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世界が推理小説になったから  作者: 塚山 凍
Period10:籠の外へ

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Have a nice dream

「いや、その……僕の事情を聞く前に、警察と消防に連絡を」

「それは私がここに来た時点でやったわ。まだ到着していないみたいだけどね。だから、さっさと話しなさい」

「はあ……」


 頭が疑問に包まれつつも、僕は一応求められるままにこれまでの経緯を話す。

 こうしないと、終夜も事情を教えてくれないような気がしたのだ。

 互いに起き上がる体力が無かったので、燃える廃工場から少し離れた地面に寝そべって会話するという奇妙な絵面になりつつ、自分が窓から脱出するまでのことを説明した。


「……それで、爆発に気が付いて慌てて飛び出したら、君に抱き留められたんだけど」

「OK、そういう流れね……それにしても馬鹿ね、九城君。仮に爆弾を仕掛けたとか、盗聴器がどうのって話が真実だったにしても、筆談で私たちに事情を言えば良かったでしょうに。盗聴器しかないのなら、筆談はまず気づかれないわ。実際には盗聴器も爆弾も無かったのだから、猶更犯人側はそれを察知できなかったはず」


 ──あ、言われてみればそうだな。


 脅迫状を読んで一人で廃工場に乗り込んだことについてツッコミを受けて、思わず僕は納得してしまう。

 万が一にも本当だったら不味いと懸念していたせいで、そういう柔軟な思考に至れなった。

 或いは、僕も守屋一と直接会うことに無意識に固執していたのかもしれない……そんな反省をしつつ、改めて終夜に問いかける。


「と、とにかく、僕は事情を全部話したよ。だから、終夜がここに来た経緯を教えてくれ。誰にも言わずに来たのに、どうやってここに?」

「……発端は、凪の推理よ。アンタが倉庫に荷物を取りに行った後くらいに、あの子が法医学教室と連絡をとったの。『未だに屋敷は警備中で、発見された焼死体の司法解剖には参加できません。だからせめて、遠隔で教えられることは教えてください』ってね」

「焼死体って……ああ、あれか。昨夜廃墟で自爆した時の」


 状況的に、守屋一の共犯者だったと思しき人物の死体である。

 第二拠点でもある廃墟でせっせと爆弾制作に勤しんでいたところに、警察に追われていた守屋一が逃げ込んできて、そのまま自爆して一人だけ死んだ哀れな人物。

 あの死体の正体は最初は分かっていなかったので、法医学教室に運ばれるのは当然の流れだ。


「じゃあ、香宮はお屋敷にいながら司法解剖にもちょっとだけ参加したんだ?」

「ええ。本当はそんな風に遠隔で情報を教えるなんて駄目なんだけど、凪はもう例外扱いだから……それで動画で焼死体の腕を見た凪が、断言したの。『この焼死体は守屋一じゃないわ、左利きの人物の筋肉の付き方をしているもの』って」

「おおー……流石、『死法学』専攻」


 見ただけで分かるものなのかと思いつつ、香宮ならできそうだな、とも思う。

 実際にこれまでの経緯が示す通り、その焼死体は守屋一では無かった。

 襲撃時から元気よく右手で警棒を振り回していた守屋一が、左利きの焼死体として見つかることは有り得ない……偶然にも、共犯者は左利きだったのだろう。


「それを聞いて、アンタにもすぐに知らせようと思ったのよ。焼死体が守屋一じゃなかったってことは、本物は生きてどこかに潜伏している可能性が高い。どこから狙ってくるか分からない以上、倉庫に長くいるのは危険かもって話になって……それで呼びに行った時に、アンタがいないことに気が付いた。スマホに電話しても全く出ないし」

「一人で守屋一に会いに行くと決めて……ミュートにしてたから」


 こうして、僕の失踪はバレたらしい。

 理想を言えば、二人に内緒でこの場に赴きながらも、サクッと一人で犯人確保に成功、そのまま帰還……みたいな流れにしたかったのだけれど、流石にこれは無理だったようだ。


「そこからは、もう大騒ぎになったわ。どう考えても事件絡みだろうって考えて、ありとあらゆる伝手を辿って捜索したのよ。学生寮の三人にも連絡したし、屋敷の警備員たちにも聞き込みをさせた……そうしたら、涼風が気になる証言を掴んできたの。タクシー運転手の一人が『それっぽい学生がタクシーを拾っているのを見た。今日は学校が無いらしいのに、一人で外出していた姿が悪目立ちしていたから、よく覚えている』って言いだしたらしくて」

「なるほど。そこから追いついたのか」


 この廃工場に来るために、僕は学校近くでタクシーを拾っている。

 どうも、その現場を見た人がいるらしい。


「後は簡単よ。ナンバープレートからそのタクシーを特定して……幻葬市北部から帰ってきていたタクシーを捕まえた。運転手を締め上げてみたら、アンタっぽい少年を北部に送ったって言うじゃない。それでアンタが何者かに呼び出されたんだろうって推理して……タクシーを降りたっていう場所の近くをしらみつぶしに見て行ったら……」

「僕が廃工場の二階から吹っ飛んできた、と」

「ええ。何事かと思ったわよ、本当に」


 呆れたように呟く終夜を前に、僕は頭を下げる。

 僕は彼女の声が聞こえた時にかなり驚いたのだけど、終夜の方も実は驚いていたらしい。

 全ての話を聞くと、改めて先程のアレが奇跡的な救出劇だったことが分かる。


「それで……アンタの話からすると、あの中には守屋一の死体があるんでしょうね。わざわざアンタを呼び出した挙げ句、一人だけ死んだってことになるのかしら」


 お互い全てを解説したところで、終夜はふと視線を廃工場の方に向けた。

 もうどうしようもない事象に対して──それこそ、状況報告の方を優先させたくらいなのだ──とりあえず話題にした、くらいの雰囲気。

 頷きを返しながら、僕はもう一度そちらを見る。


 ちょっと目を離している内に、廃工場は悲惨なことになっていた。

 爆発そのものは終息したようだけれど、工場内に残っていた資材などに燃え移ったのか、ちろちろと窓から炎が見えている。

 そして飛散した瓦礫の影響か、壁は穴だらけになっており、天井部も数秒置きにガラガラと破片を落下させていた。


 終夜の言う通り、あの場に残された守屋一はもう生きていないだろう。

 そもそも、最初の爆発の時点で胴体が千切れていたように見えた。

 正式な死亡確認は別にして、現状だけでも、彼が死んで僕が生き残ったことは明白である。


「救急車、まだかな……もう意味がないだろうけど、一応……」

「それはアンタが心配することじゃないわ……だから、寝ていなさい。自覚していないかもしれないけれど、酷い怪我よ」


 一応の配慮を示したところで、終夜が窘めるようにそう言ってくれる。

 そのままむくりと上体を起こした彼女は、未だに起き上がれない僕の頭を抱えて、ぐっと自分に近づけた。

 平たく言えば、膝枕をしたのだ。


「……終夜?」

「ちょっとだけ……ちょっとだけ、このままで」


 僕の頭を抱きかかえるようにしながら、彼女は僕の頭をそっと撫でる。

 そして、今更のように安堵した声を漏らした。


「遅れたけど……本当に、本当に良かったわ。アンタが生きてて……」

「ごめん、本当に……心配かけて。守屋一は僕と過去とかが重なる相手だったから、僕の手で解決しないといけないって思ってて。我ながら、気負い過ぎていたんだろうけど」

「本当よ。一人で勝手に決めて、一人で死にかけて……正直、見つけたら一発ぶっ飛ばしてやろうと思ってたくらいなんだから」

「い、今の状態でそれをやるのは勘弁して……」


 終夜の実力でそれをされると、冗談では済まない威力が発揮されてしまう。

 サーッと顔を青くする僕を見て、終夜は「もうしないわよ」と微笑んだ。


「ついさっきまでは、せめてビンタくらいはしようかとも思ってたけど……もう良いわ。生きていてくれたってだけで、全部チャラよ。この時代は常に、生き残った人間の勝ちなんだから」

「……優しいな、終夜。君みたいに優しい人、『外』ではそうそう見たことが無いよ」

「あら、言ってなかったかしら?私は幻葬市で一番優しい女よ?」


 謎のビッグマウスを発揮しつつ、彼女はぎゅっと目をつぶる。

 涙をこらえるように。


「だから……少しでも今回のことを悪いと思っているのなら、これからは私の心臓に優しい振る舞いをしなさい?危険な目に遭いそうになったら、周りに相談する。何か苦しいことを抱えていたのなら、打ち明けて共有する……そうしてくれたら、私は嬉しい。そうしてくれないと、私は辛い」

「……終夜」

「アンタは『日常の謎』を解いてくれる推理のパートナーで、同級生で……何よりも、一緒に住んでる同居人じゃない。たかが二ヶ月とは言え、そんな人今までいなかった……いなくなって欲しくないのよ、九城君に」


 本当に、間に合ってよかった────そう言って、終夜は顔を伏せる。

 終夜には珍しいその顔を見て、僕はようやく、自分が本当に無神経なことをしていたと心底自覚した。

 守屋一との戦いに気を取られる余り、僕は同居人たちのことを全く気にかけていなかった……終夜たちの方は、こんなにも気にかけてくれていたのに。


 胸がきゅうっと締まって、鼻の奥がじんじんと痛み始める。

 ああ、やっぱり人の体温は駄目だ。

 駅の時と同じで、どうしようもなく涙が溢れてしまう。


「終夜……ごめん、本当に……ごめん」

「ア、アンタが謝ることじゃないわよ」

「いや、それでも……終夜たちの推理がなかったら、僕なんて二階から放り出されて、首の骨でも折って死んでいたかもしれない。君たち全員が、命の恩人なんだ。だから……」


 そこからはどうも、互いに言葉にならなかった。

 僕は終夜たちの美点を次々言って、終夜は僕のことを認めて。

 燃える廃倉庫の隣で、探偵二人は変な褒め合いっこを続けた。




 ────そうして二人で泣きながら、僕はふと、心の中で呼びかけをする。

 既に消えてしまった命に向けて。


 なあ……守屋一。

 僕と同じ生まれを持ち、しかし僕とは違う運命を辿った人殺し。


 今更だけれど、お前は本当に強かった。

 単純な実力で言えば、僕よりも上だった。


 そちらが火傷を負っていたさっきの戦いですら、危うい場面は沢山あって。

 少しでも運が悪ければ、僕は殺されていた。

 互いに万全な状態で百回戦ったなら、間違いなく百回負ける。


 だけど、それでも。

 お前は、僕と戦うべきではなかった。

 僕と敵対した時点で、お前は僕から逃げるべきだった。


 だって、お前は所詮一人だったのだから。

 同族しか信じることがなく、自分よりも恵まれていそうな人を憎んだお前は、ずっと一人で戦うことしかできなかった。

 そんな歪みがあったから、折角協力してもらった爆弾作りの共犯者すら、自爆に巻き込んで死なせた……孤独感が強いあまり、自分で自分を一人ぼっちにしてしまっていた。


 僕は違う。

 僕は一人じゃない。

 一人で勝手に暴走して殺人鬼に会いに行ったとんでもない考えなしを追いかけてくれる、こんなお人好しすら近くにいる。


 どこまで言っても所詮は一人だったお前と、成り行きもあるとは言え、皆の協力を得られた僕。

 そんな二人が戦った時点で、この戦いは一対一じゃなかった。

 実のところ、一対多数だった。


 一対多数なら、数が多い方が勝つに決まっている。

 だからお前は、実力的には上でありながら僕に勝てなかったんだ。

 悪あがきの最後の自爆すら、こうして終夜が邪魔をした。


 お前のしたことを許す気はない。

 同族嫌悪もあって、他の殺人犯よりも強く憎んでいるところすらある。


 だけど、この事実に気づかせてくれたことだけは。

 この街の中で、僕が決して一人ではないことを改めて認識させてくれたことについてだけは、感謝する。


 だから……これでさよならだ。






 やがて、パトカーのサイレンが近づいてきた。

 同時に、僕の意識もすっと薄くなる。

 流石に頑張り過ぎたかと思いながら、僕は気絶するように眠りについた。






 この時も、夢を見た。

 いつもの夢だ。

 赤ん坊になった僕がコインロッカーの中で泣きわめき、段々と力を失っていく夢。


 しかし今日ばかりは、その夢の展開は普段と違っていた。

 僕が泣いていると、やがてどやどやと何者かが扉の前で騒ぎ始めるのだ。

 泣き声が聞こえるぞ、まさか子どもが、なんて言っている。


 そのまま待っていると、その人物はコインロッカーの扉を開いた。

 うわあ、とか何とか叫びながら、僕のことを抱きかかえる。

 捨て子がいたぞ、駅員さーん……そう言って、人を呼んでくれた。


 僕を拾い上げた人物の顔は、眩しくてよく見えない。

 本来なら義父さんのはずだけれど、どうにも雰囲気が固定していなかった。

 いかにも夢らしく、ビジュアルが次々と切り替わる。


 ある時は、終夜の顔に見えて。

 その次の瞬間には、香宮の顔に変化する。

 或いは……現在の僕自身の顔にも見えた。


 赤ん坊の僕が戸惑っている内に、彼の顔は現在の僕の容姿で固定される。

 時系列的に絶対有り得ないのだが、何故か幻葬高校の制服を着た僕が、赤ん坊時代の僕をコインロッカーから救出しているのだ。

 次第に焦った顔になった学生の僕は、赤ん坊を抱えたまま病院へと向けて走り出す。


 抱かれている赤ん坊……つまり夢を見ている現在の僕の意識は、何が何だか分からない。

 いくら夢が何でもありにしても、同一人物を増やすのってどうなんだろうか。

 僕が九城空だとしたら、この学生服の少年は何なんだということになってしまう。


 しかし、必死に僕を抱えて走る学生の姿は、とても頑張っていて。

 彼に抱かれている僕は、不思議と安心した気持ちになってしまう。

 最終的には、この人なら大丈夫そうだと思って、僕は再び眠り始めるのだった。


 こうして、僕は珍しく熟睡して。

 自分の過去を知ってから初めて、「夢見が良い」という体験をしたのだった。

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