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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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産声

 ────数時間後。


 黄色いテープで封鎖されたB17区の隅で、僕は俯いたまま座っていた。

 しばらく続いた取り調べが一段落して、自由にしていいと言われたのである。

 しかし自由にしろと言われても、どうすれば良いのかはさっぱり分からなかった。


 コインロッカーの添え物として置かれたベンチに座る僕は、自覚できるレベルで生気がない。

 手も足も、どうにも動いてくれなかった。

 テープの向こう側からこちらを覗き込んでいる野次馬たちには、ひょっとすると僕こそが、コインロッカーから出てきた死体に見えたかもしれない。


「……もうお昼よ、無理だとは思うけど、食べられる分だけは食べておきなさい」


 そんな僕の頭上から、冷静に話しかける声。

 ノロノロと顔を上げると、予想通り終夜の顔があった。

 売店で買ってきたらしいおむすびとお茶のペットボトルをグイッと差し出しながら、彼女はこちらの様子を伺う。


「終夜……事件の調査は、もう良いのか?確か、そのために現場内に入ったんじゃ」


 おむすびを受け取らずに、僕はまずそこを聞く。

 お屋敷で普通に過ごしていた彼女を僕が呼び出したのは、晶子さんの死体を発見してすぐだった。

 僕の悲鳴を聞いた駅の利用客が警察を呼ぶと同時に、僕は震える手で終夜に電話を掛けたのである。


 元々、何かあったらすぐに呼べと言っていた彼女だ。

 どうやったのかは知らないけれど、とんでもないスピードでこの繰咲駅にまで来てくれた。

 彼女は警察の取り調べを受ける僕をサポートしつつ、「殺人」専攻として事件を解こうと決めたのか、現場の調査をやっていたはずだけれど────。


「警察と同レベルの情報はもう分かったもの。これ以上、現場で聞くことはないって状態にはなったわ。それに……」

「それに?」

「そんな顔をしたアンタを放って推理ができる程、私だって情を捨てていないわよ」


 そう言いながら、彼女は改めておむすびとお茶を差し出す。

 ぼんやりとそれを受け取った僕は、終夜の活力に僅かながら力を貰って、何とか立ち上がった。

 そして、終夜に一つ頼みごとをする。


「ちょっと、ここから離れても良いかな。できれば、B15区よりも手前が良い」

「ええ、勿論。流石に現場と近いと、食べ物が喉を通らないでしょうし」

「それもあるけど……」


 それ以前に、これ以上コインロッカーを見ていたくなかった。

 これらを見ていると、嫌な音が聞こえてくる気がするのだ。

 赤ん坊の泣き声と、晶子さんの断末魔が……ずっと響いている気がしていた。




 警察による規制の影響か、B15区よりも二ブロック手前、B13区には殆ど人がいなかった。

 飲み物の自販機と指定席の券売機が立ち並ぶエリアなのだけれど、殺人事件のために利用中止となっているらしい。

 お陰で、僕たちは誰もいないベンチを占有する形で腰を下ろした。


「何気に聞いていなかったけど……香宮はどうしてる?また法医学教室?」

「ええ、アンタの電話があった時点でそっちに向かったわ。伝言もあるわよ……『体調が悪ければすぐにでも家に帰って休むこと。今時、警察の事情聴取を拒否する人なんて珍しくもないんだから』……そう言っていたわ」


 それはそれは、と僕は苦笑い。

 警察からすればたまったものじゃない発言だろうけれど、今の時代を考えればそう的外れでもないアドバイスだった。

 ただしこの場合、香宮は警察を軽く見ているのではなく、僕の精神状況を重く見ているのだろうけど。


 ──香宮は僕の過去を知っているからな……知人がコインロッカーに押し込められて殺されているっていうこの事件に、僕がショックを受けると推理したんだ。


 実際、その推理は当たっていた。

 晶子さんの死体を発見してからこちら、どうにも足取りがふわふわしていて現実感がない。

 そのくせ目を閉じると、先程見た彼女の死体の映像がじわりと浮かび上がってくるのだ。


 ──やっぱり僕……晶子さんに親近感みたいなものを感じてたんだろうな。自分の生まれや生き方にコンプレックスがあって、なおかつ悪夢に苦しめられている同志として。直に話したのはほんの数時間だけど、手紙では結構深い話もしたし……。


 再三言っているように、彼女との付き合いは本来浅い。

 だけど意外と、僕は彼女のことを知った気でいたらしい。

 晶子さんが父親を殺したことを知っても尚、心の中では共感が溢れていた。


 だからきっと、僕は今日の再会を楽しみにしていた。

 最後に送られてきた手紙への返答には悩んでいたけれど、それも含めて腹を割って話したいと思っていた。


 彼女が死んで初めて、久しぶりに会えることに意外とワクワクしていた自分の気持ちに気が付く。

 そして、二度と再会できなくなったことに対するショックの大きさにも。




『私が生きるべきか、死ぬべきか』


『不思議と、九城さんなら教えてくれる気がするのです』




 手紙の最後の一文が、再び思い返される。

 あの言い方からすると、彼女の方も僕との再会を待ち望んでくれていたのではないか。

 そんな想像をすると、胸の裏がぎゅっと締め付けられるような気がした。


「九城君……凪の言っていた通り、本当に帰る?警察や野次馬探偵への対応は、私は上手くやっておくから」


 ……そこて改めて僕の顔を覗き込んだ終夜は、いよいよ不安そうな様子を見せた。

 ふと考え込んでいる間に、彼女のことを随分と心配させてしまったらしい。

 何かと強引な彼女が、ここまでまっすぐに心配してくるのは珍しい気がした。


「……いや、そんな。大丈夫だよ、終夜。別に、殺人事件に巻き込まれるのは初めてじゃないし、知人が殺されることだって経験はある。例えば優月先生だって会話したことのある相手だったけど、殺された後も普通にやれたし」

「あの人は、出会ってすぐに殺された感じだったでしょ?命に軽重はないけれど、それでもやっぱり、手紙のやり取りをするレベルの知人が殺されたショックは大きいわよ……自分の嘆きを誤魔化すのは止めなさい。虚勢を張れば張るほど、アンタの心は壊れるわ」

「そうは言ってもさ……例えばここで僕が大泣きして、君の胸に縋り付いたら、終夜だって困るだろう?」


 一種の冗談として、そんなことを言ってみる。

 場の雰囲気があまりにも暗かったので、それを切り替えたかったのか。

 こう言えば、終夜も少し引いてくれるのではないか、という期待があったのかもしれない。


 だけど────そこからの彼女は、予想外の振る舞いをした。


 彼女は「まさか、困らないわ」と首を振った後、おもむろに荷物をベンチに置く。

 そして、両手を広げてさらっとこう続けた。


「ほら、来なさい。胸を貸してあげる」

「……え?」


 かなり奇妙な光景を前に、僕は硬直。

 この時ばかりは、嘆きも悲しみも忘れてしまった。

 その硬直を煩わしく感じたのか、終夜は更にワンアクション。


「えいっ」


 こちらの許可も待たず、終夜は僕の後頭部をガシッと両手で掴む。

 その勢いのまま、僕のことをぎゅむっと抱き締めた。


 ──えっ……え?


 当然ながら、僕は盛大に混乱する。

 こういうことをされた経験が殆どないので、抵抗もできなかった。

 色んな衝撃で頭が真っ白になっていると、終夜は僕の耳元でそっと囁く。


「……涙は耐える物じゃないし、理不尽は我慢する物じゃないわ。こんな時代であっても、悲しいことは悲しいと言っても良いはずだもの。それすらできなくなった時、本当の意味で人は悲しみに負けるのよ……だから」


 ────我慢なんて止めちゃいなさい、九城君。


 ぶっきらぼうに思えるその言葉は、決して僕の事情を知っての発言ではなく。

 悪く言えば、背景を知らない終夜が場当たり的に言った言葉に過ぎなかったのだろうけど。

 それでも何故か、はっきりと僕の胸に響いた。


 だから……ある意味では、非常に現金な話ではあるのだけど。

 彼女の言葉を咀嚼し終わってすぐ、ゆらりと視界が歪む。

 頭を抱きしめられているからではなく、涙腺が緩んだために。


 服越しに感じる、彼女の温もり。

 コインロッカーから引き上げた時に感じた、薄ら冷たい晶子さんの死体の肌とは全く違う。

 その温かさに引きずられるようにして────ポトン、と涙が落ちた。


 初めて知った。

 人の体温には、涙を止められなくする作用があるらしい。

 彼女の温かさに溶かされたように、いつしか僕は涙を流し続けていた。


 これじゃあ終夜の服を汚してしまう、周囲には野次馬がいるんだから見られるかもしれない、名探偵の孫である終夜に公共の場でこんなことをさせるべきじゃない……。

 そんな風に、この場で泣くべきではない理由が次々と浮かんでくるのに。

 それでも僕はしばらくの間、終夜にしがみ付いて泣き続けた。


 彼女はずっと、赤ん坊をあやすように僕の頭を撫でてくれた。

 終夜の手つきは優しいのに、その手が動く度に涙が追加される。

 だけど涙があふれる度、僕の瞼の裏から、晶子さんの死体の影が薄くなっていく気がした。






「……本当にごめん、終夜。知人を亡くしたという点では、終夜だって同じなのに」


 十数分後。

 流石に涙も枯れ果てて冷静になった僕は、改めて終夜に謝っていた。

 ここに来て以来、彼女に慰めてもらいっぱなしで、碌に気遣えていないことを思い出したのだ。


「良いわよ、別に。私はそれこそ、お見合いの時と推理の時にちょっと話したくらいだし……それに『殺人』専攻ってね、事件中はまず泣かないのよ。自分でもアレだとは思うけど」


 かなり割り切ったことを言いつつ、終夜は濡らしたハンカチで僕の目元を拭う。

 死者に対してはドライな態度を示しながらも、僕のことは気遣うこの姿勢。

 何はともあれ、死者よりも生者のことを優先する────この時代らしい考え方だ。


「それで……ちょっとはスッキリした?勿論、この程度では癒えないショックだったとは思うけれど」

「いや、大丈夫だよ、終夜。完全に元気になった訳ではないけど……まあその、こんなところでうじうじしてる場合じゃないって気分にはなったから」


 依然として心配してくれる終夜の前で、僕はグッと拳を握る。

 八割以上は空元気だったけれど、嘘は言っていなかった。

 終夜の熱をお裾分けしてもらったかのように、僕は幾らかの決意を固める。


 そうだ、泣いていたって仕方がない。

 キツイ言い方になるけれど、泣くだけで事件が解決するのであれば苦労はない。

 探偵狂時代に生きている人間として、僕にはやらないといけないことがあった────真実の解明に、挑まなくてはならないのだ。


 あの状況からして、晶子さんの死が他殺であることは明らかだ。

 僕と待ち合わせをしている状況で急に自殺するなんてまずないだろうし、自殺者がコインロッカーの中にわざわざ入るなんて聞いたこともない。

 彼女は何者かに刺された挙げ句、コインロッカーにその死体を押し込められたのだ。


 僕は、そんな彼女の死体の第一発見者となった。

 しかも混乱もあって現場保存を行わず、彼女をコインロッカーの外に出してしまった。

 重ね重ね探偵失格の行動だったけれど、逆に言えば、彼女が最後を迎えた時の状況を知っているのは、もうこの世に僕しかいないのだ。


 そう言った重要な光景を見ている僕が、これから推理もせずに家で泣いて眠るなんて、そんな馬鹿な話はない。

 腐っても探偵の一人である以上、僕は推理をしたかった。

 事件の真実を知るために。


 実際、この事件は気になる点がたくさんある。

 晶子さんを殺した犯人は現時点では見当もつかないし、何故殺した後にコインロッカーに詰めたのかも不明だ。

 当然、動機もさっぱりである。


 そんな事件に遭遇してしまった以上、僕は謎を解きたい。

 真実を解明しないと、いくら何でも晶子さんが浮かばれない。

 彼女は確かに、父親を殺した殺人犯だったけれど────それでも、保釈後の裁判で法の裁きを受けようとしていたこの時期に、別の殺人犯によってあんな死に方をしないといけないような道理はないはずだ。


 故に、僕はこの謎に挑まなければならない。

 彼女の数少ない知人として。

 彼女との再会に間に合わなかったことへの、償いとして。


「……終夜、唐突だけどさ、五分待ってくれない?」


 心中で色々考えてから、僕は雰囲気を変えてそう頼む。

 終夜は僕の変化にやや驚いた顔をしてから、小首を傾げた。


「良いけど、どうかしたの?」

「いや、エネルギーつけたくて……これ、貰うよ」


 そう言うと同時に、僕はおむすびの包装を剥いでガブリと噛みつく。

 味は大したことは無かったけれど、自覚しない内に空腹が進んでいたのか、食べる度に活力が湧く感覚があった。

 そのままおむすびをお茶で流し込んだ僕は、口元を拭ってから改めて終夜を見る。


「よし、もう大丈夫……終夜、事件の情報を教えて欲しい。『日常の謎』専攻でどれだけ役に立てるかは分からないけれど……一緒にこの事件を解きたい、協力してくれ」


 一連の流れを見ていた終夜は、躊躇いを含んだ瞬きを何度かした。

 しかしやがて頷いてくれた彼女は、「とりあえず、彼女が死亡したと思われる時刻について話すわ。そこが重要なところだから」と告げた。

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