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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period6:二つに一つ

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44/71

真正面から捻れた推理を

「……こういう場合、終夜はどこから解いていくんだ?」


 疑問点が出揃ったところで、僕はそんなことを聞いてみる。

 羽生邸の事件では、僕が「日常の謎」を解き、彼女が殺人関連を解くという分業制だったため、彼女の推理手法はよく分からなかった。

 今回の事件を利用しているようで不謹慎ではあったが、できれば終夜の解き方を見ておきたかったのだ。


「そうね……とりあえず、理屈にならない部分はまず除外するわ。例えば三人の動機を比較して、『この人が一番動機が強いから犯人に違いない』とか言っても、それは推理でも何でもないでしょ?」

「まあ、そうだね。ホワイダニットは一旦放置か」

「その通り。だから今回は、密室関連の話を一つずつ解いていくしかないわ。涼風さんの証言も信じて、その真相を探ってみましょう。これが解ければ、犯人も分かるかもしれないし」

「……『かも』って言うのが、不安なところだ」


 よくあることではあったので、僕は苦笑を零す。

 この手の不安は、犯人のトリックを暴く探偵の間ではあるあるネタだ。

 殺人トリックを解いたところで、自動的に犯人が分かるとは限らないのだから。


 もしもこの密室を解明できたとしても、そのトリックが誰にでも使える物であったのなら、犯人の絞り込みには使えない。

 犯人確保だけを目的にするのであれば、トリックの解明は時間の浪費になる可能性だってあるのだ。

 細かいトリックを確認している内に、犯人が海外逃亡でもしてしまう恐れすらあるだろう。


 極論、犯人を捕まえることさえできれば、トリックの正体は取り調べの中で本人の口から聞けば良い。

 だから探偵によっては、トリックの解明にそんなに力を注がない人物もいる。

 最終的に犯人が捕まったら、それで良いじゃん……そう考えられているのだ。


 しかし終夜は、敢えてトリックの解明から挑むようだった。

 ついでに、涼風さんの遭遇した怪現象も込みで考えてみるという。

 何かと強引に真正面からぶつかる、彼女らしい推理法だった。


 ──それでも、今回はそれ以外のとっかかりも無いし……終夜のやり方が一番だろうな。まずは、密室を開けよう。


 僕が納得したところで、香宮が「では、思いついた仮説を言っても良いかしら」と手を挙げた。

 これをもって、推理開始のゴングが鳴る。

 論点となったのは勿論、涼風さんの遭遇した状況を成立させるトリックの正体だ。


「まずは私ね。単純な思いつきなのだけど……本当に、あの部屋の鍵は三つだけだったのかしら?」

「凪、どういうこと?」

「話を聞く限り、優月先生は警備員に付きまとわれて大変だったのでしょう?だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もあるのではないかしら」


 ──あー、なるほど。有り得そうなことを言うなあ、香宮。


 各部屋の改造が教師によって行われていたのであれば、警備会社にスペアキーを届けたり、開錠方法を教えたりするのも、あくまで教師の自主性に委ねられていたことになる。

 つまり、教師陣が警備会社を騙そうと思えば、できなくはない。


 今の時代、警備員だって犯罪に走らないとは限らない。

 現に相良警備員は、職権を乱用して優月先生に言い寄っていた疑惑がある。

 その被害を受けていた優月先生が、警備員にすら隠す形で独自に鍵を追加していた可能性はあるだろう(どうして未だに現場からその四つ目の鍵の痕跡が見つかっていないのか、と言う疑問はあるが)。


「例えば、警備員の目に付かない場所に四つ目の鍵をしかけていて、それを開けない限りは扉が動かないようにするとか……そんな細工が、優月先生の手でなされていたのではないかしら。これなら、表に見えている三つの鍵を開けたところで、四つ目の鍵にロックが掛かったままだから扉は動かない。涼風さんが体験した通り、どれだけ三つのスペアキーを回しても、中に入れない状態になるわ。犯人はこれを利用して、スペアキーで誰かが侵入するのを避けようとしたのではないかしら」

「そうね。鍵の秘匿については、有り得ないでもないわ。でもその場合……犯人のことがより謎になるけれど」


 終夜の突っ込みを聞いて、それもそうかと思う。

 香宮が言う通りに「四つ目の鍵」が原因であるならば、犯人は先生を殺した後、わざわざそれを閉めてから現場を立ち去ったことになってしまう。

 そう考えなければ、「涼風さんが来た時に『四つ目の鍵』が閉まっている」という状況にならない。


 理屈的には有り得なくはないが……かなり変な話だろう、これ。

 警備員にすら隠していたはずの「四つ目の鍵」の存在を、どうして犯人が知っていたのか。

 容疑者の三人はそれぞれ優月先生とトラブルがあり、とてもそんな重要な情報を知らされる立場にないはずなのに。


 優月先生を脅して聞き出した可能性もあるけれど、不意打ちで彼女を殺したらしい犯人に、そんな暇があったかは疑問だ。

 致命傷となった傷以外に大きな傷がなかった彼女が、鍵の場所を聞き出すために、苛烈な尋問や拷問を受けていたとも思えない。

 細かいところを考えていくと、どうしても犯人が「四つ目の鍵」の閉め方を知っていたのはおかしいのだ。


 そこを指摘された香宮は考え込み、自分の紅茶をくるくると右回りにかき混ぜた。

 彼女の推理が詰まったのを察して、今度は僕が口を開く。


「じゃあさ、こう言うのはどう?最初に涼風さんが英語資料室に向かった時、実は三つの鍵の全ては閉まっていなかった、とか。あの部屋の鍵、別に三つの鍵が連動していた訳ではないみたいだし」


 四つ目の鍵なんて物を持ち出さなくても、この怪現象を実現する手法。

 それを考えて、僕は思考をまとめながら仮説を披露する。


「最初に彼女は、扉が閉じられていると確かめた。でもそれは多分、扉の取っ手を掴んで動かしたら抵抗があったから、鍵が閉められていると判断しただけだと思う。この状況だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

「……実は犯人は三つの鍵の中で、一つしか閉めていかなかったってことかしら?あの扉には、見ただけで鍵の開閉を判別するような仕組みはないから、涼風さんにはそれが分からなかった?」

「ああ。そう考えると、状況に合うんじゃないかと思って。例えば三つある鍵の中で、犯人が一番下の鍵だけを閉めたとしよう。この時、並んだ鍵は『開―開―閉』の状態になる。そしてこの時でも、一応、扉は動かなくなるはず。全部の鍵が『開』にならないと動かない仕組みだろうから」

「その上で、彼女がスペアキーを持ってきたと考えるのね?」

「そうだ。涼風さんはこの時、三つとも鍵が掛けられていると思っていたはずだ。だからまず、一番上の鍵穴に鍵を刺した。でもそれは、実は鍵が開いたままだから……手ごたえのある方向に回した結果、自分で鍵を閉めてしまったんじゃないかな」


 仮に鍵が「開―開―閉」の状態になっていたのであれば、一番上の鍵穴を正しく解錠する方向に回したとしても、手ごたえがないはず。

 アナログキーで鍵が掛かっていない時に鍵を開けようとすると、空振りというか、スカッと抵抗なく回ってしまう。

 だから初手で空振りした彼女は、逆だったかと思って、反対方向────鍵を閉める方向に回してしまったのではないか。


 この場合、元々開いていた一番上の鍵は閉まってしまう。

 しかし彼女の手には、確かに鍵を動かしたという感触が残るだろう。

 これを「一番上の鍵が開いた」と勘違いした彼女は、その下の鍵たちも全て、同じ方向に回したのではないか。


「だからスペアキーを使った結果、元々が『開―開―閉』だった鍵は、『閉―閉―閉』になった。上二つの手ごたえを優先して、全て同じ方向に回すと、どうしたってそうなるんだ。一番下の鍵だけは、元から閉まっていたところに、更に閉まる方向に回す形になるけれど」


 これなら、「最初から扉が閉まっていて、スペアキーを使っても開かない」というシチュエーションにはなる。

 どうだろう、と僕は終夜に目で問いかけた。

 すると彼女は真剣な顔で数秒考えこみ、それから首を横に振る。


「鍵が三つのままで、今回の状況を作り出せる点はそれっぽいけど……この場合、その後の状況と繋がらないわ。だって九条君の推理だと、スペアキーを一度使った段階で、鍵は全て『閉』で揃ってしまうでしょう?彼女がもう一度スペアキーを使えば、今度こそ全て開けることができると思うけど」

「……確かに」


 話しながら自分でも薄々気が付いていた矛盾点だったので、反論なく彼女の指摘を受け入れる。

 涼風さんは、パニックになって何度もスペアキーを使って鍵を回した、みたいなことを言っていた。

 僕の推理では、スペアキーを二回使うだけで全ての鍵が「開」となり、普通に入れてしまう……何度回しても開かなかったという状況に、今一つそぐわない。


 もっと言えば、最初の「開―開―閉」だった鍵を「閉―閉―閉」にするのだって、苦しい推理だろう。

 自分で述べた通り、このやり方だと一番下の鍵は空振りとなり、手ごたえがなく終わってしまう。

 そうなると、涼風さんの「常に手ごたえがあった。確かに鍵の中で物が動く感触があった」という証言と矛盾するのだ。


 やっぱり、「日常の謎」専攻がちょっと出しゃばる程度では解けないか。

 そう思って自説を諦めた僕は、力なく紅茶に手を伸ばした。


 この紅茶は、リビングに集まった時、香宮が僕のために淹れてくれたものである。

 話し合いばかりで碌に飲めていなかったが、いい加減喉も渇いたので、休憩がてら口にしたかった。

 砂糖を少しだけ入れてから、僕は適当にティースプーンをくるくると左に回して────。


 ────その瞬間、終夜が僕の手元を凝視していることに気が付いた。


「え……終夜、どうかした?」


 尋常ではない目力をしていたので、怯えた僕は思わず紅茶から手を放す。

 香宮もその雰囲気を察したのか、何故か中腰になっていた。

 しかし僕たちのそんな様子も目に入っていないように、終夜はブツブツと独り言を呟き始める。


「これなら……そうね、簡単過ぎる気がするけれど、教師がやりそうな防犯方法……なら犯人も多分……矛盾はないし、きっと……」


 それから三十秒くらい、彼女は僕の紅茶を凝視したまま独り言を言い続けた。

 何事かと思いながら、僕は香宮と共に固唾を飲んで経緯を見守る。

 そうしていると、やがて終夜の口数は少なくなり……これまた唐突に、バッと顔を上げた。


「九条君、凪……私、真相が分かったわ。鍵のトリックも、犯人の正体も、全部」

「え、もう!?」


 流石に驚いて声を漏らす。

 ついさっき、色んな謎があって解き方が分からないみたいな話をしていたのに。

 それからせいぜい十分程度で、真相を解いてしまったのか。


「いやでも、謙遜でもなんでもなく、そんなに大したトリックでもないわ、これ。九城君と凪の推理も、良いところまでいっていた……というか、殆ど正解になっているくらいだもの。どうして警察が未だに犯人を拘束していないか、不思議になるくらい」

「……そんなに簡単だったの?」


 どこか悔しそうに、香宮が眉を動かした。

 終夜から見て「簡単」である真相が、自力で解けなかったことを悔しく思っているらしい。

 それを察したか、終夜は香宮に少し頭を下げて……それから、いつもの言葉を述べた。




「さて────」




「犯人云々は置いておいて、まずは涼風さんの証言の謎から解くわ。スペアキーを何度も回したのに、どうして扉が動かなかったのか」


 ここを解く前に、一つ思い出して欲しいことがあるの。

 軽く前置きをしてから、終夜は指を動かして、空中に丸を三つ描くような仕草をした。


「さっき言ったけど、あの英語資料室は去年まで、鍵の改造なんてしていなかった。今年になってから、優月先生の手で改造されて、三つの鍵が存在するようになった。そういう話だったでしょう?つまり三つの鍵の内、二つは『後付け』された新品なの」

「そういう話だったね……それで?」

「今までの推理では、何となくこれらの三つの鍵は似たような物として扱ってきたわ。新旧の違いはあれど、どれも似たり寄ったりのアナログキーなんだろうって。でも仮に、優月先生がそこに工夫をしていたらどう?」

「工夫?」

「簡単に言えば……これらの鍵はその実、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことよ」


 各々が終夜の推理を咀嚼するために、そこで僅かな間が空く。

 最初に咀嚼し終わったのは僕だった。


「つまり、こういう推理?例えば昔からあった鍵が、左に回すことで解錠する仕組みになっていたとする。だけど後付けで設置された二つの鍵は、見かけは同じでも回す方向だけは逆になっていて、右に回した時に開くようになっていたかもしれない、と……」

「そうそう。分かっているじゃない、九城君。回す方向の違う鍵を揃えることくらい、優月先生が業者にちょっと頼めば可能でしょう?この時代、防犯のレパートリーは多彩なんだから」

「でも……それに何の意味があるの?鍵が使い辛くなるだけな気がするのだけど」


 今一つ理解しきれない様子で、香宮は口を挟む。

 個人的には、彼女の言いたいこともよく分かった。


 さっきの例に従い、中心の鍵だけが「左回転で解錠」、残り二つが「右回転で解錠」という風になっていたとする。

 この場合、扉を開けようとすると上から「右→左→右」という順番で回さないといけない。


 手間というか、テンポが悪いというか、ただでさえ鍵穴が多い中で更に使いにくくなっている。

 スピーディーに扉の開閉をしたいのであれば、全ての鍵の回す方向は一致させるべきだろう。


 しかし────。


「生憎と、優月先生はそう考えなかったのよ。手間を惜しまず、鍵の回し方を変えたかった。それだけの理由があったから」


 そう告げながら、終夜は一瞬だけ瞳を閉じる。

 次に目を開けるや否や、彼女は勢いよく推理の奔流をぶつけてきた。

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