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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period6:二つに一つ

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三月か四月か

「嶋野は、留年を回避するために去年の時点で色んなことをしていた。英語資料室の鍵を複製して、素早く授業準備を手伝っていたのもその一つ」


「合鍵を生徒が勝手に作るのは大問題だし、そうやって授業準備を手伝ったところで、留年を回避できるほど印象が良くなるかは分からないけど……なりふり構っていられなかったのでしょう。特に重視されていない英語資料室の鍵を複製したところで、問題は少ないと踏んでいた」


「しかし残念なことに、努力の甲斐なく留年は決定。彼はもう一度、一年生をすることになった。それによって優月先生を逆恨みして、周囲にも殺意や愚痴を零してもいた」


「恐らく殺人計画を練るのは、この時点から始まっていたんだと思う。どのくらい本気だったのかは分からないけれど……」


「何にせよ四月が来ても、彼の殺意は薄まらなかった。そしてナイフを片手に、優月先生のことを調べるようになった」


「彼女が今年度は英語を担当するようになったことや、英語資料室によくいるようになったことは、その過程で知ったのでしょう。彼だって一応は一年生なのだから、この程度のことは人に聞けば分かるもの」


「そして、今日……彼はナイフを持参して、英語資料室に向かった。腹痛でトイレに向かったと言うのは、当然彼の嘘」


「この直前に警備員の相良が近くを巡回しているけれど、これは事件に関係ないわ。多分こちらは、いつものように職権乱用で優月先生を追いかけまわしていただけだったんでしょう。だけど優月先生は会ってくれず、最終的には彼の方が諦めたとか、そんな感じじゃないかしら?」


「でも、その後に来た嶋野は違う。彼は多分、普通に英語資料室をノックをして……優月先生も、彼に対しては鍵を開けて応対したのではないかしら。教師として」


「留年のことで彼が嘆願に来るのは、昨年度まではよくあったことだそうだし。その謝罪がしたいとか言えば、会うのを拒みはしないと思う」


「だけど、それが隙になった。タイミングを見計らって、嶋野はナイフを片手に先生に襲い掛かり、恐らくは背後から腕を回り込ませて、彼女を刺し殺した」


「その後は死体を床に投げ捨てて、すぐさま部屋の鍵を閉めた」


「彼は昨年度の経緯から、英語資料室の三つの鍵の内、一番古い物……前々から使われていた鍵の合鍵を持っていた。だから三つの内一つだけは、彼でも鍵を掛けることはできる。散々言ったけど、三つの鍵の全てを閉めなくても、一つでも閉めれば扉は開かなくなるんだから」


「扉を閉めたのは、さっき言ったように死体の発見を遅らせるため。鍵が閉まっていて明かりもなくて、人の気配がない部屋なんて、普通は無人だと思って無視されるもの。鍵さえ閉めてしまえば、不審がられる危険は減ると思っていた」


「彼の合鍵は自分で勝手に作った物で、他に彼がそこの鍵を持っていると知る人はいない。だからこそ、事件発覚後も『現場に鍵を閉めることができた存在』としては認識されないと踏んでいた」


「今の警察なら、この程度の細工でも騙せるだろう。二、三日経ってしまえば監視カメラのメモリも消えるから、そもそも容疑者の選定ができなくなる……」


「監視カメラのメモリの話は割と有名で、入学して間もない私でも知ることができた内容。留年生の彼なら、どこかで知るチャンスがあったと思う」


「それと、夏場なら死体の腐臭ですぐに気が付かれる可能性が高いけど、今は春だから。元々あの区画を訪れる人が少ないことも考えると、彼の想定通りに月曜日まで死体が発見されない可能性はあった」


「だから、残った凶器と返り血さえ処理してしまえば、自分を逮捕できるだけの証拠は残らないと思ったんでしょう。凶器はポケットナイフか何かだから、トイレに流すとかして隠すのは比較的簡単。返り血に関しても、背後から襲った影響でかなり少なかったと思う」


「そう言う訳で、現場に鍵を閉めた後は、トイレに籠って後処理に専念していたのではないかしら。ナイフを流したり、返り血を洗ったり」


「……でも、ここで計算外のことが起こるわ」


「これは言うまでも無く、涼風さんの来訪。これが予想外だった。嶋野の想定では、この後は誰も英語資料室に訪れないはずだったから。元々、大して人の来ない部屋だもの」


「だけれど運悪く、涼風さんがやってきた。しかもスペアキーまで取ってきて、何かガチャガチャやっている。多分、その鍵を動かす音で彼女の来訪に気が付いたのだと思うけど……」


「恐らくは彼は、スペアキーを使っても涼風さんが室内に入れない理由について、見当がつかなったと思う。三つの鍵があんな構造になっているなんて、最初から知らなかったんじゃないかしら」


「実際は、彼が一つだけ鍵を閉めて『開―閉―開』にしたことで起きた、防犯方法の暴発なんだけど……そんなこと、分かるはずもない」


「だから正直、彼としても状況はよく分かっていなかった。確かなのは、英語資料室のすぐ傍に人が来ていて、しかも中に入れないと言って騒いでいること」


「こんな騒ぎになった以上、遅かれ早かれ、警備員が駆けつけて死体が見つかる可能性は高い。そして死体が発見されたら、周辺の監視カメラの映像が漁られることは確実。このまま自分がトイレから出て逃げてしまうと、現場から離れる自分の姿がバッチリ映ってしまう」


「それを察した彼は、下手な小芝居をしたのよ」


「トイレから出て、わざわざ涼風さんに声をかけて、嵌め殺しの窓から死体を発見。警備員に呼び掛けて斧で扉を破壊し、第一発見者まで務めた」


「その方が、誰にも言わずに現場を離れるよりはマシだろうと思ったのでしょう。『わざわざ現場を密室状態にした犯人が、自らその密室を破るなんて意味が分からないだろう。自分が犯人ならそんなことはしないはずだ』なんて言い訳ができる」


「まあ勿論、そこまで上手いことはいかなかったのだろうけど……」




 語り終わったところで、終夜はため息を一つ。

 推理そのものに疲れたような、或いは犯人に呆れ疲れたような仕草だった。

 そんな彼女を気にかけつつ、僕は質問をしてみる。


「この推理が正しいとすると……スペアキーを使っても鍵が開かないという例の現象は、寧ろ犯人の足を引っ張っていたんだね。あれが起きたせいで涼風さんが不安がって、死体発見を早めてしまったところすらあるし」

「そうね。あれに関しては、当事者全員にとって想定外のことよ。本来ならこの事件は、教師を刺した犯人が、手持ちの鍵を流用して死体を見つかりにくくしたというだけの事件。色々な偶然があって、謎が増えただけで」


 まあそうなるな、と僕は頷く。

 パニックに陥った涼風さんと同様に、実は犯人もパニック状態だったのかもしれない。

 後に慌てて駆け付けた相良警備員も含めて、全員が状況をよく分かっていなかった。


 嶋野が「死体の第一発見者を自ら演じる」なんて変なことをしたのも、そのせいなのだろうか。

 もしも死体の発見を少しでも遅らせたいのであれば、他の方法だってあったはず。

 涼風さん相手に、「どうして鍵が開かないのかは知らないけど、優月先生は用事があると言って帰っていったよ。偶々近くにいたから、自分が伝言を頼まれたんだ。だから涼風さんは、また来週来たらどう?」なんて言って、彼女を追い払うことだってできた。


 こういうやり方をすると。後で死体が発見された際にいよいよ疑われるリスクはある。

 しかし、嘘を吐いたところで物証が増える訳でもない。

 最初に狙っていた通り、物証がなければ警察も探偵もあまり動けないのだ。


 故に本当に罪から逃れたいのであれば、そのくらいの機転は必要だった。

 しかしパニック中の彼には、そんなことは難しかったのか。


「……そうなってくると、犯人が捕まるのは時間の問題ね。現場近くのトイレを漁れば、返り血を拭った痕跡や処分したナイフが出てくる。鍵の構造についても、雫の言う通りに破片を調べれば分かってくるはず。死体発見直後に警察や教師陣が駆けつけたことからすると、細かい証拠は処分できていないでしょうし……この推理が正しいのなら、すぐにでも捕まってもおかしくないわ」

「私もそう思う。ぶっちゃけ、学校の先生たちもこのくらいの推理にはもう辿り着いているんじゃない?だけど証拠の精査に手間取ったか、警察に納得してもらうのに時間がかかったから、まだ犯人確保に至ってないってだけで」


 香宮と終夜がそんな会話をした瞬間────三人のスマートフォンがめいめい電子音を奏でた。

 通常の受信音とは違う、やや硬質な音。

 それが幻葬高校からのメールが届いた音だと察した瞬間、僕たちは全員がメールを開封していた。


「『生徒会執行部よりお知らせ 重要参考人に関する情報提供の呼びかけ』……緊急メールか」


 何となく中身を察しながら、僕はメールを読み進めていく。

 大雑把にまとめると、そこには「添付写真に写っている学生を見つけたら、確保するか学校に連絡して欲しい。ある事件の重要参考人だから、腕に覚えのない生徒は近づかないこと」という内容が書かれていた。

 如何にも幻葬高校らしいメールだが、僕と終夜が注目したのは写真の中身だ。


「嶋野の顔写真だ、これ……」

「ええ、間違いないわ。どうやら学校側も、私たちと同じ推理に辿り着いたようね」

「……こんな指名手配みたいなことを堂々としているあたり、学校としても自信のある推理のようね。教師陣の誰が解いたかは知らないけれど、物証も見つけたと考えていいわ。そうでなければ、生徒相手に晒し上げは流石にしないもの」


 僕、終夜、香宮の順に感想を述べていく。

 そして同時に、僕たちの推理会議に決着がついたことも察せられた。


 優秀な探偵を何人も抱える幻葬高校が結論を出した以上、僕たちがとやかく言う必要は既にない。

 そして、犯人確保は警察や犯人と遭遇した探偵たちの仕事だ。

 死体の発見者の一人とは言え、僕らの役目はもう無いだろう。


 こうして、この事件は終わりを告げた。






「何だか……ちょっとスッキリしない部分も残った気もするね、今回」


 探偵会議が終了となり、片付けを始めた時に、何となく僕はそんなことを呟いた。

 推理後に残った感覚を、そのまま言葉にして。

 既に終わった感を出す終夜とは対照的に、どういう訳か僕はそんな感情を抱いていたのだ。


「仕方がないわよ。学校内で起きた事件だから、教師陣も本気を出したんでしょう。その先を行くのは、まだ一年生の私たちじゃ難しいわ」


 まるで僕を諭すように、終夜が柔らかい口調で声を掛けてくれる。

 どうやら僕の発言を、「自分たちが推理面で他の探偵に先んじられなかったことへの愚痴」と受け取ったらしい。

 事件解決まで関われなかったからこそ、スッキリしないと言っているのだと。


「それとも、アンタが得意な『日常の謎』が無くて、自分の力を出し切れなかったとか思っているの?だとしたら、それも仕方がないわ。今回はその手の謎が少なかったし……三つの鍵の話とかは、『日常の謎』の要素を含んでいたけれど、九城君はまだこの街に来たばかりなんだから。幻葬高校の防犯に詳しくないのは、当然のことよ」

「いや……フォローは有難いけど、そんなことを気にしているんじゃなくて」


 終夜は柄にもなく、僕が推理面であまり活躍しなかったことを庇ってくれる。

 内心ちょっと気にしていたことだったので──今回、あんまり終夜の役に立てなかった気がしたのだ──正直嬉しい言葉だったけど、生憎と的外れな発言だった。

 今、僕が気にしていることを、言葉にするなら……。




 ──殺人の過程自体は、終夜の推理のお陰で分かった。でも……どうして彼は、()()()()()()()()優月先生を殺したんだろう?




 嶋野が犯人だという結論に、異論を述べようとは思わない。

 終夜の推理には納得したし、学校側がこんな対応をしているあたり、彼の容疑は確定的だ。

 細かい部分は実情と異なっているかもしれないが、少なくとも大筋では間違っていないはず。


 ただ、それでも僕には解せない点があった。

 最初に終夜が「一旦棚上げする」と述べた、ホワイダニットである。

 要するに、犯人の動機が気になっていた。


 留年関係でトラブルがあり、そのことで教師を逆恨みしたのは良い。

 こんな時代だ、探偵の卵と言えど、その程度の理由で殺意を抱く人もいるだろう。

 元より、殺人犯の動機なんて外部から見て分かるような物ではない。


 しかし、それにしても────どうして四月になってから殺したのだろう?

 留年が決まった時でも、優月先生に陳情に向かった時でもなく。

 どうして、留年決定から多少の時間が経過した、この時期に殺したのだろうか。


 留年のことで恨みを抱いたというのであれば、普通、殺意が頂点に達するのは留年が決定した時だろう。

 ああ、こんなことになってしまった、それもこれも全てはあの教師のせいだ……。

 そんなことを思って、進級できないことが確定した三月に教師を襲撃しのなら、まだ流れ的に納得しやすい。


 だが今は、四月も半ばを過ぎようとしている時期だ。

 彼は少なくとも、三月の時点では殺人はしなかったのである。

 周囲に物騒なことを言ったり、寮で愚痴を漏らしたりはしていたようだけど、実行には至っていなかった。


 つまり留年決定の瞬間は、何とか耐えたのだ。

 流石に殺さなかった。

 それなのに────既に留年がひっくり返ることもなくなった翌年度の四月になって、思い出したように彼女を殺した。


 どうしてだろう。

 どうして、今なのだろう。

 何故、一ヶ月以上も待ったのだろう。


 一応、計画を練るために一ヶ月待ったとか、即座に殺すと自分が疑われると思って敢えて耐えた、みたいな理由付けはできる。

 この一ヶ月間は、殺人計画を完璧にするための雌伏の時だったのだと。


 ただ彼の場合、これはなさそうな気がしていた。

 何せ今回の犯行、全体的に杜撰である。

 わざわざ学校内で殺していることもそうだが、割と考えなしにやらかしている点も多い。


 例えば彼は殺人の後、涼風さんの来訪というイレギュラー要素が出現したために、下手な演技をすることになった。

 逆に言えば、彼は優月先生を殺すに当たって、「この後の彼女に誰かと会う予定があるかどうか」という基本的な情報すら確認していないのだ。

 それさえ分かっていれば、涼風さんとの会話を終えるのを待ってから殺すことだってできたのに。


 殺意を一ヶ月も途切れさせず、ひたすら殺人計画を練っていた人間が、こんな杜撰なことをするものだろうか?

 一応は幻葬高校に所属する人間が、一ヶ月頑張って、この程度の殺人計画しか立てられなかったのか?


 ……解せない。

 何か、根本的なところを勘違いしている気がする。

 決して「殺人」が専攻では無いながらも、僕はそう思っていた。




「……なあ、終夜」


 食器の片づけをしながら、僕は改めて声をかけようとする。

 終夜に向かって、僕の疑問をぶつけたくて。

 しかしそれに覆いかぶさるように、彼女は「ああ、そうそう」と言った。


「言い忘れていたけど、アンタ、涼風さんのこともちゃんとしておきなさいよ?」

「え?……涼風さん?」

「アンタ、約束したんでしょ?この事件の真相が分かったら、どんな物であっても彼女に伝えるって。まあ、向こうもあのメールで犯人が誰かは大体察してるでしょうけど……それでも、約束を破るのは良くないわ」

「……ちゃんと、彼女には僕の口から真相を伝えろってこと?」

「そうそう。明日にでも連絡をしたら?電話でするにはややこしい話だから、直接会った方が良いとも思う……そう言う意味でも、今日は早く寝たら?」


 片付けは私がやるからと言って、終夜は僕の持っていたティーカップを奪い、スタスタと洗い場まで持っていく。

 まるで、僕をさっさと寝かしつけようとしているかのような様子だった。

 彼女の唐突な態度の変化に、僕は目を白黒させる。


 ……こんな僕たちの姿を、隣で香宮はじっと見ていた。

 終夜と同じように片付けをしながら、温度の無い瞳で見つめてくる。

 やがて彼女はふっと視線を外して、ぼそりと独り言を呟いた。


「……下手な嘘吐きがいたわ」


 彼女はそれだけ言って、終夜を追ってキッチンに向かった。

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