一冊の時計
一冊の時計のページが音を立てながらめくれていく。
止まる頃、私たちは異世界に来た。
「思い出の地じゃなくていいの?」
「最期は思い出の地へ行くよ。その前に罪滅ぼしで楓羽と想い出を作ろうかなって」
私は楓羽にそう零した。
無意味だと分かっていながらも。
「罪滅ぼしなんて。ウチがしたいから隣に居るの。ウチがしたいから最期も隣なの……もう何度目かなあ、これ」
「やっぱりふとした瞬間に思うものよ。他の幸せをプレゼント出来ない私はなんて――ってね」
「ウチは十分幸せだよ。どんな選択をしてもついていくし、それはウチの選択でもあるから」
私、汐凪夕海鳴の選択は楓羽の選択でもあるか、かあ……。
まあ、あの時から運命共同体なのよね、私たち。
あの時は確か暴走したんだっけ。
彼女に与えた能力が。
その場はどうにかしたけど、より一層運命共同体になったのよね。
「ありがとうございます。マスターが居なければ危うく大惨事で、危うくマスターを殺す所でした」
「良いんだよ、殺しても。私はいつまでも生きられない。それならばいっそ殺してくれて構わない。一緒に死のう」
「いいのですか? マスター。ふうがずっと望んでいた事を叶えても良いのですか?」
「ああ、構わない。今よりもっと親密に、そして最期は一緒に」
「マスター。いえ……夕海鳴」
こうして私たちはより親密になった。
「夕海鳴? どうかした?」
「いや、ちょっとね。そんなことより……何しようかな」
「立つ鳥跡を濁さずならば、このまま人目に触れず巡るのがいいんじゃない?」
「そうだね。悩み所」
さて、本当にどうしようかなあ。
ここから近い街に行くか、この世界の各所をそっと巡るか……悩むなあ。
「あれは……異世界ではよくある魔物が溢れてどうのこうのってやつだね」
「どうするの? ウチは夕海鳴に任せるけど」
「まあ大丈夫でしょ。よく見たら反対側に人が沢山居るし。何とかなるでしょ」
「そ? ならいっか。ところで行き先決まった?」
「あ、決まってないね。どうしようかなあ……」
「まあ時間はたっぷりあるからゆっくり決めたらいいんじゃない?」
「そうするよ」
このまま森の中を通って一番近い名所に行こうかな?
一冊の時計によると危険度はそれなりにあるらしいけど。
ちなみに魔物たちはあっという間に殲滅してたね。
いやあ飛び出て何かしなくてよかったね。
「一番近い所の名所ねえ……危険なのに名所なのね。ウチには分からない」
「まあ実力ある人たちの中で名所なんだろね。って相変わらず覗いたのね」
「別にいいじゃないの。今更でしょ?」
「確かに今更だったよ」
「そもそもこれは夕海鳴からの贈り物。夕海鳴とウチの願いでしょ? だからいつも通り」
「そうだったね。まあでも、最近は使わなくてもって時があるけどね」
「だってこんなにも長く一緒に居るもの。当然のことよね」
「だけど当たり前と思ったらいけないんだよね」
「夕海鳴、愛してる」
「愛してるよ、もちろん。突然どうしたのよ」
「いつものことじゃない」
「確かにいつものことだった。ま、今更よね」
「そ、今更なの」
「あ、ほら見えて来たよ話している間に」
「飛んで行ったから一瞬だったね」
「歩いても良かったけど、早く巡って叶えたいからね」
「うん。随分と長い間引き延ばされているからね。ウチもつい甘えたけど、やっぱりいつまでもって訳にはいかないからね」
にしても誰も居ない。
よくある魔物とかそういうの。
人も居ない。
……あ、そっか。
さっきのあれで魔物が居なくて、人も居ないんだ。
じゃあ暫くは2人きりで、2人占め出来るね。
「ふーん、そうだったんだね。納得かも」
「あくまで私の予想だけど……覗いちゃったのね。まあいいけど」
「だってしかめっ面になったから、何かなって思ってね」
「嘘ー? そんな顔してた?」
「してた。こーんな風に、ね」
「そんな可愛くはしてないと思うけどなあ」
「そう? 気のせいじゃない?」
気のせいじゃないと思うけどなあ。
「私のわがままに付き合ってくれてありがとう。それと我慢させてごめんね」
「ううん、いいの。さっきも言ったけど甘えちゃったから。だけどこれ以上はもう……この一冊の時計でも……」
「分かってるよ。話したいことは沢山あるけど、もう既に交わした見せ合ったからね」
この一冊の時計を通して、ね。
「私が人形の貴女に永遠の命を与えた。だけどそれは苦しいだろうって私を殺して自分も死ぬ枷をつけた」
「……」
「私の我が侭で命を与え、枷を与えてごめんね」
「愛してる。ウチはマスターに与えられて幸せだよ。不幸に恨みに色々思ったことないから」
「その呼び方懐かしいね。あの頃が懐かしいよ」
ことあるごとに、いつも何度も、数え切れないほどに、マスターって呼んでくれた。
あの日を境に、枷を与えた境に呼び方は変わったけど。
「私も愛してる。一冊の時計も何もかも過ぎたるものだったかもしれない。それでも楓羽との全ては大切な想い出」
「ウチもだよ。幸せなまま死ねるのね私たち。次も一緒だね」
「うん。さあ、行こうか」
私たちの間に一冊の時計が浮かぶ。
「愛してるよ、楓羽」
「ウチも愛してるよ、夕海鳴」
一冊の時計ごと互いの胸を、互いに貫いた。
それは幸せで心地よかった。
ああ、私たちは次も――
人形と人は身罷りました。
光となって消えました。
これが幸せで、幸せのカタチなのです。
誰にも否定は出来ません。
永遠に共に――