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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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寝る前のあれこれ

 変に溜めることなく、終夜はその指紋が誰の物かを教えてくれる。

 それを聞くや否や、アキラが素っ頓狂な声を発した。


『現場で……()()()()()()()()()()()()()()んすか?死体の入っていたコインロッカーの取っ手から?』


 オウム返しにその事実を確かめながら、アキラは目を丸くする。

 まさか、と言いたげな顔だった。


『ええっと、それは……やはり本郷キララが死体を運んでいて、その際に付着した指紋ということでしょうか?』

『さっきのカミヤっちが言ってた推理が正しいなら、そうなるよねー。取っ手以外からは何も検出されなかったみたいだけど』


 一方で、涼風さんと三堂さんはそこまで不思議そうな顔はしなかった。

 寧ろ、今しがた話し合っていた仮説が補強されたように感じていたのだろう。

 内心では僕もそんな感じだったのだけれど、終夜はそこで首を横に振った。


「いえ……そういう訳じゃないと思う。寧ろこの情報を考慮すると、本郷キララが死体を運んだっていうセンはちょっと薄くなる」

『え、そうなんですか?』

「ええ。思い出して、涼風。凪の話では、凶器からは一切の指紋が検出されなかったんでしょう?当然と言えば当然だけど、今回の犯人は指紋が現場に残ることに注意している。相手に突き刺したままの凶器に付着した指紋を拭うのはかなりの手間だから、最初から手袋をするとか、そういう準備はしたんでしょう」


 ──まあ、そうなるな。仮に死体の服や凶器に指紋が残っていたなら、香宮が既にそれを報告しているはずだ……そうなっていない時点で、犯人が対策していたのは間違いない。


 殺人に関する知識が常識化したこの時代、突発的な犯行でない限り、素手で人を殺す馬鹿はそうそういない。

 今回の犯人だって、それなりの準備をしていた可能性が高いだろう。


「……だから私が言ったように本郷キララが共犯者だったのなら、彼女だって指紋を残さないように工夫していたはずなのよ。主犯の人物がアドバイスするはずだもの」

「ああ、なるほど。だから本郷キララの指紋が残っていること自体、ちょっと変なんだ。彼女が共犯者なら杜撰過ぎるし、彼女が無関係なら、何で死体の入っていたコインロッカーに近づいているんだ、という話になるし」


 段々と言いたいことが分かってきて、僕は頷きながら話をまとめる。

 こう考えると、コインロッカーの取っ手から彼女の指紋が出てきたのは解せない……いくら何でも、うっかり過ぎる。


 もしも彼女がそこまで杜撰な共犯者ならば、取っ手だけでなく、死体の皮膚や服からも彼女の指紋が検出されてもよさそうなものだ。

 しかし現実には、そんなものは報告されていない。

 コインロッカーの取っ手に「のみ」指紋を残すというのは、逆に難しい行為なのである。


 では、彼女は共犯者ではないのか?

 純粋に、水やお茶をコインロッカーに預けに来ただけの人なのか?


 いや、それはそれで彼女の証言と矛盾する。

 だって本郷キララは、B17区に入ってすぐのところにあるコインロッカーを使った、と主張しているのだ。

 だからこそ晶子さんの死体には気が付かなかった、という話だったはず。


 しかし死体が発見されたコインロッカーから彼女の指紋が見つかったとなると、この証言が怪しくなってくる。

 B17区に入ってすぐどころか、かなり奥の曲がり角にまで立ち入って、そのコインロッカーに触ったことになるのだから。

 この場合、彼女の証言は嘘だったということになり……僕たちの前で、そんな嘘を吐いた理由が分からない。


 彼女が事件に関わりがあると考えると、指紋が残っているのは杜撰過ぎておかしい。

 彼女が事件と無関係であると考えると、指紋が残っているのは矛盾し過ぎておかしい。

 どちらにせよ、この指紋は不思議な謎を招くのだ。


『真犯人が、捜査攪乱のために無関係な彼女の指紋を残した……というのは無理っすかね?技術的には、指紋を別の物に転写するのは不可能ではないっすけど』

『いやでも、その場合真犯人の意図がおかしくなりません?何で自分が殺人をした後に、本郷キララさんが確実に現場に来ると知っているんです?』

『……じゃあ、死体をコインロッカーに詰めたのは本郷キララだけど、最後の最後で手袋の先端が破れちゃったとかー?不意の事故で指紋が残った、とか』


 疑問の多い証拠を前に、アキラたちが喧々諤々の論争を始める。

 するとそれに乗っかるように、そっと香宮が挙手をした。


「どうかした、香宮?」

「いえ……私から言い出しておいて申し訳ないのだけれど、彼女が死体を運搬したというのは、やはり無理かもしれない。たった今、別の疑問点に気が付いたものだから」

「あれ、そうなの?」

「ええ……実は司法解剖の様子から判断する限り、被害者の手足や服には、どこかに擦ったりぶつけたりしたような痕跡がほぼ無かったの。本郷キララが死体の隠匿をしたとすると、これは考えにくいわ」

「……ごめん。もっと詳しく」


 死法学を専攻する香宮はともかく、僕にはこの説明は難しい。

 画面を見ると、議論中だった三人も僕と似たような顔になっていた。

 それを察してか、香宮は丁寧に教えてくれる。


「……想像してみて、九城君。本郷キララが犯人の共犯者だとすると、彼女がB17区に来た時点では、被害者の死体は放置されていたということになるでしょう?きっと、車椅子に乗ったままの姿で」

「まあ、そうだろうね。車椅子に乗ったまま刺殺されたんだから」

「つまり、共犯者は車椅子から死体を下ろして、それから改めてコインロッカーに詰めることになるのだけど……これ、意外と大変な作業よ。羽生晶子は華奢な人だったようだけれど、それでも死体はかなり重く感じるものだから。女性の死体一つでも、運ぶのは重労働になるはず」


 ──言われてみれば……入試の時に勉強したな。死体の始末っていうのは、想像以上に大変だって。


 僕たちは軽々と子どもをおんぶしたり、抱き締めて運んだりするけれど、あれは相手が生きているからできる芸当だ。

 運ばれる子どもの方が、上手く「運ぶ側にとって楽な姿勢」になってくれるからこそ、楽に運べるのである。

 当然ながら死体はそんなことはしてくれないので、車椅子からずり下ろしてコインロッカーに運ぼうと思うと、かなりの労力が必要となる。


 僕が見た限り、本郷キララはそんなに筋力に自信があるようなタイプではなかった。

 恐らく、力自体は普通の女性の域を出てはいないだろう。

 そんな彼女が、晶子さんの死体を運ぼうとしたのであれば────。


「……そっか、だから死体の手足や服が綺麗なのが変なんだ。車椅子から例のコインロッカーはそう離れていないけれど、それでも死体を運搬するのは大変なはず。死体を引きずったり、どこかにぶつけたりしながら無理矢理入れる必要がある。だけど……」

「そう、被害者の死体は綺麗な物だった。つまり犯人はこう、死体をつまみ上げるか抱き留めるかして、殆ど傷つけずにコインロッカーに放り込んだことになる。一般女性の腕力では、これは難しいのではないかしら」

『しかも、二分以内にって条件がつくっすからね、本郷キララの場合は』


 アキラの補足もあり、僕もようやく同じ疑問を共有する。

 要するに、本郷キララが死体を運んだのなら、もっと死体は損壊していないとおかしいという話だ。

 確かにこの点を考えると、本郷キララは殺害の実行も死体の運搬もしていない、本当に事件とは関わりのなさそうな人に見えてくる。


『カミヤっちの言いたいことは分かったけど……そうなると、いよいよ指紋が付いているのはナゼってことになるよね?事件と無関係なら、何で奥まで行ったのか』

『うーん……話がぐるぐるしてきちゃいますね』


 困った困った、と言いたげに涼風さんが口元を押さえる。

 それに引きずられてか、Web会議に参加している全員が何となく黙考を続ける感じになった。

 今の情報も含めて推理を深めたいのか、各々口を開こうとしない。


「議論も煮詰まってきたし、今日はここまでにしましょうか。明日は学校もあるしね。深夜に新情報が来るかもしれないし……とりあえず会議はこれで解散。続きは明日にしましょう」


 良いタイミングで、終夜がこの推理会議の終了を宣言する。

 つくづく、場を仕切るのに慣れている子だった。

 当然ながら誰も反対意見は述べず、プツプツプツ、とノートパソコンの画面は暗くなっていった。




「……じゃあ、私たちも寝る?もう遅いしね」


 ノートパソコンの電源を落としながら、終夜は僕たちにも提案する。

 言われて時計を見てみれば、確かに結構遅い時刻になっていた。


「そうだね、僕も寝ることにするよ。二人とも、おやすみ」


 僕は寝床が倉庫の方にあるため、早いところ本館から出る必要がある。

 だからこそ真っ先に同意して、荷物をまとめて出ていこうとした。


 珍しいことではない。

 これまでも、夕食後にはよくあった光景だ。


 だがここから後については、その限りではなかった。

 リビングから出ていこうとした瞬間────急に香宮が、僕の服の裾をそっとつまんだのである。


 動きを急停止させられた僕は、その場で転びかけてしまう。

 おっとっと、と体勢を崩す羽目になった。


「えっ、と……どうかした、香宮?」


 普通なら悪戯を疑う場面かもしれないけれど、香宮はそんな意味もないことを仕掛ける子じゃない。

 本気で意味が分からずに問いかけると、彼女は黙ったままじっと僕のことを見つめていた。

 どうしたんだ、といよいよ不思議がっていると、彼女は次第に重い口を開いていく。


「……九城君、少し提案があるのだけど」

「提案?何の?」

「……その、せめて今日だけは……ここで寝ていかない?布団も、部屋も余っているのだから」


 えっ、と僕は全身を硬直させる。

 先程とは別の意味で転びそうになった。

 既に同じ敷地で暮らしている立場とは言え、更なる予想外の提案に、驚くことしかできなかったのだ。


「い、いや……僕、普通に倉庫の方にベッドがあるしさ。本館で寝る必要は特にないから……」

「……九城君、今日は知人の死に遭遇して、精神的に結構参っているでしょう?今は推理中だから何とか活力が湧いているかもしれないけれど、その内限界が来る可能性はあるわ。もしも体調とかを崩したとしても、こちらで寝ていた方が対応しやすいから……」


 僕に見つめられた香宮は、視線を床に落としてからぼそぼそと早口で理由を説明した。

 僕と目を合わせてくれない。


 ──何だか、雰囲気が言い訳めいているな……これまではこんな提案をしたことは無かったのに、何で今回だけ?


 そう疑問に思ったところで、唐突に僕はその真意を察する。

 何だかんだで、一か月半は香宮と生活を共にしてきたのだ。

 その積み重ねが、僕の推理力を上げてくれる。


 ──あー、アレかな。香宮は、僕が悪夢を見ることを心配しているんだ。彼女は僕の事情を知ってるし……僕が晶子さんとの再会を楽しみにしていたことも、知ってるから。


 何せ彼女に会う前、香宮に頼んで散髪までしたのだ。

 香宮の目には、僕が晶子さんとの再会のために、気合を入れているように見えていたのかもしれない。

 だから晶子さんが殺された今日は、普段以上の悪夢を見るのではないかと心配して────そのせいで体調を崩した時のために、自分の近くで寝てもらおうと思っているのか。


 ──まあ実際、そんなに見当外れの心配でもないけど……。


 彼女の心配は正しい。

 寝る前から分かるけれど、かなりの確率で今夜の僕は悪夢を見る。

 それも、普段以上に強烈な奴を見ることだろう……何らかのストレスがかかった日には、いつもそうなるのだ。


 しかしだからと言って、香宮が言う通りに本館で寝るのは流石にアレな気がする。

 女性だけが住むこの館に、男である僕が入り込んで寝るというのは、流石に色々危ういというか。

 当然一緒に寝る訳ではなく、適当な部屋を宛がわれるのだろうけど、それでもハイリスクである。


 敷地内の倉庫に異性を住まわせている現状だけでも、現代の常識からすれば危険過ぎる判断なのだ。

 現代の常識どころか、旧時代でもまずやらなかった行為だろう。

 家族でもない異性を、不用意に女性しかいない家に泊めるなど。


 勿論、僕としては変なことをする気は全くないけれど──それ以前に、悪夢でそれどころではないだろうけど──万が一の可能性は捨てきれない。

 そして万が一のことが起これば、いくら何でも二人とそのご家族に申し訳が立たない。

 だからそれを理由に断ろうとした瞬間、香宮が先手を打って終夜に問いかけた。


「……雫はどう思う?九城君がこのお屋敷で寝るの、嫌?」

「まさか、別に良いわよ。性格的にまずしないでしょうけど、仮に九城君がオオカミになっても、私は腕力で止められるから……そもそも、このお屋敷の大家は凪でしょう?凪が良いと言うのなら、問題は無いわ」


 うぐ、と僕は唸る。

 心配していた万が一の可能性を、終夜に否定されてしまった。

 しかも終夜の同意に勢いを得てか、香宮は改めてじっとこちらを見つめる。


 ……数秒後、僕は諦めたように首を縦に振るのだった。

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