表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period6:二つに一つ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/71

手抜きで手の込んだ防犯

「手始めに、この手法のメリットについて説明するわ。私も詳しくはないけれど、確か旧時代の頃から存在した防犯方法よ」


「鍵を複数用意するというのは、シンプルかつ強力な手法として以前からあったの。泥棒が来たとしても、ピッキングとかの所要時間が長くなって、自然と諦めさせる効果があるから。でもこれって、鍵を持つ側としては面倒くさいわよね。毎回毎回、扉の開け閉めのために三つの鍵を持ち歩かないといけない訳だし」


「これはその辺りの手間を少なくしつつ、より高い防犯効果を狙って考案された手法だったはず」


「実例を出すわね。まず、今回のように三つの鍵が取り付けられた扉があったとしましょう。そして真ん中の鍵のみ『左回りで解錠』、残り二つは『右回りで解錠』とする」


「そして三つの鍵を用意した上で……真ん中の鍵は、基本的に触らないようにするのよ。部屋を立ち去る時は、上下二つの鍵だけを閉めていく」


「要は九城君の推理と同様に、三つの鍵の中でも開けっ放しの物を用意するってこと。この場合は真ん中のみ開けていくから、『閉―開―閉』の順番になるわね」


「もしこの状態の部屋に泥棒がきて、ピッキングを試みたらどうなると思う?」


「泥棒は当然、全ての鍵が閉まっている物だと考える。だから上から同じ方向にこじ開けていく。最初は、一番上を右に回して解錠」


「その次に、真ん中の鍵も右に回して……こちらは自分の手で閉めてしまう。だってこれだけ、右に回すと閉まるようになっているから。来た時点では中心だけ開いていることなんて、外から見て分からないでしょうし。最後の鍵に関しては、普通に右回しで開けられるのでしょうけど」


「つまり回しが逆になっているから、『閉―開―閉』の鍵をピッキングで開けると、『開―閉―開』になってしまうのよ。折角三つのピッキングをしても、『閉』の鍵がある以上、泥棒は室内に入れない」


「しかも回しが逆になった都合上、開けようが閉めようが手ごたえはある。鍵の中身が動く感触はあるから、中々気が付けない」


「普通の泥棒は時間がかかり過ぎると侵入を諦めるから、これだけでも十分な対策になると思う」


「もちろん、普通に鍵の持ち主が帰ってきた時は問題ないわ。真ん中の鍵は最初から弄っていないのだから、鍵を差し込むのは上下の物のみ。『閉―開―閉』が全て『開』になるだけだから」


「こうすれば、泥棒対策になる上に、普段使う鍵が二本で済むでしょう?三つの鍵を一々使い分けるよりも、時間を短縮できる」


「優月先生は、この手法を採用したのではないかしら」


「理由は当然、警備員の相良を信用していなかったから。仮に鍵の数を増やしても、警備員がスペアキーを持ち出せる以上、侵入を防げない恐れがある」


「だから彼女は、そこまでやってでも言い寄ってくる可能性がある相良を、何とかして締め出したかった。スペアキーを持っていても尚、中に入って来れない仕組みが欲しかった」


「でも、だからと言ってスペアキーを警備員室に提出しないとか、そんなことはしなかった。それだと警備会社や幻葬高校に注意を受けるだろうし、流石にあからさま過ぎる」


「表面上は警備会社に開錠方法を普通に教えながらも、実際にスペアキーを使うと決して中には入って来れない……そんな仕組みが欲しかったのではないかしら」


「それで、元の鍵とは逆方向に回す二つの鍵を後付けしたのよ。その上で、警備員には『鍵の数が増えただけで、回す方向は全て一緒です』と言っておく」


「こうしてしまえば、例えスペアキーを持っていても、『三つの鍵は全て同じ方向に回るはず』と思っている警備員は、中には入れないわ。だってスペアキーを使っても、さっきのピッキングの例えと同じことが起きるもの」


「優月先生が二つの鍵を閉めて、残り一つを開けておく。この状態でスペアキーを三つとも同じ方向に回すと、『閉―開―閉』と『開―閉―開』の二つの状態を反復横跳びすることになるわ。常に三つの鍵のどれかは閉まった状態になり、スペアキーをどう使おうが扉は開かない」


「勿論、鍵をがちゃがちゃと色んな方向に回して、総当たりしてしまえばいつかは開けられてしまう。でも、優月先生としてはそれでも良かったのだと思うわ。ある程度時間を稼げれば、その隙に電話して助けを呼ぶとか、反撃の準備をするとか、そういう対策が練られるもの」


「今回、涼風さんの身に起きたことは、この防犯対策の副産物だと思う」


「犯人がどうやって、あの部屋に鍵をかけたかは一旦置いておくけれど……彼女が来た段階で。鍵は閉まっていた。ただしそれは、三つの内のどれかが閉まっているだけだった」


「分かりやすく、鍵をかけたのは真ん中の一つだけとしましょうか。この場合、『開―閉―開』の状態ね。一つだけでも鍵が掛かっているから、扉は開かない。涼風さんはスペアキーを取ってきて、それを三つとも同じ方向に回す」


「すると、これは『閉―開―閉』になる。当然、扉が開くことはないわ。しかも空振りすることなく、三つとも手ごたえはちゃんとある。だから不具合とは思えずに、パニックになって何度も回した」


「結果として、この鍵は『開―閉―開』と『閉―開―閉』を行ったり来たりするばかりで、開くことは無かった……」


「概ね、こんな状態だったのではないかしら」


「一応言っておくと、この推理に証拠はないわ。でも、すぐに確かめられることでもあると思う」


「あの鍵は現場に突入する時に、扉と一緒に斧で滅茶苦茶にされたそうだけど……別に、鍵の構造が木っ端微塵になった訳ではないもの」


「この時代特有の警察の動きの遅さと、事件のドタバタのせいでまだちゃんとやれていないようだけど、その内あの破片は精査されるわ」


「だから回収された破片を繋ぎ合わせていけば、鍵の回しが統一されていないことは、やがて分かるんじゃない?」




 ある程度話し終えたところで終夜は一息つき、僕は小さく拍手をする。

 本人の言う通りに証拠は無いが、涼風さんの証言を合理的に説明できる仮説だった。

 少なくとも、僕は納得できた。


 つまりあの部屋は、優月先生が一工夫していたので、スペアキーを同じ方向に回すだけでは決して開かないようになっていたということだ。

 僕と香宮が紅茶を左右逆にかき混ぜるのを見ただけでこんな推理を思いつくのだがら、終夜の発想力には頭が下がる。


「じゃあ、終夜。こんな変な密室になったのは、あくまで優月先生の防犯策が暴発した結果であって……犯人が狙った結果ではない?」

「そうだと思う。犯人が現場に鍵をかけたのは、密室殺人を目指したからと言うよりは、あくまで死体の発見を遅らせたかっただけじゃない?一応だけど、発見が遅れると犯人にはメリットがあるから」

「メリット?」

「ええ。私もさっき思い出したのだけど……ほら、アンタにも英語資料室に行く時に言ったでしょう?学校の監視カメラのメモリは、二、三日くらいで消してしまうって。そして思い出して、九城君。()()()()()()()


 あっ、と声を出しそうになった。

 そうだ、確かにそれがあった。

 終夜が不思議だと言っていた、犯人が現場に鍵を閉めた理由────そんな簡単なことだったのか。


 今日は金曜日であるため、当然ながら明日からは土日だ。

 土日に入ってしまうと、休日であるため普通の生徒は校舎内には立ち入らない。

 ひょっとすると、誰一人として英語資料室を訪れないまま、月曜日の夕方を迎えるかもしれない。


 つまり現場の鍵を閉めて、死体の発見を遅らせるだけで、自然と二、三日過ぎてしまうのだ。

 そうなると元々のシステム上、現場に一番近い監視カメラの映像も、自動的に消えてしまう可能性がある。

 これが、犯人の狙いだったのだ。


 今回は偶然もあって即座に死体が見つかったが、もしも時間が経ってから死体が見つかっていれば、事件の様相は大きく違っていたはず。

 何せ監視カメラの映像が消えてしまうのだから、容疑者の絞り込みすら困難になっていただろう。

 死体の腐敗もあって、死亡推定時刻の推理からして難航したかもしれない。


 しかし犯人としては、そちらの方が望ましい展開だ。

 死体発見を遅らせ、監視カメラの映像に消えてもらった方が、何かと得なのである。


 勿論、実際にはそこまで都合よく話が進んだとは限らない。

 優月先生と連絡が取れないことに誰かが気づいて、土日に死体を発見された可能性はある。

 事実、涼風さんと優月先生の間に約束があったために、現実には当日中に発見されたのだ。


 しかし犯人としては、発見までが長引く可能性に賭けたかったのだろう。

 だからこそ、鍵を閉めたのではないか。


 ……この推理が正しいとすると、更に二つ、分かることがある。

 一つは、涼風さんが犯人である可能性が減ったこと。


 今回想定される犯人像は、監視カメラの映像を消すために、死体発見を遅らせることを目指した人だ。

 だからスペアキーを自ら取りに行ったり、通りがかった人に扉が開かないことを相談したりした涼風さんが犯人である可能性は低い。

 彼女が犯人なら、そんなことまでして部屋は開けずに、死体を隠したままにするはず────そうしていない時点で、やはり彼女が犯人である説は薄まる。


 そしてもう一つは────。


「この犯人は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうでなければ、こんな判断はしないだろう。例え鍵を閉めても、後から涼風さんがやって来れば、どうしたって英語資料室のことは不審がられるんだから。犯人は涼風さんの予定を知らなかったからこそ、この後は誰も来ないだろうと期待した?」


 涼風さんが犯人とは考えにくい以上、疑わしきは嶋野と相良警備員の二人。

 この中で、涼風さんが呼び出されたことを知らないのは……。


「相良警備員は……知っていたはずだ。優月先生が何らかの用事のために英語資料室で待機していることを、彼は知っていた。先生が鍵を取りに来た時に、自分で渡したくらいだし」

「良い読みよ、九城君。私もそう思うわ。そもそもあそこの鍵は、用途を申告しないと持ち出せないんだもの」

「相良警備員が犯人なら、こんな手法は選ばない。せめて、涼風さんの用事が終わってから殺すはずだ。そうなると消去法で……嶋野が、犯人?」


 確証は無い。

 自白もない。

 この話は所詮、もしもにもしもを重ねた、推理と呼ぶのも烏滸がましい妄想に過ぎない。


 しかしそれでも、現場から離れたこのお屋敷の一室で。

 僕たちはいつの間にか、犯人の正体を見極めてしまっていた。




「ええと、でもそうなると……どうやって鍵を掛けたんだろう?終夜の話からすると、三つの鍵の中で一つだけ閉めていたんだろう?つまりその一つだけ、彼は合鍵か何かを持っていたってことになるけど」


 スペアキーが事前に使用された形跡がない以上、そういう流れになる。

 三つの鍵全ての合鍵を作る必要がない分、犯人側の手間は減ったが、それでも今一つ説明がつかない。

 嶋野が犯人だとして、どのタイミングで合鍵を作ったのか。


「それについては、彼の前歴を考えれば想像はつくわ。言ったでしょ、彼は留年生で、特に昨年度の末期には色んな嘆願をしていた。英語や数学の教師の前では、殆どカバン持ちみたいなこともしてたって」

「あー……授業をしようと思ったら、もう彼が準備を全てやっていたこともあるとかいう、アレ?」

「そこよ、九城君。授業準備が先になされていたということは、どういうことを意味すると思う?」

「どうって……それはまあ、授業で使う資料を、先生すらも知らない内に嶋野が持ち出していたってことに……」


 そこまで口にしたところで、再び閃くことがあった。

 終夜が何を言いたいのか、やっと分かってきたのだ。


 いささか恣意的な推論ではあるが、確かにこれは想像しやすい話だった。

 その想像の内容を、僕よりも先に香宮が口にする。


「……その人、去年の時点で英語資料室の合鍵を勝手に作って、教師相手のポイント稼ぎに利用していたのね。教師も気が付かない内に授業準備をしていたということはつまり、自分で勝手に資料室に入っていたってことだもの」

「そう言えば、去年までは英語資料室の鍵の管理は結構適当だったって言ってたけど……もしかして、それを利用して?」

「正解よ、凪、九城君。合鍵を作ってしまえば、一々警備員室に鍵を取りに行かずとも、資料室の中を漁れる。つまり教師に媚びるための授業準備も、凄く早く行える。そのために、去年の彼は合鍵を作っていたんだと思う……当然この時は、殺人までは考えていなかったのでしょうけど」


 彼の視点で見ると、事件はこうなるわ。

 そう前置きして、また終夜は途切れることなく話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ