因縁
情報共有が一段落したのと、単純に各々で推理を深めようとしたためか、一瞬だけ僕たち全員が押し黙る。
だがその直後、終夜のスマホがピロリン、と着信音を奏でた。
「あ、来たわね……警察からだわ」
「警察ってことは……終夜、続報が入ったら教えてもらえるように頼んでいたんだ?」
「そうよ。せめて、三人の容疑者の名前くらいは聞き出したかったから。『情報』専攻に頼る手もあるけれど、この程度の内容なら警察から直に情報を横流ししてもらった方が早いもの……ちょっと待ってて」
メモ用紙を探すようにして、終夜は一旦その場から離れる。
横流ししてもらえた情報を全てメモしてから、こちらに教えてくれるつもりなのだろう。
やっぱり殺人が起きた時の彼女の動きは迅速だな……なんて思ったところで、続けざまにピンポーンとチャイムが鳴った。
「あら……来客?」
珍しい、と言いたそうな顔で香宮が立ち上がろうとするのを、僕は手で制する。
今の時代、香宮のような華奢な少女が訪問者を出迎えるのは色々と不味い。
うっかりすると、強盗か何かの可能性もあるのだから。
「僕が出るよ。ええと、あれだよね。玄関の様子が見られるモニターって」
今までこういうことは終夜がやっていたので、僕が対応を代わったことはない。
慣れない手つきでリビングの壁に設置されている機械を弄ると、やがてモニターは玄関に取り付けられたカメラの映像を映し出す。
それをちらりと見て、僕は「えっ」と小さく叫ぶことになった。
「……どうしたの、九城君」
「あ、いや……ほら」
説明するのもまどろっこしく、僕は自分の体をどかして香宮にモニターの映像を見せる。
静かにモニターに駆け寄った彼女は、「まあ」と口元を手で覆った。
「涼風さんと三堂さん、それに坂東君……三人揃って、どうしてここに」
「僕が事件に巻き込まれたことを、『情報』専攻のアキラが気づいたとか?でも、何でこの場所を知って……」
そう呟いてから、「いや、彼らが香宮邸の位置を知っていること自体は不思議ではないな」と思い直す。
アキラが前に言っていたが、香宮や終夜は幻葬高校では結構な有名人だ。
正式に招待されたことがなくとも、お屋敷の位置くらいは殆ど常識のように知られているのだろう……ちょっと歩けばすぐに目につくくらい、大きな家なのだから。
──それにしても、一体何の用事があるんだろう?
不思議に思いながら、僕は「通話」と書かれたボタンを押す。
途端に、ガヤガヤとした外の空気がスピーカー越しに伝わってきた。
「こんにちは。どうかしたかな、アキラ」
『おっ、その声、兄貴っすね?戻っていたんすね、兄貴!』
「ああ、全員いるけど……涼風さんと三堂さんも、こんにちは」
『おっ、あーしのことも見えてる感じー?こんちはー、くーちゃん』
『こ、こんにちは……九城さん』
嬉しそうな顔で手を振るアキラに、何故かピースサインをする三堂さん、そしてカメラの前でペコペコと頭を下げる涼風さん。
らしいと言えばらしい振る舞いをする三人を見ていると、僕の隣から香宮がすっと手を伸ばした。
モニターの下に設置されている、「開錠」のボタンを押したのだ。
「……とりあえず、中に入って。そこでは話しにくいだろうから」
その言葉を境に、三人はまたカメラの前で色々な感謝を示す。
彼らを見ながら、僕は前回の事件のことを思い出していた。
またこのメンバーが揃ったな、と思ったのだ。
「繰咲駅の事件、もう結構話題になってるっすよ。ネットもそうっすけど、学生寮の中でもあることないこと言われてて」
香宮が引っ張り出してきたクッキーを齧りながら、アキラは自分たちが来た経緯を解説する。
どうも発端となったのは、事件の噂のようだった。
「駅で殺人が起きるのは、まあ偶にある事例っすけど、保釈されたばかりの人がやられたっていうのは話題性があるっすからね。話に尾ひれがついて、凄いことになってたっすよ。テロが起きたんだ、いや連続殺人だ、被害者は羽生晶子だ、いや九城という学生が殺されたらしい……みたいな感じで」
「……それ、僕が死んだことになってない?」
いくら話に尾ひれがついたとは言え、被害者の名前を間違えないで欲しい。
僕が現場にいたのは確かなので、それを目撃した記者たちによる伝言ゲームがあったのだろうけど、それにしても酷い。
「いやほら、ここ最近の事件のせいで、くーちゃんって学生寮じゃあ結構有名な学生だしさ。また何か起きたのかって割と話題になったんだよねー。だから死亡説まで出たっていうかー……それで、すずちゃんが心配し始めて」
「そ、そうです。死亡説は流石に信じませんでしたけど、九城さんがまた殺人事件に巻き込まれたのは確かなようでしたので……心配になって、とりあえず会おうと思ったんです。前回、助けてもらったばかりですから」
「それでくーちゃんに電話したり、バンバンに話聞いたりしたって流れ。でもくーちゃん、電話全然出てくれなかったし?」
「あれ、そうだったかな」
三堂さんに指摘されてスマホを触ると、確かに不在着信が何件か入っていた。
何で気づかなかったんだろうと思ったところで、取り調べ中に自らミュートにしたことを思い出す。
他のことに気を煩わされたくなくてそうしていたのだけど、解除するのを忘れていたようだ。
「その後、不安になってこの三人で話していたら、もういっそのこと直に会いに行こうという話になりまして……帰ってきているかは分からないけれど、一応お屋敷に来てみたんです」
「そうしたら、上手い具合に兄貴たちがもう戻ってたって流れっすね。とりあえず、兄貴たちが無事だったみたいで何よりっす」
そう言いながら、アキラはこちらの説明を期待するように目を輝かせる。
彼の要請に応じて、僕は今日起きたことや、自分が謎を解こうとしている理由について解説する。
本来、事件の情報とはこんなに簡単に流布してはいけない物なのだけど……まあ、この三人なら良いだろう。
「それはまた……九城さん、大変でしたね」
全て話し終わると、涼風さんが僕を労うようにこちらを見つめた。
彼女の一言で、僕は少しばかり気分が楽になったような心地になる。
確かに大変だったな、と改めて自認できたというか。
こうして少し穏やかな気持ちになったところで、僕はふと終夜のことを思い出す。
警察の電話を受けて出て行った彼女だが、話が長引いているのか、未だに帰ってきていなかった。
そろそろ来るかな────と考えたところで、予想通りにひょっこり彼女が姿を見せる。
「あ、おかえり、終夜。ごめん、実は終夜が出ている間にこの三人が来て……」
「ええ、知ってるわ。門から三人が入ってきたのを見てたから……好都合だ、と思ったくらいよ」
「好都合?どういうこと、雫?」
不思議そうに問い直す香宮の前で、終夜はニコリと笑い、メモ用紙をポンッと机に放り投げる。
続けて、本来部外者であるはずのアキラたちを見ながらこんな提案をした。
「ええと、三人ともこんにちは。もう、大体の経緯は九城君から聞いたでしょう?だったら、話のついでにさっき流れてきた情報も聞いてくれない?『情報』専攻にとっては勿論、他二人にとっても興味深い話だと思うから」
終夜が謎に期待を持たせる口調で語るものだから、アキラたちは何だ何だと顔を見合わせる。
しかしそこは、彼らもこの時代に生まれた探偵だ。
やがて各々が話を聞かせて欲しいと口にだし、終夜は全員に話をし始めた……終夜の意図が分からないなりに、僕たちもそれに乗っかる。
「じゃあ、警察から流れてきた情報を教えるわね。基本的には、頼んでおいた三人の容疑者の素性に関する話よ。駅員の証言やICカードの記録を辿ることで、警察はもう三人の特定に成功したらしくて」
「へえ……今の警察にしては、特定が早いっすね。今朝起きた事件なのに」
「まあね。もしかすると、警察が『情報』専攻の探偵に頼んだのかもしれないけど……何にせよ、名前と職業くらいは分かっているわ、まず一人目の男性の名前は、青井道隆。年齢は二十四歳で、幻葬市でゴミ回収車の運転手をやってるわ」
──……青井?
名前を聞いて、脳裏を何かがかすめる。
以前、こんな名前を聞いたことが無かっただろうか。
何とか思い出そうとしたところで、香宮が「もしかして……」と呟いた。
「……春休み中に部屋を借りたいと申し込んできた学生に、そんな名前の男子がいなかったかしら。私は直接会っていないけれど、九城君が来た日に騒動を起こしたと聞いた気がするわ」
「ああ……!そうだ、青井君だ。ここに住もうとしていて、だけど結局は詐欺を計画した……」
香宮の記憶に引きずられて、僕は自分が幻葬市に来た日のことを思い出す。
空から降ってきたように見えた財布と、それに関連して詐欺を働こうとしていた三人の入居希望者。
僕が拾った財布の持ち主ではなかったけれど、同じように財布がないと騒いでいた人の中に、青井という一年生がいた。
「そう言えば彼、ゴミ回収をしているお兄さんがいるとも言っていたな。それを利用して詐欺をしようとしていたくらいだし……じゃあもしかして、この青井道隆さんって」
「九城君、ご名答。この人は、あのチンケな詐欺師の兄よ」
終夜がそう解説したところで、僕は一応アキラたちに向き直り、あの日のことを解説しておく。
既に噂などで知っているかもしれないが、正確な情報を教えておきたかったのだ。
「いや実は、僕がこの街に来た時にちょっとした騒動があって……」
終夜たちが同居人を募集していたことと、それに関連して小金をたかろうとした詐欺師たちが結構来ていたこと。
その中に青井という男子がいて、僕と終夜が推理で追っ払ったこと。
最後に容疑者たちの大雑把なプロフィールも教えると、涼風さんは意外そうに呟いた。
「つまり、この監視カメラに映っていた一人目……青井道隆さんは、九城さんや終夜さんが過去の事件で関わった人の身内なんですね?そんな人に、また事件で遭遇するなんて……」
どんな偶然なのでしょう、と涼風さんは目を丸くする。
本当にそうだな、と僕は深く頷いた。
同じ幻葬市で生きている以上、過去の事件の関係者に別の事件で出会う可能性はゼロではないが────初っ端から、何だか変な気分になってしまった。
「そう言う意味では、二人目も結構な偶然が起きてるわよ……二人目の男性の名前は、守屋一。年齢は三十二歳。現在は無職で、就職活動中みたいね。少し前までは、ちゃんと働いていたようだけど」
僕たちの反応を見ながら、どこかうんざりした様子で終夜はメモ帳を読み上げる。
この二人目に関しては、全く聞いたことがない名前だった。
一体、どこに偶然の要素があるのか……疑問に思ったところで、更に情報が補足される。
「警察の情報によれば、前職は警備員だったそうよ。それがつい最近になって、リストラを食らって無職になったみたい。幻葬高校が、警備会社を変更したことによる余波でね」
「警備会社の変更……優月先生殺害事件の後のことっすね」
アキラが訳知り顔で相槌を打ち、僕たちはその一件を思い出す。
そうだ、確かにそんなことがあった。
学校内での殺人事件が解決された後、事件とは関係のないところで警備員が問題行動をしていたことが発覚したため、名探偵の一喝で、幻葬高校は当時利用していた警備会社との契約を解除したのだ。
それで新しい警備会社と契約してどうの、という話をアキラとも図書館でしたことがあった。
あれからは、以前の警備会社については気にかけたことが無かったのだけれど……。
「余波でリストラってことは……もしかして、幻葬高校との契約を切られたことで業績が苦しくなって、会社がリストラせざるを得なくなったとか?」
「そうみたいね。元々、幻葬高校の警備が一番の大型案件って感じの会社だったから……それが駄目となると、もう殆ど収入がない状態らしくて」
結果として、従業員の大量リストラに走ったらしい。
幻葬高校を警備しないのであれば、大量の従業員を雇っておく必要はない。
会社経営的には仕方のない判断なのだろうけど、従業員からは理不尽な話に聞こえたことだろう……契約解除を決めたのは名探偵とは言え、確かに僕たちの事件解決の余波ではあった。
──でもそうなると、この二人目も青井道隆と同じく、僕たちが過去に遭遇した事件の関係者なのか……何だか、怖いな。
過去の因縁が追いかけてきたかのようで、正直少し不気味さを感じる。
その感覚を払拭できないまま、僕たちは三人目の情報を聞くことになった。




