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イラストを描きたい!

「イラストが描けるようになってこそ、一人前の女子高生だと思います!」


 おりひめ委員長がそんなことを言い出した。いや俺はそんなことはないと思うけどな、とは思ったが、突っ込まずにいておいてやった。


 俺は昼休みの過ごし方を真面目に考えて、いちいち委員長の発言に反応してるからいけないのでは? と思い至った。


なので俺はあえて委員長の発言に反応しないことにした。

 戦略的撤退である。なんたる頭の良さ!


「む! 神崎くんが私のことを無視してきます!」


「しょうがないでしょう。いちいち委員長に反応してたら、飯が食えなくなるじゃないですか」


「私は、私は! 神崎くんと会話したいんです! それくらい付き合って下さい!」


「だぁもううっとしいな! 俺は飯を食うんだ!」


「神崎くんが私のことをシカトしますぅ~~~~~!」


「ちょっとちょっと神崎くん? それは可哀相だよ?」


「いや可哀相もなにも、俺はいっつも委員長とか、あとお前らのせいで飯が食えてねーんだぞ?」


「それは違うぜ神崎くん。話について来る神崎くんも、悪いんだよ?」


「たしかに! 俺も悪いわ! 会話に参加しちゃう俺も悪いわ!」


 俺はなるほどなと納得した。話の広げ方がうまいんだろうな、こいつらは。


「とにかく委員長、今日は会話に参加しません」


「えーーー、なんでよ! 一緒にやりましょうよ、お絵かきゲーム。黒板空いてますから!」


「黒板使ってやるの!?」


「け、けど……! 面白そう! かなぁ………………なんて………………あはは。私なんかがなにほざいてんだって話だよね」


「ダメ! 環奈その思考ダメ! わかった! お前お絵かきゲームやりたいんだな!」


「そそそそんなことないよ!? 私はただ、面白そうだなって思っただけ」


「それってやりたいってことじゃねぇか。ったく、お前も素直じゃねぇな」


「神崎くんは乗り気じゃないんですか?」


「俺は乗り気じゃないですね。今からお昼ご飯を食べて、午後の授業のための予習をしないといけないので」


「神崎くんが勉強ですって!? そんな! 奇跡です! 私は今奇跡を見ています!」


「失礼!? あんためちゃくちゃ失礼だぞ!? 俺だって勉強することくらいある!」


「あの神崎くんが……………………! ビックリです!」


「ってことで、俺は今から勉強を開始しますね」


 俺はゆっくりとノートを取り出してそれを開く。白紙のページだ。俺はそこに計算式を書こうとして、ふとペンが近くで動かされていることに気がついた。


「委員長、なに落書きしてるんですか?」


「落書きじゃないですよ! これはおりひめ先生からの教えです」


 ノートには、おりひめ委員長をデフォルメ化したイラストが描かれている。白衣を着た女医みたいな先生が、「ここは重要ですからね!」とか棒を持って呟いている。


 やかましいわ! 俺はすかさず消しゴムでそのイラストを消した。


「あぁ――――――――――――っ! なにするんですかぁ――――――!」


「なにするんですか、じゃねぇ! 人のノートに落書きすんな!」


「私はイラストレーターを目指すんですよ!」


「知らねーよ! 目指すんなら自分のノートでやれ!」


 おりひめ委員長はおれの方に向けてノートを見せびらかしてきた。


「もう全ページ埋まっちゃったんです」


「授業は!? あんた授業はどうしたの!?」


「板書は全部イラスト化しました!」


「先生の存在意義! 逆に天才だわあんた!」


「えっへん! 私は何だってイラストにできる自信があります」


 俺はある種の天才を目撃しているのかも知れない。委員長の隠された才能、おれはそれを初めて目の当たりにしている。


 って言うか委員長、意外と絵がうまいな…………。


 いけないいけない。場の雰囲気に流されてしまうところだった。

 俺はお昼ご飯と、授業の予習をしなければならないのだった。

 って言うか俺、先にノート開いちゃったからいけないんだな。先に弁当箱取り出せばよかったのだ。


 と思って、俺は鞄からお弁当箱を取り出した。


「お! 神崎くんのり弁じゃないですかぁ! しかも、キャラクターの形になってます!」


 母さんなんてものを作ってくれたんだ……。

 俺は落胆する。これじゃ委員長の恰好の餌食にされてしまう。


「神崎くん、これはなんていうキャラクターですか?」


「昔流行った、サッカーがメインテーマのゲームの、キャラクターですよ。たしか名前は、高円寺、だったかな?」


「お! 伊織! 高円寺か!? 私知ってるぞ! 高円寺かっこいいよなぁ!」


 話に参加してきたのは後ろの席のエリカだった。


 サッカーゲームとは言っても、いわゆる何でもありのサッカーゲームである。キーパーの手が大きくなったり、シュートを打つ際にエフェクトの掛かったジャンプをしたりする、トンデモサッカーゲームのキャラクターだ。


 この高円寺は、炎のシュートが放てるキャラクターだった。

 もう十年近く前の作品になるが、エリカはそういう少年向けのコンテンツに目がないのである。


「お前もカミナリイレブン知ってたのか?」


「おうよ! 当然だ! ザ、世代の人間だからな。プレイ時間は優に五百時間は超えるぞ!」


 すげーな、マジか。かなりハマっていたことがうかがえる。


「この醤油差し、めっちゃ仕えそうじゃん」


「おい夏美? お前はいったいなにをしようとしている……!?」


 俺がツッコミ終わるよりも前に夏美は俺のご飯の上に落書きをし始めた。


「っておい! お前なに描き始めてんだよ!?」


「えっへへ、画伯」


「どこが!? 下手!?」


「見て! よくトンネルとかに描かれてる絵!」


「意外とうまい!? 意外とうまかった! そうやって見ると、意外とうまい!」


「めっちゃ得意なんだ~~~~」


「待て! お前描いてたってことか!?」


「え………………えっと、なんのこと?」


「犯人こいつだァ――――――――――ッ! 犯人こいつだよ! 落書きしてる不良!? お前だったのか!?」


「てへっ、バレちった!」


「開き直るな! 反省しろ! そして微妙にうまい!」


「えへへ、アタシってすごいっしょ」


「すごいけども! いらない才能! 残念ながら世の中で一番いらない才能!」


「あ、アタシ描いたらちゃんと消す派だから、お水ジョバー」


「待て待て! これはご飯! トンネルとかに描いたとき、ミスで消してるのはわかるけど、これご飯だから!」


「あ、そうだっけ? んでさー、昨日のテレビ見た?」


「話! 逸らすな! 水をどうにかしろ!」


「やっぱ出川面白いよね!」


「チョイス! 女子高生のチョイス! なかなかのキャラ! 出川さん面白いけど、なかなかのチョイス!」


「ダチョウ倶楽部も面白いよね」


「あれかな!? リアクション芸が好きなんだな!」


「そーそー、ケド一番面白いのは、アタシの隣に座ってる奴。もーマジ、ちょーリアクション濃い!」


「お前のせい! これはもろもろお前のせい!」


 俺はなくなく水浸しになった机を雑巾で拭くことにした。まったく、なんかこの絵面めちゃくちゃ悲しくないか。まぁ、しょうがない。夏美のやったことの尻拭いをするのはいつだって俺なのだ。


 俺は夏美のお世話係なのだ。

 やべぇ、そう考えると興奮してきたな。


「アタシ、今日の弁当明太子は言ってるんだよね! あとシナチク!」


「シナチクゥ!? シナチクってなに!?」


「めんま」


「初めて聞いた! シナチクって言うんだ! クソどうでもいい知識!」


「ちょっと神崎くん? それはシナチク農家さんに失礼だよ?」


「シナチク農家!? シナチク農家というパワーワード! 俺はシナチク農家を見たことがない!」


「シナチクに詳しい、シナチクおじいちゃんがやってるんだよ」


「そうなの!? ありがとうシナチクおじいちゃん! シナチク最高!」


「そーそー、シナチクは世界を救うんだからね!」


「世界を救うシナチク、最高!」


「もう世界中をシナチクにしたいくらいだよ! 世の中の人間みんなシナチクになっちゃえばいいのにね!」


「どうやって!? ハウ!? シナチク人間の誕生! 嬉しくない!」


「『僕はシナチクの星からやって来た、シナチくんなんだ。どうぞよろしくね』」


「お、シナチくん礼儀正しいね」


「『そうなんだ。シナチクは礼儀正しく生きなきゃいけないっていう決まりがあるからね』」


「どんな決まり!? まぁケド、礼儀正しいことはいいことだぞ!」


「『そうだよね。シナチクたるもの、紳士でなきゃね』」


「そうだな!……………………ってなにこの会話!? 俺はいったい誰と喋ってんの?」


「え? だからシナチくん」


「いいよシナチくん!」


「そ、そんなぁ……………………神崎くんにはシナチ君の良さがわからないって言うの!?」


「わかるやついたら出てこいよ! っていうか、シナチク自体喋るのがおかしい!」


「じゃあ神崎くんは、キャバ嬢が全員シナチクだったとしても、興奮しないってわけ!?」


「しない! 逆! 人間だったら興奮するの!」


「うそ! びっくり! 神崎くん人間に興奮するんだ!」


「俺なんだと思われたの!? オスとしてみられてないこと自体は構わないけど、人間として思われて無いのどうなんですかね!」


「そっかーーー。神崎くんは人間に興奮するんだね!」


「なんかその言い方もいや! 俺は一体なんだと思われてんだ本当に…………」


「性欲に飢えたサル」


「ド直球――! あまりにもド直球! ビックリした! 真剣白刃取りできないくらいの勢いで飛んできたよこの球! おかげで俺真っ二つ!」


「神崎くんのことは、サルだと思ってる」


「二回も言わないで! 思春期女子からのアタック! でもこれはこれで興奮する!」


「うわ! ホントだ! 神崎くんやっぱり人間に興奮するんだ! シナチクには興奮しないのかぁ………………」


「どんな性癖!? 俺どんな性癖だよ! 性癖べつにふつうだからね!」


 俺はなにを叫んでいるのだろうか。自分の性癖がふつうであることを教室で叫ぶ男って、意外とあぶないかも知れない。


 いや、あぶないな。

 だから夏美にサルだなんて言われてしまうんだ。いやサルって…………。


 俺は肩を落とした。


「神崎くん、もしかしてサル扱いされたこと怒ってる? ごめん、ちょっと言い過ぎた。でも、神崎くんがシナチクに興奮しない人だとは思わなかった」


「思えよ。ふつうはしないんだよ」


「でもでもっ、じゃあこれならどう!? じゃーん、納豆!」


「興奮しねーわ! ってか学校に納豆持ってくる奴初めて見たわ!」


「どうどう? めっちゃ興奮しない? この糸引く感じとかさぁ……」


「たしかに! ってストップ! 花の女子高生! いったいなにを口にしている、なにを!」


「めっちゃ伸びるでしょ、私のあれ」


「言い方! 世界一へたくそな色仕掛け! 俺はそんなんに騙され……………………やべぇちょっと興奮してきたな、なんだこれ!」


 俺は異常性癖なのかも知れない。誰か助けて。


「神崎くんいい感じ!? ほらほらぁ、もっとネバネバさせちゃうぞー」


「うはっ! たしかにする! 興奮する! ケド興奮してるの、納豆じゃなくてお前だわ!」


「うわぁ」「どういう意味?」「さすがに引くぞ」


「なんで!? 周りからいっぱい言われてる!? け、けど、たしかに今の発言はドン引きものだったかも知れない」


「いいじゃんいいじゃん、納豆で興奮するの? へへ…………もしかして、納豆弱い?」


「弱いィ! もっとやって!」


「うわ、神崎くんの性癖が」「もう友達になるのやめようかな」「最低だな」


「もうなにか失いかけてる気がするけど、俺は気にしない! 納豆バンザイ! なんかマジで興奮してきた!」


「ほれほれぇ、いっちゃいな?」


「いきまーす! 神崎、いきまーす!」


 俺はもう完全に性欲をあらわにしていた。周りからマジでいたい子扱いされている。


 環奈、エリカ、おりひめ委員長以外にも、俺のことを見つめてくる者多数。もしかしたら今後の俺の学校生活に支障が出るかも知れない。


「はい、あーーーん」


「あーん! うわ! めっちゃエロいニオイする! なにこれ!?」


「納豆の香りだよ! うへへ、もっと食べなよ!」


「はーい! 納豆に発情する高校二年生、いっきまーす!」


 俺は納豆を咀嚼する。アァもうこれ完全に何もかも失うルートは言ったかも知れないが、なに、気にすることはない。


「俺は俺の道を行く!」


「おっ、かっこいいねーー」


「ストップ! ストップだ夏美! 伊織がもう完全に見てられない姿になってるから!」


 ふぅとおれは息をつく。まったく夏美との会話は止まらなくなっちまうんだよな。


「なぁ伊織。アタシならもっと納豆を有効に使えるぜ」


「お? どんなだ?」


「納豆でマシンガンを作る」


「よくわからない発想だな! そんな納豆浴びても敵は怯まないから!」


「ところで伊織。納豆を武器にする女子高生ってどう思う?」


「変だと思う! 滅びればいいのにって思う!」


「なっ! あたしの発想をバカにしたな! 納豆を武器にする女子高生として名を広めて新聞に載ろうと思っていたのに!」


「黒歴史だからやめて! 恥ずかしいぞお前!」


「アタシは英雄になれると思ったのに!」


「英雄じゃない! ただ恥ずかしい奴!」


「ところで伊織、納豆巻きは好きか?」


「あんま食べねぇよ。納豆巻きが好きだとか言う奴になかなか出会わねーわ」


「だよな! 納豆巻きってなんであんな微妙な食べ物なんだろうな!」


「怒られるぞお前! 全国の納豆巻き信者に殺されるぞ! 納豆で! 窒息死させられる!」


「な、納豆で呼吸を止めるのか! 伊織! お前のアイディアは天才的だな!」


 どこが天才的なんだろうか。誰か教えて欲しい。俺ごときが天才ならエジソンは何なんだろう。天才通り越してなんなのだろう。語彙力がない俺にはエジソンの存在が何であるか定義できなかった。


「でも、カッパ巻きは好きだよ! ほら、中にキュウリが入ってる奴!」


「知ってるわ! そうか! 環奈はカッパ巻きが好きなんだな!」


「カッパ巻きだけで十皿行けちゃうよ!」


「食い過ぎ! トロ食えトロ! もったいない! たかがキュウリ巻いただけの料理食ってもそんなに栄養にならない! ってかカッパ巻き寿司屋で頼む奴だいたい損してるから!」


「私は損した気分にならないよ! むしろカッパ巻き今日も食べられて幸せだなぁって」


「お花畑! お前の頭お花畑! いやキュウリだからキュウリ畑!」


「うーん神崎くん、さすがになにを言ってるか分からないよ。キュウリ畑だから何なの?」


「思ったわ! おれも思ったわ! キュウリ畑だから何なんだって! ごめんな環奈! 俺のボケのレベルが低かった!」


「う、うん! 大丈夫だよ神崎くん! そんなに落ち込まないで!」


「うおおおお! 環奈が優しい! 俺環奈ちゃん好き!」


「神崎くんのIQがものすごい低いことくらいとっくに知ってるから!」


「めっちゃバカにされてた! おれバカにされてた!」


 くそ。今時の女子高生がカッパ巻きの話をしてるって、よくよく考えればシュールだな。

 それとも今の女子高生の間ではカッパ巻きがブームなのかも知れない。俺が知らないだけで。


「カッパ巻きおいしいですよね。あとかんぴょう巻きも」


 おりひめ委員長が話に割って入ってきた。ったく一体なんだって言うんだ。もう委員長には是非とも話に入ってこないでいただきたい。


「私、かんぴょう巻き推進委員会に所属しているんです、こう見えても」


「絶対嘘だよね! そんなの絶対嘘!」


「嘘じゃありません! ここにライセンスがあります! 私は偉いのです!」


「あれこれマジな奴!? かんぴょう巻き推進委員会の会員だったんですかあんた!? べつにすごくない!」


「私は全国にかんぴょう巻きを進めるために産まれてきました」


「いらない! もっと他のことで役に立って! かんぴょう巻きごときが調子のんな!」


「なっ! 神崎くんがかんぴょう巻きのことをバカにしました! 怒っちゃうぞプンプン!」


 俺はぞっとした。委員長が鬼のような形相意を浮かべている。どうやら本気で怒らせちまったらしい。


「神崎くんはかんぴょう巻き食べたことないんですか?」


「あるよそりゃあ。けど毎日食べたいかと言われると微妙だな」


「ですよねぇ、私もかんぴょう巻きだけだとちょっとキツいです」


「あれ!? あんたかんぴょう巻き推進委員会じゃなかったの!?」


「そんな委員会ある訳ないじゃないですか」


「…………………………」


 と言うことは実在すると俺は勘違いしていたらしい。まったくなんてバカなんだろう俺は。


「ということで、本日はこれにて終了しましょう、さすがに昼が食べられなくなります」


 よかった。今日は昼飯を食わせてくれるらしい。俺は救われた気持ちで自分お弁当を食い勧める。あーよかった。いっつも飯食えないんだよな。


 今日の午後の授業はいつもより頭が冴えていたような気がする。昼飯を食うだけでこんなに違うのかと実感した日だった。


 ところでイラストの話どこ行った?

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