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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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「三人目は女性で、名前は本郷(ほんごう)キララ。奇跡の奇に楽、それに繰り返しの字で『奇楽々(キララ)』って名前だそうよ。二十一歳で、職業は無職……幻葬市民登録簿には職業の記載が無かったらしいから」


 読みにくい名前だと思いつつ、僕たちは特に突っ込まずにスルーする。

 今の時代、ちょっと変わった名前をしている程度では驚くに値しない。

 脳内で漢字を想像するのが面倒なので、「これから三人目のことはキララと呼ぼう」と決めるだけだった。


「彼女に関しては、特に私たちとの因縁めいた情報は出てきていないわ。勿論、まだ調べ始めたばかりだから、単に分かっていないだけかもしれないけど」


 簡潔に紹介してから、終夜は顔を上げる。

 そして、改めて僕たちをぐるりと見渡した。


「警察から流れてきた情報は、これで全部。ここから先は、まだ全く分かっていないわ。恐らくはこの三人の誰かが犯人だろう、という目安はあるけれど……本当に、それだけ」

「仕方がないっすね。まだ捜査も初期の初期っすから。今の警察にしては、頑張ってる方っすよ」


 アキラがうんうんと同情するように頷く。

 警察の情報量に関して、「情報」専攻として感じる物があったらしい。


「ええと……とにかく、終夜さんはこの謎を解きたいんですね。だから手を借りるために、私たちにも話を聞かせてくれたということでしょうか?」

「遭遇した謎はとにかく解けっていうのは、幻葬市では鉄則だしねー……『殺人』専攻のお嬢様なら、当然の判断って感じ?」


 一方、涼風さんと三堂さんは終夜の意図をまず確認する。

 終夜もまた、我が意を得たりと言わんばかりに頷いた。

 そう言えば、まだこの三人に情報を伝えた理由を終夜は解説していないな────そう思ったところで、彼女はすっと真面目な顔になる。


「殺された羽生晶子さんは知らない仲ではなかった……何なら、私の推理で逮捕された人間だった。そしてその人が、保釈されてすぐに殺された。こんな奇妙な状況に遭遇しても無視を決め込む人間は、探偵にはなれないわよ。九城君が巻き込まれた事件でもあるしね……犯人がさっさと捕まった方が、彼もスッキリするでしょ?」


 だからこそ謎を解きたいのだ、と。

 専攻が「殺人」の少女は、はっきり宣言する。


「本当なら、一人でも現場に突撃したいところだけど……容疑者が部外者ばかりだから、一人だと手が足りない。晶子さんの保釈が社会的な注目を浴びていたことを考えると、これからは野次馬探偵も増えるでしょう。のんびりしていると、そいつらに邪魔をされて独自に情報を集めるのも難しくなる。だからこそ、今くらいの早い段階から複数人で一気に情報を集めたいのよ。その協力を仰ぐために、こうして全員に情報を伝えた……だからお願い、手を貸して!」


 頭を下げるようなことはせず、堂々と胸を張りながら、終夜は三人に協力を要請した。

 本来なら頼む側である彼女が、妙に上から話しているところが、終夜の終夜らしいところだと思う。

 彼女の様子に感心しながら、僕も言葉を添えた。


「僕からもお願いだ。さっき話したように、この事件の真相は知りたい。でも『日常の謎』専攻である僕だと、間違いなく一人では謎は解けない……だから、皆に力を貸してほしい」


 僕の方は頭を下げた。

 終夜の言う通り、迅速に情報を集めたいのであれば、僕と終夜、香宮の三人だけでは手が足りない可能性が高い。

 ここで何とか、協力してもらわないといけないのだ。


「いやまあ……そんなに頼まれなくても、自分は協力するつもりでいたっすけどね。兄貴たちと一緒に頑張るだけで、大量の情報が手に入るんすよ?寧ろ、こっちが頭を下げたいくらいっすよ」


 最初に頷いたのはアキラだった。

 ひらひらと手を振りながら、当然のように了承を示す。


「りょーかい!前の事件では、あーしがくーちゃんにお願いをしたしね。あーしは『窃盗』専攻だから、どれだけ役に立てるかは分からないけれど……やれるだけはやってみるから」


 続いて、三堂さんが自分の胸をドン、と叩く。

 義理堅い人だな、とこっそり思った。


「頭を上げてください、九城さん。これまで私が貰った恩を思えば、断るなんて有り得ません。喜んで協力しますから」


 最後に、涼風さんが柔らかい口調で僕に声をかけた。

 彼女は僕の頭に手を添えて、目の位置を元に戻させる。

 そして僕と目が合ったところで、普段の気弱さが嘘に思える程に力強く微笑んだ。


「九城さん、情報を早く集めたいのなら、こうして頼んでいる時間すら勿体ないです。手早く、役割分担を決めましょう?」

「ああ、そうだね……よし、やろう」


 涼風さんたちに感謝しながら、僕は言われた通りに次にすることを考え始める。

 つくづく、僕は人間関係に恵まれていた。

 今の時代、信頼できる探偵の仲間と出会うのは難しい────それが、こんなにもあっさり揃ってしまうのだから。


「……私が最初に頼んだのに、何だか九城君のために皆が協力するって形になってない?いや、別に良いんだけどさ、もうちょっと、こう」

「人徳の差でしょう、雫。あまり不平を言わない方が良いわ」


 隣で終夜がちょっと不満を述べていたが、さらりと香宮が宥める。

 それで終夜も頭を切り替えたのか、「じゃあ、全員の割り振りを……」と言って場を仕切り始めた。






 ────相談の結果、シンプルに容疑者ごとに担当者を割り振って、各々で情報を集めつつ推理をすることになった。


 まず、一人目の容疑者である青井道隆はアキラの担当。

 彼の弟である青井君は、香宮邸への入居を断られた後、普通に幻葬高校の男子寮で生活している。

 そのため、同じく男子寮に住んでいるアキラが一番情報を集めやすいだろうと判断したのだ。


 今からアキラが寮に戻って、青井君に「お兄さんってどんな人っすか?」と聞くだけでも、ある程度の情報は集まるはず。

 彼から電話をしてもらえば、容疑者本人とも話せるかもしれない。

 女性である終夜たちや、男子寮に住んでいない僕がそれをすると不審がられる可能性が高いので、アキラに全て任せる方針となった。


 続いて二人目の容疑者、守屋一に関しては終夜と三堂さんが担当する。

 こちらも理由は明確で、現時点で最も疑わしい容疑者が彼だからだ。


 彼の後に現場に来た本郷キララは、滞在時間が二分程度しかない。

 流石に、たったの二分で晶子さんの殺害と死体のコインロッカー内への運搬をしたとは思えなかった。

 必然的に、その直前に現場に来ていた彼への疑いは濃くなっているのだ。


 だからこそ、この場で唯一の「殺人」専攻である終夜の担当とした。

 三堂さんは、そのサポート役である。


 そして三人目の容疑者、本郷キララについては僕と涼風さんの担当。

 これは完全に消去法で決めた。

 僕と涼風さんがセットになったのも、このメンバーでは非力な方である彼女の護衛役を僕がするというだけのことだ……勿論、だからと言って捜査に手を抜くつもりはないけれど。


 最後に、どこにも割り振られていない香宮には今一度法医学教室に戻ってもらう。

 時間的に、そろそろ司法解剖も終わっているかもしれない。

 新情報は何もないかもしれないけれど、「何もなかった」という確認だって重要なことなので、一度そちらで話を聞いてもらう計画となった。


 ここまで決めてから、六人の探偵たちは香宮邸を飛び出す。

 もう日が暮れるまで数時間しかないけれど、構ってはいられない。

 他の探偵に情報を独占されたり、伝言ゲームで情報が歪んでしまったりする前に、生の推理材料を集めなければいけないのだ────。






「……で、本郷キララさんの家はあそこかな」

「失礼ですけど……古い建物ですね」


 警察から流してもらった情報に従って、終夜が呼んだタクシーに乗ること三十分。

 目的地に降り立った僕たちは、彼女の住居を前にして好き勝手言っていた。

 というのも、タクシーが到着したその場所には、とんでもなく古いアパートが建っていたのである。


 ──名探偵が本格的に開発をしたのは、あくまで幻葬高校付近だけ。だから市内であっても、端っこの方はそんなに開発されていないとは聞くけど……予想以上だな。


 オンボロアパートを観察しながら、僕は幻葬市の開発事情に思いを馳せる。

 見た感じ、この建物は築五十年は超えているだろう。

 幻葬市が今の形になる前、単なる関東の過疎地だった時期に建てられた安アパートのようだった。


 ──こういうところに住んでいるってことは……本郷キララさん、「ビジター」じゃなくて「オリジナル」なのかな。元々幻葬市に住んでいる人が住所を動かしていないのなら、古い建物に住み続けていたとしてもおかしくはない。


 幻葬市の住民は、その性質から「ビジター」と「オリジナル」に分かれる。

 前者の「ビジター」は簡単で、僕や涼風さんのように「外」から幻葬市にやってきた人のことだ。

 幻葬高校を受験したか、もしくは幻葬高校の職員として雇われるなどしてこの街にやってきた余所者のことを、総称して「ビジター」と呼ぶのである。


 一方、「オリジナル」はその逆。

 法壊事件が起きる前から幻葬市に住んでいた、現地住民のことを意味する。


 いくら名探偵が開発を急に進めたにしても、幻葬市の住民を立ち退かせた訳ではない。

 昔から幻葬市に住んでいた人たちは、名探偵が何をしようが普通にこの街に住み続けており、いつしかこの鎖国じみた体制の学園都市に自然と閉じ込められることになった。

 彼らからすれば、普通に住んでいる内に勝手に外部に行くのが難しくなったような感じになる。


 こうして意図せず探偵たちの街に住むことになった人のことを、「オリジナル」と呼ぶのだ。

 僕たちの関係者であれば、地主としてずっと前から幻葬市に根を下ろしていた香宮家の人たちは、全員「オリジナル」となる。


 そして「オリジナル」の人たちは、割と辺鄙なところで古いスタイルのまま生活していることがある。

 香宮の両親の場合、お金持ちだったので海外に行ってしまったようだが、あれは寧ろ例外だ。


 多くの「オリジナル」は、幻葬市の端っこでのんびり暮らしている。

 ここが過疎地だった頃から住んでいた住民なので、田舎暮らしのライフスタイルが染みついていて、時代が変わってもずっと同じような生活をしているのだ。

 家の建て替えをするだけの金稼ぎも大変なので、古い家で静かに生きていることが多い。


 ──だから本郷キララが「オリジナル」なら、こんな幻葬市の中心部から離れたボロアパートに住んでいることにも説明がつくけど……ああでも、シンプルにお金がない「ビジター」の可能性もあるか。あまりにも貧乏だったから、こんなところにしか住めなかったとか。


 住んでいる場所が古いというだけで延々推理をしてから、僕は静かに周囲の様子を伺う。

 建物よりも水田や畑の方が多いこの一帯には、僕たち以外の人影は殆どなさそうだった。

 野次馬探偵たちも、まだ彼女の住所は掴んでいないのかもしれない……或いは分かっていても、ここに来るまでに時間がかかっているのか。


「……本郷キララさんが既に帰宅しているのなら、即座に話を聞こう。逆にまだ帰ってきていないのなら、彼女の帰宅をここで待つんだ。かなり遅くなるかもしれないけど、良いかな」


 タクシーの中で決めていた作戦を、改めて涼風さんに確認する。

 この人口の少なさからすると、あまり治安の心配はしなくてもよさそうな気もするけれど……それでも夜中まで張り込むというのは、今の時代ではかなりの危険行為だ。

 だからこそ覚悟を問い直すと、涼風さんは迷わずに頷いた。


「大丈夫です。食べ物もお水も持ってきましたし、スタンガンだって一応持ってます。いざと言うときの覚悟だってできてますから」

「そうか……ありがとう、本当に」


 小さく握り拳を固める涼風さんを見ながら、僕は腰のベルトに備え付けた警棒を音もなく撫でる。

 仮にここからややこしい事態が起きたなら、僕は彼女を守るために戦わなくてはならない。

 その時は絶対に守り抜こうと固く心に誓ってから、僕たちはようやくそのアパートに向けて足を進めることにした。

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