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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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コインロッカーを棺に選ぶ理由

 こうして情報を共有したり、また沈黙したりしつつ……更に一時間後。

 何やかんやで取り調べを終えた僕たちは、香宮邸へと帰還していた。


 既に現場付近で得られる情報は集め終わっており、これ以上繰咲駅に留まる意味は薄い。

 そこで、お屋敷で情報をまとめ直そうという流れになったのだ。




「あれ、凪……もう帰ってきてたの?」


 リビングに繋がる扉を開けて、終夜が意外そうな声を出す。

 彼女の背中越しに中の様子を伺うと、確かにそこには紅茶を淹れる香宮の姿があった。

 法医学教室に向かっていたはずだが、もう司法解剖は終わったのだろうか。


「……司法解剖自体は、まだ続いているわ。でも、死因の推測や外観の検索はすぐに終わったから……その情報を持ち帰って、貴方たちに伝えるのが先決だと思って。それで途中で抜けてきたのよ」


 こちらの疑問を予想したように、香宮がさらりと回答してくれる。

 そう言うことかと納得したところで、不意に彼女が僕を見つめていることに気が付いた。

 明らかに心配そうに、僕のことを凝視している────「九城君、大丈夫?」とでも言いたそうな瞳で。


 ──心配してくれているんだな……コインロッカーにまつわる事件だから。


 有難いと思いつつ、僕は苦笑する。

 前から思っていたことだけれど、香宮にはちょっと過保護なところがある気がした。

 物凄く心配性なお母さんと話しているような気分になる……僕は母親を知らないので、これが適切な例えかどうかは分からないけれど。


 何にせよ、僕が心配されるような状況にあったことは事実。

 彼女を安心させるためにも、僕はふっと笑って頷いた。

 それで察してくれたのか、香宮はすっと僕から視線を外す。


「……とりあえず、いつものように情報を共有しましょう。私も、法医学教室で聞いた限りのことを伝えるから」


 そう言いながら紅茶を持ってきてくれた彼女は、まず僕の前にカップを置く。

 それを見た終夜は、「凪って最近、自分の紅茶を後に淹れるようになったわね……私にはそうしなかったくせに」とちょっと拗ねたように呟いた。




 ────ブツクサ言う終夜の前にも飲み物が揃い、三人ともソファに座ってから、僕たちは改めて情報共有をした。

 最初に僕が自分の体験を、次に終夜が三人の容疑者の話を、最後に香宮が司法解剖の序盤に分かったことを教える流れである。


 ただし僕と終夜の場合、まだまだ謎だらけなので自然と説明は短くなる。

 今の時点では、謎を謎のまま語るしかないのだ。

 必然的に僕たちのターンはすぐに終わり、香宮の話を傾聴することとなった。


「……まず、死因は九城君の見立てと同じよ。心臓に届くほどの深さで、胸部をナイフで刺されたことによる失血性ショック……優月先生と同じね。今回の刺された場所は、左第二肋骨から第三肋骨にかけての隙間だった」

「優月先生の時よりも上の位置ってことになるのかな?」

「ええ。刺されたナイフの向きからすると、恐らく犯人は逆手にナイフを持ち、上から振り下ろしたものと考えられる。足の状態を考えると、車椅子に座ったまま殺された可能性が高いわ」

「その状態で、心臓にまで刃物を突き立てられた……」


 どうか即死に近い死に様でありますように、と僕は何かに祈る。

 祈らずにはいられなかった。

 痛みを感じる暇すらないくらいにすぐに死ねたのなら……まだ、苦しみは少なかっただろうから。


「凶器となったナイフは登山用の大振りな物で、刃渡りは十五センチ程度。刃の部分はかなり肉厚になっていたわ」

「その辺は、前回の事件とは違うのね。あの時は細身のナイフだったけれど……」

「ええ。大振りのナイフを軽々と扱っていることからすると、犯人は実は大柄な体格をしているのかもしれない。ただし凶器からは目立った指紋は検出されず、手袋などを使うか、ハンカチ越しに柄を握るなどして指紋が残らない細工をしたと思われる……ここまで、質問は?」


 書類でも読み上げるように死因について述べていた香宮は、そこでこちらの反応を伺った。

 誘いに乗った僕は、思いついたことを聞いてみることにする。


「今の話を聞いて思ったんだけど、犯人って返り血を浴びていないのかな?もしも浴びているのであれば、現場から帰る時の映像にその血痕が映っていることになるけど」


 どんなに微細なものであろうと、血痕が付着している様子が監視カメラに映っていれば、それが証拠になって犯人を特定できる。

 呆気ない解決ではあるが、これができれば話が早いだろう。

 だからこそ少し期待したのだけれど、終夜と香宮は同時に首を横に振った。


「監視カメラの映像は私も刑事の背中越しに見たんだけど、そんな分かりやすく返り血塗れの人はいなかったわ。そもそも、画質的にそこまで細かくは見えないし……多少は付着していたかもしれないけれど、そんな分かりやすいものじゃなかったんじゃない?」

「……それに、凶器のナイフは柄がかなり太い物だった。あのタイプのナイフを根本深くまで人体に刺した場合、柄の部分が栓のようになって、返り血がかなり抑えられることがあるの。だからひょっとすると、犯人は殆ど返り血を浴びていないのかもしれないわ」


 なるほど、と合理的な二人の説明に僕は持論を取り下げる。

 思いつくままに述べた希望だったけれど、どうも見当外れだったらしい。

 とりあえず、「監視カメラの映像を更に調べたら、現場付近で返り血の付着した人の姿がありました、あいつが犯人で間違いありません!」なんて流れにはなりそうもないことは分かった。


「……死体検索で分かったことを続けるわ。ええと、ナイフによる胸の傷以外に目立った負傷はなし。手首などにいくらか圧迫されたような痕跡があったけれど、これはコインロッカーに押し込められた時の痕であって、死因とは関係がないと思われる。目立った負傷がないことからすると、乱闘なども無かった可能性が高いわ」

「出会い頭にいきなり刺されて、そのまま死亡って流れね……因みに凪、所持品はどうだったの?」

「留置場から出たばかりなこともあって、所持品は元々ほぼ無かったみたい。だから、特に犯人が何か盗んだということはないと思うわ。本などの手荷物は、事前に家の方に郵送していたそうだから」


 ──……そう言えば、手荷物はなかったな。僕が贈った本は、持参していなかったのか。


 また、彼女との数少ない思い出を脳が再生する。

 しかしそんなことに浸っている暇はないので、僕は無理矢理に頭を切り替えて質問をした。

 犯人特定のために、もっとも重要な部分を。


「それで、香宮……死亡推定時刻は、どうなるのかな。それによって、容疑者がまた絞り込まれるんだけど」


 晶子さんがB17区に到着したのが午前九時五十分で、死体となって発見されたのが午前十時三十五分頃。

 よって犯人は、この四十五分間に来たと見て間違いないのだけれど、死亡推定時刻次第ではこの時間は更に短くできる。

 果たしてどうなったのか、と僕は真剣な顔で答えを待った。


「……まず状態的に、死んでから一時間も経っていないのは間違いないわ。ただ、コインロッカーに押し込められていたのと、そのコインロッカーが冷房で冷やされていたこともあって、直腸温が意外と下がっていて……やや正確性には欠ける推定になる。まあ死亡推定時刻なんて、元々分単位では分からないものだけど」

「それは分かってるけど……香宮の独断と偏見で良いから、大雑把な時間を教えて欲しい」

「そうね……個人的には、発見時点で死後二十分から三十分程度経過していた、と推測しているわ。つまり、十時から十時十五分くらいの時間帯に殺されたのではないかと思う」


 ──十時から十時十五分……よし、大分絞り込めるな。


 終夜から聞いた話を思い出す。

 問題の時間にB17区を訪れた部外者は三人であり、一人目は午前十時頃に来ていた。

 二人目が午前十時十分で、三人目は午前十時二十分頃。


 香宮の推測した死亡推定時刻と照らし合わせると、十時十五分を過ぎて現れた三人目は、犯人だとは考えにくいことになる。

 元々現場での滞在時間が二分しかなかったので、流石に殺人の容疑者とは言い難い人ではあったのだけれど、更に疑いが減った形だ。

 三人目の女性としては朗報だろう。


 また駅で終夜に話した、弁護士は実は犯人で……というのもかなり無理筋となる。

 九時五十分に立ち去った彼が晶子さんを殺していたのならば、死体の温度はもっと下がっていなければおかしい。

 よって容疑としては、監視カメラに映った一人目と二人目の男性に集約されるようだった。


「……一応言っておくけど、死亡推定時刻は絶対ではないわ。何らかの要因でずれるのはよくある話。『死法学』専攻がこう言うのも情けないけれど、あまり重視し過ぎないように」

「ああ、分かってるよ、香宮」

「……なら、私としてはこれ以上伝えることはないわ。死体検索で分かったことは以上よ」


 少し疲れたように、香宮は報告を打ち切る。

 彼女は一息つくように紅茶を口に含み、それから総括を述べた。


「今も司法解剖中だろうけれど、これ以上の発見は出てこないと思う。死法学的には、ナイフで刺されて死亡したシンプルな死体だから……だからこそ、こうして帰ってきたのだけど」

「そうね、今回もありがとう、凪。いつもいつも、死因について教えてくれて」


 香宮を労う終夜の姿を横目に、僕は口元に手を当てて考え込んだ。

 情報を整理したかったのだ。


「今の情報を含めて考えると……とりあえず、死因と容疑者は確定で良いのかな。晶子さんがB17区に来て数十分以内に、何者かがいきなりナイフで胸を刺して彼女を殺害。そしてほぼ返り血はなしで現場から逃げ去った。この条件に当てはまるのは、問題の四十五分間に現場に来た三人のみ……特に、一人目と二人目は疑いが濃いと」

「そうなるわね。だから、残った謎は……」

「……具体的に犯人は誰なのか、殺した動機は何なのか、そして死体をコインロッカーに詰めたのは何故か。この三点が今回の謎となるわ」


 最期の台詞は香宮が引き取った。

 彼女としても、このことは気になっているらしい。

 真面目な顔で僕らを見つめた香宮は、改めて質問をしてきた。


「因みに二人とも、これらの謎について仮説はあるの?特に、その、コインロッカーのことは謎が多いと思うのだけど」

「そうだね……殺人の動機も訳が分からないけど、コインロッカーに隠した動機はもっと不明だ。何でそんな奇行をしたのか」


 謎が多いな、と僕は首を捻る。

 隣を見れば、終夜も似たような顔をしていた。

 駅で話し合った時と同じく、彼女もまだ仮説を述べられる段階ではないらしい。


 実際、終夜が悩むのも無理は無かった。

 殺人犯が死体を隠そうとするのはよくあることだけれど、今回の事例はそのパターンからは外れている。

 死体をコインロッカーに詰めたところで、犯人側に大したメリットがないのだから。


 かつて優月先生が殺された時、犯人は彼女の死体を密室に詰め込んだ。

 厳密に言えばあれは完全に犯人の意図通りという訳ではなく、寧ろ結果的に密室になったという側面もあるのだけれど、とにかく部屋の中に留置した。

 それは、死体発見を遅らせるためという明確な目的があったからだ。


 しかし、この事件ではそんな動機は成り立たない。

 死体をコインロッカーに詰めたところで、誰かが来ればすぐに異変に気づいてしまうので、死体発見がそう遅れることはないだろう。

 そもそも車椅子を平然と通路に残しているところからして、犯人が殺人の隠蔽にどこまで注力していたかは疑問だ……意外と、どうでもいいと思っていたんじゃないだろうか?


 そうなると、いよいよ疑問は深くなる。

 殺人の隠蔽に興味がないのに、わざわざ死体をコインロッカーに詰めたのは何故か。

 どうして、車椅子に座ったままの死体を放置するのでは駄目だったのか。


 晶子さんは足が悪かったから、「ギリギリまで犯人に追われていて、必死の思いでコインロッカーの中に逃げ込んだ、しかし見つかってそのまま殺されてしまった」なんて流れは考えにくい。

 間違いなく、晶子さんを殺した後で、犯人が自分の意思であそこに入れたのだ。

 それなりに手間がかかる作業だろうに、どうしてコインロッカーの中に詰めることに拘ったのか。


 ──手間の多さの割に、犯人にとってのやるべき理由が見当たらない……もしかして、もっと突発的な行動なのかな。感情的な犯行というか。


 例えば晶子さんを酷く恨んでいて、死者を更に侮辱するためにやったとか。

 或いは、何者かへの意趣返しとしてメリット度外視でやったとか。

 そうなると理屈的な推理では推測すらできないな……と、僕は堂々巡りの思考を重ねていた。

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