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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period6:二つに一つ

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鍵がかかり過ぎた密室

<涼風蜜姫の証言>


 私は今日、最後の授業が終わったらすぐに英語資料室に来るように言われていたんです。

 優月先生に、前々から呼び出されていたので。


 呼び出された理由は……ええと、少し言いにくいのですが。

 掲示委員としての仕事について、ちょっと色々ありまして。

 説明を求められていたというか。


 九城さんは知らないかもしれませんけど……実は履修登録の申請期間中に、私は掲示委員にあるまじきことをしてしまったんです。

 申請用紙の提出期限が、急に三日延びたんですけど、それをクラスの皆に伝えていなくて。

 り、理由は聞かないでください、とにかく伝えていなかったんです。


 私がそんなことをしたので、他のクラスでは期限延長が周知されているのに、ウチのクラスだけは周知されていないという状況になっていました。

 ただし学生寮では、他クラスからそのことを教えられた子も多かったので、大した混乱もありませんでしたけど。

 それでも当初の期限日が来た時には、周知されていなかったことが発覚して……優月先生に呼び出されて、お叱りを受けたんです。


 でも私は、諸事情あって適切な説明をしませんでした。

 黙秘を貫いた、というか。

 今思い返しても、優月先生にとんでもない手間をかけてしまったと反省しているんですけど……それでもその、恥ずかしくて言えなくて。


 結局周知に関しては、優月先生が代わりにやってくれたので、そこまで悪影響はなく解決しました。

 履修登録も問題なく終わって、私としてはこれでもう終わりだろう、なんて思っていたんですけど。


 でも、優月先生はこの件を終わらせませんでした。

 私が履修登録に関する情報を周知しなかったこと、そしてその件で呼び出されても、ひたすら黙秘したこと。

 その二つのせいで、何か私は重い事情を抱えているんじゃないか、なんて思ってしまったそうで。


 もしかして、誰かにイジメられているんじゃないか。

 そんな迷惑行為をやるように、イジメ加害者に指示されたんじゃないか。

 こんなことを言って、優月先生は私のことを強く心配するようになりました。


 一応言っておきますけど、これは全て優月先生の杞憂です。

 私があの情報を周知しなかったのは、色々と個人的な事情が原因でして……詳しくは言いませんが、少なくともイジメではありませんでした。

 でも、それを口にしなかったものだから、優月先生に誤解させてしまったんです。


 そのために、履修登録も終わった今日、呼び出されたんです。

 先生は「あの日には話せなかったことも、今なら話せるんじゃないかな?二人きりになれる場所を用意するから、何でも話してみて?」と言いました。

 そのくらい、優月先生は私を気にかけてくれていたんです。


 ……私としても、こうなってしまっては隠し通すのも不可能だと思いました。

 だから呼び出しに応じて、今度こそちゃんと説明しようと決めました。


 優月先生は凄く優しい先生ですから、私が正直に動機を話したとしても、小馬鹿にするようなことはしないだろう。

 それに私が迷惑なことをしたのも確かなのだから、ここでちゃんと叱られておこう、とも思っていました。


 英語資料室が選ばれたのは、優月先生の指定です。

 優月先生は英語の先生ですから、あの部屋は自由に使えます。

 英語資料室を使う先生は他にほぼいないそうなので、二人きりで長話をしても迷惑はかからないとの話でした。


 だからこそ、授業が終わってすぐに英語資料室に向かったんですけど……。

 行ってみて、少し驚きました。

 資料室、閉まっていたんです。


 鍵がかかっていて、ノックもしてみたんですけど、返事が無くて。

 その時点では、人の気配が無いように思えました。


 ただこの時には、流石に殺されているとは考えませんでした。

 単純に、私が早めに来てしまったんだろうと思ったんです。

 事前に優月先生から、「早めに資料室で待っておくつもりだけど、もしかしたら用事で遅れるかもしれない」と聞いていましたから。


 だから、そこで待とうかとも思ったんですけど。

 流石に立ちっぱなしは辛いですし、どれくらい待つかも分かりません。

 ですから、警備員室に行って、英語資料室の鍵を取ってくることにしました。


 元々掲示委員の仕事の都合で、教室の鍵を閉めたり、取ってきたりすることはよくあったので、道に迷うようなことはありません。

 普段通りに鍵置き場に行って、警備員さんから鍵を受け取りました。

 警備員室から鍵を借りる時は、教師ですら用途を言わないといけないので、「英語資料室で先生と待ち合わせをしているんです」とちゃんと言って。


 ただその時、気になることを言われたんです。

 若い警備員さんは、私が用途を言うと不思議そうな顔をして……こんなことを言いました。


「おかしいな、優月先生には英語資料室の鍵をもう渡しているんだけど。今日は担当している授業が少なかったとかで、一時間くらい前に受け取りに来たから」


 つまり優月先生は遅れた訳では無く、一時間も前から英語資料室の鍵を取りに来てくれていたんです。

 だからその時、警備員さんが渡してくれたのはスペアキーでした。


 警備員室には、正規の鍵とスペアキー、その両方が保管されていますから。

 スペアキーは余り使わないからか、変な箱みたいな物から取り出していましたけど。


 思えば、この時点でおかしいと思っても良かったかもしれません。

 だってこうなると、優月先生は英語資料室の鍵を早めに取りに来たのに、そこに行かずにどこかに行ってしまったことになるんですから。

 先生の方から呼び出したことを考えると、これは奇妙な行動です。


 でも、私はここでもそうは考えなくて。

 鍵を受け取った後に用事ができて外出したのかな、と考えてスペアキーを受け取りました。

 全ての鍵を合わせて、()()()


 ……ええ、そうです。

 英語資料室の鍵は、三つあります。

 優月先生の要請もあって、英語資料室の扉には、三つの錠前が用意されていましたから。


 九城さん、これまでに気が付きませんでしたか?

 この高校、実は教室の鍵が統一されていないんです。

 教室ごとに、違うタイプの防犯をしているというか。


 どうしてそうなっているかは、前に優月先生から聞いたんですけど……。

 何でも幻葬高校の教師は、教室や部室などの自分が割り当てられた部屋の防犯について、自分の裁量でカスタムをして良いそうなんです。


 何なら、どの先生も大なり小なりやっているとか。

 だからこそ、教室ごとに違うタイプの鍵が使われている。


 この時代らしい変わった制度ですよね、これ。

 勿論、こんな変な制度が採用されたのは理由があります。


 平たく言えば、幻葬高校内の資料を守るために、色んな対策をしたかったんだそうです。

 単一のシステムだと、破られた時に弱いですから。


 例えば、校内のキーを全て電子ロックにしたとします。

 そうなると、防犯システムを外部から乗っ取られてしまった時、全ての部屋が開け放題になってしまいますよね?

 全ての鍵のシステムが一緒だと、攻略法を一つ見つけた瞬間に、全て突破されてしまう。


 でも、各部屋を教師陣がそれぞれの得意分野でカスタムすればどうでしょう?

 ある部屋はカードキー、ある教室はナンバーキー、ある部室は南京錠……という風に、それぞれバラバラの鍵で守るようにするんです。


 こうすれば、少なくとも一つの鍵で全ての部屋を突破、なんてことは不可能になります。

 クラッキングで南京錠は開けられませんし、ピッキングでは指紋認証を攻略することはできません。

 仮に不法侵入者が現れたとすても、対応に困った犯人がまごまごしている内に捕まえる……その目的で、各部屋は教師が勝手に改造しているとのことでした。


 勿論、改造後は警備会社に鍵の仕組みとスペアキーを届けないと駄目らしいですけど。

 そうじゃないと、本当にその先生しか中に入れなくなっちゃいますから。


 長くなりましたけど、そういう風潮があるために、英語資料室は優月先生が独自に改造していたんです。

 ただし、優月先生はそういう改造がそんなに得意じゃなかったらしくて、シンプルに鍵の数を増やすという対策法でしたけど。

 普通の錠前でも三つもあれば、例え泥棒が来ても、いつもの三倍の時間を消費させることができますから……原始的ですけど、有効な対策だったんです。


 そう言う訳で、私は三つ分の鍵を持って英語資料室にとんぼ返り。

 改めて、鍵を開けて中に入ろうとしました。


 ……不思議なことが起きたのは、ここからです。


 私、確かに三つの鍵を順番に使いました。

 一個ずつ、間違いなく開錠しました。

 それなのに────鍵が開かなかったんです。


 当然、私は面食らいました。

 確かに鍵を開けたはずなのに、扉を引いたらまだ閉まっていたんですから。

 あれ、もしかして鍵を逆に回したのかな、なんて思ってもう一度鍵を回すこともしました。


 でも、どれだけやっても結果は変わりませんでした。

 鍵を右に回しても、左に回しても。

 何故か、扉はずっと開きませんでした。


 鍵が間違っていて、そもそも差し込めなかったとかではありません。

 三つとも、ちゃんと根元まで差し込むことができました。


 何かの不具合で、鍵の回転が検知されなかったとかでもないです。

 一回ずつ、キチンと「ガコン」と扉の中で何かが動く音がしました。

 手ごたえもありましたし、鍵の内部構造が壊れた訳でもないと思います。


 それなのに、何度回しても扉は動いてくれなくて。

 私は何だか、パニックみたいな状態になりました。

 ……そこに、声をかけてくる人がいたんです。


 あの英語資料室、すぐ近くにトイレがあるんですけど。

 そこのトイレから男子生徒が出てきて、私を心配して声をかけてきたんです。

 何でも、少し前からトイレに籠っていたのだけど、外でガチャガチャ音がしていたので気になって見に来たとのことで……「嶋野」という人でした。


 現状に不思議さを感じていた私は、そこで彼に概ねの事情を話しました。

 すると彼は少し考えてから、「内側からつっかい棒か何かをされているんじゃないか?」と言いました。

 なるほど確かに、と思った記憶があります。


 引き戸ですから、内側から扉がスライドできないように細工をすれば、鍵の状態に関わらず封鎖することはできます。

 もしも優月先生が既に室内にいて、その上で中で閉じこもっているのであれば、今のような状態になることは有り得る訳です。

 勿論、自分で呼び出しておきながら、私を締め出す優月先生の行動原理が分からなくなってしまいますけど……。


 そんな可能性を考えたところで、嶋野先輩が「俺が中の様子を見てあげようか?」と言いました。

 お節介焼きな性格なのか、困った私を見ていられなくなったのでしょう。


 ピョンっとジャンプした彼は、扉の上の方をむんずと掴んで、そのまま扉の上に設置されている嵌め殺しの窓──明かりを得るためにか、資料室にはそんな物があるんです──の縁に器用に手をかけました。

 そのまま腕立て伏せみたいに肘を曲げて、ぐっと頭を窓に近づけて。

 中の様子を覗き込みました。


 その直後────彼は悲鳴を上げながら、ドスンと落下しました。

 加えて慌てる私を前に、こう言ったのです。

 暗くてよく見えないのだけど、中で血塗れの人が倒れている、優月先生かもしれないって。


 そこからはもう、大慌てでした。

 私と嶋野先輩は、二人で警備員室に駆け込みました。

 混乱しながらも、警備員に事情を伝えたのです。


 事情を伝えた相手は、先ほど鍵をくれたのと同じ人でした。

 警備員の人としては、正直なところ状況はよく分かっていなかったでしょう。


 それでも、何か起きたということだけは伝わったのか、私たちと一緒に英語資料室に来てくれました。

 いざという時のための、「マスターキー」を二つも持って。


 因みに、このマスターキーというのは俗称です。

 別に、スペアの鍵がもう一つあった訳ではなくて……ええと。

 簡単に言えば、警備員室に常備されている斧を二つ、持って行ったんです。


 先程も言いましたけど、この高校の鍵は教師陣が独自にカスタムしています。

 でもそれだと、いざという時に困っちゃいますよね。

 鍵が壊れた時や、スペアまで含めた鍵を失くしてしまった時、誰もそれを開けられなくなってしまう。


 ですから幻葬高校の警備員は、いざという時、斧で扉を破壊してでも室内に突入することが許されているんです。

 その斧の俗称が、マスターキー。

 元々は、消防士が火災の中で人命救助を行う際、燃える扉を破壊するための斧をそう言ったそうなんですけど。


 このルールのために、警備員室には常に斧があって。

 この時は緊急事態ということで、持ち出しが許可されたんです。


 後のことは、もう想像できると思います。

 相良という名前のその警備員は、嵌め殺しの窓から中を見た上で、ノックしても呼びかけても反応がないことを確認。

 それから、嶋野さんも手伝う形で扉を破壊しました。


 扉をぶち破った後に見えたのが、あの光景です。

 二人の見た通り……優月先生は殺されていた。

 それを見て呆然としているところに、九城さんたちが駆け付けた形になります。


 私が知っていることは、これが全てです。

 優月先生は多分、私が最初にあそこに行った時点で殺されていて……私は結局、期限延長の周知をしなかったことについて、先生に謝ることもできませんでした。

 こんな状況で思い出すことではないのでしょうけど、何故か今は、そのことばかり悔いています……。


 ただ、それにしても不思議なんです。

 あの部屋は鍵がかかっていて。しかもスペアキーでは何故か扉を開くことができなかった。

 嶋野先輩はつっかい棒とか言っていましたけど、扉を破壊した後に見る限り、そんな物はありませんでした。


 しかも、正規の鍵はちゃんと優月先生が持っていました。

 彼女のポケットから三本の鍵がはみ出ていたのを、確かに見ましたから。


 本当に一体どうして、あの扉は開かなかったんでしょう?

 どうやったら、あの部屋に入ることができたんでしょう?

 そして────優月先生を殺した犯人は、どんな手段であの場所を出入りしたんでしょう?

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