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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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世界の悪夢が終わる日に(Period10 終)

 羽生晶子さんへ。


 貴女が死んだ後になってから、死人に対して手紙を書くという自己満足的な振る舞いをする僕の弱さを、どうかお許しください。

 どうしても、貴女の率直な想いが語られたあの手紙に対して、お返事がしたかったのです。


 本当なら、直に言葉を伝えたかった。

 しかし、あの世までの距離は悲しいまでに遠く、肉声を届けることは最早不可能となってしまいました。

 故に勝手ながら、墓前に供える手紙という形でお返事に代えさせていただきます。


 改めてお久しぶりです、晶子さん。

 ドタバタあって命を拾いました、九城空です。

 今現在、貴女を殺した犯人との戦いを経た末に、病室でこの手紙を代筆してもらっています。


 貴女が亡くなってから、たったの数日で色んなことが起こりました。

 もしも貴女がその全容を知ることができたならば、きっと仰天するでしょうね。

 コインロッカーでの殺人、謎の怪人物による襲撃、爆弾の登場、捨て子にまつわるもう一つの事件、更なる戦いと最後の大爆発……旧時代の映画みたいな出来事のフルコースです。


 しかしそんな派手な出来事の中でも、僕は大事なことは忘れなかったつもりです。

 最初の最初、晶子さんが僕を相手に行った一つの問いかけ。

 自分が生きるべきか、死ぬべきか……その命題について、僕はちゃんと事件中も気に留めていました。


 貴女自身も手紙の中で書いていましたが、中々変な問いですね、これ。

 そもそも貴女が生きるべきかを僕が決める権利なんてありませんし、仮に僕が決めたところで、その判断に何か価値がある訳でもない。

 厳しい言い方をすれば、殺人の罪悪感に苦しむ貴女の心が生み出した、一種の逃避的な質問という側面もあったのでしょう……自分の今後について他人に全てを預けてしまえば、自分で考える必要はなくなりますから。


 しかしそれでも、貴女が僕の判断を聞きたい、と心底願ったのもまた事実。

 それこそ、保釈されてすぐに僕に会おうとする程にまで、貴女は僕を信頼してくれていた。

 そして僕もまた、貴女の手紙を受け取ってからは、ずっとどう答えるべきか考えていました。


 貴女が死んだからと言って、僕なりに必死に考えたこの解答をそのまま闇に葬り去るというのも、何だか嫌な感じがします。

 だから今から、貴女が最後に告げたこの質問に対して、遅ればせながら僕なりの解答を述べようと思っています。

 ついでに、貴女の死を受けたこれからの僕についても、少し書き記すとしましょう。


 そうすることで初めて、この事件を終えられる気がするのです。




 率直に結論から申し上げますが、僕はもうこの質問の答えを得ています。

 迷うこともありません。


 貴女は……生きるべき人でした。

 決して、死ぬべき人などではなかった。

 これが僕の結論です。


 しかしいきなりこんなことを言われても、貴女としては「どうして?」と思うでしょうね。

 仮に生きていた頃の貴女に直接これを伝えたとしても、困惑されたことでしょう。

 故にここからは、僕がこう考えるに至った根拠について書き記しておこうと思います。




 大前提として理解していただきたいのですが、僕は殺人犯相手に無条件に優しくして、「生きていても良いんだよ」と言ってあげるようなタイプの人間ではありません。

 そこまでの慈愛性というか、聖人君子のような生き方は僕には無理です。

 僕は所詮、エゴイズムと欲望と悩みとワガママと偏見を抱えた、卑小な人間ですから。


 事実、これまでの事件でも何人かの殺人犯と遭遇し、何なら戦ったこともありますが、彼らにこのような言葉を贈った記憶はありません。

 今回の事件の犯人である守屋一の死についても……正直なことを言えば、そこまで悲しんではいないくらいです。


 彼を生きて逮捕させられなかったのは、探偵として痛恨事だったとは思っています。

 しかし、悔やんでいるのはそこだけ。

 旧時代の感覚で言えば薄情な対応なのでしょうが、貴女を殺し、共犯者を殺し、僕や終夜たちをも殺しに来たあの男に対して、僕はそこまでの同情心を持てませんでした。


 逆に言えば、明確に父親を殺した人間である貴女に対して真逆のことを思っているのは、僕の中では特別な事例なんです。

 僕にだって、人並みに殺人犯への嫌悪はあります。

 晶子さんの場合は、それを覆すだけのことがあったのだ、ということをご理解ください。


 では、どうして嫌悪感が覆されたかですが……貴女の「鳥籠娘」としての過去を知っていたから、というのは当然あります。

 初めて出会った時から、貴女の境遇については同情していましたし、殺人を起こす程にまで追い詰められていたことについては可哀想だとも感じていました。

 その上で悪夢まで見ていたという事情を知ったことで、どうしても貴女のことを極悪人とは思えなかった。


 ただ、これだけが理由ではないと思うのです。

 言っては何ですが、殺人犯がそれなりの事情を抱えているのは、旧時代でも探偵狂時代でもある種当然のことです。

 過去が悲惨だったというだけでは、僕の中の印象を変えるには、少し弱い。


 だから印象が変わったのは、もう少し後。

 貴女と手紙のやり取りをするようになってからだと思います。


 晶子さん。

 貴女は手紙の中で、色んなことを話してくださいましたね。

 留置場での戸惑い、自分が世間知らずであることへの羞恥、外の世界の常識を知ることへの期待、僕が贈った本への感想、そして殺人への罪悪感。


 あれらの手紙が、僕の印象を変えたのではないかと思います。

 貴女のことを知る度に……どうか、この人には自由になって欲しい、籠の外に出て欲しい。

 そんな想いが芽生えたのです。


 ご自分では自覚していなかったかもしれませんが、貴女の態度は、この時代の殺人犯としては物凄く生真面目な物でした。

 今の時代、殺人犯にもふてぶてしい人間が増えています。

 こんな時代だから仕方がないと言い訳をして、自分の殺人は必要だったと正当化して、それも通用しないとなると逆ギレして裁判中に暴れる……そんな殺人犯もよくいるそうです。


 貴女を殺した守屋一も、そのタイプの人間でした。

 自分は恵まれた人間を裁く権利があるとか、色々言っていました。

 彼のあの振る舞いは、今の時代ではまあまあスタンダードなそれと言えるでしょう。


 だからこそ、晶子さんの態度は印象的でした。

 自分の行為がどんな受け取られ方をされたか知りたいから、まずは外界の常識を知るために本で勉強したい、なんて。

 そんなことを頼んでくる殺人犯は、きっと貴女しかいないでしょう……あまりにも、真面目過ぎる。


 しかもそうやって勉強したことで、「やっぱり自分の行動は罪深かった」と落ち込んでしまったくらいなのだから、律儀な人だったと思います。

 下手すると、コミカルな印象を受けてしまいかねないくらいです。

 実際に死人が出ているので、笑い話にこそできませんが……この時代の殺人犯の中でも、真摯に罪に向き合っていた方なのは間違いないでしょう。


 殺人の後に開き直って自分を正当化する人間と、追い詰められて人を殺した後に、自分の罪に真摯に向き合っている人間。

 人の命が平等であるべきことは勿論知っていますが……どちらに生きて欲しいかと言われたら、後者を選ぶのが人間心理だと思います。


 なまじ自身の罪深さを理解したが故に、貴女はこんな質問をするところにまで追い詰められたのでしょう。

 しかし僕としては、こんな質問が出てきただけでも、貴女には生きる資格があると思うのです。

 自らの罪に真正面から向き合わない限り、出てこない視点ですから。


 折角、裁判でも軽い量刑で済む可能性が出てきたところだったのでしょう?

 貴女としては心苦しかったようですが、僕としては、そういうものは遠慮なく貰っておいて良かったと思います。


 治安悪化のせいで見せしめのような厳罰化が進むこの時代、情状酌量や証拠不十分で刑罰が軽くなることは少なくなっています。

 刑罰を重くするために敢えて出頭しなかった貴女が、今になってその処置を受けるというのは、かなり複雑な気分だったかもしれませんが……別段、不正で刑罰を軽くした訳でもない。

 他の人よりも少し多く、外界でやり直すチャンスが与えられたのだと、そう思って欲しかった。




 生きるべきだと考えた理由は、これだけではありません。

 もう少し別のところからも、僕は貴女の生存を望んでいました。


 それが、貴女のお兄さんの存在です。

 羽生虎之助氏。

 僕の同居人である終夜のお見合い相手であり、貴女の兄に当たる人。


 貴女としては、決して良くは思っていない相手でしょう。

 僕としても──大して話したことはありませんが──そこまで印象の良くない相手です。

 彼は父親が貴女を事実上の監禁状態に追い込んだことに加担しており、また貴女に歪んだ常識を教えていた節がある人物ですから。


 また、殺人があったので有耶無耶になったところもありますが、貴女を「鳥籠娘」にしたこと以外にも犯罪に手を染めている人物でもあります。

 例えば羽生辰徳氏がやっていたワインの密造ですが、あれは羽生虎之助氏も確実に共犯でしょう。

 同じ家に住んでいる以上、隠し通せるはずがありませんから(もっともそれを言い出すと、使用人を含めた共犯者は他にもたくさんいた可能性が高いですが)。


 しかしそんな彼ですが、貴女による殺人が起きてからは、かなり真っ当に「兄」として振る舞っているように思えます。

 本来なら、羽生虎之助氏から見た貴女は微妙な対象でした。

 彼からすれば貴女は自分の妹であると同時に、自分の父親を殺した殺人犯なのですから……自分の身内が親の仇になったという、奇妙な状況だったはずです。


 しかしそんな貴女に対して、羽生虎之助氏は支援を惜しまなかった。

 社長が急死したフェザーフーズの幹部として働きながらも、弁護士を雇い入れ、保釈金についても全額支払った。

 家族として当然、という人もいるかもしれませんが、中々できることではないと思います。


 嫌な言い方をすれば、羽生家の人間としての体面を優先しただけかもしれません。

 貴女を保釈させたのも会社に不利な証言をさせないためで、保釈後や刑期を終えた後は、再び「鳥籠娘」のような扱いをしていた可能性もあります。

 少なくとも殺人事件が起きるまでは、貴女を閉じ込めることに賛成していた人間なのですから。


 しかし同時に、殺人事件を切っ掛けに貴女を追い詰めていたことにようやく気が付き、純粋に兄として留置場の妹を救おうとしていた可能性も捨てきれません。

 本人に話を聞けていないのではっきりしないのですが……僕としては、案外こっちかもしれないとも思うのです。


 証拠もあります。

 この手紙を書く直前に入って来た情報なのですが、羽生虎之助氏は近いうちに、フェザーフーズ本社の職を辞任するそうです。

 株式も全て手放して、羽生家自体が会社経営そのものから手を引くとのことでした。


 羽生辰徳氏が亡くなって以降、フェザーフーズの混乱は酷い物でした。

 フェザーフーズは主に「外」で活躍する企業ですが、幻葬市内でもその混乱が伝わった程です。

 ワンマン経営だった社長が急死して、残された幹部は右往左往し、羽生虎之助氏は若くして幹部職であったものの経験不足からリーダーとはなれず……株価なども大分動いたようでした。


 しかしそれでも、羽生虎之助氏はこれまでは踏ん張っていた。

 それが、貴女が殺された途端に辞職した。

 株式の大部分を保持し続けることで、辞職した後も株主として影響力を残すという手もあったでしょうに、自棄になったかのように全て投げ捨てた。


 この理由は……貴女の裁判代を捻出する必要がなくなり、最早働く必要性が消えたからだと、僕は推理します。

 これまでは貴女の存在があったからこそ、辛くても働こうとしていたし、財産を手放そうとはしなかった。

 しかし、もう貴女が亡くなってしまったので辞職した……こう考えるのは、穿ちすぎでしょうか?


 もう一つ、情報が入ってきています。

 貴女の担当弁護士ですが、つい先日、頬が腫れあがった状態で弁護士事務所に出勤したそうです。

 貴女が殺された後に、弁護士に事情を聞きに行った刑事が目撃しています。


 弁護士はやった相手について黙秘しましたが、出勤前には羽生虎之助氏と会っていたとのことです。

 彼と話した後、そんな顔になったのだと。


 総合すると────貴女を駅に置き去りにして、事件の切っ掛けを作ってしまった弁護士に対して、虎之助氏が激怒して殴りかかった。

 自分でも罪悪感を抱えていた弁護士は、それを甘んじて受けた上で訴えなかった。

 これが真相ではないかと思うのですが、どうでしょう。


 当然、虎之助氏が貴女を救おうとしていたとしても、それで彼が許されてどうこうという話になる訳ではありません。

 実は愛していたから許してあげて欲しい、なんて安易な話でもない。

 どれだけ愛情があろうが監禁は監禁ですし、貴女が不快に感じていたのは事実でしょうから。


 ただ同時に、彼が真摯に貴女の帰りを待っていたことも、きっと事実だった。

 彼もまた、貴女が殺されたことによる被害者の一人なのです。

 貴女が死んだことで、彼は全ての家族を失い、天涯孤独になってしまったのだから。


 だから僕のためだけでなく、彼のためにも、生きていて欲しかった。

 晶子さん自身も手紙で望んでいた通り、虎之助氏の貴女への扱いについては、刑期を終えた上で話し合いで解決して欲しかった。

 貴女が生きてさえいれば、それは決して不可能ではなかったかもしれない……どうしても、そう思ってしまうのです。




 最後に言っておきますが、これらの結論は決して、依怙贔屓や哀れみから導き出した物ではありません。

 晶子さんが「悪夢仲間」だから、同族意識から結論を歪めた訳でもない。


 自分で言うのも何ですが、僕はその辺りの意識が割と薄い人間なのだと思います。

 晶子さんのことを仲間だ仲間だと言っておいて、今更こんなことを言いだして驚いたかもしれませんが、本音です。


 これについては、僕の逆の例を持ち出すと分かりやすいでしょうか。

 何度も不快な名前を出して恐縮ですが、守屋一はこの同族意識とやらが非常に強い人間でした。


 コインロッカーベイビーとしての自分の過去に拘るあまり、彼は自分と過去を同じくする人間のことは無条件で同族扱いしていた。

 逆に恵まれた生い立ちの人間に対しては、無差別に殺意を向けていた。

 同族意識があったからこそ、彼はあのような人殺しになってしまった……そんな側面もあると思います。


 そんな彼だから、僕を前にした時には勧誘を仕掛けてきました。

 僕のことを理解してやれるのは、同じコインロッカーベイビーである自分だけだと言って。

 内実としては今までの共犯者を爆死させてしまったので、慌てて代わりを求めただけかもしれませんが、彼が「自分と同じ過去を持つ人物ならこの勧誘に乗るはずだ」という確信の元で動いていたのは間違いない。


 しかし僕は、その勧誘を断った。

 何なら同族扱いしてくる相手のことを不快に感じて、強い言葉で非難しました。

 今思い返すと、自分でも驚くくらい酷く罵っていたと思います。


 彼はコインロッカーベイビーのことを無条件に仲間だと思っていましたが、僕は違った。

 九城空という人間は、例え自分と似たような過去を持っている相手だろうが、嫌いな人には普通に嫌いだと言うタイプだったようです。

 我ながら、意外と他者に対して厳しい性格をしていると思います。


 でもそんな僕だからこそ、晶子さんのことを考えるにあたって、結論を歪めたことはまずないと思うのです。

 この人は「悪夢仲間」だから甘めに採点しようだなんて、考えたことも無かった。


 普通に、可能な限り客観的に、思うがままに考えた結果……この結論は変わらなかったのです。

 もしも貴女がどうしようもない人間だったなら、僕は守屋一相手にそうしたように、率直に非難したはず。

 そうしなかった時点で、最終結論は決まっていたのかもしれません。


 同族相手でも罵ることがある僕の基準をクリアするって、中々凄いことだと思います。

 そう言う意味でも、貴女が死ぬのは何というか……勿体なかった。




 だから、晶子さん。

 何度も、何度でも言います。

 刑事でも裁判官でもない僕がこんなことを決めるのも傲慢なのでしょうが……未熟ながら探偵として推理する限りは、この結論こそが真実です。


 貴女は生きるべき人でした。

 生きていて、良かったんです。

 贖罪のために、そして贖罪の後の自由のために。




 しかしこうして手紙を書いている今、貴女は亡くなってしまいました。

 入院中の今の状態では、虎之助氏が行うという葬儀にも駆け付けられそうにありません。

 事件の捜査中は集中していたので、何とか意識せずに済んでいましたが……やっぱりこうして静かになると、急に寂しく、悲しく思います。


 きっと、今夜の僕は悪夢を見ます。

 貴女が出てくる悪夢を。


 事件の最中、偶然にも悪夢ではない夢を見たこともあったのですが……毎日ああいう感じにはならないことは、自分が一番良く知っています。

 僕の無意識はいつだって暗く沈み、自分でも制御ができません。


 貴女の死を経た僕は、もしかすると更なる悪夢に苦しめられる毎日を送るのかもしれない。

 そして起きた後には、下手な悪夢よりも治安の悪い現実が待っている。


 探偵狂時代に生まれた僕たちの日常とは、「悪夢そのもの」と「悪夢のような現実」の間を、寝起きの度に反復横跳びする作業でしかありません。

 この苦しみは、ずっと続くことでしょう。

 貴女が生きるべきかどうか迷ったように、いっそ死んでしまいたいと思う日も来るかもしれない。


 だけど……それでも、やっぱり。

 僕はもう少し、この悪夢と前向きに付き合っていこうかとも思っているのです。

 寝ても覚めても悪夢が続くこの世界ですが……別に、世界で僕一人が苦しんでる訳でもないのですから。


 この街に来てから、様々な探偵と出会いました。

 皆、一癖も二癖もあるメンバーですが、同時にこの時代では中々見つからない程に良い人たちです。

 もしも僕が、「自分と同じ過去を持つ人だけを信じて、自分より恵まれた人間は僻む」なんてスタンスで生きていたならば、絶対に知り合えなかった人たちでしょう。


 彼らの助けがあったからこそ、今回の事件でも僕は何とか生き残ることができたのです。

 そんな彼らとの交流を諦めて、ぐだぐだと暗いことばかり考えているのは、それこそ勿体ない。


 何よりこの幻葬市という街は、貴女が何とかして体験したがっていた場所でもあります。

 それこそ、父親を殺してまで貴女はこの外界に出てこようとしていた。

 僕たちが悪夢のようだと表現する探偵狂時代の現代日本すら、貴女は味わうことができなかった。


 そんな貴女の想いを知っているからこそ、僕は頑張ってみたい。

 ついぞこの幻葬市を自分の足で歩けなかった貴女の分まで、僕は生きてみたい。


 そのためにまず、諸事情で自分の誕生日を見つけないといけないというのが、中々に手間ですが……。

 貴女に生きるべきだと言っておいて、自分がそれを実行しないのは、何だか変ですしね。

 僕なりに、やり切ってみせようと思います。




 気が付いたら、紙面が尽きてしまったようです。

 区切りも良いので、このお手紙はここで終わりましょう。


 語り切れなかった分は、またお墓参りや法事の時に話すとします。

 怪我が治ったら、これを供えにいかないといきませんから。

 法要というのは、死人に会うための一つの手段です。


 その場所で、この手紙にも収まらなかった沢山の話をしましょう。

 貴女と繰咲駅で待ち合わせした時に、お互いにするべきだった色んな話を。


 そして僕たちの話が終わった時、世界が今よりも落ち着きを取り戻していることを……あなたの法要がより平和な世界で行えるようになることを、今から願っています。


 いつかまた、もっと安らかな世界で。

 世界が推理小説ではなくなった時に、再びお会いしましょう。


 九城空より。

 (代筆:香宮凪)

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― 新着の感想 ―
こういう故人への手紙とか泣けちゃうんだよなぁ。悲しみ。生きて欲しかった… 今までのシリーズと違って世界観上死人が出るのが珍しくなくて、主要人物に近めの人も対象になるのがすごいハラハラするしマジで住みた…
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