に入るし、そこの一人娘を浚ってお金を手に入れようとする人が現れること自体は不思議じゃない」


 僕や青井君が関わった財布の騒動だって、「どうやらここの人間は金持ちみたいだ、だったらちょっとくらい金をたかっても良いだろう」と考えた人が起こしたのである。

 幻葬市内に大金持ちがいて、しかも一人娘が無防備に外を出歩いているとなれば、邪心を抱く人間はいくらでも現れるはずだ。

 あの襲撃者が晶子さんの事件とは無関係の誘拐犯である可能性も、しっかり考えないといけなかった。


「ただ、誘拐犯だと考えるとちょっと変な点もあるな……」

「どんなところ?」

「こう、誘拐にしては攻撃の勢いが凄かったというか。普通、誘拐って人質を生け捕りにするものだろう?だけどあの襲撃者の一撃は、そんなレベルじゃなかったように思う」


 僕が背中で庇った警棒の一撃は、動きのキレや勢いからすると、とても相手を生け捕りにするためのそれじゃなかった。

 もしもあれが香宮の頭に直撃でもしていたら、彼女は最悪死んでいただろう。

 人質を生かして捕らえたい誘拐犯が、あんな殺気の籠った攻撃をするものだろうか……そう告げてみると、香宮は改めて心配したような顔になった。


「私は攻撃の威力なんてものは読めないけれど……そんなに凄い攻撃だったのね。九城君、そんな攻撃を直に受けて本当に大丈夫だったの?」


 僕を痛がらせないようにか、恐る恐る彼女は僕の背中を撫でてくれる。

 それに対して、心配し過ぎだと言おうとして────同時に「あれ?」となった。


 ──言われてみれば、ちょっと変だな……あんなに力の籠った攻撃を背中で受け止めたのに、どうして僕はこの程度で済んでいるんだ?


 人の頭を潰せるような一撃は、当然ながら背中で受けようが大ダメージになる。

 僕は焦って割り込んだものだから、衝撃をどこかに逃がすとか、そんなことは全くできていなかった。

 つまり、全ての衝撃をまともに受けた訳で────本来なら、背骨や背中側の肋骨が粉砕していてもおかしくないはずだった。


 それなのに、僕の被害は意外と軽微に終わっている。

 痛いことは痛いが、所詮はそれだけだ。

 僕の耐久力が急に上がったとかでなければ、これの真相は……。


 ──襲撃者が、直前で手の内を緩めたってことか?いきなり割り込んできた僕に驚いて、力を抜いた。だから攻撃が不完全な物になって、内出血程度で済んだ……。


 こう考えないと、僕が軽傷に終わったことに説明がつかない。

 しかし、これはこれで変な話だった。


 確かに、香宮を攻撃しようとしたところで別人にガードされるというのは驚く出来事だろう。

 だけどあれ程の警棒の使い手であれば、そのくらいの動揺は消して、力を抜かずに攻撃しそうなものだった。

 どうして、手を緩めたのだろう?


 ──或いは……実は襲撃者は、僕を傷つけることには躊躇いがあったとか。だから、慌てて力を緩めた。


 香宮を庇った直後のことを思い出す。

 追撃の絶好のチャンスだったはずなのに、何故かボーッと静止していた襲撃者の姿。

 あんまりにも無防備だったから、終夜の飛び蹴りまで食らっていた。


 こうして振り返ると、香宮や終夜に対してはそれなりに積極的に戦っていたのに、僕に対しては意外と攻撃を加えていないことに気が付く。

 相対した時間が短かったこともあるけれど、香宮を庇ったあの一撃以外は仕掛けてきていないのだ。


 ──じゃあもしかすると……ここで考えないといけないのは香宮家の関係者じゃなくて、僕の関係者ってことになるのか?あの襲撃者は実は僕の知り合いで、だから狙う気がなかったとか。


 考え込んでいる内に、我ながらとんでもない推理に辿り着く。

 香宮がおずおずと背中を撫でてくれる中、僕は自分でも自分の推理を信じられずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ