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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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「鳥籠娘」より

 ……先日は素敵な御本たちを贈ってくださり、本当にありがとうございました。

 幻葬市で過ごしていながら、幻葬市のことを何一つ知らない「鳥籠娘」だった私ですが、ようやく少しはこの街について詳しくなれた気がします。

 重ね重ね、私の要望を聞いてくださった九城さんには感謝の念が尽きません。


 また、私が保釈される日に出迎えに来てくださることにも、改めて感謝申し上げます。

 正直に言えば、九城さんとしても、殺人犯を出迎えに行くのは怖いことでしょう。

 この時代の常識に詳しくない私でも、これが極めて非常識なお願いだったことは容易に想像できます。


 そんな中で、私が貴方にもう一度会いたいと願ったのは、本当に純然たる我が儘で……。

 あの日、雨によって遮られたお話の続きをしたいと願ったこともまた、断られて当然な無茶振りです。

 それを引き受けてくれた「悪夢仲間」に、私はどんなお礼をすれば良いのか……これを書いている最中も、ずっと考えています。




(中略)




 贈っていただいた本を読んだお陰か、今の時代の厳しさが私にも少しだけ分かってきました。

 同時に、ずっと知りたかった「私の事件が世間でどういう風に報道されているか」についても、何となく分かった気がします。

 未だに新聞の類は殆ど渡されていない私ですが……さぞ、強い言い方で非難されたのでしょうね。


 治安が悪化して、最低限度の生活も十分に保障されなくなった人たちが増えてしまったこの世界。

 そんな中で、大企業のトップの娘として生を受けた私は、本来ならその幸運を嚙み締めなければいけなかったのでしょう。

 例えどんな扱いを受けようが、ある程度の身の安全が保証されているだけで天に感謝するのが、探偵狂時代における正しい作法なのだから。


 それなのに私は、現状を変えるために実の父親を殺した。

 別に生活に困ってはおらず、父親から暴力や性的搾取をされてもいかなかったにも関わらず、部屋に閉じ込められたことが嫌で殺した。


 我ながら、世間の神経を逆撫でする犯行をしたものだと思います。

 お兄様も、弁護士も、九城さんも口にはしませんが、きっと世間では好きなように言われていることでしょう。

 この贅沢者め、自分がどれだけ恵まれているか分かっていない……という風に。


 私の立場から言うのもおかしな感じがしますが、これらは当然出てくる感想だと思います。

 私だって、立場が逆だったなら似たようなことを思ったかもしれません。

 恵まれた立場の人間が、特に差し迫った理由もなく親の配慮を無視して殺人に走ったなんて、共感されないに決まっています。


 しかも私は、兄に保釈金を支払ってもらうことで外に出ることすら可能となった。

 だからきっと、保釈された後の私を待つのは世間からの誹謗中傷でしょう。

 裁判が始まった後だって、検察官が強い言葉で私を批判するはずです。


 そんな未来は、世間知らずの私ですら、生々しく想定することができます。

 だからなのか、最近よく思うのです。

 私は本当に……どうして殺人をしてしまったのだろうと。


 無責任で他人事のような感想に聞こえるかもしれませんが、情けないことに本音なのです。

 最近、自分で自分の動機が分からなくなることが多くなってきています。

 世間の反応や探偵狂時代の常識を知った今となっては、寧ろ後悔の念が強いと言っても良い程です。


 そもそもにして、私が父を殺したのは屋敷の外に出るためでした。

 毎日毎日、自室の壁だけを見続けるだけの時間。

 まるでタイムループでもしているかのように同じ日々を続けるのは、もう限界でした。


 今でも、あの時の感覚は……殺意を覚える程の退屈は、いくらでも思い出すことができます。

 言葉だけでは十分には伝わらないかもしれませんが、本当に、本当に辛い物でした。

 当時は本当に、もう父親を殺すしかない、そのくらいしないと私は外には出られない、と思い詰めていました。


 しかし事件から時間が経ち、留置場内で緩やかな日々を送っていると、どうしてもあの時の覚悟は薄れてしまいました。

 もう少し他のやり方は無かったのか、何とか父や兄を説得する道は無かったのか────自分で殺しておいて、後からこんな発想をするのも恥知らずですが、自然とそんな風に思ってしまうのです。


 私は父の殺害に至るまで、何度も何度も父や兄に外に出してほしいと訴えました。

 直接会う機会は少なかったですが、様々な手段で手紙を送ったこともあります。

 終いには、ハンガーストライキのようなことをして現状に抗議した経験すらありました。


 勿論、現状を見れば分かる通り、これらは全て無視されています。

 ハンガーストライキだって、結局は飢えに負けて食べ物を口にしてしまいました。

 その結果、話し合いでは駄目だと思って殺人に至ったのですが……。


 ……しかしあの時の私は、本当に必死で頼みごとをしただろうか?

 もっと本気で、命賭けで主張をしていれば、殺人なんてせずに済んだのではないか?

 父と兄と、普通の家族のように笑い合う未来だって有り得たのではないか?


 最近、夜になる度にこんなことを考えています。

 我ながら呆れる程に救えない思考ですが、逮捕された殺人犯の実像なんて、こんな物なのです。

 人を殺した後になって初めて、「それ以外の道は無かったのか」と意味もなく考えてしまう。


 おかしな物です。

 家の中に閉じ込められていた頃は、外に出たらきっと心は晴れやかになるだろう、こんな風に部屋で鬱々とすることもなくなるだろう、なんて思っていたのに。

 いざ父を殺して外に出てみれば、結局、私は鬱々と考え込んでしまっているのでした。


 今更ながら、父を殺さずに外に出る手段は無かったのか。

 本当に、殺さなくてはならなかったのか。

 世間が指摘しているであろう様々な論点を、遅ればせながらも私も考えているところです。




(中略)




 留置場に来てからも、私は連日悪夢を見ています。

 ただ、悪夢と言っても逮捕前まで見ていた物とは内容が違っていて。

 イメージとしてはもっと愉快な……とても幸せな夢ばかり見るのです。


 夢の中で私は、何故か足が動いています。

 両足を動かして、野山を駆け回り、お屋敷の周囲を自由に歩くのです。

 生きている両親と兄に、笑顔で見守られながら。


 夢の中では、父も母も私に優しく接してくれて。

 私もまた、当たり前のように彼らのことを愛していて。

 全力疾走で父に駆け寄った私は、彼らに抱き着こうとして────その瞬間に、夢から覚める。


 そんな夢を、毎日見ています。


 夢から覚めると、冷や汗と罪悪感で息が荒くなるのが常です。

 現実では碌に動かない両足を何度もさすって。

 それから、こんな夢を見てしまう自分の弱さと、夢とは違い過ぎる現状を振り返って、私自身の罪深さに震える。


 母はずっと前に亡くなっていて写真でしか存在を知りませんし、兄は私の裁判費用のために今も忙しいはずで、そして父は私が殺した。

 だからあんな光景は有り得なくて、夢の中でしか存在しない光景で。

 それを追い求めてこんな夢を見る自分が、救いようもない愚か者であることに気が付く。


 お屋敷にいた頃に見ていた悪夢……九城さんにも相談した悪夢は、こんな内容ではありませんでした。

 あの時は単純に、自分が捕まる光景を悪夢として見ていたと思います。

 それが、捕まった後からはこんな風になってしまったのは……やはり無意識に、殺人を後悔しているからでしょうか?


 どちらにせよ、私のこれからの日々がこの悪夢と共にあるのは間違いないでしょう。

 きっと保釈が認められても、裁判が始まっても、何らかの刑が告げられても。

 私は一生、この夢を見るのではないかと思います。




(中略)




 長々と人殺しの愚痴を書いてしまって、本当に申し訳ありません。

 まとめてしまえば、当時は必要だと思ってやった殺人を改めて振り返ったことで、罪の重さに震える自業自得の毎日を送るようになったというだけのことですが。

 九城さん相手にはついつい甘えて、こんなにも長い手紙を書いてしまいました。


 書きながら気がついたのですが、もしかすると私は、いつも何らかの鳥籠に捕まっているのかもしれませんね。

 かつては、父が作った鳥籠に。

 そして今は、罪悪感が作り上げる鳥籠に。


 私の殺人は、最初の鳥籠は破壊しましたが、二番目の鳥籠を新しく作り上げてしまった。

 しかもこちらの鳥籠は、随分と長く続くでしょう。

 今度は、殺人でも話し合いでも絶対に打ち砕けない。


 だからこそ最近は、どうしても考えてしまうのです。

 九城さんも、こんなことを手紙で相談されても困ると思いますが、それでも書かせてください。


 私は、果たして生きていて良い人間なのでしょうか?


 世間から見れば贅沢だと言われるような理由で、実の父親を殺し。

 いざ捕まってみれば、殺人以外の道は無かったのかと遅れて思い悩み。

 それだけ一人で鬱々としながら、兄が払った保釈金でのうのうと留置場の外に出てしまう。


 挙げ句の果てには、事件の際に少し知り合っただけの少年に、みっともなく甘えてこんな手紙まで出して。

 更には弁護士と仲が悪いから、保釈の日には迎えに来て、なんて言っている我が儘女。

 羽生晶子とは、そんな救えない人間です。


 もっと言えば、兄に聞いたのですが、私の判決はかなり軽くなるようなのです。

 ひょっとすると、証拠不十分で無罪になる可能性すらあるとのことでした。

 父の飲んだワインに小麦粉が入っていたところで、それが私の入れた物かは分からない、私とはまた別の誰かが、追加で小麦粉を混ぜて父を殺した可能性だってある……こんな風に弁護すれば、私の責任ではないようにできるとも言っていました。


 私本人は正直に証言するつもりですが、最後に決めるのは裁判官です。

 裁判官が弁護士の主張を信じれば、もしかすると私は、かなり早期に外の世界に出ていけるようになるかもしれない。

 十分に親殺しの罪を裁かれないまま、国から「生きていて良し」という判決を貰って、平然と外界に出てしまう。


 そんな未来を考えると……やはり、考えてしまうのです。

 資産家の娘という特権を乱用して、殺人すら軽微な罪で済ませてしまう悪辣な私に、生きる価値はあるのかと。

 いやそもそも、生まれてきたこと自体が……。


 九城さんを困らせるのが、いけないことであることは分かっています。

 それでも、貴方に聞いてみたいと思ってしまったのです。

 私と同じように悪夢を見ながらも、外の世界で生きている貴方に聞きたい。


 私が生きるべきか、死ぬべきか。

 不思議と、九城さんなら教えてくれる気がするのです。

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