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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period6:二つに一つ

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37/71

僕らの先生

「あれ、優月先生、いないな?」


 次の日、金曜日の夕方。

 ちょっとした用事で職員室を訪れた僕は、目当ての人物を探してキョロキョロと首を回していた。

 既に最後の授業が終わってから一時間弱経過しているので、もう帰ってしまったのだろうか。


 ──参ったな、できればさっさと出したかったんだけど、これ。


 内心でぼやきながら、手元の書類を意味なく見つめる。

 すると突然、僕の右肩が後ろからチョンチョン、と突っつかれた。

 何だと思って振り返ると、そこには見知った顔がいる。


「終夜?どうしてここに……」

「どうしてって、委員の仕事よ。ほら、私、自分のクラスの掲示委員になってるから」


 これはちゃんと前に知らせたでしょと言いながら、制服姿の彼女は何故か胸を張る。

 その様子で、僕はこの前の一件を思い出した。

 掲示委員は仕事の一環として、職員室で担任教師から掲示物を貰いにくるのだったか。


「たった今、ポスターを貼り終わった報告をしたところよ。だから帰ろうとしたんだけど、そこでアンタを偶然見つけて……そっちこそどうしたの?」

「え、ああ。これを出そうと思って」


 隠してもどうせバレることなので、僕は普通にその書類を終夜に見せる。

 これの修正をしていたので、こんな時間まで学校に残っていたのだ。

 彼女はしげしげと書類を見つめると、そのまま読み上げた。


「『在学生のアルバイト許可申請書』……え、アンタ、アルバイトするの?」

「ああ、この街に来る前からそのつもりだった。申請書の受付が今週からだったから、まだ出せてなかったんだけど」

「へー……何か、買いたい物でもあるの?それか、送られてきた生活費が少ないとか?」


 かなり不思議そうな様子で、終夜は首を捻る。

 言外に、「あんなに家賃を安くしているのに、それでもお金が足りないのか」と告げていた。


 彼女の視点では、そう思うのが自然だろう。

 しかしここでは、僕は苦笑で返すしかなかった。

 バイトをすること自体はともかく、動機については中々話せない。


 香宮には既に言ってしまったが、僕の生活費は義父さんの善意から出ている物である。

 しかし僕の幻葬高校入学に反対していた彼が、突然仕送りを打ち切る可能性はゼロではない。

 そうなれば安い家賃すら払えなくなりかねないので、万一の時のためにお金を自力で稼いでおく必要があり……だからこそ、バイトの許可を貰いたかったのだ。


「……ほら、お金はあって困る物じゃないからさ。終夜だって、僕がお金に困って、君たちにお金をたかるようなことがあったら嫌だろう?」

「それはそうだけど……」


 納得できない様子で、終夜は難しい顔を続ける。

 しかし、「日常の謎」が専攻ではない彼女では、それ以上の考察はできなかったのだろう。

 やがて諦めたような顔になった終夜は、「優月先生はここにはいないわよ」と話を戻してくれる。


「私、前の休み時間に別の用事でここに来てたんだけど、その時に丁度、優月先生が資料室に行くって言って席を外したのを見たから……今もまだ、そっちにいるんじゃない?」

「資料室って……英語の?そんな部屋、あったっけ?」


 僕の担任である優月先生は、必修授業の英語を担当している人だ。

 去年までは別の授業を担当していたらしいのだが、高校英語の教員免許も持っている人だったので、学校側の都合で今年は英語だけを教えるようになったのだという。

 優しくて穏やかで、僕たちとしては話しやすい相手なのだが、流石に資料室の事情までは知らなかった。


「一応、一般教養の科目ごとに資料室があるのよ、ここ。数学の資料室とか、歴史の資料室とか。だから英語の資料室も当然あるんだけど……九城君、場所分かる?」

「ちょっと知らないな……ええと終夜、もしよければ、そのお……」

「そんなに低姿勢にならなくても、案内くらいするわよ。ほら、こっちこっち」


 僕の腕をむんずと掴むと、そのまま終夜はスタスタと職員室を出て、資料室とやらに向かってくれる。

 彼女としては急いだだけなのだろうが、場所が場所なので結構目立つ動きだった。




「……でも終夜、どうして教室の位置にそんなに詳しいんだ?英語の資料室なんて、そうそう使うことはないだろう?」


 恥ずかしいので腕を離してもらった後、廊下を歩きながら、僕は気になったことを聞く。

 事前に講習があったらしい履修登録はともかく、幻葬高校の内部構造に終夜がこんなに詳しいのは、少し解せなかった。

 いくら前から幻葬市に住んでいたにしても、高校内に入るのは入学してからのはずなのだが。


「何かこう、掲示委員の仕事で行くことがあったとか?」

「違うわよ。これは単に、個人的な調査の結果。私、入学してからずっと、放課後とかを使ってこの建物の中を調べていたもの」

「調べるって、何を?」

「部屋順とか、建物の構造とか……ほら、そうしておかないと何かあった時に不便でしょ?例えば、校内に連続殺人鬼が侵入した時、避難経路を確認しておかないと逃げられないわ」

「ああ……それでか」


 ──凄いな……そこまで事前に調べるのか。


 彼女の用意の良さに感心して、僕はへー、と馬鹿みたいな反応をする。

 実際、これは不必要な行動という訳ではなかった。

 避難経路の確保や消火器の位置の把握、或いはいざという時の武器の入手法などは、この時代では可能な限り把握した方が良い知識たちである。


「でも、幻葬高校内でそこまでするのか?ここは警備員もいるし、人の目もある。そして何より探偵が多い。幻葬市は『外』よりは治安が良いんだから、入学早々そこまでしなくても……」


 感心しつつも、僕はついツッコミも入れる。

 これまた、我ながら間違いではない意見だった。


 僕が入学前に調べた限り、幻葬高校内では重大な事件は殆ど起こっていない。

 これは警備会社の働きもさることながら、やはり探偵たちが沢山いるということが抑止力になっているようだった。

 仮に事件を起こしたところで、現役の探偵である高校職員、或いは探偵の卵である生徒たちによってすぐに証拠を掴まれてしまうのである。


 終夜は以前、「幻葬高校の教師は狙われやすい」と言っていたが、それはあくまで教師が家に帰った後の話だろう。

 幻葬高校に昼間からテロリストがやってきてどうこう────なんて話は、いくら探偵狂時代でも流石にない。

 旧時代の警察署に強盗に入る奴がまずいなかったように、幻葬高校は普通なら狙われない場所なのである。


「まあ確かに、我ながらちょっとオーバーではあるかもしれないわね。例えばああいう監視カメラには、意味無く校内を歩きまわる私が映ってしまっているでしょうし……下手すると、私の方が不審者として教師に呼び出される可能性もあったわ」


 冗談めかして言いながら、彼女は天井近くに取り付けられている監視カメラを不意に指さす。

 まるで彼女の動きに合わせたように、廊下を見張るカメラはウィーン、と首を回した。

 それを見ながら、何となく雑談を続ける。


「……前からちょっと気になっていたけど、幻葬高校内って監視カメラが意外と少ないな。見張られながら学生生活を送るのは確かにアレだけど、重要施設なんだからもう少しあっても……」

「ああ、それは色々事情があるのよ。幻葬高校を建てる際に、生徒のプライバシーの配慮と監視カメラによる安全性の確保のバランスで、役所や教育委員会が揉めたらしくて……双方が妥協した結果、中途半端な数になったというか」

「へえ……だったら、終夜の行動も重要だ。カメラの死角が多いなら、自分の目で場所を把握する必要はあるだろうし」

「まあ、そうね。たださっきアンタが言ったように、幻葬高校内で何かやらかすバカは少ないから、監視カメラはぶっちゃけ適当に運用してるって話もあるけど……映像記録なんて、二、三日くらいでメモリから消すらしいわ」


 警備会社の人間みたいな会話をしながら、何事もなく廊下の角を曲がる。

 ……いや、正確に言おう。

 何事もなく曲がろうと、した。




「い、……イヤアアアァァァァァ!」




 瞬間。

 幻葬高校の校舎の端、資料室ばかりが並ぶそのエリアに、絹を裂くような女性の声が響いた。

 探偵狂時代にしてはのどかだった校内の雰囲気を、一瞬にして塗り替える悲鳴が。


 対応が最も早かったのは終夜だった。

 流石、「殺人」専攻なだけはある。

 真っ先に声が廊下の奥から響いた物であることを察したらしい彼女は、止める間もなく駆け出していく。


「あ、ちょ……」


 遅ればせながら、僕も終夜を追いかける。

 猛烈なまでに嫌な予感がしながらも、廊下を曲がってその奥へ。

 異常に気が付いたのは、その直後だった。


 曲がった先、廊下の突き当たり。

 十数メートル進んだ先にある部屋に、人が集まっている。

 反射的にプレートを見上げると、そこには「英語資料室」と書かれてあった。


 トイレと別の資料室に挟まれて立地するその部屋は、既に普通の教室ではなくなっていた。

 何せ、入口であるはずのスライド式の扉が滅茶苦茶に壊れ、残骸と化して廊下に転がっている。

 まるで、誰かが斧で扉をぶっ壊したかのような有様だった。


 そして扉の残骸を囲むようにして、四人の人間が佇んでいる。

 室内には入らず、廊下から部屋の中を見守っているようだった。


 四人の内、一人は言うまでも無く終夜だ。

 その場で急停止したらしい彼女は、険しい顔で腕を組んでいた。

 更に彼女の両隣には、幻葬高校の制服を着た男子生徒が一人と、警備員が一人立っていた。


 そこまで確認したところで、僕は最後の一人に視線をやる。

 女性生徒らしいその子は、他の三人とは少し距離を取って、廊下の壁に寄りかかっていた。

 そうでもしないと倒れてしまいそうな様子で。


 しかし僕の足音に気が付いたのか、すっとこちらを向いてくる。

 その瞬間、僕はかなりビックリした。

 彼女が知人であることに気づいたからだ。


「す、涼風さん?」

「……九城、さん?」


 僕と同様に、向こうも突然の知り合いの登場に驚いたらしい。

 一瞬だけ呆気にとられたような顔をした彼女は、すぐに表情を歪ませ、泣く寸前のような顔になる。

 そしてよろよろとこちらに歩いた末に、僕に縋りついてきた。


「く、九城さん、あ、あの……あそこ、に、し、し……」


 言葉にならない言葉を零す涼風さんを抱きとめると、彼女は震える手で英語資料室を指さした。

 壊れた扉の奥、残り三人が黙って見守っている風景を。

 正直、それだけで察する物はあった。


 それでも、直に見ない限りは確証が得られない。

 この辺り、まだ高一とは言え、僕も探偵狂時代生まれの人間だった。

 静かに涼風さんを引きはがしてから、僕はゆっくりと英語資料室に近づき、三人の背中越しに中の様子を伺う。


 ──……狭い部屋だな。


 一見してそう思うくらい、小さな部屋だった。

 スペースとしては十畳くらいあるようだが、所せましと本棚が置かれているので、見た感じではかなり狭い印象を受けた。

 雰囲気的には、香宮邸の地下室が近い。


 ここと地下室との違いは、臓器標本の類が一切置かれておらず、代わりに英語の参考書や教科書が大量に並べられていること。

 そして、掃除ロボットのお陰で床が綺麗な地下室とは違って────この部屋の床は、横たわった女性の死体によって汚れていることだった。


「優月……先生」


 間違いない。

 今日の二時間目、ウチのクラスで英語の授業をしてくれた彼女。

 僕や涼風さんのクラスの担任教師。


 その人が、資料室の床に大の字になって転がっていた。

 原因は一目瞭然。

 胸の中心から赤い血の染みが広がっていて、白いスーツを台無しにしている。


 ある程度は服で吸収されたのか、床に流れた血の量は大したことが無かった。

 顔の血色も意外と悪くなく、まるで今すぐにでも起き上がってきそうで。

 もう少し待てば、「なーんちゃって、驚いた?」なんて、いつもの調子で言ってくれそうにすら見える。


 しかし、それが非現実的な夢想だった。

 彼女はもう、僕たちの担任教師ではない。

 部屋のど真ん中で、明らかに何者かに殺された様子の、死体に変わってしまったのだから。


「……っ!」


 猛烈な吐き気に襲われかけて、咄嗟に手で口を抑える。

 現場を吐瀉物で汚すのは不味い、と僕の中の冷静な部分が告げていた。


 いきなり手を動かしたせいか、もう片方の手の力が緩む。

 今の今まで持ちっぱなしだった書類が、手の内から零れた。

 重力に従って落下した書類は、空気抵抗を受けてふわりと浮く。


 ふわふわとしばらく宙を舞ったそれは、やがて扉の残骸を乗り越え、物言わぬ彼女の近くに落下した。

 まるで書類そのものが、彼女の手に収まるのを期待していたかのように。

 優月先生に読んでもらいたがっているように。


 しかしそれは、もう、絶対に不可能なことだった。

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