表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/106

前哨戦

 ──なんだこの人……気配が一切無かったぞ!?


 全身の皮膚を粟立たせながら、僕は反射的に距離をとる。

 すなわち、香宮を抱きかかえたまま後ろに飛んだ。

 激しい動きに慣れていない香宮が、僕の胸の中で目を白黒させたのが見えたけれど、申し訳ないが我慢してもらう。


 目の前に現れた不審者は、今の一撃を外した反動のせいか僕の動きを邪魔しなかった。 

 それ幸いと、僕は必死に相手の様子を観察する。

 危機的状況だからこそ、冷静に敵を観察しなければならない。


 ──身長は百七十センチくらい。黒いライダースーツと目出し帽を身に着けて、その上からジャンパーみたいな服を羽織ってるな。バイザーみたいなサングラスまで着けてるから、目元が分からない。男性か女性かも……武器は、僕と同じ警棒か。右手に持っていることからすると、恐らく右利き……。


 自然と、僕の視線は相手の得物である銀色の警棒に吸い寄せられた。

 自分も同じ武器を使っているからか、そこが一番気になったのだ。

 黄土色の軍手に握られているそれは、朝日の下でキラキラと輝いてすらいる。


 ──形としては、普通の警棒だな。僕の持っている物の色違いで銀色……「外」では普通に売っている武器だから、どこかで買ったんだろう。


 そんな推察をしている内に、襲撃者はバッと起き上がり、僕たちに向かって更に警棒を振った。

 もしも僕たちが逃げていなければ、頭があったであろう場所を狙って。

 グワン、と風が僕たちの肌を撫でた。


 ……間違いない。

 殺意があるかどうかは知らないが、少なくとも敵意には満ちている。

 躊躇うことなく、こちらに襲い掛かっている!


「誰だか知らないけど……大層なご挨拶ね!」


 真っ先に反撃したのは終夜だった。

 襲撃者を見据えた彼女は、相手の手首を狙ってパンチを繰り出す。

 旧時代の感覚だと性急な対応に思われたかもしれないが、現代ならこれくらいが常識的だ────とても綺麗なフォームで、彼女の拳は相手に吸い寄せられた。


 しかしそこで、襲撃者が動く。

 終夜に対して振り向きもせず、気配だけで攻撃を察したらしいその人物は、さっと素早く警棒を動かした。

 瞬く間に先端を後ろに向けた警棒は、終夜の拳をガンッと音を立てて弾く。


「……チッ!」


 分かりやすく舌打ちをしながら、終夜は更に追撃。

 弾き飛ばされた拳は放置して、自ら相手に飛び込むようにして蹴りを放った。

 やや離れた位置にいる僕からでも、風切り音が聞こえてくるような鋭い蹴りを。


 しかし相手は、これにも迅速に対応した。

 今度は警棒すら使わず、折り曲げた肘で終夜の靴底をガードする。

 服の下に何か仕込んでいるのか、カアン、と金属質な音が響いた。


 ──不味いな、あの人、護身術の心得があるみたいだ……ガードが上手過ぎる。


 香宮を抱えて更に後方に逃げながら、僕は密かに舌を巻く。

 僕も警棒を使った護身術を学んでいる人間なので、認めたくはないがその上手さが理解出来た。

 恐らくあの襲撃者は、相当なレベルで護身術の鍛錬を積んでいる人物だ。


 最初の終夜のパンチを弾き飛ばした一撃だって、簡単そうにやってみせているが、本当ならあんなに上手く行くものじゃない。

 あれは相手が殴りかかってくるタイミングを見切った上で、拳の軌道を正確にずらす高等技術だ。

 それを殆どノールックで成功させた時点で、襲撃者の技量の高さが伝わってきた。


 実際に戦った終夜もまた、間近に見たことでその技量は察しがついたのだろう。

 蹴りを弾かれた反動で後方に飛びのきながら、彼女はスッと目を細める。

 今まで以上に真剣な、戦う人特有の殺気を帯びた目つき。


 そこからの動きは速かった。

 決して今までの挙動が遅かった訳ではないが、これまでの最高速を軽く上回る速度で彼女は仕掛ける。

 一瞬だけ地面に四つん這いになったかと思うと、直後に獣のように飛びかかったのだ。


 すぐに警棒でガードされてしまうが、それすら見越したように別方向へ退避。

 一瞬だけ立ち止まったかと思うと、再び飛びかかり足を狙う。

 それすらも回避されたら、今度は真上に飛んで首へ────。


 三度目以降の攻撃については、僕程度では動きが見切れなかった。

 襲撃者の周囲で、終夜が飛び回りながら攻撃を仕掛けていることしか分からない。

 その殆どを警棒で弾いている襲撃者も凄いが、息も切らせずに攻撃し続ける終夜も凄まじい……狩りに慣れた肉食獣のような動きだった。


 一方で、襲撃者が大きく動揺してはいないことも、見ている僕には分かっていた。

 淡々と、その人物は終夜の猛攻に対処している。

 食らうと不味い攻撃は弾き、そうでもない攻撃は敢えて受けるという基礎的な動きを繰り返すことで、冷静に身を守っていた。


 ──状況としては拮抗している……でも長期的に見れば、終夜が不利だ。武器持ちと素手だと、リーチが違い過ぎる。


 香宮を抱えたまま距離をとった僕は、そこで選択を迫られる。

 必死に後方に退避した甲斐があって、僕たちは既に、襲撃者たちからはやや離れた場所にまで来ていた。

 ここまで来れば、少なくとも襲撃者の一撃を食らうことはないだろう……しかし、ここからどうするのか?


 ──選択肢は……二つかな。


 戦いは終夜に任せて、香宮と共に逃走しつつ、通報して応援を呼ぶか。

 それとも香宮だけをここから逃がして、僕もあの戦いに参戦するか。


 普通に考えれば、香宮と共に逃げる方が安全ではある。

 晶子さんと出かけようとした時にも言われたけれど、この時代の不審者対策の基本は、「連れを見捨ててでもとにかく逃げろ」だ。

 あの人物がどうして僕たちを襲って来たのかは分からないけれど、幸いにして終夜が抑え込んでくれているのだから、逃げるに越したことはない。


 しかし僕が見る限り、このままでは終夜が不利なことも確かだった。

 襲撃者はかなりの手練れのようだし、終夜が勝てるとも限らない。

 ここで僕が援軍に入らなければ、通報が間に合わずに終夜がそのまま倒され、殺されてしまう恐れすらあった。


 間が悪いことに、ここは通学路の中でも道が細くなっているところで、僕たち以外の人影は無かった。

 周囲の民家からも反応がないのは、まだ寝ているのか、関わりを恐れて引きこもっているのか。

 どちらにせよ、待っていても援軍は来ない可能性が高く、僕はここで決断を迫られていた。


 ……迷うために使えた時間は、ほんの数秒。

 香宮を抱えたまま、僕はその時間を使い切って。

 やがて、香宮の身体をそっと放した。


「香宮……悪いけど、ここからは一人で走ってほしい。安全なところにまで離れてから、通報して警察を呼ぶんだ。或いは、学校の警備員でも良い……やってくれるかな。僕は今から、終夜に加勢する」


 その一言で、香宮は僕の結論を察したらしい。

 この辺り、彼女も流石は探偵だ。

 彼女は一瞬だけ、僕を制止するように手を伸ばしたけれど……すぐに、コクリと頷いた。


「分かった、すぐに戻るから……!」

「助かる」


 議論する時間すらも、今は勿体ない。

 何かを振り捨てるように、香宮は学校の方へと駆け出していく。

 よし、と改めて僕は戦いの場を見据えようとした。


 だが、その瞬間────。


「……逃ガスカァッ!」


 人の声とは思えない、甲高い不気味な声が周囲に響いた。

 ヘリウムガスか何かで無理矢理に声を変えたような、異質な音声。

 何だと思って振り返った僕は、すぐにそれが襲撃者から放たれた声であることを知る。


 香宮に指示を出している内に、状況はやや変わっていた。

 終夜の猛攻を防いでいたはずの襲撃者が、彼女の蹴りを弾くと同時に、いきなりこちらへと駆け出してきたのだ。

 その動きは余りにも突飛な物だったらしく、終夜ですら対応が遅れていた。


「ちょ、待ちなさい……!」


 終夜が何とか追いすがろうとするが、遅い。

 攻撃を弾かれた直後ということもあって、すぐには追いかけることができないのだ。


 加えて、襲撃者の動きも異様に早かった。

 殆ど黒い風のようになった襲撃者は、現場から立ち去ろうとする香宮に向かって全力疾走を始める。


「……っ!」


 自分が追いかけられていることに気が付いた香宮が、僅かに顔をひきつらせたのが分かった。

 気丈にも足は止めていなかったけれど、相手の動きが早すぎる。

 香宮のような華奢な女の子相手なら、一撃で殴り殺してしまいそうな勢いで警棒が振り上げられて────。




 グジュンッ、と嫌に生々しい音が響いた。




 何か硬い物を殴ったのではなく、柔らかい物質を叩き壊した時に生じる音。

 如何にも、警棒で人を殴った時に聞こえそうな音だった。

 ただしそれを響かせたのは、狙われた香宮ではなく……。


「いっ……たあ……」


 香宮を庇って攻撃を受けた僕が、思わず声を漏らす。

 襲撃者と彼女の間に無理矢理に滑り込んだので、自前の警棒でガードすることすらできなかった。

 香宮への攻撃を防ぐためには、背中で受け止めるしかなかったのである。


 結果から言えばガードには成功したが、当然の帰結として背中をぶっ叩かれる羽目になった。

 右肩から背中の中央にかけて、一瞬で大量の血管が千切れたのがはっきりと分かる。


「九城君っ!」


 庇われた香宮が、動揺した声で小さく叫ぶ。

 それを見ながらも、僕は歯を食いしばってくるりと振り返り、相手の方を見つめ返した。

 背中がそれはもう盛大に痛んでいたし、香宮のことも心配だったけれど、ここで相手から目を離すことなどできはしない。


 ──さあ、来い……。


 警棒を改めて構え、襲撃者に正対する。

 間違いなく相手の方が手練れだとは分かっていたけれど、引くことなどできなかった。

 引いたらその瞬間に負けなのだから。


 しかし────。


 ──あれ……来ない?


 数秒経っても、次の攻撃は来なかった。

 僕の背中をしたたかに警棒で打ち付けた襲撃者は、そのままボーっと僕の前で立ち尽くす。

 その様子はまるで、何か考え込んでいるようにすら見えた。


 ──何だ、どうして追撃をしてこないんだ?


 不意打ちを狙って攻撃を仕掛けた以上、立ち止まるというのは悪手だ。

 襲撃者が手練れであるならば、絶対に知っているはずのことである。

 現にこの時も、襲撃者が立ち止まった数秒の間に事態は動いた。


「……ハアッ!」


 その場に裂帛の怒声が響く。

 終夜だ。

 とんでもない速度で追いついてきた彼女は、襲撃者の右手首を正確に狙って飛び蹴りを放った。


「ア……グウ……」


 彼女の攻撃は、見事に相手の手首に直撃する。

 襲撃者が甲高い声で呻くと、カランカラン、と音を立てて警棒がその手から転がり落ちた。

 持っていられなかったらしい。


 コロコロと地面を滑ったそれは、偶然だろうがこちらの足元にまで転がってくる。

 慌てて、僕はそれを拾って相手に使われないようにした。

 こうなると現場に残ったのは、軍手の手首部分を押さえてその場にうずくまる襲撃者だけである。


「これで……終わり!」


 間髪入れずに、終夜が相手の頭部に向かって追撃を放った。

 しかし、先程までの停滞が嘘のように、襲撃者は素早く対応する。

 手首の裾から何かを取り出した相手は、それを思いっきり地面に叩きつけたのだ。


 戦闘中のこととは言え、どうしても終夜と僕はそちらに意識を吸い寄せられる。

 投げ捨てられた物の正体によっては、まず逃げないといけないからだ。


 そして、案の定と言うべきか……地面に転がったそれは、配線が露出した小さなケースのような見た目をしていた。

 探偵狂時代の人間であれば、教科書でも見たことがある危険物。

 私的加工爆薬を収めた携行ケース────()()()()である。


「……九城君、凪!」


 今まさに攻撃を仕掛けようとしていた終夜が、血相を変えて叫ぶ。

 そのまま、彼女は無理矢理に進行方向を変えて後ろへと飛んだ。


 動いたのは僕も同じだ。

 動きを止めてしまっていた香宮の元に駆け寄り、力一杯に抱き締める。

 そのまま、一緒くたになって少しでも遠くへと飛び出した。


 直後────ドン、と空間が震えるような衝撃。


 香宮を庇って後ろが見えなかった僕にはよく分からなかったが、自分の背中がぶわっと爆風に包まれたのは十分に感じ取れた。

 警棒で殴られた部分が、爆発に共鳴するようにビリビリと痛む。


 しかし、背中の痛みにばかり構ってもいられなかった。

 僕は香宮を抱いたまま爆風に後押しされ、盛大な勢いで路上へと放り出される。

 腕や背中を盛大に擦りむきながら、僕と香宮は近くの歩道にまでゴロゴロと転がっていった。


 頭がグラグラするレベルで回転してから、民家の塀にぶつかってようやく静止する。

 同時に、僕はジンジンと全身を走る痛みに顔を歪ませた。


「……だ、大丈夫?」


 よっぽど痛そうな顔をしていたのか、香宮が僕の胸の内から心配そうな声を上げる。

 それに根性で頷くと、僕は香宮を放してすぐさま立ち上がろうとした。

 今度こそ、襲撃者の追撃に備えるために。


 しかし、それは無用の心配だったのだろう。

 そのことは、立ち上がってすぐに分かった。


「……いないな」


 警棒を構えたまま、呆然と呟く。

 いつの間にか、現場から相手の姿は無くなっていた。

 大量の煙と煤、それに引火したらしい雑草がチリチリと燃えているだけである。


「……やってくれたわね。爆風と煙幕を利用して退散って……爆発の威力自体は大したことがなかったから、最初から撤退用に用意していたんでしょうけど」


 悔しそうにぶつぶつ言いながら、煙を突っ切るようにして終夜が向こう側からやってくる。

 彼女もまた、襲撃者を取り逃がしてしまったらしい。

 まんまと相手の目論見に引っかかった自分を恥じるように、彼女は燃えた雑草をゲシッと蹴った。


 ──とりあえず、助かったのかな。でも何だったんだろう、あの襲撃者。晶子さんの事件と、何か関係が……?


 終夜と香宮が無事だったことに安堵しながら、僕の頭は疑問に包まれる。

 訳が分からない。

 意味不明なことばかりで、頭がパンクしそうだった。


 いつもなら、そこから疑問点の整理に移ったことだろう。

 だけどそれに合わせて、生き延びた安堵で緊張感が解けてしまったのか、背中の痛みが急に酷くなった。

 まっすぐ立っているのも辛くなり、僕はぐらりと姿勢を崩す……すると香宮が、そっと支えてくれた。


「九城君……色々疑問はあるでしょうけれど、今は病院へ行きましょう。もしかすると、骨や神経に異常が出ているかもしれない」


 彼女とて動揺が無い訳ではないだろうが、流石に死法学を専攻するだけあって医学に詳しい。

 ここは彼女に従おうと思った僕は、途端にどっと疲れが出て、香宮に寄り縋るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ