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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period9:セルフカット

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コツコツ準備

「ここのところ忙しかったけれど、定期試験の勉強は大丈夫?」


 香宮が最初に振った話題は、学生らしくテストに関してだった。

 何かと変わったルールで動く幻葬高校だが、一応は学校であるため、定期的にテストが行われる。

 今から約一か月後、六月の中旬から下旬にかけては、前期の中間考査がある予定となっていた。


「そろそろ手を付けようとしてるところかな。僕、あんまり一夜漬けとかは得意じゃなくて。数週間前からテスト勉強をしないと、何かと不安だから」

「今回は初めてのテストだから、試験範囲はかなり狭いわ。それでも、コツコツやる?」

「ああ。ここの受験の時も、中二の頃から過去問を解いてたくらいだし……」


 香宮の言う通り、今度の中間考査は難易度的にはかなり易しい。

 四月はオリエンテーションばかりで本格的にはスタートしていない講義が多く、テスト範囲が狭いのだ。

 内容的にも、そう難しくはならないはずだった……まあそれでも怖いので、コツコツやっているのだけど。


「因みに、香宮や終夜はどういう勉強の仕方を?二人の勉強風景、何気に見たことがないんだけど」

「私は貴方と大体同じよ。毎日暗記すべきことを振り返って、忘れないようにするというか……地下室でも、宿題やテスト勉強はしているもの」

「ああ、そうなんだ」


 つまりあの地下室は、決して死法学のためだけに使われている訳ではないことになる。

 ホルマリン漬けの臓器に囲まれながら、必修の英語や数学を勉強することもあるのだろうか。

 それはそれで、何だか不思議な光景になる気もするけれど。


「逆に、雫は典型的な一夜漬けタイプね。大体の場合、試験直前になって一気に詰め込んで、そのまま乗り切っているわ」

「あー、何か凄い想像できる、それ」

「二月にあった幻葬高校の入試も、年が明けてから受験勉強をやり始めていたくらいだから……今回のテストも、きっとそうなるでしょうね」


 見ているだけでハラハラするのだけど、と嘆息しながら彼女はハサミをリズミカルに動かす。

 それを見ていると、何故か他の人たちのことを思い出した。


「テスト関連で言えば、少し前からアキラが首尾よく立ち回っていたな……」

「あの、専攻が『情報』の男子?」

「そうそう。やっぱり、専攻が専攻だからかな。テスト期間は稼ぎ時だって言って、過去問とか問題の傾向とかをまとめて、プリントにして売ってたよ」


 普通の学校なら教師に怒られそうな行為だが、ここでは逆に賢い振る舞いとされている。

 事前にそれだけの情報を集め、独自に問題の傾向を推理したということ自体が、彼の能力を証明しているからだ。


「まあそうは言っても、情報屋からプリントを買えば必ず合格できるって程、簡単な物でもないらしいけどね。例えば今年の試験問題その物については、アキラがどう調査しても分からなかったと言っていたし」

「教師陣だって多くが探偵だから、その手のガードは固いでしょう。だからこそ完全には問題を予測しきれず、落第者が出るのだから……因みに九城君、そのプリントは買ったの?」

「いや、買わなかったよ。そこまでしないといけない程に追い詰められている訳じゃないし、最初からそういうのに頼ったら、何のためにこの学校に来たのか分からなくなるから」


 あくまで僕は誕生日探しのためにこの街に来たので、真摯に探偵になろうとしている訳ではない。

 しかし探偵としての能力を磨けば、誕生日関連の推理がやりやすくなるのはまず間違いないため、幻葬高校の授業を変にサボろうとは思わなかった。

 折角平日の大部分を授業に費やしているのだから、活用しなければ損である。


「ああでも、三堂さんは買おうとしてたって涼風さんが言ってたな……彼女、既についていけてない授業があるらしくて。まあ結局、涼風さんと一緒にテスト勉強するってことで落ち着いたようだけど」

「涼風さんが止めたのね。それは貴方と同じで、自分の力でやらないと意味がないと考えたから?」

「だと思う。折角同室なんだから、今の時期から勉強会もやろうと言ってた。涼風さんの方は、勉強が得意らしいから」


 そこでふと、僕は前回の事件のことを思い出す。

 優等生と落ちこぼれが同室であったが故に殺人にまで至った、あの事件。

 あの時の犯人と被害者も、今の涼風さんたちのように、一年生の前期には二人で勉強家をしていたのだろうか────もう考えても仕方がない話なのに、そんなことを思った。


「……どうかした?」


 急に押し黙った僕を不審に思ったのか、香宮がこちらを覗き込む。

 慌てて何でもないと言ってから、僕はテストの話題をまとめにかかった。


「まあ幻葬高校のテストに関しては、僕たちがやってるようにコツコツ準備するのが正解だと思うよ。終夜みたいな一夜漬けをするのって、ある種の才能が必要だし……今ならまだ、余裕があるんだから」

「余裕とは、時間的な余裕?」

「そうそう。例えばほら、僕はこうしてテスト勉強じゃなくて…………その、散髪に時間を使っているんだし」

「……」


 言おうとした言葉を直前に変えたために、散髪と口にする前に変な溜めが入った。

 それを変に思ったのか、今度は香宮が急に黙ってしまい、僕たちの雑談は再び停止してしまう。

 気まずく思った僕は、焦って何とか話題を作ろうとした。


「話は変わるけど、明日って天気は良いかな?……そろそろ、梅雨も近いけど」


 ……話題がない時に天気のことを言い出すのは、口下手な人間が旧時代から引き継いだ悪習である。

 急にこんな話題が振られたら、それはもう十中八九苦し紛れとみていい。

 香宮もそれは分かっていたのか、「……私は地下室にいつもいるから、天気なんて知らないわ」と冷たく返されるだけだった。






「……うん、これで完成」


 それから数十分後。

 天気の話以降はどうも話題を見つけにくくなった僕たちだが、散髪の方は順調に進み、あっという間に香宮はハサミを止めた。

 鏡を改めて見てみると、全体的な髪型はそのままで、やや短髪になった僕の姿がある。


「貴方の好みに合うかは分からないけれど……」

「いや、ありがとう。凄く上手く切ってくれたと思うよ」


 実際、すっきりした髪型は僕に似合う物だった。

 あんなふわっとした要望を即座に叶えてみせるあたり、香宮の腕前は本物だろう。


「でも本当に手慣れているな、香宮。どうしてそんなに散髪が上手くなったんだ?」

「ああ、それは……ほら、私は死法学を専攻しているから」


 そう言いながら、香宮はハサミをシャキンと空打ち。

 そのまま、何でもないことのように動機を述べる。


「担ぎ込まれた死体を調べる時、解剖前に髪の毛を剃ることがあるのよ。特に頭の解剖の前には、頭髪は大体刈るわ。そうでなくても、体毛は邪魔だったら切ってしまうこともある。だから、散髪の技術があれば将来役に立つかもしれない、と思って」

「あ、じゃあこの散髪って……死体の髪の毛を処分する技術の応用?」

「そうよ。美容師が練習に使うマネキンやカツラで頭部解剖の真似事をしていたら、自然と上手くなってしまって……」


 今では雫にも散髪を頼まれるようになったのだけど、とケロリとした調子で解説された。

 ある意味では香宮らしい理由であり、僕はかなり納得する。

 同時に、ちょっと引く。


 いやまあ、現実に上手く髪を切ってもらえた以上、元が死法学から来ていようが全く構わないのだけど……。

 それでもこう、死体と同じ手順で髪を処理してもらったと自覚すると、何とも言えない気分になってしまうのは何故だろう?


「何にせよ、これで散髪は終わり。この後は、一度頭を洗い流した方が良いわ。体や服にも、髪の切れ端が残っているかもしれないから」

「ああ、確かに。じゃあ一度僕の部屋に戻って、そっちのシャワーを……」

「いえ、ビニールシートはもう片付けるから、ここのシャワーを使っていいわよ。シャンプーとリンスも、私たちの物を使用すればいいから。バスタオルも用意しておく」


 そう言いながらテキパキと道具を片付けると、彼女はすたすたと歩き去ろうとする。

 自分が残ると、僕がシャワーのために着替えられないと分かっているのだろう。

 だけど折り畳んだビニールシートを浴室の外に置き、アタッシュケースだけを抱えたところで────彼女は一度振り返った。


「……ああ、そうそう。最後に一つ聞いても良いかしら、九城君?」

「良いけど、何?」


 薄々質問の内容を察しつつ、僕は敢えていつも通りに装う。

 しかしそんな偽装を貫通するように、彼女はさらりと分かり切った問いを投げた。


()()()()()()()()()()()()()()()、九城君?……私の知っている人?」


 ──……バレてたか。


 隠し事がバレるというのは、誰が相手であろうと非常に気まずい。

 浴室の真ん中で佇む中、僕は視線だけで「どうして分かったのか」と尋ねた。

 するとその意図を汲んだように、香宮はアタッシュケースを床に置き、いつもの調子で語り始めるのだった。






「さて────」






「そもそも最初にも聞いたけど、急に散髪を頼んできたこと自体が疑問だったわ。見た限り、そこまで伸びているようでもなかったから……いくら同居人相手だから気楽に頼めるといっても、今日すぐに髪を切ってもらおうとするのは不思議でしょう?」


 最初の疑問点は、聞いている僕の方もまあ確かに、と思うポイントだった。

 実際、僕は髪が伸びるのが遅いタイプだ。

 この街に来る直前に短めに刈ってもらったのも功を奏したらしく、五月末の現在でも髪は結構短かった。


「それに、夏服を出そうとかいう話もしていたでしょう?季節的におかしなことではないけれど、何だか急に身だしなみを気にし始めたような感じがあって……今までは、服装にはそこまで注意を払っていない様子だったのに」


 これもまた事実だった。

 僕はこれまで、ファッションにそこまでの興味を持ったことがない。

 この時代に置いて、ファッションに拘るなんて贅沢な行為は一般人には難しくなっており、僕もその例外ではなかった。


「それに最後、唐突に天気の話をしたでしょう?それも、今日の天気じゃなくて明日の天気を」

「変だったかな?」

「変という程ではないけれど、どうして明日の天気なのだろう、とは思ったわ。まるでそんな、明日の天気のことをずっと考えていたような……そのせいで、咄嗟にその言葉が出たような気がして」


 まとめると、ファッションに拘りがない僕が急に夏服を引っ張り出し。

 いつもは美容師に完全に任せていたはずなのに、急に美容院を探し始め、そのまま香宮に今日中に髪を切ってくれと頼み。

 最後に、明日の天気を気にする素振りを見せた、ということになる。


「それで、僕が明日、誰かとデートしようとしていると推理したんだね」

「ええ。そう考えれば、全て辻褄が合うもの。急に身だしなみを気にし始めたのは、相手に失礼がないようにするため。明日の天気を気にしていたのは、単純に明日は外に出向くため……テスト前とは言え、今の時期はまだ余裕があるとも言っていたから、テストが近くなる前にデートすることを決めた、というところかしら。だけど異性の私にそれを正直に言うのは気恥ずかしくて、適当に誤魔化したのでしょう?」


 推理が合っているかを気にするようにこちらを見る香宮を前にして、僕はパチパチと拍手する。

 浴室内でそんなことをしたから、拍手の音が反響して実にうるさかった。


 ──これもまた、「日常の謎」ではあるんだけど……専攻にしていない香宮に解かれちゃったな。


 香宮の専攻は「死法学」だけれど、このレベルのことであれば流石に専攻外でも推理できたらしい。

 と言うか、僕の方が迂闊だったのだろう。

 香宮は死法学のことばかりに熱心だから、散髪一つにそこまで関心を払わないものだと思い込んでいた。


「まあ、私はただの大家だから、別に貴方が誰とデートしようが何か言う立場でもないのだけれど……」

「なら、どうして最後にこんな話を?」

「……敷地内で変なことをしないよう、忠告したくて。デートがどれだけ盛り上がっても良いけれど、その後に九城君が倉庫に女性を連れ込むのは嫌だから。そんなことをされたら、うるさくて迷惑でしょう?」


 ジトっとした目つきで、香宮はそんな忠告をした。

 久しぶりに、彼女が大家らしく振る舞っているところを見た気がする。

 いつも地下室にいる彼女が、倉庫の物音を聞けるかは不明ではあるけれど、同居人が異性を連れ込むのがシンプルに不愉快だったのだろう。


 ──でも、それが嫌過ぎたせいかな……ちょっと、推理の方向を間違えてる。


 そこまで確認して、僕はようやく口を開いた。

 ここで香宮に説明をしないと、とんでもない誤解をされてしまいかねない。

 それは困るので、僕は拍手を止めて彼女と相対した。


「……変な推理をさせてすまない、香宮。でも一つ、訂正させてくれないかな」

「何を?」

「僕がデートに行こうとしている、というのは間違いだと伝えたくて……僕は明日、確かにある人に会いに行く。でも、その人は恋人じゃない」

「なら、どんな人なの?」

「殺人犯」


 予想外の答えだったのか、香宮がぎょっとした顔になる。

 それを見ながら、僕はぽつぽつと経緯を説明した。

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