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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period11:ツギハギサポート

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求人

 守屋一との戦いを経て入院した僕だけれど、実を言えば退院時期は早かった。

 痛みが取れるまでには一ヶ月かかると言われながらも、三週間目には退院したくらいだ。


 と言っても、常人の倍近い速度で傷が治った訳ではない。

 そんな漫画みたいなことは起きず、退院した日でも普通に僕の体はあちこちが痛んでいた。

 それでも退院したのには、色々と事情がある。


 まずメインの理由となるのが、定期テストが近かったことだ。

 香宮に散髪してもらっている時にも話題になっていたけれど、晶子さんの殺害事件は幻葬高校のテスト前に起こっていた。

 つまり長らく入院していると、テストをすっぽかしてしまうのである。


 一応、幻葬高校には再試験の制度もちゃんとある。

 しかしこの再試験、受けようと思うと色々とややこしい。


 本来のテスト週間よりも後の時期にやるので、平日ではなく土日に学校に行く羽目になるし、再試験中は外部との交流を遮断した部屋でテストを受けることになるなど、細かい規定が多いのだ。

 そうでもしないとカンニングのリスクが高い(既に本試験を済ませた他の生徒が、こっそり入れ知恵してしまう)ので、仕方がないと言えば仕方がないが……。


 要するに、一応再試験の制度こそあるが、本来の日程通りに試験を受けた方が何かとスムーズなのである。

 そしてカレンダー的には、三週間で退院すれば、定期テスト初日には間に合う計算だった。

 幸いにして手の痛みはかなり早期に回復したので、これならテストを受けるくらいは大丈夫だろうと踏んで退院したのである。


 それと、もう一つ。

 これ以上香宮の世話になるのを避けるため、というのも退院理由だった。


 目覚めた時に気づいた通り、香宮は僕の病室を警護するように取り計らっていた。

 何なら、本人も寝袋を持参して泊まり込んでいたくらいである。

 流石にずっと病室のソファで寝させるのは可哀想で、何度か帰ってもらったのだが、それでも週の半分は泊まってくれていた。


 恐らく、それほどに心配だったのだろう。

 僕や終夜が捜査をしていた間、彼女はずっとお屋敷の中で待機するように勧められていたのだ。

 戦えない自分の身を歯がゆく思ったとか、僕たちの様子が気になって仕方がなかったとか……そんな悔いから、僕の看護に過剰に尽力している節があった。


 彼女の心遣い自体は、勿論嬉しい。

 しかし、毎日毎日警備員に病室を守られているのが続くと、何だか申し訳なくなってきてしまった。


 彼らは本来、あくまで「香宮凪を守れ」という命令で雇われているのである。

 それなのに──香宮の意向とは言え──無関係の高校生男子の警護をずっとさせられている。

 僕が入院し続ける限りは彼らの仕事も終わらない訳で、退院できるのならさっさとした方が良いか、となったのである。


 このような事情によって、早めに退院した次第である。

 早めに退院したお陰で医療費も少し安く済んだので、まあ良い決断だったと思う。

 義父さんから事前に渡されていた生活費でも十分に支払えた(香宮は医療費まで出そうとしていたらしく、僕が一人で支払いをしてしまったことには悔しそうにしていたが)。


 そして退院すると、僕はすぐさま忙しくすることになった。

 テストがあるから、だけじゃない。

 マスコミ関係や「情報」専攻の探偵が、僕の退院を聞きつけて事件の取材に来るようになったからだ。


 入院中は警備員が抑えてくれていたのだけれど、退院するとその縛りも緩くなる。

 事件の真相は既に周知されているらしいのだが、それでも「本人コメント」を求める人は多かったのだ。

 結果として、僕はマスコミを撒きながら登校して、粛々とテストに向かい、同級生からの質問責めを捌きながらお屋敷に帰る……なんて忙しい日々を送るようになった。


 この忙しさについては、テストが終わってからも変わっていない。

 何せ僕には、テストが終わってすぐにやるべきことがあったのだから────。






「さて、どのバイトにするかな……」


 テスト最終日の午後。

 テストがひとまず全て終わったという解放感からか、同級生たちの質問責めもなく、僕は香宮邸倉庫に帰宅していた。

 そして帰宅直後にしたことが、鞄から取り出した冊子を眺めることである。


 安いわら半紙をホッチキスで留めただけの、簡素な冊子。

 表紙には、「幻葬高校公認・臨時労働紹介総覧」と書かれてある。


 これが何かと言えば、幻葬市におけるアルバイト求人情報のまとめ本である。

 幻葬高校では、学生向けに安全なアルバイトを紹介するために、こういう本を独自に発行しているのだ。

 僕が手にしているこれは、先週配布された最新版になる。


「やっと、バイトの許可が下りたからな……手早く決めたいところだけど」


 どれが良いだろうか、と僕はパラパラと求人情報を見ていく。

 こうするために、わざわざ香宮に頼んで入院中からまとめ本を取り寄せてもらったのだ。

 ページをめくるだけで、やっとここまで来た、という想いが湧いてくる気がする。


 ────ずっと前から、僕はアルバイトの許可を幻葬高校に求めていた。

 幻葬高校はバイトを禁止していないが、やる前に申請はしないといけない。

 今は亡き優月先生にだって、その申請書を出しに行っていたくらいだ。


 しかし学内で起きた殺人事件の混乱もあり、僕の申請書は中々受理されなかった。

 申請には担任のサインが必要なのに、その担任が殺されたのだから受理されるはずもない。

 学校のゴタゴタが終息するまで待ってくれ、と臨時担任の男性教師に言われる日々が続いていた。


 僕としては、「アルバイトを決めて、この街で一人で生活できる目途が立ってから、本格的に誕生日探しを始めよう」と前から決めていたので、これは辛い足止めだった。

 アルバイトが決まらないと、本来の目的である誕生日探しができないのである。

 そうしている内に晶子さんの殺害事件まで起きたので、僕は結構長い間、誕生日探しに本腰を入れられない状況が続いていた。


 しかし、その晶子さんの事件が終わった頃になると、状況は変わる。

 遂に、アルバイト申請が通ったという連絡が来たのだ。

 臨時担任のサインでもOK、というのが正式に決まったらしい。


 故に僕としては、意気揚々とバイト探しに勤しんでいるのである。

 昨日まではテスト勉強を優先していたが、今日からはそんなタスクも無いのだから。


「でも現状、ハードな力仕事とかはまだ無理だ。怪我が完全に治るまで、どのくらいかかるか分からないし。これから暑くなるだろうから、外仕事も結構キツい……」


 屋内で完結するバイトは無いだろうか、とぶつぶつ言いながらリストをめくっていく。

 ここに来るまで、つまり「外」に住んでいた頃はアルバイトの経験は無かった。

 年齢的にバイトが難しかったのもそうだし、「外」で募集されるのは闇バイトばかりなので、まともに関われなかったのである。


 だからバイトをしたいと長らく訴えていた割に、本当に応募するのはこれが初めてだ。

 右も左も分からない中で、僕は何とか長く続けられそうなバイトを探そうとする。


 特に重視するのは、バイト代と拘束時間。

 平たく言えばコスパだ。

 楽して儲ける手段を求めるような馬鹿ではないつもりだけれど、それでも可能な限り短時間で稼げるバイトがあるなら、それをするに越したことはない。


 ──ただ全体的に、そこまでバイト代が高くないのが多いな。『外』の相場と比較しても安めというか……いやまあ、当然と言えば当然なんだけど。


 ここに載っているバイト先は、幻葬高校の教師陣が「犯罪絡みではない安全な仕事だ」と認定した業者ばかりである。

 その余波なのか、稼げはするが怪我のリスクも高いバイトの類は掲載されず、ちゃんと高校生でもこなせるバイトが優先的に掲載されていた。


 しかし安全かつ誰でもできる作業は、得てして時給も安い。

 贅沢を承知を言えば、コスパ的には物足りない感じだった。

 これじゃあどれも似たり寄ったりか……そう思ったところで、ふと一つの記載が目に留まる。


「所蔵図書の補修作業……幻葬市立図書館が募集しているバイトか」


 晶子さんのお願いを叶えるために向かった、あの図書館。

 公共の重要施設のはずだが、意外にも学生バイトも雇っているらしい。

 間違いなく「外」では考えられないことなので──図書を盗まれるリスクが高いからだ──僕は意外に思いながら条件を読み進める。


「交通費支給、勤務は一時間からOK、条件不問、仕事内容は図書の破れたページや汚れを取り除くだけ、決まった勤務日は無しで来れる日だけで良い……それで、この時給か」


 掲載されている金額は、他のバイトのそれよりもやや高めだった。

 この時給なら、週に三日も働けば数ヶ月でそこそこの額が貯まるだろう。


 加えて、仕事の内容も良い。

 本の補修は屋内でやることだから夏の暑さも関係ないし、力仕事でもない。

 本の補修はしたことがないけれど、経験のない学生を募集するくらいなのだから、そこまで複雑な作業ではないだろう。


 詰まるところ、この総覧に載っている中でも有数のおいしいバイトだった。

 公共の図書館なので、探偵狂時代でよくある「バイトとして頑張っていたのに、勤め先がいきなり潰れてバイト代ゼロになりました」なんてアクシデントもまず起こり得ない。


 これは良いのを見つけたか、と僕は一瞬喜びそうになる。

 しかし即座に、僕の中で冷静な声が響いた。


 ──いやでも、流石に警戒した方が良いかな?少なくとも「外」なら、美味い話には気を付けるのが鉄則だったけれど……。


 きっと旧時代もそうだっただろうけれど、都合の良い話には裏があるのがつきものだ。

 探偵狂時代の常識的には、時給の高いバイト程、何かしら事情があるのが普通である。

 幻葬高校のチェックをクリアしたバイト先なのだから、流石に犯罪絡みではないはずだけれど……。


「……一応、確かめておくか」


 ブツブツ言いながら、僕は最終的にスマホを取り出す。

 こういう時、事情を知っていそうな知り合いがいると便利である。

 電話帳のアイコンをタップすると、即座にレスポンスがなされた。


『はいもしもしー、こちら坂東彰っすけど……兄貴、どうかしたっすか?』

「突然ごめん、アキラ。ちょっと聞きたいことがあって……今、良いかな」

『良いっすよ。テストの予想模範解答の販売も一息ついたところだったんで』

「あー、アレをしてたんだ」


 テスト前後で姿が見えないと思っていたのだけれど、どうやら情報屋らしい資金調達に励んでいたらしい。

 テスト前と同様に、この時期は彼らにとって稼ぎ時だ。

 忙しい中で電話に出てくれたことに感謝しつつ、僕は素早く質問する。


「いや実は、テストも終わったことだからバイトを始めようと思っててさ。学校配布のまとめ本をめくってたところなんだけど」

『おおー、兄貴もバイトを始めるんすね。いやまあ、よっぽどの金持ち以外は学生でもバイトをするのが普通っすから、王道ルートっすけど。じゃあ兄貴、お得なバイト情報を自分から買いたい感じっすか?』

「まあ、似たような感じ。求人情報の中に、図書館で本の補修をするっていうのがあってさ。他と比べて条件が不自然に良いから、何か裏事情でもあるんじゃないかと思って」


 アキラは幻葬市に来た当初から、この街の情報を集めるために図書館に顔を出していた。

 仮に図書館でおかしなことが起きているのなら、気が付いていないとは考えにくい。

 さあ、どんな情報が出てくるか……色々と想像しながら、僕はまず自分の財布を掴んだ。

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