Finders Keepers
火花が消える間もなく、向こうが動く。
守屋一は着地もせずに、宙でナイフの軌道を変えてこちらを狙って来た。
「……っ!」
警棒で受け止めた瞬間、腕を通して僕の背中がズキリと痛む。
何もしていない状態ならともかく、未だに激しく動かすのはキツかった。
踏ん張りがきかない。
「……ハァ!」
向こうもそれは分かっているのだろう。
サッと着地した守屋一は、痛みに呻いた僕の隙を見逃さず、そのまま近距離から連続して切りかかってくる。
もしも一切の防御をしなかったなら、僕の顔面はコマ切れ肉と化していただろう────そう確信できるだけの斬撃だった。
無論、現実には僕はノーガードでいた訳ではない。
守屋一と同等、或いはそれ以上の速度で警棒を繰り出して、致命的な斬撃を迎え撃つ。
数秒もしない内に、僕と守屋一の間で数十回は金属音が鳴り響くことになった。
守屋一は、呼吸を忘れたように次々とナイフを繰り出す。
終夜に右手首を蹴り飛ばされたはずだが、少なくとも見かけ上はそれを感じさせない動きだった。
僕もまた、必死に怪我の痛みに耐えて、彼の攻撃を警棒で受け流す。
「……クソッ」
これを続けたことで、初撃で仕留めるのには失敗したと悟ったらしい。
分かりやすく悪態をついた守屋一は、そこで一瞬だけナイフを引っ込めて、ざっと後ろに飛びのいた。
続けて、先程よりも右からナイフを差し込んでくる。
慌てて僕が刃先を弾くと、再び引いて更に右から。
それも迎え撃つと、今度はもっと横から。
僕の周囲を守屋一がぐるぐる回り、連撃を仕掛けてくる。
──正面からは刺し殺せないと踏んで、少しでも視野の外から攻撃する方針に切り替えたか……。
図らずも、昨日やっていた守屋一と終夜の戦いの逆をやることになる。
あの時は守屋一が中心でどっしりと構えて、その周囲で終夜が波状攻撃を仕掛けていたが、今度は僕が中央に陣取る形だ。
倉庫の一点に釘付けにされながらも、僕は視点を変えながら彼の攻撃を受け流していく。
──対応できない訳じゃない……でも、隙が無い!
ギリ、と歯を食いしばる。
幸いなことに、ナイフの勢いは全く対応できないというレベルではなかった。
守屋一が火傷を負っているのと、足場がやや不安定で踏み込みに迷いが見られているお陰だろうか……昨日の襲撃時に比べると、迫力が随分と落ちているように見える。
しかしそれでも、こちら側から何か仕掛けるだけの隙がなかった。
一発捌いたと思った次の瞬間に二撃目がやって来るので、防御以外の対応ができないのである。
そうやって手をこまねいている内に────状況は動いた。
「……フッ」
小さな息遣い。
同時に、守屋一が何か箱状の物を僕の足元に放り投げる。
それを見た瞬間、全身の血液が音を立てて逆流したのがはっきりと分かった。
──……爆弾か!
床の状態も考えずに、ダンッと轟音を立てて後ろに飛び退く。
危険だとは分かっていたけれど、両目も閉じた。
その直後────閃光!
昨日の襲撃時と同じだ。
手元にあった小型爆弾のスイッチを入れて、床に投げて起爆したのだろう。
所詮は音と光ばかりが目立つ低威力の爆弾だが、戦いの場では尋常ではない影響力があった。
──あ、熱っつ……!
体の前面の皮膚が、ぶわっと火照っていくのがはっきりと分かる。
大量の煙が、僕の頬を撫でて後方へと流れ去っていった。
必然的に結構な粉塵を吸ってしまった僕は、目をつぶったままゴホゴホと咳き込んで────直後、煙の中を突っ込んできた守屋一が僕の右手を切り裂いた。
「うぐ……」
反射的に目を開けると、手の甲からブクリと血が溢れたのがくっきりと見える。
遅れて痛みが伝わるが、根性で警棒を落とさずに身構え続けた。
「私が共犯者と作った爆弾だから……目を何秒閉じていれば良いのかは、当然私が一番よく知っている。君は長く目を閉じすぎですよ……」
僕の様子を見てせせら笑うように口を開いた守屋一は、そこで立て続けにナイフを繰り出してくる。
煙が未だに晴れない中で、トドメを刺しに来たのだろう。
不味い、と僕は焦って警棒を構え直すが……今度は、守屋一の方に変化が起きる。
「ハアッ……ぁあ!?」
強く足を踏み出して、ナイフを突き出した瞬間。
彼の右足が、ボコッと音を立てて床に嵌り込んでしまう。
よくよく見れば、そこはついさっき僕が釘付けになっていた場所だった。
爆弾から逃げるために僕が全力でジャンプして、その上で守屋一まで踏み込んだことで、古びた床が限界を迎えたのかもしれない。
彼の右足は床を貫通してしまい、突き刺さって動けなくなってしまう。
──チャンス!
こんなに分かりやすい形勢逆転も中々ない。
彼が動けなくなったことを察した僕は、今度は自分から踏み出した。
背中の痛みと、切り裂かれた右掌の流血を無視して、彼の額をガンッと警棒で打ち付ける。
しかし、そこは相手も無策では受けない。
僕の突進に合わせて、彼は自由になっている左足でカウンターの蹴りを放ってきた。
僕たちの影が交錯すると同時に、ドンッ、と音が響く。
──駄目だ、相打ち……不完全な攻撃にしかならなかった。
それぞれが抵抗した結果として、互いの攻撃は中途半端な形となった。
僕の警棒は、相手の額を軽くカーンと叩くだけに留まり。
守屋一のキックも、僕の脇腹をかすめただけで終わった。
しかしその一瞬で、力任せに守屋一は右足を引き抜いてしまう。
こうなると、こちらも距離を取るしかない。
向こうの蹴りの勢いも利用して飛びのいた僕は、そのまま後ろ歩きで距離を取り、たっぷり五メートル程度の間を置いて守屋一と睨み合った。
……爆弾の煙が晴れていく。
二人して、無言のまま相手の動きを伺っていた。
たかが数十秒の戦いだったにも関わらず、お互いに息は荒く、ハアハアと野犬のような声が廃工場を満たしていく。
──やっぱり、強い。さっき、右足が床に嵌ってなかったら……僕、多分刺されてたな。
どくどくと赤い血が流れ続ける右手の甲を見ながら、僕はひやりと心臓を冷たくさせる。
人格はどうあれ、実力はある相手だ。
少しでも不意を衝かれては、命が無い。
──でも、あれから向こうも爆弾を投げてこない……手持ちの爆弾は、一つだけだったのか?予備があるのなら、今も投げてきているだろうし。最初は僕を仲間に引き入れるつもりだったから、爆弾を大量に持参することはなかったのか。
ライダースーツという格好からすると、手持ちの武器はそう多くはなさそうである。
もしも他に何か持っていれば、シルエットで分かるだろう。
とりあえず向こうはナイフ以外の武器は無いようだ、と当たりを付ける。
──なら次は、こちらから飛びかかるか?こっちの武器が警棒である以上、かなり大胆に仕掛けないと勝てない。
ナイフと警棒では、当たり前だが殺傷力の差が大きい。
向こうは一度刺すだけで重傷を負わせられるけれど、こちらは何度も打ち付けないと有効打にならないかもしれないのである。
それだけの差を抱えて勝とうとしているのだから、ここから僕は、相手の何倍もの攻撃を直撃させる必要があった。
だから、今度はこちらの番だ────そう考えて準備した瞬間。
僕ではなく、守屋一が先に動いた。
こちらに向かって来た訳ではない。
僕から見て右端の方向、廃工場の窓がある方向に向かっていきなり駆け出したのだ。
ヒビの入った窓ガラスを目指して走る彼を見た僕は、「まさか、逃げる気か!?」とかなり慌てる。
流れで戦うことにはなったが、向こうが逃亡を優先する可能性は当然あった。
動きの速い彼に全力で逃亡されてしまっては、追いかけるのはかなり厳しい。
慌てて、彼の背中に追いすがろうと僕は動いて……。
結果から言えば、それが不味かった。
僕が追いかけてきた瞬間、守屋一は焼けただれた顔ではっきりと笑う。
続いて彼は、窓の手前で急ブレーキをかけた。
窓から逃亡するようなことはなく、じっと窓に向き直ったのだ。
そして────。
「……ウリャアァァ!」
気合の入った声と共に、彼は窓に向かって回し蹴りを放つ。
残存した窓ガラスを割るように────いや、違う。
彼の蹴りで砕けた窓ガラスの破片がこちらに飛んでくるように、ガラスを窓枠ごと蹴り飛ばしたのだ。
ガシャアン、とガラスが叩き割れる音が耳を打つ。
更に、彼の右足がガラスに切り裂かれながらも風を切る音も聞こえた。
そして最後に────彼に蹴り飛ばされたガラス片が、散弾のようになってこちらに襲い掛かる。
「……な!?」
ようやく事態を把握した僕は、警棒を構えてそれらをガードする。
しかし、ガラス片というのはどうしても小さい。
いくつかは防御できずに僕の顔や腕をザクリと切り裂いてしまい……その痛みに顔を歪ませた隙を、守屋一は見逃さなかった。
壁をガンッと蹴り飛ばして、彼は再び飛び込むようにして切りかかってくる。
丁度、ガラス片に続いて彼自身が空を飛んできたような形だ。
反射的に警棒でナイフに対策しようとする……が。
「……甘い!」
そのナイフは囮だった。
一瞬でナイフをひっこめた彼は、地面を蹴って無理矢理に横に飛び退く。
そのまま僕の背後に回り込むと────僕の背中を、強く強く蹴り飛ばした。
「うっ……ぅぐあああぁ!」
バキリ、と背中で響く破砕音。
自分の口からは悲鳴も漏れる。
昨日彼に警棒でやられた部位が蹴られたと、はっきり分かった。
やった張本人だからこそ、弱点をはっきりと覚えていたのだろう。
空恐ろしくなるほど正確に、彼の足は僕の傷痕を抉り取った。
あまりの激痛に、僕はその場で崩れ落ちてしまう。
カラン、と警棒も床に落ちた。
それだけでなく、コロコロと転がって壁の方にまで逃げてしまう。
駄目だ、拾わないと……そう思って手を伸ばすと、守屋一はガンッと音を立てて僕の右手を左足で踏みつけた。
そして、先程切り裂かれた手の甲を痛めつけるように、ぐりぐりと靴を動かす。
右手を押さえられては動くことも叶わず、僕は歯を食いしばって痛みに耐えた。
「ハハハ……無駄な動きが多過ぎですよ、九城空君。あらゆる攻撃を防ごうとしてしまっている。戦い慣れしたベテランは、必要な防御以外はしないものです。大したことのない武器は警戒しないし、致命傷でないと確信した攻撃は避けない……そんな基本すら分かっていない人間が、私に勝とうなど」
ニヤニヤと笑いながら、彼は僕を左足一本で固定する。
もう、僕のことを殺したも同然と思っているような動きだった。
本人の言う通り、警棒を落としてしまった僕はもう警戒する対象ではないので、防御する気が無いのだろう……僕が自棄になってこの体勢から素手で殴りかかっても、全て対処できると確信しているようだった。
「先程は威勢のいいことを言っていましたが、こうなっては形無しですね……ああ、予想通りの結末です。やはり私には、君みたいな恵まれた人間を裁く資格がある。だからさっさと、殺してあげましょう」
にやりと笑いながら、わざわざこちらにナイフの刃先を見せてくる。
逆手にそれを持った彼は、これ見よがしに天高く掲げた。
そしてすぐに、僕の顔面に刃を振り下ろして────。
「……予想通りなのは、こちらの方だ」
刹那、僕はカッと目を見開き、背中と右手の激痛に耐えて左手を動かす。
守屋一はそれに気が付いていたようだが、対応はしなかった。
大した威力ではないと踏んだのだろう。
確かに、素手の僕のパンチではこの場を切り抜ける役には立たない。
しかしこの時の僕は、そんな意味のないことをしたいのではなかった。
────ズボンの裾に左手を差し伸べて、そこに隠されていたもう一本の警棒を取り出す。
銀色に輝くその警棒を、僕は遠心力に任せて振り回した。
カンカンカンッ、と音を立てて警棒の先が伸びる。
振り回された勢いもあり、かなりの威力が乗った警棒は────ナイフを持つ守屋一の右手首に直撃する!
「なっ……ガッ!?」
途端に、守屋一が苦痛に顔を歪める。
それを見て、僕は自分の予測が当たっていたことを確認した。
──やっぱり……終夜の飛び蹴りで受けた傷、まだ治ってなかったんだ。
昨日の襲撃で負傷したのは、僕だけではない。
取り調べでも握手で確かめたように、襲撃者である彼も右手首を痛めていた。
僕の傷がまだ完治していなかったように、彼の傷もまた治り切っていないのだ。
だからこそ、銀色の警棒による一撃は痛打だったらしい。
得意げに言っていた、「大したことのない攻撃は避けない」という方針が裏目に出た。
僕の攻撃を舐めてかかっていた彼は、予想外の警棒の一撃をガードもせずにまともに受けてしまい────苦痛のあまり、右手からポロリとナイフを取りこぼす。
──今だ!
この好機を逃す馬鹿はいない。
相手にナイフを拾う隙を与えず、僕は左手の警棒を更に振る。
丁度目の前に来ていた、彼の股間の部分を警棒で強打したのだ。
本当は警棒越しにでもこんなところを触りたくないのだが、僕がしゃがんでいて相手が立っている以上、一番狙いやすい人体急所はここだ。
何かを叩き潰したような感触が掌に走ると同時に、守屋一が獣のような悲鳴を上げた。
股間を抑えながらよろけた彼は、僕の右手を押さえていた左足もパッと離す。
勿論、この一瞬を見逃しはしなかった。
悶える彼を尻目に立ち上がった僕は、落ちたナイフを蹴り飛ばしつつ、先に手放してしまった警棒を拾い上げる。
そして痺れて感覚に乏しい右手で何とか警棒を掴んでから、改めて敵に向き直った。
右手には、「外」から持ち込んだ愛用の警棒。
左手には、今日初めて使った銀色の警棒。
二刀流ならぬ二警棒流になった僕は、しゃにむに警棒を繰り出して────二つの警棒の先端は、しっかりと守屋一の頭部を打ち抜いた。
……唐突に取り出した、この銀色の警棒について解説をしておく。
当たり前だが、この警棒は僕が魔法のようにここで生み出した物ではない。
昨日の襲撃の際、守屋一が振り回していた得物────それを今、僕が使っているのだ。
どうして僕がこれを持っているのかと言えば、理由は単純。
拾ったからである。
あの襲撃時、終夜が不意をついて飛び蹴りを放った。
彼女の攻撃の結果、守屋一は警棒を地面に落とした。
その際に彼の正面にいた僕は、襲撃者が警棒をまた使わないように、それを素早く拾っていたのである。
結局、彼は爆弾ですぐに逃亡。
警棒が再使用されることはなかった。
僕も爆発から逃げるのに必死で、拾った後は意識から消えていたほどである。
だからだろうか。
その後、怪我をして病院に運ばれていく過程で、僕は警察にこれを提出することをすっかり忘れてしまっていた。
終夜と取り調べに向かう途中、僕が思い出していた遺留品の正体がこれだ……僕は犯人が使っていた警棒を、そのまま持って帰ってきてしまったのだ。
勿論、すぐに警察に届けた方が良いことは分かっていた。
犯人が得物にしていた以上、これは重要な証拠品である。
向こうは軍手をしていたので、指紋が採取できるとは思えないが、何か他に犯人に迫る証拠が出てくるかもしれない。
しかしこれの存在を思い出したのは、丁度終夜と共に容疑者たちに話を聞きに行った時だった。
あそこで僕だけ引き返して、警察署に警棒を提出しようとすると、かなりのタイムロスになってしまう。
自分たちでの早期解決を目指していたことと、終夜も証拠品の一つを提出せずに持ち帰っていたこともあって、僕は目の前の取り調べを優先させてしまっていた。
だから僕は、自分の警棒と犯人の警棒の二本を隠し持ったまま、その後の捜査を続けていた。
警察側から「警棒が見つからないんですが、もしかして拾っていませんか」なんて問い合わせがあればすぐに返したと思うのだけど、事件捜査で混乱していたのかそんな連絡はなく、そのままになっていたのである。
僕としては、時間ができたら警察に提出しようと思っていたのだが────続いて本郷キララにまつわる謎を解いたことで、僕はこの警棒のことを再び忘れてしまう。
彼女の子どもを救うことに一生懸命になっていたので、折角警察と行動を共にしていたにも関わらず、警棒を提出しなかったのだ。
結局、警棒の存在を思い出したのは香宮邸に帰った後のことだ。
大慌てで藤間刑事に電話したのだが、既に守屋一の確保に動いたために電話が繋がらなかった。
直接警察署に持ち込もうかとも思ったけれど、また香宮を心配させてまで夜に外出するのも気が引けて……ずるずると、警察に警棒を渡さないまま今の今まで来たのである。
しかし、我ながらグダグダな経緯で所持し続けたこの警棒が、今の戦いでは役に立っていた。
終夜との戦いでも察していたけれど、守屋一はなまじ戦い慣れているために、不要な防御を全くしない。
だから彼は、僕が左手で攻撃してきた時にそれを避けなかった。
彼は僕が銀色の警棒を持ち帰っていることなんて当然知らないので、武器を一つ失わせたた時点で、僕に手持ちの武器は無いと判断していたのだろう。
左足に糸で括り付けていた──倉庫を出る時にそうしていた、隠しておけばどこかで使えると踏んでいたのだ──警棒を左手で引き抜いて使うなんて、全く思っていなかったのだ。
だからこそ、僕の攻撃は完全な不意打ちに昇華され、逆転の一撃になった。
つくづく、落とし物というのはちゃんと拾っておくものだと思う。
財布にせよ、試薬にせよ、警棒にせよ────落とし物を拾ってあげる度に、僕の人生は逆転していた。




