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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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恵まれた人生

 僕はただ、星を見ながら語り続ける。


 話自体は、香宮にしたそれと同じだ。

 コインロッカーベイビーとしての僕の生まれ。

 義父さんに引き取られた経緯と、自分の出生について知ってから生じた悪夢と現実感の消失。


 誕生日への拘りと、幻葬市に行こうと決めた時のこと。

 ついでにこのお屋敷に住もうとした理由や、香宮にバレた時のことも解説する。

 我ながら説明に慣れたのか、以前よりも流暢に話すことができた。


 終夜はずっと、静かに頷きながら話を聞いてくれる。

 取り乱すとか、問い返すとか、そういうことは全く無くて、僕はそれが少し嬉しかった。


 デリケートな話をする時、聞き手に感情を露わにされると、話す方としては困ることが多い。

 あまり話したくないことを外に出すだけで消耗しているのに、聞き手の感情にまで配慮しないといけなくなって、頭がパンクするからだ。

 内心はどうかは知らないけれど、大きく動揺せずにただ頷いてくれる終夜の聞き方は、僕としてはとてもありがたいものだった。


 ──もしかすると、この手の話を聞くのに慣れているのかもしれないな。「殺人」専攻だから、もっと悲惨な動機を犯人の口から聞く機会だってあるだろうし……。


 話しながらそう推察して、同時に心がチクリと痛くなる。

 ひょっとして、心の底では終夜は僕に呆れているんじゃないか、と不安に思ったのだ。

 探偵狂時代の人間として、様々な人間の動機を聞いてきたであろう彼女からすると、僕の過去は矮小な物に見えている可能性もあるのだから。


 それこそ、晶子さんの手紙にもあった内容だけれど……今の世の中、僕らよりも酷い環境にいる子どもなどいくらでもいる。

 晶子さんは自分のことを、「自由ではなかったとはいえ、相対的には恵まれた環境にいたのに、それに不満を抱いた」と自嘲していたけれど、あれは僕も同じなのだ。

 コインロッカーから出ることもなく、そのまま衰弱死することも多い他の赤子に比べれば、義父さんに引き取ってもらえた僕の何と恵まれていることか。


 それだけ恵まれた環境にいたのに、僕は義父さんと喧嘩してこの街に来るという、かなり恩知らずなことをした。

 そして今では、こうして大きなお屋敷に住まわせてもらった挙句、終夜や香宮のような美少女とも仲良くさせてもらっているのである。

 改めて振り返ると、自分がとんでもない贅沢者であることが分かる……だから僕は、話の締めにトーンを変えた。


「……まあ、以上で僕の過去話は終わりだ。つまらない話に付き合わせて、ごめん。今の時代、もっと不幸な人なんていくらでもいるんだから、誕生日に拘るなんて贅沢なことだって分かっているんだけど……それでも拘るのを止められなかった、親不孝者の話だよ、所詮は」


 いけないと分かっているのに、自虐するような口調になってしまう。

 最期で急に話の雰囲気が変わったことに驚いたのか、終夜は少しの間、頷きを止めた。

 やがて彼女は、ゆるゆると首を振りながら口を開く。


 最初は、「過去の話をしてくれてありがとう」という儀礼的な感謝。

 その次は、柔らかい反論だった。


「最後の……『自分より不幸な人は沢山いるから、自分がこんなことをするのは本来駄目』みたいな論調は、間違いだと思う。いくら何でも、それは暴論よ」

「……そう?」

「ええ。だってその理屈で言うと、自分より不幸な人がこの世にいる限りは、自分は愚痴を言ってはいけないし、不幸を嘆いてもいけないってことになるでしょう?極端な話、この世で一番不幸な人以外は、不幸を訴えてはいけないことになるわ。だって、他の全人類はその人よりは恵まれているのだから……でも、流石にそれは変でしょう?」

「……」

「例え他に不幸な人がいたとしても、それでも自分の身に起きたことこそが一番の不幸に思えるのは、ある種当然のことよ。だから九城君だって、自分の不幸を嘆いてはいけないなんてことはないわ。大丈夫よ、アンタの過去を馬鹿にするとか、軽く扱うようなことは絶対にしないから」


 言い方的に、僕の懸念を分かっている感じだった。

 相変わらず、「日常の謎」が解けない割にこういうことには気が付いてくれる。

 人としての根本が優しいんだろうな、とちょっと思った。


「それよりも九城君……私の方こそ、ごめんなさい。今まで無神経なことばかりして」

「え、な、何?無神経なことって……覚えがないんだけど」


 そこで急に終夜が頭を下げ始めたものだから、僕はぎょっとする。

 何やら謝りたいようだけれど、全く覚えがない。


「繰咲駅だと、過去の事情も知らないのに安易にアドバイスをしたし……それ以外にも、色々。今までの私って、アンタから見てウザかったんじゃないかと思って。だから今日まで、凪に話せたことでも私には言えなかったんじゃない?」

「いやいや、そんなことないって。泣いていいって言ってくれたことは、本当に助かったよ。終夜に言えてなかったのも、普通に楽しい雰囲気で会話したかっただけで……」


 香宮が特にそうだけれど、どうしても僕の過去を話してしまうと、話を聞いた人は何かと僕に気を遣うようになるところがある。

 心優しい人間程、僕なんかのために色々してくれるのだ。

 それが心苦しいので中々話そうとしなかった、というのが終夜にこの話をしなかった理由だ。


 僕の知る終夜は、強引で、快活で、重大事項を話さずに物事を進めてこちらを仰天させる……だけど、とても頼りになる女の子だ。

 そんな子に、今みたいな表情をさせたくはない。

 だから僕は、慌ててフォローの言葉を並べることとなった。


「香宮はほら、大家さんだから腹を割って話さないと入居許可が下りないかなって気がしてて。だから話したってところも大きいから……別にそんな、終夜をウザイと思ったことなんてないよ」

「……本当?」

「本当だ。だからその、僕に悪いと思うくらいなら……普通に、これまで通りに過ごしてほしい。僕としては、それが一番嬉しいから」


 いつの間にか終夜の肩を掴んで、僕はそんなことを頼む。

 何と言うか、これを境に互いに気を遣い過ぎる関係になりたくなかったのだ。

 同居人相手にそれって、どう考えても気まずい。


 そんな思いは、何とか終夜に伝わったのだろうか。

 しばらく申し訳なさそうな顔をしていた彼女は、次第に表情を柔らかくしていく。

 はあ、と力を抜くように息をついたのはそれからすぐだった。


「分かった、そうするわ……ごめんなさい。アンタが晶子さんと仲良くしていた理由とか、凪がここで寝るように勧めた理由とかが一気に分かって、ちょっと混乱してたみたい」

「いや、それこそ終夜が謝ることじゃないよ。今まで話を通していなかった僕が悪い」

「それでも……アンタにはこう、精神的にキツイことを今までさせてしまっていたから。優月先生が殺された時には涼風への説明役をさせたし、学生寮の殺人では犯人と直に戦わせたし……心の問題を解決するためにこの街に来た人に、そんなことをさせてたんだ、みたいな後悔もあって」


 だからこそ、僕の過去話を聞いてすぐに謝罪に移ってしまった、ということらしい。

 彼女なりに、今までの事件で後悔が積み重なっていたのか。

 僕も大概だけれど、どうやら終夜も一度落ち込むと結構引きずる側面があるようだった。


「私、昔からこういうところあるのよ……これじゃあ、探偵狂時代を終わらせるなんて夢のまた夢ね」


 最後にそう言ってから、終夜はそれ以上の嘆きを自ら止めようとするように、キッチンから持ってきたペットボトルの水をグイッと飲む。

 その水は既に僕が一口飲んだ物なのだけれど、良いのだろうか。

 指摘しようかどうか迷った末に、僕はとにかくこの湿っぽい雰囲気を変えたいと思って、それまでと全く違うことを聞いた。


「因みにだけどさ……」

「何かしら?」

「終夜のその夢……『探偵狂時代を終わらせる』っていう目標は、どうして掲げ始めたものなんだ?何気に、今まで聞いてなかったことだけど」


 晶子さんが起こした殺人を解決した後、僕はこの夢を聞いた。

 彼女は前々からこの時代を終わらせることを夢にしていて、そのために「殺人」専攻として頑張っているのだと。

 本人が認める通り、現状ではまだまだ叶わぬ夢ではあるのだけれど、この目標を彼女はずっと口にしていた。


 しかし思い返すと、どうして彼女がこれを目標にしているのかは聞いたことがない。

 こんな狂った時代が終わって欲しいと願うこと自体は、現代の日本国民なら誰でもしたことがあるだろうけど、スケールが大き過ぎるために真面目に目標にする人間はかなり少ないのが実情だ。

 名探偵の孫である彼女が、いかな過去を経てこの目標を掲げたのか────自分の過去話をしたせいか、僕は終夜の過去が気になり始めていた。


「私がその目標を掲げた理由って……あれ、言ってなかったっけ?お祖父様が新入生に挨拶をした日に、色々話した気がするんだけど」

「終夜が海外からわざわざこの街に来たとか、そういう事情はあの日聞いたよ。でも、終夜の動機については聞いてない」

「あー、そっか。私や凪にとっては当たり前過ぎることだから、うっかり説明を省いたのかも……九城君、聞きたい?」


 問いかけられて、すぐに頷く。

 アクシデントとは言え、僕がこの街を目指した理由については全て明かしたのだ。

 だったら彼女はどうなのだろう、と思うのは必然的な流れだった。


 どうせ夜は長い。

 僕も彼女も目が冴えてしまっているし、晶子さんの事件についても続報は無いようだ。

 だったら、昔話くらいは良いだろう。


「そうね、なら話すわ。大した話じゃないのだけど……」


 そこから、終夜は僕ではなく星を見ながら口を動かした。

 先程までの僕と同じ動きだ。


 彼女ですら、昔話は面と向かってはしにくいらしい。

 そんな発見をしながら、僕は耳を澄ませた。






 ────前も聞いた話だけれど、幼少期の終夜はノルウェーで生活していたらしい。

 彼女の母親がそちらの出身だったからだ。

 名探偵の私生児である父親と、ノルウェー人の女性の間に生まれた彼女は、殆ど日本を知らないまま過ごしていた。


「ああいう海外ってね、法壊事件を切っ掛けにして日本を脱出した移民が集まる街っていうのがあるのよ。やっぱりそう言う立場になると、同じコミュニティの出身者同士で固まる傾向があるから。移民を受け入れてくれる土地を買い上げて、そこで一緒に暮らしているの。だから海外には、周囲一帯に日系人しか住んでいないようなエリアが点在している……聞いたことない?」

「そう言えば、どこかで聞いたことはあるような……『日本街(にほんがい)』って言うんだっけ?」

「そうそう。私、ノルウェーにおける『日本街』の出身なのよね」


 どこか懐かしそうな顔をする終夜の横顔を見ながら、僕は過去の知識を振り返る。

 法壊事件を切っ掛けに、特に富裕層が日本を見限って海外に大勢移住したのは有名な話だ。

 移住後の彼らの生活については詳しく知らなかったのだけど、どうやら日系人や元日本人たちで集まって、特定の場所で暮らすようにしているらしい。


 考えてみれば、これは当たり前の話だ。

 彼らにしたって、急に海外に行っても現地に馴染むのはかなり大変だったことだろう。

 変なトラブルを防ぐためにも、同じコミュニティで固まって暮らしやすい場所を組み上げていくのは、自然の流れと言えた。


「話としては横道かもしれないけど……その日本街ってどんな場所なんだ?」

「町並みとしては、本当に旧日本そのままよ。付近に住むのは元日本人か日系人が殆どで、コンビニもあればスーパーもある。治安もかなり良くて、夜中に何も持たずに歩いても、特に何も起きないのが普通だったわね」

「凄いな……ひょっとすると、旧時代の日本よりも平和なんじゃないかな、それ」

「そうかもね。それに、街の中ならどこでも日本語が通じるし……私の住んでいたノルウェーはノルウェー語が公用語なのだけれど、日本街の住民にはノルウェー語が話せない人が大勢いたわ。英語すら碌に話せないって人もいたくらい」

「ノルウェー語や英語が話せなくても困らないくらい、日本語だけでの生活ができているってことか……」


 良い場所だな、と素直に思う。

 話を聞く分だと、探偵狂時代の日本よりも遥かに「日本らしい」生活が送れる場所になっているようだ。

 幻葬市で地主として生活していた香宮の両親が、わざわざ終夜の両親を頼って海外移住した理由も分かる気がした。


「じゃあ終夜は基本、探偵や事件とは関わりがなく過ごしていたってこと?そんな場所なら、時間もそうそう起きないだろうし」

「そうそう。前も言ったけど、お父様はお祖父様が……名探偵のことが嫌いだったから。それで海外移住して、結婚相手も現地で見つけたくらいだし。家族にはそんな血生臭いことに関わって欲しくない、という思いが強かったのよ」


 親としては真っ当な感情だな、と改めて思う。

 そんな場所に生まれながら、終夜はどうしてああいった夢を持つに至ったのか。

 いよいよ話がそこに向かってきたので、僕は姿勢を正した。

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