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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period2:アナタの見る夢は?
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お屋敷から鳥籠へ

 探偵狂時代が産んだ社会問題は非常に多い。

 警察の質の低下、探偵事務所の増加、特殊詐欺の多様化、警備会社の需要増大、検挙率低下、再犯率増大、歴史的な円安、物価上昇、人材の海外流出などなど。

 そんな問題の一つに、「引きこもりの増加」が挙げられる。


 一見すると、探偵狂時代による治安悪化と関係なさそうな問題。

 しかし実のところ、この二つは物凄くシンプルな線で繋がっている。

 単純に治安の悪い外が怖くて、家から出てこなくなる人が増えたのだ。


 子どもが公園で遊ぶと誘拐され、深夜になるとまともな店は次々と閉まり。

 大丈夫だと思って外に出ると、強盗やひったくりに遭う。

 外界でそんなことばかりが起きるようになった日本で、外に出たいと思う方がおかしい。


 非力な老人や様々な理由で無気力に生きる者たちを中心に、引きこもり化が進行したのは当然と言えるだろう。

 家にずっといれば、少なくとも通り魔やテロリストには出会わずに済むのだから。


 加えて、この狂った時代は新種の引きこもりまで生み出した。

 自主的に引きこもるというより、家族の手で家の中に軟禁される人物まで現れるようになったのである。


 発想としては、旧時代にもあったことだろう。

 子ども可愛さのあまり、親が子どもを不用意に外界と関わらせないようにして、あらゆる行動に制限をかけてしまう状態。

 箱入り娘、なんて呼び方もあったのだったか。


 しかし探偵狂時代の箱入り娘────「鳥籠娘」と呼ばれる彼女たちの環境は、旧時代のそれとはレベルが違う。

 明確な児童虐待の域に達して尚、子どもの全てに過干渉して外に関わらせないようにする。

 そんな親たちすら現れるようになってしまったのだ。


 僕は今回の一件を通して、この社会問題の根深さを改めて知ることになる。




「この車、やっぱり揺れるわね。幻葬市の北の方は森が深いから……」

「……はあ」

「あと一時間もすれば着くかしら?」

「……そうですか」


 僕が幻葬市に辿り着いて数時間後。

 終夜のお屋敷で財布にまつわる謎解きをしてから、少し経った頃。

 僕たちはどういう訳か、老運転手の操る高級車に乗って幻葬市の奥地をドライブしていた。


 ──いや……どうしてこんな状況に?


 おかしい。

 僕はついさっきまで、終夜に「一緒に住まないか」なんてことを突然言われて、フリーズしてしまっていたはずなのに。

 一体全体、何故に彼女と一緒に車に乗っているんだろう?


 自分の中の混乱と戦いつつ、僕は改めて状況を整理してみる。

 彼女に同居を勧められた直後のことを思い返したのだ。


 ──彼女の提案に驚いて呆けて……そこで突然、終夜のスマホに連絡が来たんだ。その電話を受けた終夜が、もう時間だとか騒ぎ出して……。


 それからすぐに、この高級車がお屋敷の真ん前に停車して。

 慌てた様子で荷物をまとめた終夜が、車の後部座席に飛び込んで。

 彼女が僕の手を掴んでいたために、流れで同乗してしまったのである。


 一連の行動が余りにもスムーズだったために、僕は事情を聞くことすらできなかった。

 そのせいか、向こうも事情を説明しないまま時間が経過。

 当たり前のように、僕は車の進むままに幻葬市北部の奥地に向かおうとしていた。


 ──学生寮の門限も過ぎちゃったし……どうしようか、これ。


 ここまで来て、ようやく僕は現実を現実として認識し始める。

 終夜の提案によるフリーズがずっと残っていたのだが、それもようやく解けてきたようだった。

 恐る恐る、僕は終夜に状況を尋ねる。


「あのー……終夜さん」

「ん、何?」

「このお車って、どこに向かっているんでしょうか?そもそも、今日の終夜さんはどういうご予定だったんでしょうか……?」


 尋ねてみると、終夜は「言ってなかったっけ?」とでも言いたそうな顔をした。

 僕が黙っていたものだから、彼女としては説明したものとばかり思っていたのか。

 だとすれば相当に思い込みが強い性格をしているが、幸いなことに彼女はその是正も早かった。


「この車はね、幻葬市北部に住む羽生(はぶ)家ってところのお屋敷に向かってるの」

「羽生家?」

「そう。知らない?フェザーフーズって会社」

「名前は知ってますけど……」


 フェザーフーズ。

 CMなどでしばしば耳にする企業名だった。

 確か、国内でも大手の食品会社である。


「細かい会社の概要は知りませんが……」

「んー、ざっくり説明すると……この時代特有の新興企業ってとこかしら。あそこは元々、大して大きな会社でも無かったんだけどね。法壊事件の影響で景気が悪化して旧来の企業がバタバタ倒産する中で、メキメキ頭角を現したの。今では、国内トップクラスの食品会社よ。言ってみれば、時代を味方につけた成金って訳。羽生家は、そこの社長の一族って感じ」

「そこの社長さん一家、幻葬市に住んでるんですか?」

「そうよ。今時はテレワークも多いし、社長が幻葬市に引き籠っていても、遠隔で指示を出せば何とかなるんだって。だから社長の家族は前から、こうして幻葬市の山奥に住んでいるわ」


 へー、と企業社長の情報に相槌を打つ。

 治安悪化に伴って在宅勤務が一気に増えたのは事実ではある──通勤中に犯罪に遭う可能性を減らせるからだ──が、大企業の社長が学園都市の山奥に住んでいるとは。

 別に幻葬市は学園関係者だけが住む場所ではないが、それでも少し珍しい話だった。


「ええとそれで、終夜さんはその羽生家に何か用が?」

「用というか……家同士の付き合いね。私の親とその羽生社長って、割と交流があるから。前々から『娘さんを一度お屋敷にご招待したい』ってうるさくて……それで今日の夜、夕食会でもしましょうって親が約束してたの」


 ──つまり、お金持ち同士の交流会か?終夜には最初からその予定があって、この車は羽生家からの迎えってことか。


 あくまで一般家庭で育った僕としては、完全に別世界の話だった。

 娘を一人で他所の金持ちの家に向かわせるなんて変な感じもするけれど、資産家同士ならよくあるのだろうか。

 微妙な反応を返しつつ、僕は残った謎を問いかける。


「でも終夜さん、貴女が羽生家に行く理由は分かりましたけど、僕を連れ込んだ理由は何ですか?どう考えても場違いですよね、僕」

「え、だって……今日から一緒に住むんでしょ、私たち。アンタは倉庫だけど。だったら羽生さんとこにも紹介しておいた方が良いかなーって思って」

「は?……え、いや、いやいやいやいや!」


 当たり前のようにとんでもないことを聞かされて、僕はブルブルと首を横に振りまくる。

 何を言っているのか、この子は。


「そ、それってもう確定事項でしたっけ!?別に返事は……」

「あれ?断ってたっけ?普通に黙ってたから、了承してるのかなあって」

「それは単に驚いていただけで……」

「じゃあ、駄目?家賃、普通に学生寮に住んだ時よりも安いのに……まあどちらにせよ、ここまで来ちゃった以上は夕食会には参加してもらおうと思うけど」


 同意を求めて「ね?」と言いながら、終夜は僕の顔を覗き込んでくる。

 彼女のような美少女にそんなことをされると実に心臓に悪かったが、話している内容はもっと心臓に悪かった。

 どうしてこう、彼女は僕を自分の近くに置こうとするのか。


 ──終夜の弱点である「日常の謎」が専攻の探偵を引き込んで、より探偵として活躍したいって理由は聞いたけど……それにしたって、出会って数時間の男子と同居しようとするか、普通?


 終夜の行動の意図が読めず、僕は内心で首を捻る。

 どう考えてもこれは、探偵狂時代の価値観にはそぐわない無警戒さだった。


 旧時代ですら、家族でもない異性と同居するというのはもっと躊躇われる行為だったことだろう。

 当然今の日本ではそれはもっと危険な行動になっているのに、どうして彼女はをこんな提案をしてくるのか。

 財布を正直に届けて、ちょっとした謎解きを披露しただけで、僕は彼女の信頼を勝ち取ったのか?


 ──それも無理があるよな……何なら彼女、僕を騙そうとしているとか?この車が向かった先で僕を殺す気だとか……。


 あまりにも不可解なことばかり起きるものだから、僕はついにそんなことまで疑う。

 邪推とは分かっていたが、この時代を生きる人間としては当然の警戒でもあった。

 初対面の人間に過剰に親切にされた時、いの一番に犯罪を疑うのは常識である。


 ──いやでも、僕を騙すメリットが無いか。別にお金に困っている様子はなさそうだし、僕を殺したところで終夜が得る物は無い。彼女は前から幻葬市に住んでいる人みたいだから、僕のことを前から恨んでいるとかもなさそうだし……。


 終夜の隣で色々と邪推を続けるが、今一つしっくりこなかった。

 どの側面から考えても、この提案が悪意による物だとは思えない。


 だがそうなると、いよいよ彼女の思考回路が謎だ。

 専攻が「日常の謎」だと大見得を切った僕だが、それでもこんな奇人の思考回路は読めなかった。

 一つ言えるのは、この終夜雫という少女の行動は、旧時代でも探偵狂時代でも突飛な物であるということだけである。


「……あ、そんなことを言っている間に着いたみたい。ほら、見えるでしょ。あっちに、森の洋館って感じの建物が」


 そこで唐突に、終夜は窓越しに前を指さす。

 釣られて顔を上げると、確かに彼女が言った通りの「森の洋館」が見えてきた。

 終夜のお屋敷もそうだったが、今日に限って妙に洋館ばかり見ている気がする。


「また、二階建ての洋館ですか……流行っているんですか?幻葬市ではああいうのが」

「違うと思うけど。単純に、羽生社長の趣味じゃない?」


 そう言うのが好きな人らしいから、と言いながら終夜は荷物をまとめ始める。

 その隣で僕は、臙脂色の外壁とそこに絡まる蔦を────車窓に映る羽生邸の有様を見つめていた。




「いやあ、雫さん。大変お待たせしましたね。改めまして、フェザーフーズ社長の羽生辰徳(はぶたつのり)と申します……いやはや、ようこそお越しくださいました」


 森の中に孤立する洋館の敷地内に入ると、すぐさまスーツ姿の男性が車に駆け寄ってきた。

 中肉中背、特に目立ったところのない五十代くらいの男性だ。


 僕たちのような子どもに対する出迎えだと言うのに、妙にへりくだった態度が印象的だった。

 そのせいで威厳がないように見えてしまうが、彼こそが社長さんらしい。


「お久しぶりですね、羽生社長。再三のご招待に今までご応えできず、本当に申し訳ありません」

「いえいえ、私どもが勝手にアプローチしただけですから……ウチの社員が雫さんの中学の卒業式にまで押しかけたそうで、謝るのはこちらですよ」

「大丈夫ですよ、よくあることですから。その分、私服での軽い交流となりましたけど」


 先程までとは打って変わって、終夜は楚々としたお嬢様風の態度で羽生社長と会話をする。

 車を優雅に下りながら社交辞令を交わす様は、なるほど確かにお金持ちの交流だと思わせる雰囲気を放っていた。

 数時間前、彼女が自分の屋敷の正門で走り高跳びめいたことをしていたなんて嘘のように思える。


「ところで……こちらの男性はどなたでしょう?」


 ある程度終夜と話すと、やがて羽生社長は僕のことを訝し気な表情で見つめた。

 終夜への挨拶が終わったことで、必然的にこちらが気になったらしい。


「確かに電話の中で、お連れ様がいるとは仰っていましたが……御親戚の方ですか?雫さんのご両親は海外にいますから、お一人だとばかり思っていたので……」

「ああ、彼は……」


 さも当然のように、終夜はその理由を答えようとする。

 しかし彼女の唇が「我が家で同居しているので」と紡ごうとした瞬間、察した僕は慌てて口を挟んだ。


「すいません、九城空と申します。終夜さんとはその、前から親しくさせていただいていて……今日は僕が無理を言ってついてきてしまったんです」


 お金持ち同士の関係性はよく知らないが、ここで僕が同居してどうのこうのと述べることが不適切であることは分かり切っていた。

 どう考えたって、不要な混乱を招く。


「恥ずかしながら、僕は完全に庶民の出なので……こういったお屋敷に憧れたとでも言いますか。すみません、勝手についてきちゃって」


 終夜が驚いている内に、僕は無理矢理説明をする。

 正直なところ、友達が勝手についてくるなんてかなり怪しいとは思っていたが、上手い理由は思いつかなかった。

 結果、何だか微妙な雰囲気になりながら自己紹介をする羽目になる。


「はあ……まあ、来られた以上は楽しんでいきなさい。部屋は余っているから……」


 明らかに「この男の子は誰なんだ」という顔をしていたが、雰囲気に呑まれたのか。

 羽生社長はそう言って僕の存在を許容してくれた。

 とりあえず、僕の今夜の宿はここらしい。

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