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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period7:勿体ないこと

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後輩風の同級生

 ────晶子さんからの手紙を胸ポケットに抱えつつ、僕は図書館の敷地に入る。

 バス停を横切り、駐車場を踏破して自動ドアまで向かうと、ドアがスライドして中が見えてきた。

 すぐさまエントランスを抜けた僕は、思わず感嘆の声を漏らす。


「おおー……本当に大きいな、ここ」


 見渡す限りの本、本、本。

 天井に届く程の本棚が所せましと並び、棚の中には大判の本がずらりと整列、その隙間を人間がひょこひょこ動き回っている。

 数メートルはある本棚たちに見下ろされると、まるで巨人の国に迷い込んでいるかのようで、僕は不思議な気分になった。


 探偵狂時代になって以降、本屋の類は絶滅危惧種なので──万引き、盗撮、放火の連続で経営が成り立たなくなったのだ──僕はこのような風景を見たことが無かった。

 それこそ、旧時代の映画やドラマの中でのみ見ることのできた、フィクションの光景。

 それが目の前にある物だから、馬鹿みたいに口を開けてしまう。


 ──いやでも、あんまり感動ばかりしてもいられないな。さっさと調査と頼まれた本探しをしないと……。


 数秒経って自分を取り戻した僕は、慌てて足を動かし始める。

 この蔵書量の多さからすると、目当ての本を探すのは結構な手間だろう。

 自分の用事だけでなく、晶子さんの用事も背負っているのだから、さっさと動く必要があった。


 ──と言っても、この大量の本の山を掻き分けるのは無理だろうから……どこかに無いかな、パソコンとか。


 事前に見てきたホームページによれば、利用者のための検索サービスがあったはず。

 それを探して首を回すと、やがて端の方にパソコンが大量に並んでいるのを見つけた。

 どうやらあの場所こそ、この大量の蔵書から目当ての本を見つけ出すための場所らしい。


 パソコンのいくつかは既に使われていたが、幸いにして余りは多い。

 適当なパソコンに駆け寄った僕は、机に置かれたマニュアルを頼りにしばし作業に没頭するのだった。




「んー……疲れた」


 三時間後。

 諸々の調べ物を終えた僕は、休憩所となっている図書館の最上階でグーッと腕を伸ばしていた。

 ずっとパソコンの前にいたせいか、目と肩と腕と背中が凝りに凝っている。


 もっとも、この場合の疲れは肉体のそれだけではなく────。


 ──正直、この三時間が徒労に終わったことの方が辛いな……。


 そんなことを思うと、更にドッと疲れが押し寄せてきた。

 決して、調査初日から大きな成果を期待していた訳ではない。

 しかし、慣れない作業に奮闘した末にさして得られる物が無かったというのは、やはりキツイ物があった。


 ──特に僕の方は、完全に成果ゼロだったからな……この街の新聞、もうちょっと当てになるかと思ったんだけど。


 疲れのせいか、内心でぼやきが湧き出る。

 再確認も兼ねて、僕はすいっと借りてきた新聞のコピーを取り出した。

 十六年前の九月付近、僕が捨てられた日の新聞を。


 ……誕生日探しの第一歩として、僕はまず当時の新聞を検索した。

 この図書館には、幻葬市で流通したほぼ全ての新聞のデータが保管されている。

 十六年前の新聞だって、検索すれば一秒で出してくれるのだ。


 そこで最初に、平正三十年九月四日の新聞を全て見ていった。

 コインロッカーベイビーである僕が発見されたのが、この年の九月三日。

 もしも僕のことが報道されているならば、九月四日の新聞のどこかには載っているはずなのである。


 仮に熱心に報道されていたならば、この後の調査はぐっと楽になってくる。

 記事を書いた人を調べて、より詳しい事情を聞くことができるからだ。

 そこから繋げていけば、僕の真の親を突き止めることだってできるかもしれない。


 しかし僕の期待とは裏腹に、そんな記事は見つからなかった。

 時期をずらせば、捨て子のニュース自体はポツポツあるのだが、少なくとも十六年前の九月に発見されたコインロッカーベイビーに関する記述は一行もない。

 これが何を意味するかは、悲しいことにすぐに分かった。


 ──多分、それ以上にヤバイ事件が同時期に沢山起きているから……コインロッカーベイビーのことを全て書く余裕なんて、無かったんだろうな。よくあることではあるんだけど。


 自然、ため息を一つ。

 一応、薄々分かってはいたのだ。

 このご時世だと、コインロッカーに赤ん坊がいたというだけでは、碌に報道されていないかもしれないということは。


 当たり前のことだけど、事件というのは珍しいからこそ報道される。

 動物園でパンダが子どもを産めば全国ニュースだが、その辺で野良猫が子猫を産んだことを報道する新聞など存在しない。

 僕に関しても、それは同じだったのだろう。


 終夜も羽生邸で言っていたように、法壊事件以降、捨て子は物凄い勢いで増えている。

 幻葬市が「外」よりは治安が良いと言っても、子どもを捨てる人間は定期的に出ていることだろう。

 要するにコインロッカーベイビーは頻繁に見つかっていて、それ故に僕のことは一切のニュース性がなく、どの新聞でも無視されたのだ。


 実際、九月四日の新聞に並んでいたのは、幻葬市の探偵たちを煽るような殺人事件のニュースばかりだった。

 ギリギリで助け出された赤ん坊のことなど、誰も気に留めなかったらしい。


 ──それでも、警察はもうちょっと動いても良さそうな物だけどな……まあでも、今の警察だとそれも難しいか。義父さんも僕を捨てた人に関する捜査は、続報を聞いたことが無いとか言ってたし。


 これまた当然のことだが、子どもを捨てるのは犯罪である。

 僕を発見した義父さんは警察にも通報したらしいから、警察は本来、僕の実の親を見つけて逮捕しなければならなかった。

 僕を捨てた時点で、彼らは犯罪者なのだから。


 しかし生憎と、そんな動きは一切なかったらしい。

 義父さんも記憶していないし、新聞にも続報など一切載っていない。


 恐らく、「赤ん坊は死ぬ前に助けられたんだし、ちゃんと引き取られたんだから、もう良いじゃないか」みたいなことを言って、すぐに捜査を打ち切ったのだろう。

 旧時代ならともかく、今の警察はそういう判断をよく行う。


 何にせよ、こういう事情で僕の成果はゼロだった。

 一応、十六年前の新聞を幾つかコピーして借りてきたけど、当時の社会情勢を振り返るくらいの意味しかないだろう。

 折角の第一歩だったのに、切ない結果に終わってしまった。


 ──というかこれ、今更ながらちょっとくるものがあるな……僕みたいな捨て子には誰も興味がないってこと、改めて分かった感じがする。


 落ち込むままにそんなことを考えていると、次第に目の前がぼんやりとしてくる。

 確かに前を見ているのに、視界の全てのピントがずれていく感覚。

 肉体の全てが五感を持たない砂袋に変化して、ただ意識だけが遠のいていく実感。




 このようなふざけた悪夢から目を覚まして、真の現実たるあのコインロッカーに赤子の魂が還っていくような────。




「……っ!や、止め止め。よそう、こういう考えは。不毛過ぎる」


 意識があらぬ方向に飛びそうだったので、僕は慌てて頭を振る。

 こんなところで、中学時代のように現実感を消失させている場合ではないのだ。

 時間は有意義に使わなければならない。


「で、僕の方は終わりとして、晶子さんの頼みは……真逆の結果だったなあ」


 自分の調査についての思考を打ち切った僕は、晶子さんの依頼を思い出して、小声でぼやく。

 晶子さんに贈る本を選ぶには、まず僕がその本を読む必要がある。

 流石に中身も見ずに購入はできないので、無料で借りられる図書館で試し読みをしたかったのだけど────。


 ──探偵狂時代の社会常識を知りたいのなら、どうしたってこれまでの歴史を振り返るような本を読んでもらう形になるけど……候補があり過ぎる。


 新聞記事をしまい、数百冊の書名が並んだリストを取り出しながら、僕は愚痴を漏らす。

 ここにあるリストは、図書館のパソコンからプリントアウトした物である。

 探偵狂時代、平正、黎和、歴史、総括、振り返り……この辺りの単語を組み合わせて検索すると、それだけの本が出てきたのだ。


 法壊事件からこちら、事件以後の社会情勢について論じる本は数え切れないほど出版された。

 陰謀論全開で書かれた眉唾物の本から、ちゃんとした調査の元で書かれた資料まで色々あるが、何にせよ四十数年の間に出版された本は多岐にわたる。

 いざ常識を知りたい、歴史を学びたいと思っても、どの本から読めばいいのか分からなくなるのが実情である。


 これはある意味、この図書館の蔵書数が膨大であるが故に生じた問題でもある。

 公正さを気にしてか、ここは本の質に関わらず、どんな本でも仕入れをしているらしい。

 そのために、表紙を見るだけで「いやあ、この本はデマを信じ込んだヤバい過激派の本なんじゃ……」と思ってしまう本でも、一応蔵書とされていた。


 検索結果から、そんな危なそうなのはとりあえず弾いたけれど、それでも残ったのがリストの数百冊だ。

 だからこそ、悩んでしまうのである。

 さて、ピンからキリまである中で、どの本を晶子さんに差し入れたらいいのだろうと。


 ──いくら何でも、全部買うことは出来ないし……用意できるのは、精々数冊だろう。そうなると、もしも僕の選んだ本が変な本ばかりだったら、晶子さんはその変な本で仕入れた知識を信じたまま裁判に出ることになる。下手したら、判決に影響が出るかも……。


 言ってみれば、今の晶子さんは刷り込みがなされる前の雛鳥だ。

 しかも「悪夢仲間」ということもあってか、僕の判断力を過剰に信じている節もある。

 そんな彼女からの頼みは意外に責任重大であり、僕は悩みに悩んでいた。


 ──まとめると、この図書館でやりたかったことは両方未達成になっちゃったな。


 僕の誕生日調査に関しては、手がかりが無さ過ぎて推理以前の問題。

 晶子さんに送る本に関しては、候補が多すぎて決めきれない。


 うーん、とわざとらしい声を出しながら上体を反らし、僕は意味もなく天井を見る。

 首が疲れてそれを止めると、自然と周囲の光景が目に入った。

 大量のベンチと自動販売機が並ぶこの休憩スペースは、お昼時が近いからか人が増えていて────。


「あっ、気づいたっすか?」

「うわあ!?」


 ────その瞬間、近くからいきなり声を掛けられて、僕は悲鳴を上げてしまう。

 周囲からは何事かと注視されたけれど、それも気にならない。

 いつの間にか僕の目の前に知らない男子が近づいて来ていて、しかも妙に親し気に話しかけてきたという事実には、それくらいのインパクトがあった。


「だ、誰……?」


 混乱したまま、僕はすぐに質問をした。

 目の前にいたのは、僕と同年代の男子だったけれど、生憎と見かけた記憶がない風貌をしている。

 失礼ながら軽薄そうなその顔も、脱色して色の分からない髪も、パンクな格好に包んだ痩せた体格も、どれ一つとして覚えがなかった。


「あ、自己紹介してなかったっすね。すいません、兄貴。自分、坂東彰(ばんどうあきら)っていうもんっす。まあ、気安くアキラって呼んでください」

「あ、兄貴?それに、気安くって……ええと、前に会ったことある人?」

「いや、初対面っす。学校でこっちから一方的に見たことはあるっすけど」


 ──学校で見たってことは、幻葬高校の学生か。でも、直に話したのはこれが初めて……それでよく、こんなにフランクに話せるな。


 呆れるやら驚くやらで、僕はまともな反応ができなかった。

 それでも情報を集めたくて、何とか質問を続ける。


「ええと、アキラ君は……」

「だから、アキラで良いっすよ」

「じゃあ、アキラは……一年生?」

「はいっす。九城の兄貴とはクラスは違うっすけど、同期っすね。だから前から兄貴の顔を見たことはあって、それでこの図書館に来た時に、『あ、兄貴だ!』となって思わず話しかけたっていうか。一応、前からどこかで話そうとは思っていたんで」

「はあ……」


 今一つ要領を得ないながら、頷きを返す。

 どうやらこのアキラという少年は、前々から僕に注目していたらしい。

 その相手とバッタリ出くわしたので、いても立ってもいられずに話しかけてきたという流れか。


「でも、ゴメン。僕はアキラのことを全然知らないんだけど……ええと、何かそんな、話しかけないといけない理由があった?」


 そこが未だに解けず、率直に聞いてみる。

 幻葬高校には、終夜や香宮を筆頭に変な学生も多いから、こういうチャラい感じの学生がいること自体は不思議ではない。

 しかし、そんな彼がわざわざ僕に注目して、休日にこうして話しかけていることは十二分に不思議だった。


 一体全体、どんな理由があるというのか。

 こちらを兄貴と呼ぶ様子を見ると、一方的に慕っているようだけれど、それは何故なのか。

 その辺りが聞きたいと告げると、アキラは「良いっすよ」と快諾した。

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