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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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運命との戦い方

「そう言う訳で、ずっと日本街で住んでいたんだけど……暮らしていると、トラブルがちょくちょくあって」

「トラブル?」

「簡単に言えば、周囲に受け入れてもらえなかったのよね、私の家。お父様たちが住み始めた当初から、何かと仲間外れにされていたっていうか」


 それはまたどうして、と思う。

 日系移民が身を寄せ合って生活している中で、無用なトラブルが好まれたとは思えない。

 何故そんなことになったのか……そう聞こうとしたところで、ふっと解答が脳内に浮かんだ。


「それは、もしかして……名探偵の血を引く一家だから?」

「正解。今思い出しても、割と腹が立つ言い分なんだけど……『名探偵の子息であるアンタらは、日本街には来ないで、故郷の事件を解決した方が良いんじゃないか』とか言われるのよ。私たちは名探偵と同様に推理の才能があるかもしれないんだから、海外移住なんてするなって」


 うわあ、と思う。

 それはある種当然の感情で、一般人がいかにも考えそうなことで。

 しかし言われた方からすると、どうしようもなく傷つく理屈だった。


「嫌な意味で期待されていた訳だ。名探偵は毀誉褒貶が激しい人だけど、少なくともノルウェーの日本街では英雄視されていて……名探偵の血筋の人間も、同じように探偵として活動して欲しいと願われていた、ということかな」

「そういうこと。元々、結構いるのよ、いつかは治安が改善した故郷に……本当の日本に帰りたいって人。日本街がいくら安全と言っても、移住に伴う不満がゼロにはならないもの。だからその手の人たちは、凄く名探偵に期待してる。いつか自分たちが帰っても大丈夫な程にまで、日本の治安を良くしてくれるんじゃないかって」

「だからこそ、探偵の才能がありそうな終夜の一家には日本に戻って欲しいってことか。そうすれば、日本が平和になる日が近づくかもしれないから……かなり、理不尽な論調に聞こえるけど」


 流石に他力本願が過ぎる気がして、僕は眉を顰める。

 終夜が言う通り、割と腹が立つ理論だった。


 一応、言いたいことは分かる。

 日本街を作ったと簡単に言うが、これには尋常ではない苦労があったことだろう。

 法壊事件の余波で苦しい思いをする中で、「こんな苦しい場所にはいたくない。いつかは平和を取り戻した日本に帰りたい」と願うのは当然の流れだ。


 しかしだからと言って、終夜の一家にそんなことを言うのはどうなのか。

 名探偵の血筋だからと言って、必ずしも推理が得意とは限らないし、絶対に探偵にならないといけない訳でもない。

 そもそも終夜の父親は、その名探偵と関係が悪くなって日本街に向かったくらいなのだ。


 要するに日本街の住民たちは、治安の悪化した日本から自分たちは脱出しながら、終夜の一家には「名探偵の血筋なんだから日本に残れ、探偵になって事件を解決しろ」と言っているのだ。

 これは、いくら何でも筋の通ってない話だと思う。


「九城君、怒ってくれてありがとう……まあそういう訳で、日本街の住人から見れば、ウチの一家がノルウェーに住んでいるのは不快なことだった。だから、じんわりと周囲と仲が悪かったというか。割と周囲にヒソヒソ言われる環境だったのよね。友達とかもできなかったし」

「……その、危害を加えられるようなことは?」

「いえ、それは無かったわ。元より犯罪を嫌って日本街を作ったんだから、その自分たちが犯罪行為をするような本末転倒なことはできなかったんでしょう……その分、直接的ではない陰湿なイジメは多かったけれど」

「……」

「でも、悪いことだけでもなかったわよ?友達ができないのを心配したお母様が、長期休みの度に私を交流のあった香宮家に連れていくようにして……それで、凪と親友になったの。もし日本街で楽しくやっていたら、凪とは知り合えなかったかも」

「あ、そこで香宮と出会ったんだ」


 香宮と交流を始めた経緯が分かり、なるほどと納得する。

 親同士の仲が良かっただけでなく、この辺りの事情も影響していたようだ。

 詰まるところ、日本街の居心地が悪かったために頻繁に幻葬市に帰省しており、その一環で香宮と仲良くなったということらしい。


 短期間滞在とは言え、幻葬市以外の日本の都市に旅行するのは危険過ぎる。

 名探偵と関係の悪い終夜の父親としては複雑な心境だったかもしれないけれど、幻葬市で気晴らしをするのが一番安全なのだ。

 必然的に香宮家との交流も増えて、今のような関係に至ったのだろう。


「じゃあ、こちらでの暮らしは終夜としては楽しかったんだ?」

「まあね。仲良しの凪と会える別荘暮らしみたいなものだと思っていたから……その分、日本街での暮らしに腹が立つんだけど」

「そっちは……そう簡単に解決しないだろうからね」

「ええ。しかもある程度大きくなってくると、私と同年代の子どもたちも色々言ってくるようになってさ……大人の真似をして、やいのやいの言ってくるのよね。『お前の父親は、名探偵の息子なのに日本から逃げ出したんだろ!』とか言って」

「子どもの悪口とは言え、酷いな……どうしてたんだ、そう言われた終夜は」

「普通に、正面からぶっ飛ばしたわ。当時の私、今よりも直情的だったから」


 いきなり彼女らしい対応がぶっこまれて、僕はブフッと吹き出す。

 いやまあ、子どもの行動としてはよくある物だろうけど、流石にストレート過ぎるというか何というか。

 何にせよ、彼女らしかった。


「当時はもう、どこの不良だってレベルで喧嘩ばっかりだったわね。ノルウェーの日本街にいた子たちの、八割は殴ったんじゃないかしら」

「……問題になっただろう、それ」

「まあね。でも、私としては手加減してたつもりなんだけどな。当時は既にお母様から格闘術を習ってたから、本気でやってたらあんな物で済んでないし」


 さらっと怖いことを言いつつ、終夜は「何で問題視されたのか分からない」と言いたげな顔をする。

 その態度に苦笑しつつ、同時に「まあ、こうなるのも仕方がないか……」と思った。


 街に住む子どもの八割を殴ったということはつまり、その街の子どもの八割が、終夜の一家の悪口を言ったということだ。

 子どもが自発的にそんなことを思いつくとは考えにくいから、その子たちの親が積極的に言っていたのだろう。

 子どもたちが自然と覚えてしまうくらいに。


 これはもう、住みにくいとかそう言うレベルじゃない。

 明確な迫害だ。


 終夜はきっと、ずっと悔しかったし、悲しかったのだろう。

 家族のことで色々言われて、悪口を言ってきた相手と手加減しながら喧嘩し続けてきた女の子。

 そんな当時の彼女の様子を想像すると、何だかたまらない気持ちになる。


「ただ、殴っても殴っても悪口を止めないから……終いには、売り言葉に買い言葉で凄いことを口走ったのよね。当時の私は」

「どんなことを?」

「こんな感じかしら……『分かったわよ、そこまで言うのなら、お望み通り今の日本に行ってやろうじゃない!お父様が帰国しなくても、私が全部の謎を解いたらそれでいいでしょ!?私が……探偵狂時代を終わらせてあげるわ!』って」

「おおー……ここで、君の夢が出てくるのか」


 基本的には、煽られたから煽り返してみました、くらいのノリで口にした夢らしい。

 治安の悪化した日本を脱出したことを責められたのだから、じゃあそこに戻ってやろう、と返答。

 名探偵の血族なのに事件を解決していないと言われたので、だったら全ての事件を解決してやる、何ならこの狂った時代を終わらせてやる、と続いた。


 まあ実際、大言壮語ではあるけれど、それは一つの解決法ではあった。

 本当に探偵狂時代が終わり、彼らを平和になった日本に戻すことができたなら、二度と悪口など言われないだろう。

 ある意味、究極の解決法である。


 しかし────。


「でも……その、それは所詮売り言葉に買い言葉で出てきた理屈だろう?正直、本当にそれを人生の目標として掲げる必要はない気もするんだけど……こう言ったら何だけど、そうして迫害してきた人たちの思惑通りになっているんじゃ……」


 終夜の夢にケチをつける気はない。

 しかしどうしてもそこが気になって、僕は心配してしまった。


 当時の彼女は、「日本に戻れ、名探偵の血族らしく謎を解け」と他力本願な理想を押し付けてくる周囲に屈してしまったのではないか。

 本当は望んでいない夢を、不可抗力で目標とせざるを得なくなったのではないかと。

 しかし僕の杞憂を吹き飛ばすように、終夜はニコッと笑った。


「心配してくれてありがとう。でも、そういう感じじゃないわ。確かに最初は挑発に乗っただけだったかもしれないけど、その後はちゃんと私自身の夢になったから」

「……どういうこと?」

「何て言うか、説明が難しいんだけど……こう、私は運命って奴と戦いたかったのよね、多分。かなりアレな言い方になるけれど」

「運命?」

「そう、運命。さっき言った通り、私の一家は基本、生きているだけで色々言われている感じだったんだけど……お父様はこう、そう言うのをすぐ諦めるタイプだったわ。『周囲の人がこうなるのは必然だ、もう仕方がない』ってなる感じで」

「へえ……泣き寝入りと言うと言葉が悪いけど、あまり強く反論はしない人だったんだ」


 終夜の話し方だと気弱な態度にも聞こえるけれど、彼の状況を思うと仕方がなかったのかな、とも思う。

 気に食わない相手とは喧嘩できた終夜とは違って、彼の場合は一家の長として、それ以前に大人としての立場もある。

 仕事の事情もあるだろうし、ただじっと貝のように黙るのが最適解だと判断したのかもしれない。


「お父様の判断を責める気はないわ。元々、推理も名探偵も嫌いなんだし、仕方がないんでしょう……でも私は、泣き寝入りなんてしたくなかった。もっと正面から、そういう空気や偏見に勝ってみたかった。それで、言ってみたかったのよ。『どうよ、本当に平和にしてみせたわ!』って」

「要するに……周囲の人たちを、完全に見返してやりたかった。そのためなら、敢えて彼らの言う通りに日本に戻るのもへっちゃらだった、ということ?」

「そうそう。我ながら子どもの理屈だけど……もう誰も悪口を言えないくらい、完全無欠の業績を打ち立てて時代を変えてみせたかった。そうしたら、私はこの運命に勝てるんじゃないかって、そう思ったの。それをしない限りは、どこに行ってもこの悪口は止まないかもしれないから。例え、ノルウェー以外の日本街に逃げたとしてもね」

「確かに、名探偵の名前はどこの日本街でも有名だろうから……どこに逃げても、同じようなことにはなっちゃうか。他の国に移っても、悪口を言われ続ける可能性が高い」

「でしょ?だからこそ、真正面から戦いたかった。もっと効率的な方法があるのかもしれないし、しなくて良い苦労を抱え込むことになるでしょうし、戦ったところで失敗するかもしれない。それでも、私にとって一番挑みたい夢がこれだったのよ」


 喧嘩の後でそんな風に考えたのよね、と終夜は懐かしそうに目を閉じる。

 このような決意の果てに、終夜にとってこれはただの喧嘩口上ではなく、自分の夢となったらしい。

 僕が何としても自分の誕生日を知ろうとしているように、彼女は何としても、この時代の空気を変えたいのだ。


「そこからはまあ、前にも語った通りよ。親に反対されて、凪の一家の協力を仰いで、色々勉強してこっちの中学校に通って……まあでも、最初は中々推理は上手く行かなかったんだけど」

「それは仕方がないんじゃないかな。住み心地が悪かったとは言え、かなり平和だった日本街で暮らしていたんだから……推理そのものに慣れていなかったはずだ」

「まあ、それもあったわね。今思うと、そのせいで『日常の謎』が苦手になったのかもしれないけど……」


 ああ確かに、と終夜の推測に膝を打つ。

 彼女が「日常の謎」を不得意とする理由はこれまでも幾つか発見していたのだけれど、一番大きいのはこれなのかもしれない。

 幼少期を日本街で過ごしていて、探偵狂時代の日常に詳しくないため、経験不足から推理を組み立てにくいのだ。


 専攻が「日常の謎」である僕に言わせれば、小さな謎を解く際には重要なのは、日常での些細な気づきを重視することだ。

 普通の人なら見過ごしてしまうような細かな発見を繋げていくことで、初めて謎を解くことができる。

 しかし探偵狂時代の日常に詳しくない彼女には、それが難しい……この時代の日本であまり暮らしていなかったために、何が普通で何が異常かを見分けるのが困難なのだろう。


 だから終夜の場合、殺人のような明らかな異常事態が起きた時の方が推理しやすい。

 今の常識に疎かろうが、派手な事件ならいくら何でもおかしさには気が付けるから。

 かくして、「殺人」専攻の終夜雫が生まれたということらしかった。


「そういう訳で、中学時代の探偵としての実績は散々だったわ。もうちょっと小さな謎が解ければ、その奥にある謎も解けたのに、なんて悔しい経験ばかりで……だから『日常の謎』が解けるパートナーが欲しいと思って、凪に頼み込んで……」


 ────そして、九城君に出会ったのよ。


 ここで初めて、終夜は振り返った。

 星ではなく、僕を見るために。

 とっくの昔に彼女に顔を向けていた僕は、終夜の視線を直に受け止めた。

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