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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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先客たち

「まず大雑把な時系列から確認するけど……晶子さんたちは、留置場を午前九時くらいに出たそうよ。これは留置場の職員の確認もとれているから間違いない。弁護士が迎えに来て、そのまま車椅子ごと車に乗せて去っていったって」


 スマホを見ながら、終夜はすらすらと解説する。

 僕に情報を教えると同時に、自分でも頭を整理しているようだった。


「ただ留置場を出た直後から、記者たちに追われる感じになったようね。かなり慌ただしく出て行って……繰咲駅に着いたのが、午前九時四十分くらい。近くの駐車場に車を停めて、弁護士は晶子さんを乗せた車椅子を押す形で駅の構内に入った」

「そこまでは僕も記者から聞いた……その後は?」

「どうも、構内にも事前に記者が待機していたみたいで、すぐに見つかったそうよ。それでコメントしてくださいって迫る物だから、二人して逃げ出す形になった。十分くらい、駅の中を逃げ回っていたみたいね。晶子さんも弁護士も、マスコミ対応をする気が無かったから」


 探偵狂時代では単発の殺人事件など大したニュースではないが、新興財閥の娘が父親を殺したというこの事件では報道が過熱していた。

 そのせいか、記者たちには想像以上の熱意があったらしい。

 晶子さん、怖かっただろうな、と思う。


「だけどこの弁護士、十時くらいには新幹線に乗らないといけなかったみたいね。だからこそ、アンタに晶子さんを会わせた後はすぐにそっちに乗る予定だったんだけど……その時点では、待ち合わせ場所に行けるような状態じゃなかった。だからB17区に晶子さんを置いて、自分は立ち去ることにした」

「今聞いても凄い判断だけど……そんなに大事な用事があったのかな?」

「用事があったというか、一種の囮役も兼ねていたみたいね。自分が記者たちを誘き寄せつつ、新幹線に乗ってしまえば、記者たちは改札口の方に殺到して、晶子さんから遠ざけられるでしょう?」

「あー、なるほど。そう言う目論見もあったのか」


 完全に無責任に放置した訳ではなかったんだな、と少し納得。

 何にせよ、この時代特有の空気と、加熱した報道と、弁護士の判断。

 色んな事情が組み合わさって、晶子さんはB17区に隠されたのだ。


「……それで、晶子さんがB17区に入ったのは何時頃の話?」

「午前九時五十分過ぎよ。それから弁護士は記者たちに絡まれつつ、午前十時二十分になってようやく新幹線の座席に着席。その流れでアンタにメッセージを送った。そして、アンタが死体を発見したのが午前十時三十五分」

「その四十五分間に、犯人があの場所に来て晶子さんを殺したってことだね」


 あの場所は未だに記者たちに見つかっておらず、人通りが少なかった。

 また、晶子さんは足の都合で遠くに逃げるということがそもそも難しい。

 B17区は、図らずも殺人に適した場所になっていた訳だ。


「細かい死亡時の状況は、後で凪に聞くとして……重要なのは、ここを訪れた人かしら。警察と一緒に見たんだけど、アンタを含めてB17区に来た人の姿はバッチリ映っていたわ。監視カメラがあったから」

「監視カメラ……どこに設置されていたんだ?」

「B16区よ。駅の予算の関係で、B17区内には監視カメラは無かったそうなの。利用者数も少ないしね。代わりに、B16区からB17区に繋がる通路のところには、監視カメラが一台あるのよ。B17区から先は行き止まりになっていて、B16区から続く通路を使うことでしか辿り着けないから、B17区に出入りする人間は絶対にその監視カメラの下を通ることになるわ。実際、車椅子に乗って逃げる晶子さんと弁護士の姿や、一人で帰る弁護士の姿がはっきり映っていたもの」


 ──つまり、現場に辿り着くルートは一本道だった訳か……この四十五分間にその一本道を出入りした全ての人間が、事件の容疑者となる。


 B17区から外に出る隠し通路なんてものが発見されない限りは、そういうことになるだろう。

 その道を通らない限りは、犯人は現場に向かえないし、帰れないのだから。


「それで、何人いた?B17区に出入りしていた人は」

「最初に映った弁護士と、最後に映ったアンタを除外すると……三人ね。B17区は本当に端っこにあるから、よほど人の多い日じゃない限りは使われないことも多いらしくて。たったの四十五分間だと、B16区からB17区に行って帰ってきたのは、三人しかいなかったのよ」

「元々それくらい人が少なかったから、弁護士もB17区に晶子さんを隠したんだしね……普通にコインロッカーを使いたいのなら、B15区やB16区のコインロッカーがまだ随分と空いていたし、わざわざB17区にまでは行かないか」


 逆に言えば、B17区を訪れたその三人は、かなり怪しい人たちということになる。

 コインロッカーを使うだけなら、もっと手前の区画にたくさんあったのに、それらに目もくれずにわざわざ端っこのB17区に来た人たち。

 その中に、今回の犯人がいる訳だ。


「内訳を聞きたい……それぞれの人が来た時間と、どんな人だったか」


 終夜はもう調べ終えているだろう、という確信の元で聞いてみる。

 果たして、彼女はすらすらと情報を教えてくれた。


「まず一人目……午前十時頃に男性が一人、B17区に向かっているわ。監視カメラを見た感じでは、二十代くらいの青年よ。服装は私服だった。名前や身元は映像だけじゃ分からないから、現在調査中。彼はB17区に行ってから、五分程度で帰ってきているわ。最初に映っていたリュックサックが二度目に映った時には消えているから、それをコインロッカーに預けたみたい」

「五分か……」


 時間としてはかなり短いが、一応殺人が可能な時間ではある。

 晶子さんを一気に刺し殺して、車椅子から引きずり下ろし、コインロッカーに詰め直す。

 華奢な彼女を運ぶのはそう難しくはないだろうし、抵抗されなかったならすぐに絶命させられるだろう────一人目からして、重要容疑者とみて間違いない。


「そして二人目は、多分三十代くらいの男性。午前十時十分頃にB17区に向かっているわ。こちらはスーツ姿で、一人目と同じく身元は調査中。この人に関しても、行く時に持っていた手提げ鞄をロッカーに預けたみたい。二度目にカメラに映った……つまりB17区を出ていったのが、入ってから十分後の話」

「十分……もっと怪しいな」


 五分で可能な犯行とは言え、もっと長くかけた方が確実に絶命させられるのは間違いない。

 彼もまた、容疑者としてカウントしないといけないだろう。


「で、三人目は女性。多分、二十代だと思うんだけど、リュックサックを背負った金髪の人だったわ」

「外国の人?」

「いえ、顔立ち的には髪を染めた日本人よ。この人は午前十時二十分頃に……つまり二人目が帰ろうとしている時に、彼とすれ違う形でB17区に向かっているわ。そして彼女の滞在時間は、二分」

「二分?やけに短いな」


 勿論、本当に彼女がただ荷物を詰めに来ただけなら、そんなにおかしくはない時間ではある。

 急いで荷物を預けたのなら、二分もかからずに作業は終わるだろう。


 しかしそんなにも急いでいたのであれば、どうしてB17区にわざわざ来たのかが疑問になる。

 B15区やB16区にも空いたコインロッカーは沢山あっただろうに、急いでいる最中に端っこまで歩いたのは変だ。

 何にせよ、この人も疑っておいて損はないだろう……たった二分で殺人が可能かどうかは、また別として。


「彼女が立ち去ってからは、完全に人通りはなし。十数分間に渡って、B17区に立ち入る人間はゼロで……やがて午前十時三十五分頃、アンタが弁護士からの連絡を受けてやってきている。私が見た映像は以上よ」

「分かった。とりあえずのところ、容疑者は三人か」


 そう呟きながらも、僕は一応容疑者の数について再確認をすることにする。

 細かい疑問を潰したかったのだ。


「一応聞いておくんだけど、その三人以外が犯人って可能性はないのかな?例えば、弁護士が犯人とか……何らかの理由で彼が晶子さんを殺して、死体を車椅子に乗せて運び込んだ。その後に三人の利用者が来たけど、全員死体には気が付かなかった。これは有り得ない?」

「ないと思うわ。弁護士たちが監視カメラの下を通った時点では、明らかに映像内の晶子さんは生きていたもの。首を振って周囲を見ていたし、弁護士にお辞儀をするような仕草もしていたわ……それに彼が晶子さんを殺したのだとしたら、アンタにB17区のことは伝えないんじゃない?」


 まあ確かに、と頷く。

 流石にこれは考え過ぎか。

 終夜の言う通り、彼が犯人なら僕にメッセージを送ったのはかなり変だ……普通の犯人なら、死体の発見は遅らせようとするのが定石だろう。


「じゃあ、もう一つ。実は、晶子さんたちよりも更に前に犯人がB17区に来ていた、という可能性はないのかな。これなら、僕たちが疑っている時間帯に監視カメラに映っていなくても、晶子さんを殺せることになるけど」


 仮に犯人が事前にB17区に隠れていたのであれば、問題の四十五分間にカメラが仕掛けられた通路を通る必要はない。

 もっと前からコインロッカーの中にでも隠れておいて、晶子さんが現れて弁護士が去った後、中から飛び出して彼女を殺害する。

 その後は再びどこかのコインロッカーに隠れ、死体が見つかって騒ぎになった後に、人込みに紛れて脱出する……こんな風にすれば、監視カメラに殆ど映らないまま晶子さんを殺すことだってできたはずだ。


「面白い考えだけど……ないと思う。だって晶子さんたちがB17区に逃げ込んだのは、本当に偶然だったもの。警察が弁護士に電話で確認をとった限りでは,晶子さんたちも本当はアンタにすぐに会いに行きたかったそうよ。でも記者たちに追われていたから、適当に走り回っている内にあそこに行っちゃったってだけで」

「ああ、そうか。本人たちすらB17区に行くことになると思っていなかったのに、犯人がそれを予測して先んじるのは流石に無理か……やっぱり、終夜の言う三人が最重要容疑者であると見て、間違いないな」


 細かい疑問点を潰した上で、僕は改めて彼女の考えに納得する。

 しかし優月先生の事件の時もそうだったが、容疑者って三人出てくることが多い。

 ただの偶然なのだろうが、何とも変な気分になった。


「じゃあ、次に確認するべきは容疑者の素性だけど……これは、流石にまだかな」

「ええ、警察の方も、容疑者たちに連絡して話を聞こうとしている段階だもの。私たちもそれが知りたいのなら、警察が調べ終わるのを待つか、別の情報屋にでも話を聞かないと」


 情報屋と聞いて、アキラの顔が即座に思い浮かぶ。

 最近、彼に頼ってばかりで申し訳ないのだが、今回も彼の助力を仰ぐ必要が出てきそうだ。

 前回と違って、今回こそは料金を払わないといけないかもしれないけれど。


 ──でもそうなると、容疑者については情報屋に聞くまでは推理を進めようがなくて……犯行手段についても、ナイフで胸を刺したってだけだから、深堀りする必要性が薄いな。だったら、考えるべきは……。


 旧時代の推理小説で言うところの、フーダニットとハウダニットには一段落ついたことになる。

 必然的に、僕は最後の一つを口にした。


「それなら、終夜……君は、今回の犯人の動機は何だと思う?こんなこと、聞いても仕方がないかもしれないけど……」


 殺人罪で捕まっており、今日になってようやく保釈された「鳥籠娘」。

 そんな女性を、どうして犯人は殺したのか。

 晶子さんの交友関係の狭さを思えば、彼女に殺意を向ける人が現れたこと自体が結構不思議だった……どういう思考の末に、殺意を抱くに至ったのだろう?


 そこは一番気になったので率直に尋ねてみると、しばしその場は沈黙に染まった。

 すらすらと説明してくれていた終夜が、急に黙ったからである。

 どうやら彼女も、まだその理由は分かっていないようだった。

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