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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period8:同じ場所にいるから

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彼女は朝が弱いから

 ────涼風さんに一気に証言をしてもらうのは流石に辛そうだったので、そこからの話は僕からの質問がメインとなった。

 聞きたいことをこちらで絞り、彼女にはそのことだけを話してもらう。


 僕は最初に、三堂さんの証言やこれまで調べたことをダーッと涼風さんに教えた。

 その後、内容に異議がないかと聞いてみる。


 特に注目したのが、被害者と容疑者の関係。

 これについて、涼風さんはおずおずと肯定の意を示した。


「お二人の関係性については……その、亡くなった先輩には申し訳ないですけど、三堂さんの言う通り良好な関係では無かったと思います。偶に壁の方から、上利先輩が怒鳴るような声が聞こえたこともありますし……確か、『今日は六時に起こすように言ったよね!』なんて言っていました」

「上利先輩が何かにつけて、同室者を怒鳴っていたのは間違いないか……」

「はい。私は最近、割と部屋に引き籠る時間が多かったので……その間に、自然と聞いていたんです。怒るだけではなくて、あげつらうような声も何回か聞こえました」


 相手は先輩なので、心配はしていても介入はできなかったんですけど、と悔いているような発言が続く。

 それを聞きながら、僕は「壁越しに怒声が聞こえるって、よっぽどだな……」と思っていた。

 入学して一ヶ月程度の涼風さんが何回も遭遇したことからすると、かなり頻繁に被害者はそう言うことをしていたらしい。


「それと、佐川先輩が上利先輩の落とし物を探してあげている光景については、私も見たことがあります。三堂さんが見たそれとは、また違う日だとは思いますが」

「つまり、この一ヶ月だけでも落とし物探しを何回もしていた……殺された上利先輩って、そんなに落とし物をする人だったのかな」

「いえ、そうではない気がします。邪推になりますけど……あれもまた、イジメの一種だったのではないでしょうか」


 この推理については、僕もちょっと考えていたことだった。

 人格はともかく、成績は優秀だったという上利先輩。

 彼女が落とし物ばかりするうっかりさんたったと考えるよりも、イジメの一つだったと考える方が自然である。


「要するに、イジメ相手の佐川先輩を苦しめるために、上利先輩がわざと落とし物をしていたんじゃないかってこと?窓から適当な物を落として、佐川先輩に拾ってくるように指示する。時間内に拾ってこないと酷い目に遭わせるぞ、なんて言って……」

「私も、そうじゃないかと思うんです。ちらっと聞いた話なんですけど、佐川先輩は成績が悪かったから、宿題一つでも上利先輩に助けてもらっていたらしくて……同室者の助けがないと、とても三年生にはなれなかったと言ってました。だから佐川先輩は、どんなイジメを受けても逆らえなかったんじゃないでしょうか?」


 有り得そうな流れだな、と頷く。

 アキラの言っていた通り、優等生と落ちこぼれが同室になってしまうと、こういうことも起きてしまうようだ。

 進級を手伝ってもらった恩があるために、佐川先輩は同室者に逆らえず、そのせいで上利先輩はますますつけあがった……なんて経緯があったのだろうか。


「先輩たちの関係について、知っていることはこれくらいで……その後の凶器消失については、よく分かりません。三堂さんが言っていたと思いますけど、私は死体を見つけてすぐに腰を抜かしてしまって、そのままヘロヘロになっていたので……」

「その際に、佐川先輩が何か物を隠したり、誰かに渡したりはしていなかった?もしくは、部屋から不自然に消えた物があったとか」

「いえ……私の見る限りは、そんな様子は無かったと思います。ただ私は、先輩たちの部屋のいつもの内装を知らないので……」


 何かが無くなっていても気が付かなかったかもしれない、ということらしい。

 それは仕方がないだろうな、と思った。

 初見の部屋から何かが消えていることを察知できたなら、それは殆どエスパーの所業である。


「じゃあ、凶器に拘らなくてもいい。他に、事件現場で何か気になったことは?」

「気になったこと……」


 問いかけてみると、涼風さんは迷いを含んだ表情になった。

 自分の証言を、自ら疑っているような顔だった。


 僕が刑事であれば、さっさと証言を得ようと彼女に強く迫ったかもしれない。

 しかし僕は探偵であり、彼女の隣の席の人でもあるので、ただ片腕を抱かれたままじっと待ってみる。

 すると、ポツポツと彼女はそれを話してくれた。


「部屋の中のことではなく、現場に行く前に気になったことなんですけど……その、三堂さんから聞いていますか?毎朝、私が彼女を起こしているってこと」

「ああ、聞いたよ。三堂さんは朝が弱いから、自然とそうなったって」

「はい。私は昔から、アラームも無しに決まった時間に起きるタイプなので……」


 変なところで涼風さんの特技を知る。

 便利な体質だなあと思いながら、説明を聞いた。


「毎日そんな感じなので、私は毎朝、三堂さんよりも数分早く起きているんですが……実はその数分間というのが、丁度隣で佐川先輩たちが起きる時刻みたいなんです。毎日その時刻に、壁からスマホのアラームが聞こえてきますから」

「へえ……まあ、必修授業の開始時刻はどの学年でも一緒なんだから、起床時刻だって一緒になるか。つまり涼風さんは、まず自分が起きて、次に隣の部屋のアラームが響くのを聞いて、その後に三堂さんを起こしているってこと?」

「そうです。壁越しのその音を聞くのが、私の日常だったんです。ただ私、そのアラームが前から少し気になっていて……いつも、ちょっと音が遠い気がしたので」

「遠い?」


 少し意味が通じず、僕は怪訝な顔をしてしまう。

 すると彼女はわたわたと自分のスマホを取り出し、目覚まし時計のアプリを立ち上げる。

 その上で、何故かスマホの充電の仕組みから解説を始めた。


「ええとですね、スマホって基本、充電器に繋がずに寝ちゃうと、朝には充電がなくなっているじゃないですか。触って無くても、自然と減っちゃうから。だから、スマホを充電器に繋いでから寝ることってよくありますよね?」

「まあ、それは多いだろう。僕もそうしてるし」

「ですよね?だから女子寮の部屋って、ベッドの枕を置く位置のすぐ近くに、コンセントがあるんです。そこに充電器を置けば、寝る前に繋ぎやすいし、充電中でもスマホが手に取りやすい。それに、目覚ましのアラームも耳のすぐ近くで聞こえるようになって、効率的ですから」

「設計的に、最初からそうなってるのか」

「はい。だから、先輩たちの部屋からアラームが聞こえてきたのなら……その音は本来、ベッドの頭側に接した壁から聞こえてくるはずですよね?私からすると、すぐ近くの壁から聞こえるというか」


 どの部屋でも設計が同じなのであれば、コンセントの位置も同じであるはず。

 ベッドの方向さえ一致していれば、確かにそういうことになる。


「話からすると……そうは聞こえなかったのか。壁越しに聞こえたアラームは、もっと遠くの位置で鳴っているように聞こえたってこと?」

「はい。位置的には、隣の部屋の玄関あたりから……ちょっと遠くでアラームが鳴った後、先輩が駆け出すような音がして、いつもアラームが消えるんです」


 事件に関係あるかは分かりませんけど、ずっと変だなあと思っていました、と言葉が続く。

 そして、不意に彼女は表情を更に真剣な物とした。


「それで、ここからが本題なんですけど……事件の日、つまり今朝は、このアラームが聞こえなかったと思うんです」

「……聞こえなかった?壁越しでもしっかり聞こえるくらい、大音量のアラームなのに?」

「はい。今日は起きる時間が違うのかなって思いながら三堂さんを起こしたら、直後に死体発見の悲鳴が聞こえて……殺人が起きたからアラームを止めたのかとも思ったんですが、玄関付近にはスマホは置いていませんでした……それで何だか、おかしいなって。我ながらあやふやな証言ですが」


 苦笑する涼風さんの前で、僕は口元に手を当てる。

 自分の脳が忙しなく活動しているのが、はっきりと分かった。


 ──要するに、事件現場では目覚ましのアラームがいつもベッドではなく、玄関の方から聞こえていた。それが今日は聞こえず、玄関には何もなかった……だったら。


 ポンッと、弾けるように。

 僕の脳裏に一つの推理が生まれる。

 それに引きずられるように、僕は最後の質問をした。


「涼風さん……一つ、聞いていい?」

「はい、何です?」

「さっき、使いやすいように女子寮のベッドの頭側にはコンセントがあるって聞いたけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ええ、ありますよ?他の家電を使うためのコンセントが設置されています。私たちの部屋がそうですし、佐川先輩たちの部屋も多分そうだと思います」


 それを聞いた瞬間、僕は涼風さんに抱きしめられている腕を動かして、ぐっと拳を握った。

 解けた、と思ったのだ。

 凶器消失の手法は分からないけれど、少なくとも何が凶器かは特定できた────殺人事件の一部とは言え、これは「日常の謎」の延長にある話だったらしい。


 自分の胸元で握り拳が作られた様子を見て、涼風さんは面食らったように硬直する。

 しかし僕の表情を見て、彼女も何か察するところがあったらしい。

 すぐに顔を引き締めた彼女は、「何か、事件について分かりましたか?」とおずおずと尋ねてくる。


 それを見て、僕はするりと腕を動かして、彼女の胸元から抜け出した。

 微かに寂しそうな顔をする涼風さんに、もう大丈夫だと告げておく。

 ここからは彼女の証言を聞く時間ではなく、僕の推理の時間なのだから。






「さて────」






「……まず、君が気にしていた『何故か目覚まし時計のアラームが玄関の方から聞こえてくる』という謎を解いてみよう。これが分かると、自然と凶器のことが分かってくるから」


 内心で何度も自分の推理を確かめてから、涼風さんに推理を述べる。

 何か推理ミスがあれば、彼女がきっと指摘してくれるだろう。

 推理をより洗練することも期待して、僕はこの「日常の謎」を解き始めた。


「と言っても、そんなに複雑な話じゃない。玄関の方からアラームが聞こえた以上、単純に先輩たちは玄関の方にスマホとかを置いていたんだろう。そう考えるしかない」

「普通に考えたらそうなります……でも、何のためにそんなことをしてたんですか?」

「これまた、単純な理由だよ。想像だけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()


 スマホを目覚まし時計代わりにする現代人においては、結構あることだと思うのだが────目覚ましを設定したところで、二度寝を完全に防ぐのは案外難しい。

 なまじ寝ている自分の近くにスマホがあるせいで、無意識にアラームを解除してしまうことがあるからだ。

 僕自身、今朝はアキラに起こされるまでそれをやってしまい、寝坊しかけている。


 これを防ぐためにスヌーズ機能なんてものがあるのだけど、眠りが深い人だとこれでも安心ができないだろう。

 スヌーズで五分おきにアラームが鳴ったところで、五分おきに無意識に解除してしまえば同じことだ。

 確実に素早く起床したいのなら、何らかの形で、アラーム解除をもっと手間がかかる方法に変えた方が良い。


 そこで登場するのが、「スマホをベッドよりもかなり遠くに設置する」という手段である。

 アラームの音量を最大にしておけば、多少距離が遠くても、音が聴こえなくなることはないだろう。

 スマホの位置が遠いため、アラームを消すためには絶対にベッドから出なくてはならず、そうやって歩く過程で自然と目が覚めて行く、という段取りだ。


「普通なら、目覚ましのためだけにそこまでする人は少ないだろう。でも、佐川先輩はこのやり方で素早く起きようとしていたんだと思う。だって彼女は、上利先輩を起こさないといけない立場だったんだから」

「あっ、確かにそうですね。私が聞いたお説教だと、上利先輩は彼女に対して『決まった時間に起こしてくれなかった』と叱っていました……逆に言えば、普段は毎朝起こしてもらっていた?」

「そうだ。君たちの部屋でも、三堂さんは君に毎朝起こしてもらっていたみたいだけど、同じようなことが先輩たちの部屋でも行われていたんだと思う。想像だけど、上利先輩は相当朝に弱いタイプだったんじゃないかな。放っておくと、目覚ましのアラームを何個セットしても二度寝してしまうくらいの」


 だからこそ、佐川先輩は代わりに絶対に早起きをする必要があった。

 三堂さんや涼風さんの話が正しければ、彼女は部屋内での立場が弱く、逆らえない様子だったらしい。

 そんな相手から「朝は確実に起こせ」と言われたなら、何としても遂行しなければならなかった。


 そのために、敢えて玄関先にスマホを置いて、自分まで二度寝したり無意識にアラームを消したりしないようにしたのだろう。

 常に玄関先から目覚ましアラームが聞こえてきたのはそのせいだ。


 それだけアラームの音が大きければ、佐川先輩だけでなく、上利先輩も自然と一緒に起きそうな物だけど……それでも起きないくらい、上利先輩は朝寝坊しがちな人だったのだろうか。

 この手法を使っても尚、ちゃんと起こさなかったと叱られていたことからすると、二人して朝に弱かった可能性もある。

 同室者に怒鳴られながら、佐川先輩も最近まで試行錯誤をしていたのかもしれない。


「まあとにかく、佐川先輩は確実に同室者を起こすためにも、夜には玄関先にスマホを置く習慣があった。そうなると、スマホ以外に必要な物が出てくる。さっき君が言ったように、スマホは放置すると充電がなくなりやすいから」

「つまり……佐川先輩は()()()()()()()()()()()()()()()、ということですか?玄関付近にはコンセントがありますから、繋ぐことはできます。そこにスマホを繋いでから、毎晩寝ていた……?」

「そうだ。そして、ここから君の証言が重要になる。涼風さんは今朝、死体を発見してすぐ、玄関近くでへたり込んでしまった。しかもその時、玄関付近には何も変わった物はなかったんだろう?」


 この「何も変わった物はなかった」という事実が、既におかしいのだ。

 僕たちの推理が正しいのなら、そこには充電器に繋がれたスマートフォンが置かれていないとおかしい。

 だって佐川先輩は、起きてすぐに死体を発見して、即座に悲鳴をあげたと言っているのだから……充電器を片付ける暇なんて、あったはずがない。


 詰まるところあの現場からは、充電器が一つ消えてしまっているのだ。

 あるはずの物がなくなっている。

 だから凶器消失の理屈はともかく、凶器の実像そのものは────。


「今回の凶器は、充電器のコードだろう。佐川先輩はあの部屋に、充電器を二個置いていた。ベッドの傍で普通に使う物と、寝る前にのみ使うアラーム用の物。その中の一つが、凶器として使われたんだろう。充電器が二個あったと知らない警察は、ベッドの傍に充電器が一個残っていて、しかもそれに血痕が無かったから、充電器のコードは凶器ではないし、不自然に消えた物もないと判断した……こんなところじゃないかな?」


 推論に推論を重ねているので、これは大して説得力のある推理でもない。

 一応は容疑者候補である涼風さんの話を、少々信じすぎた推理だ。

 しかし僕としては、これが真実であるように思えた。

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