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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period2:アナタの見る夢は?

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真実の鳥を探して

「今回の事件は、大雑把に分けて二つの段階に分けられます。羽生社長の死を起こすまでに、二つの犯罪が関わっているというか……僕が話すのは、その一段階目です」

「二段階というと……犯人が二つの犯罪を行って、その結果として被害者が死んだということですかな」


 ふむふむ、と言いながら藤間刑事は頷いてくれる。

 しかし、生憎と的外れな発言だった。


「違います、一段階目の犯罪は、殺人犯が行ったものじゃありません。被害者である羽生社長が行っていた、とある犯罪行為のことなんです」

「被害者が……?」

「はい。だって、犯罪でしょう?……()()()()()()って」


 それを告げた瞬間、藤間刑事は虚を衝かれたように黙り込んだ。

 同時に、こちらの真意を試すようにじろりとねめつけてくる。


「羽生社長が、前々から自宅でワインを密造していたというのですかな?それが今回の事件に関わっていると?」

「はい。恐らく以前は、お屋敷に隣接する形で小屋が建てられていたんだと思います。それこそ、晶子さんの部屋の斜め下とかに」

「それはまた……何か証拠でも?」


 流石に信じがたい、とでも言いたげに藤間刑事は首を振る。

 まあ当然の反応と言えた。

 しかしこちらとしても、何の根拠もなしに言い出している訳ではない。


「そうじゃないと、説明がつかない証言があったんです。晶子さんから聞いた話なんですけど……」


 そこで僕は、晶子さんの趣味について話した。

 部屋から出られない分、窓から鳥の餌やりをするのが趣味なのだと。

 確かに本人がそう言っていた。


「実はこれを聞いた時、少し不思議に思ったんです。だって晶子さんの部屋はお屋敷の二階にあって、ベランダもありませんから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずなんです。つまり鳥が集まったとしても、それらは晶子さんから見てかなり下の方に群れることになります。本当に、それらを見るのが楽しかったんでしょうか?」

「確かに二階から見ると、庭の小鳥はえらく遠くに見えるでしょうが……しかしそれは、彼女がそういうのを楽しめる性格だっただけでは?」

「かもしれません。だけどさっき、晶子さんは鳥に餌をやると掌に乗ってくることもあった、それが楽しかったとも言っていました……これって普通、自分のすぐ近くにまで鳥を集めた時の発言ですよね?少なくとも、遥か下の庭に集まった鳥を遠くから眺めている時の発言じゃない」

「だったら……部屋の窓枠に餌を乗せたのでは?或いは自分の手のひらに載せていたとか。それなら、ベランダが無くても鳥が集まるでしょう」

「いえ、あそこの窓枠は細くて、鳥も乗らないとか言ってました。そこに餌を置くのはかなり面倒ですよ。そもそも彼女自身、『窓から餌を落として』と明言していました。あらゆる観点から考えて、『鳥が掌に乗ってくるほどに近寄る』というのは変なんです」


 では、どう考えるべきか。

 どう考えれば、矛盾がなくなるのか。

 突飛ではあるが、一つ解決法がある。


「だからこそ思ったんです。もしかしてつい最近まで、このお屋敷には小屋のようなものが併設されていたんじゃないかって。晶子さんから見て斜め下……晶子さんの部屋の真下の位置に隣接する形で、プレハブ小屋とかが建っていれば、彼女のエピソードも矛盾しなくなります」

「彼女は庭に餌を撒いていたのではなく……隣に建っている小屋の天井に餌を撒いていた、そういうことですかな?」

「そうです。その小屋が本館の一階部分とほぼ同じ高さの建物だった場合、二階の窓から見た時、すぐ傍に小屋の天井が来る形になります。もし晶子さんの足が悪くなかったならば、飛び移ることすらできたでしょう……そういう小屋があったのなら、手に取れる位置に小鳥が来ることだって有り得ます」


 勿論今では、そんな小屋は庭に無い。

 晶子さん自身、鳥に近づけないから餌やりを止めたという節のことを述べていた。

 つい最近まであったはずのその小屋は、何らかの理由で取り壊されたということだ。


「この小屋については、他の使用人からも証言を得ています。何に使われていたかは知らないが、三ヶ月前までは確かにそんなものがあったと……ですからここから先は、少し前までこの家には小屋が併設されていて、しかし現在では何故か取り壊されているということを念頭に置いて聞いてください」

「なるほど……しかし、それでどうなるんです?奇妙と言えば奇妙ですが、家を改築すること自体は不思議でもなんでも……」

「いえ、これは異常事態ですよ。何せ羽生社長は物凄いケチで、改装工事なんかを殆どしない方だったそうですから。晶子さん曰く、彼女のために部屋を改装したのも異例のことだったそうで……その彼女の部屋だって、会話が可能になるほどに壁がネズミにやられていましたけど、補修の工事はされていませんでした」

「ふむ……明らかに壊れた家すら直さない節約家が、何故かその小屋だけは綺麗に消滅させている。そういう工事をさせている、ということですか」

「ええ。つまり羽生社長にとって、その小屋は絶対に消し去らなくてはならない代物だった、ということです」


 ここで思い返されるのが、またしても晶子さんの証言となる。

 彼女は三ヶ月前のとある晩、破裂音を聴いたという。

 何かが吹き飛ぶような、そんな音。


 そして「三ヶ月前」というワードは、彼女の口から何度か出ている。

 一度目は前述の鳥の餌やりについて。


 彼女はその趣味を、三ヶ月くらい前に止めたと言っていた。

 つまり、三ヶ月前に件の小屋が取り壊され、小屋の天井を利用した餌やりができなくなったと解釈できる。


 そしてもう一回、深夜のお喋りの中で。

 彼女はこう言っていた。

 三ヶ月前、使用人が大量に辞めさせられたと。


「まとめると、三ヶ月前に何故か色んなことが同時に起きているんです。唐突に何かが破裂して、小屋は取り壊され、使用人は大量に辞めた……強引な推理ですけど、これを一本の線でつなぎます」

「その線が……ワインの密造だと言うのですかな?」

「はい。実際、有り得ない話ではないでしょう?羽生社長はかなりのケチでしたが、同時に毎晩ワインを飲むのを趣味としていました。できるだけ安く大量のワインを手に入れたい、と考えるのは必然です」


 晶子さんの話では、酒蔵から直接買いたい、屋敷からブドウを収穫したいとも言っていたそうだ。

 確かにそうすれば、輸送料や手数料を削減できるので安く購入できる。


 しかし、技術さえあればもっと安くワインを口にすることは可能だろう。

 ワインを自分で作ってしまえばいいのだ。

 自宅を改造して、自力でブドウを発酵させてワインにするのである。


 初期投資こそかなり高くつくだろうが、上手く行けば大量のワインを自宅で入手できる。

 勿論法律違反だが──探偵狂時代になったからと言って、法律が改変された訳でもない。アルコール度数の高い酒の密造は犯罪である──こんな山奥まで酒の密造を捜査しに来る刑事もそうそういないだろう。

 大規模にやらかさなければ、そんなにはバレないはずだ。


 作成手段自体も、食品会社の社長として活動している羽生社長なら簡単に調べられたことだろう。

 昼間は使用人も来るのだから、手数も足りている。


「完全に妄想ですけど、こんな事情から羽生社長はワインの密造に手を出していたんじゃないでしょうか。晶子さんが見ていた小屋は、その密造場所だった。だからこそケチな割に大量のワインを持っていたし、それを毎晩飲んでもいた。というか、ワインの密造に成功したからこそ毎晩飲むようになったのかもしれません……もっとも、今では止めてしまったようですが」

「それは何故なんです?今まで、フェザーフーズの社長が酒の密造をしているなんて噂は警察でも聞いたことがない。完全に上手く隠蔽していた訳だ。それがどうして中止になったんですかね?」

「簡単です。ちょっと、製造を続けにくい事故が起きたんじゃないでしょうか。例えば……発酵させ過ぎて、樽の蓋が吹っ飛んでいったとか」


 羽生社長も夕食会で少し言っていたが、食べ物を発酵させるというのは大変な行為である。

 つまるところ腐っていくのと同じなので、その過程でガスが発生する。

 袋詰めの食べ物を放置すると、袋がパンパンになってしまうことがあるが、これはそのガスのせいだ。


 特に酒造の場合、その発酵具合を間違うと────ガスが暴発して、樽の蓋を吹っ飛ばすようなことがあるそうなのだ。

 その衝撃は凄まじく、吹っ飛んだ蓋が蔵の天井を貫通してしまうことすらあるという。

 まあこれは、僕も晶子さんとの会話の後にスマホで調べて知ったことなのだけど。


「羽生晶子さんは三ヶ月前の夜更け、何らかの破裂音を聴いています。それこそ、爆弾でも使われたような音を。かなり大きな音だったはずなのに、父親も兄も知らないと言ったそうです。そして同時期、例の小屋は取り壊され、使用人も辞めているんです……怪しいとは思いませんか?」

「要するに……そのワインを密造した小屋で、事故が起きたということですかな?ワインが発酵し過ぎて、ガスが暴発した。それで蔵が壊れてしまって……」

「生産施設が傷つき、またそのような事故が起きる環境を懸念して、羽生社長が密造を諦めたということです。もし何度もそういうことが起これば、最悪死者が出ます。そうなれば流石に隠せませんからね……発覚を恐れた彼は、密造の中止を決定したんです」


 だからこそ、使用人たちが辞めさせられたのだ。

 酒の密造をしないのであれば、その作業に従事させていた人たちを雇用し続ける理由はなくなる。

 そのために一気に解雇した、というのが正確なところだろう。


「密造小屋の崩壊とその始末については、外にいる使用人の人たちも知っています。あの中には何人か、安っぽい小屋の解体の手配をさせられたって人がいましたから……もっとも、今も使用人を続けている人の中には、その小屋が何に使われていたかを知ってる人はいませんでしたけど」

「知っている人間は、既に辞めているからですか……」

「そうです。何にせよ、要点は二つ。羽生社長は前々からワインの密造をしていた。そして、爆発事故を切っ掛けに中止したために現在では密造をしていない。これを覚えておいてください……現時点では僕の妄想でしかありませんけど、警察が頑張れば証拠はつかめると思います。既に辞めた使用人を呼びつけて、事情聴取をするだけなんですし」

「よし、確かにそうですな。娘さんはともかく、息子さんも家族なんだから知っている恐れがある。早速手配を……」

「あ、いえ、その前に殺人の話を聞いてください。前置きが長くなりましたけど、ここからが羽生社長殺害の真相の話……終夜の推理になりますから」


 そう言いながら、僕は隣の終夜に視線を送る。

 彼女ははっきりと、「待ちくたびれた」という顔をしていた。

 しかし一瞬で表情を切り替えると、優雅に一礼してから前に出てくる。


「……では藤間刑事、少し私の話にもお付き合いください。今しがた九城君が話してくれた、このお屋敷におけるワインの密造。それを踏まえると、今回の事件の犯人が見えてきますから」

「と言うと?」

「まず、昨晩の羽生社長が飲んでいたワインです。これは市販品ではなく、密造酒だったと思います。毎晩チビチビ飲んでいたのであれば、三ヶ月経ってもまだ残っていた可能性がありますからね。だからこそ彼の手元にあったお酒は栓が抜かれ、ワインストッパーが使われていたんです……適当な空き瓶を持ち込んで、密造酒を詰めたんでしょう」

「ふむ、その辺りはまた後で調べればすぐに確かめられることですかな。本来の銘柄を買ってきて、羽生社長の部屋に残っていたものと比較すればいいのですから」

「ええ、きっと似ても似つかないワインだと分かると思いますよ……つまり羽生社長は、市販のワインに小麦が混入した結果として死んだのではなく、密造酒に小麦が混入したものを飲んで死んだんです。この事実から、犯人が特定できます」


 ここが大きいんだよな、と僕は一人で考えていた。

 元々僕たちは、犯人がワインに小麦を混入させたのは昨晩のことであり、ずっと前に混入させた訳ではないと考えていた。


 これはワインが開封済みの状態で、近くにコルクも無かったからだ。

 ストッパーまで使われていた以上、開栓はもっと前のことであり、羽生社長は前々からそのボトルの中身を口にしていたはず。

 その時に症状が出なかったのだから、以前から小麦が混入した訳ではないということになっていた。


 しかしあの中身が密造酒で、適当な空き瓶に詰め替えをしていただけとなると話は変わる。

 その場合、最初からコルクなんて無かったことになり、またワインもボトルに満タンの状態ではなかった──密造酒の残り具合に左右されるので──と思われる。

 警察には飲みかけに見えていたが、実は最初から中途半端な量しか入っておらず、羽生社長がそれに口をつけるのは昨晩が初めてだった、ということも有り得るのだ。


 そうなると、以前から小麦が混入していた可能性が息を吹き返す。

 その瓶に今まで触っていなかったから発覚していなかっただけ、という流れも有り得るからだ。


 羽生社長の部屋を昨晩訪れた者がいなかったのも、当然と言えば当然のこと。

 犯行タイミングはもっと前だ。

 それこそ、密造酒を空き瓶に詰め替えた時から、ワインの中身には小麦が混入していたのかもしれない。


「なるほど、分かりましたよ。つまり犯人は、その詰め替えを命じられた使用人ですね!その人物が爆発事故の後も残った密造酒を空き瓶に詰め、その際に小麦粉を主人を殺すために混入させた。それが三ヶ月間発覚しなかったために、こんな奇妙な事件が……」


 ここで、藤間刑事は興奮した様子で自分の推理をまくし立てる。

 密造酒というワードから、彼なりに犯人を推理して見せたらしい。

 しかし、終夜はふるふると首を横に振った。


「いいえ、違うと思います。その使用人は犯人とは考えにくい」

「え、何故です?」

「単純に、小麦を混ぜるだけでは殺傷力が微妙だからです。使用人なら羽生社長が小麦アレルギーであることを知っていた可能性もありますが、だからと言って小麦入りワインを飲んだ際に本当に死ぬかどうかは分からない。もしもはっきりとした殺意を持っていたのなら、こんな不確実な手段を採用する理由が分かりません」

「本気で殺す気なら、ちゃんとした毒を盛ったはずということですか。では……ただの嫌がらせ目的だったとか?体調を崩せばいいとだけ思っていた、とか」

「そちらも不可解です。というのもそのワインが密造酒であることは、羽生社長が誰よりも知っています。ですので仮に体調を崩す程度に終わった場合、生き残った羽生社長は『ワインに何かが混入されたのかもしれない、だとしたら犯人は使用人が怪しい』と真っ先に気が付いてしまうんです。そうなれば、どんな報復を受けるか分からない。要するに、そんなバレやすそうな犯行を行う理由が使用人側にないんです」

「いざバレた時のダメージが大きいってことですかな……しかしそうなると、いよいよ犯人は誰なんです?」


 藤間刑事がそう告げた瞬間、僕は少しだけ目を閉じた。

 きっと、終夜もそうしていたんだと思う。

 その状態のまま、彼女は流れるように結論を述べた。


「恐らくですが……犯人は他の凶器を用意できなかったんです。だからこそ、もっと強力な毒を盛ることは不可能だった。だって、毒を手に入れるためには外に出る必要がありますから」


 その言い方から、さしもの藤間刑事も真相に気が付いたらしい。

 まさか、と呟いた。

 だがその「まさか」を、終夜と僕は確信していた。


「今回の事件の犯人は、羽生晶子さんです。三ヶ月前の爆発事故の際、彼女は天井に穴の空いた小屋に向けて、窓からパンくずを撒いた。その時のワインが今になって飲まれたために、こんな事件が起きたんです」

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