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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period11:ツギハギサポート

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僕は赤毛ではないけれど

 唐突ながら、雑学を少し。

 かつて読んだ名短編について紹介させて欲しい。


 世界が推理小説になったこの時代に、フィクションとしての推理小説の話を語るのも、何だかシュールな気がするけれど……どうしても言いたいのだ。

 かの有名なシャーロックホームズシリーズの一編、「赤毛組合」について。


 この短編は、ホームズたちの住む探偵事務所に赤毛の依頼人が訪ねてくるところから始まる。

 質屋を運営しているこの依頼人が、つい先日とても奇妙な体験をしたと言うのだ。


 少し前に、「とある億万長者が設立した、赤毛の人間のみ所属できる『赤毛組合』に欠員が出た。この団体に所属すれば、簡単な仕事をするだけで大金が手に入る。赤毛の人間は是非応募してきて欲しい」みたいな内容が書かれた新聞広告が掲載された。

 質屋の店員の勧めもあって応募した依頼人は、他の赤毛の人間が次々と落選する中、割とあっさり当選。

 紹介されるままに、「特定日の特定の時間に、百科事典の内容をできるだけ書き写す」という謎のバイトをさせられることになる。


 依頼人は疑問には思ったものの、指示に従っていると本当に高額の報酬が支払われたので、言われるままに百科事典の書写を続けた。

 しかしある日バイトに向かうと、「『赤毛組合』は解散した」と書かれた張り紙だけが残され、報酬を支払ってくれた人間たちは消え去ってしまう。

 要するに、バイト先がもぬけの空になってしまったのだ。


 一体どうして消えてしまったのか、自分がさせられていた作業は何だったのか。

 それが気になった依頼人は、ホームズに相談する。

 かくして依頼を受け入れたホームズは、調査の末に驚愕の真相を告げる────概ね、こんな感じの話だ。


 こうして振り返ると、僕が体験した話と結構似ているのが分かるだろう。

 特に、「報酬が高額なバイトに他の希望者を差し置いて当選して、本に関する軽作業をさせられる」辺りはほぼ同じ展開だ。

 いくら探偵狂時代とは言え、まさかこんなことが自分の身に起きるとは思わなかった。


 しかし、実際に体験したとなればやはり対応しないといけない。

 唇を嚙み締めたまま、僕は香宮邸へと足を進めた。

 最後に地下室に向かうのもまた、あの短編と同じだと思いながら。






「お帰り、九城君。今日はじめっとしてたから、素麺と野菜天に……」


 警備員のチェックを受けてリビングに入ると、食器を並べている終夜が顔を上げた。

 時間が時間なので、夕食の準備をしてくれていたのだろう。

 軽くメニューを告げた彼女だけれど、僕の表情を見て手を止める。


「……香宮、もう帰ってるかな」

「今から呼ぼうとしていたところよ。だから、地下室にいるままだと思うけれど」


 僕の硬い声色に引きずられるように、終夜も真面目に答える。

 そして、身に纏っていたエプロンをすっと外した。


「付いて行っていい?」


 僕が頷くと、彼女は僕の隣に自然と立つ。

 行きましょうと号令をかけたのも、向こうが先だった。

 そうして横並びに地下室の入口まで来てから、僕は鍵が掛かった扉にノックをする。


「……今、溺死体の肺のスケッチが良い感じなの。先に食べていて欲しいのだけれど」


 死法学の研究に精を出していたのか、ちょっと遅れて香宮からの返事があった。

 恐らく、いつも通りに終夜が夕食を一緒に食べるように促していると思ったのだろう。

 学校から帰って早々熱心なことだと思いながら、僕はゆっくりと声を出す。


「僕だよ、香宮……扉を開けて欲しい」


 数秒、沈黙。

 向こうとしても、リアクションに困ったのか。

 或いは、出るに出られなかったのかもしれない。


 ──仕方がない、このまま話そう。こんな風に推理するのも、久しぶりだけど。


 僕がこのお屋敷に来てすぐの頃、地下室から高価な試薬が消えたことで、ちょっとした騒動になったことがある。

 あの時、僕はこの扉の前で推理を語った。

 こんな短いスパンで、同じことを繰り返すなんて────苦々しく思いながら終夜に目配せした僕は、彼女の頷きと同時に推理を語り始めた。




「さて────」




「ついさっき、例の図書館にバイト代の返金に行って来た。ついでに、色んな話を聞いたよ。何故か僕のバイト代は館長が直々に封筒に詰めていたことや、それは今までのバイト募集では有り得ないことだった、なんて話を」

「ふうん。そうなると、昨日の私の推理はやっぱり合ってたのかしら」


 語りかけている相手が物言わぬ扉ではやりにくいと思ったのか、終夜が相槌を打ってくれた。

 彼女としてもここで僕の推理を初めて聞くので、理解を深めたかったのかもしれない。

 自然と、僕は終夜に教えるようにして推理を展開する。


「そうだ。基本的には、終夜の推理は大きく外れてなかったと思う。館長が意図的にこんな変なバイトを用意したことも、それで僕に多額の現金を渡そうとしたのも間違いないだろう……でも、気になる話を聞いたんだ」

「どんな話?」

「僕以外の、あのバイトに申し込んだ人たちの話だよ。バイト希望者の対応をしていた、磯部っていう職員さんが言ってたんだ。あのバイトに申し込んだ人は職員がリスト化して、()()()()()館長のチェックを受けるようにしていたって。それで不採用だと確かめてから、本人に通知していた……そんな話だった」


 香宮家にアピールするために僕だけを雇おうとしていたのであれば、館長はバイト希望者のリストに一度は目を通す必要がある。

 リスト内に「九城空」の名前があるかどうか、見ておかないといけないからだ。

 僕の名前が無いことを確かめてから、残り全員に不採用の通知をしていたのだろう。


「逆に言えばさ、このバイトに申し込んだ人に『採用です』とか、『不採用です』なんて結果発表がされるのは、絶対に申し込んだ日の翌日以降になるはずなんだ。だって、翌日にならないと館長はリストのチェックができないんだから」

「まあ、そうなるわね。館長だって忙しいんだから、申し込みがある度に逐次対応なんてことは不可能でしょう。だから部下に情報をまとめさせて、次の日に見るようにしていた……」


 そこまで確認したところで、終夜は「あれ?」と言いたそうな顔になる。

 彼女も、この一件における不思議な点に気が付いたらしい。


「……おかしいわね。この仕組みだと、本命であるアンタだって、申し込んだ次の日にそれを通知されるはず。翌日以降にならないと、希望者リストに載らないんだから。それなのに、アンタは……」

「ああ……僕は何故か、ネットで申し込んだ直後に電話が来た。リストに載る前どころか、申し込んだ内容が向こうに届いたかどうかすら怪しい時間帯に、いきなり電話で採用が告げられたんだ」


 ここがおかしいのである。

 いくら何でも、採用までの流れが迅速過ぎる。


 磯部さんの言っていたことが正しいのなら、彼女たちのような受付の職員には、「バイト募集は全体にするが、実際は九城空だけを雇う」なんてことは知らせていなかったと思われる。

 つまり、「僕がバイトを申し込んだ瞬間、その情報だけは他の希望者と違って館長に速報で届く」なんて仕組みは無かった。

 本来なら僕もまた、まずは磯部さんが作るリストに名前を連ねるはずなのである。


 しかし実際には、ネットで送信のアイコンを押した次の瞬間くらいに電話が来た。

 あれが館長の指示だと言うのなら、彼は殆どエスパーみたいなことをしている。

 磯部さんに電話の指示をさせることも考えると、僕が申し込み内容を打ち込んでいる段階で館長が準備をし始めないと、時間的に間に合わないのである。


「勿論、普通ならこれは有り得ない。バイトに申し込もうとしているまさにその時に、雇う側が電話を始めるなんて、とんでもないフライングだ……どこかで、『今まさに、九城空が図書館のバイトを申し込もうとしてますよ』って館長に知らせる人がいない限りは」


 合理的に考えると、それしかない。

 バイトの申し込みフォームにポチポチ情報を打ち込んでいる時点で、何者かが館長にそれを知らせた。

 だからこそ、館長が「やっと目的の人物が申し込んでくれた」と思って、即座に電話を指示した……これなら、矛盾はなくなる。


 さて、ではこの「何者か」は誰だろうか。

 僕がバイトを申し込む場面を見て、告げ口できる人は。


 あの時、僕はお屋敷の一室でノートパソコンからバイトの申し込みをした。

 警備員は一応近くにいたけれど、彼らは別に僕を守っている訳ではないので距離は遠く、バイト関連の事情も知らない。

 そうなると、館長にこれを知らせられる候補者は絞られる。


「香宮……君が、この奇妙なバイトの黒幕だな?終夜はあの日、まだ帰っていなかった。だから僕は君に頼んで、バイトを申し込むためにノートパソコンを借りた。僕が申し込みを始めたと知らせることが可能なのは、君だけなんだ」


 終夜に語りかけていた姿勢を戻して、改めて僕は扉を見つめる。

 すると、ようやくその奥から反応があった。

 扉がズズッと動いて────黒いワンピースを着た香宮が、静かに顔を見せたのだ。


 ──香宮のこんな顔、初めて見たな。


 扉が開いてすぐ、そんなことを思う。

 この時の彼女は、かつてのような死体めいた顔ではなく、入院時のような暖かな笑みでもなくて。

 何と言うか……飼い主の皿を割ってしまったペットの犬みたいな顔をしていた。




「さっきも言ったように、終夜の推理はそんなに間違ってはない。館長が香宮家にアピールしようとしていたことも、僕一人を狙い撃ちにしてバイト募集をしたことも事実だろう。でも流石に、これを館長の個人的な犯行とみるのは無理がある」


 香宮が扉を開けてすぐ、僕たちは上に戻るのも面倒くさかったので、そのまま地下室に押し入って推理を続けた。

 もっとも、香宮は黒幕として全てを知っている立場にあるので、ここからは終夜への解説が大半となる。

 ホルマリン漬けの臓器に囲まれながら、僕は淡々と推理を続けた。


「昨日も話題に上がったけど、香宮家のアピールにしては遠回し過ぎるからね、これ。あくまで同居人である僕に現金を渡したところで、香宮の両親にまでは届かないだろうし。百歩譲って、僕のためだけに割の良いバイトを紹介することが一番のアピールだと考えたとしても、それを幻葬高校発行の総覧に載せる必要は全くないだろう。僕に個人的に会って、チラシでも渡せば良いだけなんだから」

「まあ、そうね……館長の子どもは幻葬高校に通っているんだから、その人に『九城空っていう一年生を探して、その子にこのバイトの情報を教えてあげてくれ』と言えば、話はそこで終わるわ。大量のバイト希望者に、不採用の通知をする手間も省ける」

「そうだ。何と言うかこの一件、館長側が過剰に物事を大袈裟にしているところがあった。僕にお金をあげたいだけなら、もっと静かにできるはずなのに……わざとそれをしていない」

「凪が黒幕だとすると、その辺にも説明がつくの?」


 まだ細かいところが分かっていない様子で、終夜はくるりと香宮の方を見る。

 未だに、自分の親友がこんなことをしたのが信じられない様子だった。

 しかし僕としては心当たりがあったので、それを教えることにする。


「香宮はさ、知ってたんだよ。バイト代のやうな形式でも用意しなければ、僕はお金を受け取らないんだろうって……この間の事件の時から、それを察していたんだ」

「この間の事件って、晶子さんの事件よね?アンタたち、何かあったかしら?」

「ああ。最初に犯人から襲撃を受けた時、僕と香宮で病院に行ったことがあっただろう?背中を怪我したから、救急車に乗って診てもらった。あの時、ちょっと揉めたんだよ。香宮が医療費を全額払おうとしたから……」


 流石にそこまでしてもらうのは申し訳なかったので、僕としては断ろうとした。

 しかし香宮も譲らず、結局は半分ずつ支払うような形になったのである。

 いつか犯人を捕まえたら慰謝料くらいは請求するだろうから、お金に関してはそれで穴埋めできる、という考えの元に。


 だが実際には、そうはならなかった。

 犯人が自爆してしまったので、慰謝料の請求が不可能となったのである。

 だからあの時の医療費は、割り勘のままとなってしまった……僕としても、どうしようかとは思っていたのだが。


 そのこともあってか、事件解決後の入院費は普通に僕が全額支払いしている。

 入院期間が短かったので、義父さんから事前に持たされていたお金で何とかなったからだ。

 香宮には既に十分お世話になっているから、と僕は彼女の要求をいなした。


 推測となるけれど────香宮は、これに忸怩たる思いを抱いていたのではないだろうか。

 より正確に言うと、僕の経済状況を心配したのだ。


 実際、殺人犯に襲われて負傷した挙げ句、犯人死亡により医療費の請求すらできないまま事件が終わったので、収支という点では僕は赤字である。

 探偵狂時代では珍しくもない話ではあるけれど、「真相が分かった」「これ以上犯人に狙われなくなった」ということ以外の報酬は無かった。

 経済状況だけで言えば、事件を通して僕の財布の中身が軽くなったのは間違いない。


 だから香宮は、何とかして僕にお金を渡そうとしたのではないだろうか。

 事件中も「自分は安全な屋敷に籠ってばかりだった」と嘆いていた彼女としては、それくらいしないと周囲に貢献できないような気がしたのかもしれない。


 しかし、普通に現金を僕に渡したところで断られる可能性が高い。

 現に一度、医療費の支払いに関して香宮からの援助を僕は嫌がっている。

 だからもっと別の手法、僕に嫌がられない形で、お金を渡そうと考えた。


 そこで目に入ったのが……僕がバイトを探す姿だったのではないだろうか。

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