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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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再会に向けて

 この日も僕は悪夢を見ていた。

 いつも通りのことではある。

 午前三時に汗びっしょりになって飛び起きた挙げ句、二度寝ができないくらいに目が冴えてしまったこともまた、いつも通り。


 ただその後については、いつもとは少し具合が違っていた。

 普段なら起きた後は、予習をしたり月を見たりと適当に時間を潰すのだが……この日ばかりは、僕は机の前に自然と向かってしまう。

 そして、机上に置かれた手紙をじっと見つめた。


 そこにあるのは、今日保釈される羽生晶子さんから送られてきた手紙だ。

 僕が保釈後に迎えに行くことを了承した後、弁護士を通して渡された物だった。

 そのせいか手紙の前半部は、概ね僕への感謝で埋まっている。


 ただし、その後半。

 いつもよりも乱れた字で書かれた部分は、保釈とは関係のない話……殺人犯としての彼女の苦悩が書かれていた。


「事件の後、彼女が悪夢を見るのかどうか気になっていたけど……やっぱり、見ているんだな」


 彼女の細い字を指でなぞり、僕はぼそっと呟く。

 何となく、分かっていた気もした。


 そもそもにして、彼女は「鳥籠娘」になったせいで悪夢を見始めたのではなく、殺人に繋がる行為をした自覚から悪夢を見始めたのだ。

 だから、外に出たところで悪夢が治らないのは当然の話だった。

 屋敷から出たところで、自分が父親を殺したという自覚は消えないのだから。


 結局のところ、僕と彼女は相変わらず「悪夢仲間」のままらしい。

 故に手紙の後半では、その苦しみがストレートに表現されていた。

 僕に向ける言葉ではないことは自分でも分かっている、とは書いてあるが……それでも書いてしまった辺り、本当に苦しいのだろう。


 とりわけ、最後のくだりは重かった。

 字面だけで見ればよくある表現だが、彼女の背景を知っているがために、初めて見た時は息が止まるかと思った。


「生きるべきか、死ぬべきか……手紙の中でも買いてあるけど、本当に答えにくい質問だ」


 僕の悩みとちょっと似ているな、とも思う。

 捨て子であることを気にし過ぎるあまり、僕は現実感を失い、「自分は本当は生きていないんじゃないか」と考えるようになった。

 一方で彼女は、殺人による罪悪感から、「自分は生きていてはいけないんじゃないか」と考えたらしい。


 ベクトルはやや違うが、自分が生存しているという現実を疑問視しているのは変わらない。

 こんなところまで似なくても良いのに、それでも同じようなことを考えている。

 資産家の娘だろうが、コインロッカーベイビーだろうが、この時代で生きる者は結局、同じ場所へと行きつくのだろうか?


「今から数時間もすれば、僕は晶子さんを迎えに行って、彼女に会うことになる……でも」


 一体、何を答えれば良いのだろうか。

 どう接すればいいのだろうか。

 そんなことを考えて、僕は眠れない夜を過ごした。






「折角天気は良いのに……アンタ、隈が凄いわよ」

「……本当ね。死体みたいな顔色だわ」


 朝食のために本館の方に行くと、開口一番にそんなことを言われた。

 終夜も香宮も、呆れと心配を混ぜた表情でこちらを見つめている。

 普段の僕は、不眠が続いても隈が出にくい体質なのだが、何故だか今はそんな顔になってしまっているらしい。


「そんな、眠れないくらいに緊張してたワケ?」

「んー、まあ……そんな感じ」

「やっぱり、私もアンタに付き添おうか?一応は私も晶子さんとは知り合いなんだし、二人いた方が車椅子の介助も楽になると思うけど」


 余程心配になったのか、終夜からは再度同行の提案がされた。

 散髪時には隠していた晶子さんへの出迎えだが、既に終夜たちには真相を明かしている。

 黙っていても香宮のように誤解されるだけだと思ったので、正直に言ったのだが────それ以来、心配になったのかこうして同行を申し込まれていた。


 ──本音を言えば、有難い提案なんだけどな……車椅子を押して幻葬市を出歩くの、結構辛いだろうし。


 幻葬市のデザインがなされたのは、名探偵がこの周辺の土地を買い漁った探偵狂時代初期のこと。

 その時から大規模な改修をしていないこともあってか、ここの街並みは車椅子の人には優しくない作りになっている。

 バリアフリーとか、ユニバーサルデザインとかいう観点で言えば、間違いなく幻葬市は遅れていることだろう。


 幻葬市とは、探偵を作り上げるための街。

 逆に言えば、それ以外の人間を排除する街。

 僕が車椅子を押して晶子さんに外界の案内をするのは、かなりの苦労が予想された。


 だが、それでも────。


「……いや、大丈夫だよ。晶子さんにはもう、僕一人で行くと言ってあるから。急に終夜が来たら、晶子さんも戸惑うだろう」


 終夜の提案をさらりと断り、僕は朝食のテーブルにつく。

 脳裏には、何度も読み返したあの手紙の存在があった。


 晶子さんが、「悪夢仲間」である僕のことを頼って送ってきたあの手紙。

 そして、末尾に示された疑問。

 恐らく今日の会話のどこかでは、あの疑問に答える瞬間が来るだろう。


 だからこそ、終夜に来てもらっては困るのだ。

 終夜はまだ、僕の生まれや悪夢については何も知らない。

 終夜が来てしまうと、僕は晶子さんと腹を割った話ができなくなってしまう。


 ──別に、終夜をハブにしてるって訳じゃなくて、単純に終夜とは明るく話したいってだけなんだけど……本音で話すために、今日は一人で晶子さんに会わないといけない。


 そう思いながら、僕はバターとトーストを手に取る。

 僕の意思が固いと悟ったのか、終夜は自分の提案をひっこめると、代わりに忠告を発した。


「……何度も言うけど、街を歩く時には気をつけなさいよ。事件がないとされていた高校内で殺人事件が連発して、幻葬市の人たちも浮足立っている。今年の街の雰囲気は、正直良くないわ。おかしな連中に絡まれる可能性もなくはない。アンタが強いことは分かっているけど、それでも万が一はあるから」

「ああ、分かってる。何かあったら、すぐに助けを呼ぶよ。晶子さんのことも守らないといけないんだから」

「最悪の場合は……」


 最後に、終夜は何か言おうとした。

 しかし、言い淀んだように口を閉じてしまう。

 それだけで、何となく彼女が言おうとしたことは分かった。


 きっと、「最悪の場合は晶子さんを置いて逃げろ」と言おうとしたのだろう。

 今の時代の状況を考えれば、それは妥当な判断だった。

 誰かを守る時に強くなれるのは、旧時代のフィクションの中だけの話────仮に僕が危険な目に遭ったとして、車椅子に乗った非力な女性を守りながら戦うのは無理がある。


 だから最悪見捨てろ、と口にしようとするのが、終夜のこの時代の人間らしい部分であり。

 途中で言い淀んでしまうのが、彼女のこの時代の人間らしくない部分だった。

 そう言えば、羽生邸でも「鳥籠娘」に対して同情的なことを言っていたな……と過去のことを思い出す。


「まあ、そんな危険な場所は出歩かない予定だからさ。車椅子でも入れる、ごく普通の施設を何ヶ所か回るだけで……夕方には戻るよ」

「そう……もしも夕食をこちらで取りたいのなら、言ってね。四人分、用意するから」


 良いでしょ、と言わんばかりに終夜は香宮の方に目で問いかける。

 香宮の方は、特に躊躇いもなくコクリと頷いた。

 保釈が許可されたとは言え、曲がりなりにも殺人犯である人物をこのお屋敷に招くことを許可した辺り、香宮も晶子さんには同情しているらしい。


 ──二人とも、「鳥籠娘」ではないにしろ資産家の娘だから……理解できる部分があるのかな。


 ぼんやりとそんな推理をしてみる。

 そして終夜たちに礼を言いながら、僕は朝食を終えた。






 ────待ち合わせ場所として指定されているのは、繰咲駅という名前の駅だった。

 僕が「外」から幻葬市に来る際にも利用した駅である。

 別に晶子さんが電車を利用する訳ではないのだが、最初に彼女を引き取りに行く弁護士が、彼女を引き渡してすぐに用事で電車に乗らないといけないと言うので、彼の都合に合わせて駅前で合流することになったのである。


「まあでも、結果から言えば良かったか……『外』との連絡口な分、割とスロープとかも整備されているところではあるし」


 待ち合わせ場所となる駅前の広場にポツンと立ってから、そんな独り言を呟く。

 時刻は既に、午前十時十五分となっていた。

 集合は午前十時のはずだから、晶子さんサイドに遅刻されている状況だった。


 普通ならちょっとはイライラしてもよさそうな場面だったかもしれないけれど、僕は動じずにボーっと待ち続ける。

 向こうは車椅子なのだし、予定外のトラブルに遭ったことは十分に考えられる。

 晶子さんはスマホを持っていないから、いつまで待っても来なかったら、弁護士の方に電話しようか……なんて考えたところで、僕はふと周囲がざわついていることに気が付いた。


 ──何だろう?いつもよりも人が騒がしいような……。


 幻葬市と「外」との出入り口の一つであるこの駅の前は、常に人通りが多い。

 僕が佇んでいる駅前の広場も、待ち合わせをしているらしい人たちで一杯だった。

 だから、ガヤガヤとうるさいこと自体は別に良いのだが────どうもその声の中に、切迫したものが混ざっているように聞こえる。


 ところどころで怒号と言うか、「探せ!」「まだか!」なんて声が響いた。

 それだけでなく、何かを探して走り回る人も普段より多めだった。

 探偵狂時代を生きる人間の勘で、何かあったな、とすぐに察する。


 ──まさか、また殺人?それともテロとか……止めてくれよ、本当に。


 この繰咲駅で事件が起きるのは、決して珍しいことではない。

 何なら僕自身、かつてはこの駅のコインロッカーに捨てられていたのである。

 捨て子に限らず、幻葬市の物流に関わるこの場所では大小様々な事件が起き続けていた。


 ──でも、ここで事件が起きる面倒なことになる……晶子さんとも合流できなくなるかもしれないし。


 うんざりした顔になりながら、僕は周囲を見渡して状況を確認する。

 何が起こったかは知らないけれど、まずは事情を聞こうと思ったのだ。


 数分迷った末に、メモ帳片手に走り回る記者風の青年に着目する。

 少し前までは精力的に動いていた彼だが、流石に疲れたのか壁に寄りかかって休もうとしていた。

 その隙を見計らって、おずおずと声をかける。


「あ、あの……さっきから随分と走り回ってますよね、その、何かあったんですか?」


 声をかけると、二十代後半らしい彼は驚いたような顔で振り返った。

 自分から話しかけるならともかく、声をかけられる側になるとは思っていなかったのだろう。

 とりあえず邪険にはされなかったので、それ幸いと質問を続ける。


「僕、ここで人と待ち合わせをしているんですけど、何だか今日は騒がしいなと思って。もしもこれがテロとかの騒動なら、すぐに逃げないといけないじゃないですか。でも状況がよく分からないので、ちょっと相談したくて。お兄さん、どこかの記者さんとかですかね?」

「ああ、俺は『幻都日報』の記者だけど……君は?この街に来たばかりの学生とか?」

「まあ、そんな感じです」


 実際は来たばかりという程でもないのだが、混ぜっ返す必要もないのでそういうことにしておく。

 ただの不安がっている子どもだと思ってもらった方が、何かと有利だとも思ったのだ。

 実際、彼は納得した様子でペラペラと事情を話してくれた。


「いやあ、確かにそれは不安か。でも心配することはないよ。別にテロは起きてない。ただただ、俺たちみたいな記者が動き回っているだけで」

「何で記者さんが集まっているんです?」

「実はね……この周辺に、保釈された殺人犯が来ているみたいなんだよ。知らないかな、四月にフェザーフーズの社長が殺された事件。あれの犯人が、ここにいるんだ。だからこう、色んな記者が取材に来たというか」

「……っ」


 思わぬ情報が届き、僕は身をすくませる。

 それを記者は「殺人犯が近くにいることへの怯え」と受け取ったのか、こちらを安心させるように大丈夫だ、と告げた。


「まあ殺人犯と言っても、車椅子のお嬢さんだ。別に危険はないさ……ただ、俺らからするとそういう人の談話はメシのタネだからな。保釈された今、一言でも事件について語ってくれないかと思って追いかけているんだ」

「……なるほど」


 そうなるのか、という驚きと。

 事前に予測するべきだった、という後悔。

 色んな感情を抱いて、僕は複雑な顔にならざるを得なかった。

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