歯磨き粉を食べてみたい
「歯磨き粉って食べてみたらどんな味がするんでしょうね……」
「いきなりなに言ってるんですか」
俺は突っ込まずにはいられない。そう、委員長に突っ込まずに入られない!
って言うかいきなりなに言い出してんのこの人! 常識ってモンを考えてくれ!
「っていうか! 味はわかるでしょうが!」
「はっ! たしかにそうですね! け、けど、喉越しとかはわからないから」
委員長、この人もしかしたら変態なのかも知れない。
俺はこの委員長を元に戻すべく、今日の昼休みをむだにすることにした。
「変な妄想してないで、たまには勉強でもしたらどうですか?」
「ダメですよ神崎くん! 勉強したら負けですからぁ!」
「負けじゃねーよ! 学生なんだから勉強しろ!」
「もう神崎くんってば、子どもに勉強勉強言ってちゃダメなんですよ!」
「認めた! あんた自分が子どもっぽいこと認めた!」
「こ、子どもっぽいってなんですか! だいたい! 女の子はいつだって幼くあるべきなのです!」
「たしかに! たしかにそうだけど! けどあんたの場合はもうちょっと成長して! あんた実際は一学年上なんだから!」
「か、神崎くん……ひどいです……」
「泣くほどですか!? ご、ごめんなさい! お気に障ったのなら謝ります!」
「と、とにかく! 私は歯磨き粉を食べてみたいです! ちょっと買ってきます!」
「だからダメだって! 今昼休み中! 学校から出られないの!」
「購買で!」
「売ってねーよ! どこの学校の話だそれは!? 歯磨き粉食用じゃねーんだよ!」
「神崎くん! 女にはやらねばならないときがあるのです!」
「いつ!? べつにやらなくていいことでしょうが!」
「いいえ神崎くん。私は好奇心を持ったら止まらない生き物なのです!」
「とまれ! 歯磨き粉は食用じゃない! 教育に悪い!」
「私は歯磨き粉を食べるまでは死ねません!」
「じゃあ生きてくれ! 一生食べなくていい! それなら無限に生きられるから! 理論上は!」
「いえ…………でも食べてみたい物は食べてみたいのです! 知的好奇心の勝利!」
「ダメだ! 落ち着いてくれ! あーもうなんなんだこの人! めんどくさいことこの上ない!」
「さぁ行くぞ! 歯磨き粉探求の旅へ!」
「行くな! とまれ! ストップ! あんたいい加減に怒るぞ!」
「私は歯磨き粉が大好きで、愛していて、結婚したいとも思ってます!」
「いらねー! 歯磨き粉と結婚してもなにも生まれないから! せいぜい歯がちょっときれいになるだけ!」
「離して下さい神崎くん! 私は歯磨き粉と毎晩ランデブーするんです! 『さぁ、おりひめ! 君の口の中にランデブーしに行くからね』!」
「すんな! 想像しただけで気持ち悪いわ! 歯磨き粉をキャラクター化するの止めて下さい! どんなキャラよりもキモいです!」
「神崎くんが歯磨き粉のことバカにしてる! いけないんだ! 先生に言いつけてやる!」
「どうぞご勝手に! あんたがおかしいことしか伝わらないと思うけどね!」
「私はおかしくなんかないです! 歯磨き粉を愛しているんです!」
「歯磨き粉熱から冷めて! お願いだから冷めて! 歯磨き粉そこまでいいキャラしてないから!」
「神崎くんは私と歯磨き粉君が結ばれるのいやだって言うんですか?」
「ついに『君』づけした……ァ! ちょっと待って下さい! 歯磨き粉はあなたの思ってるような相手じゃありませんよ!」
俺は冷静に考える。何だこの会話は。今時小学生でもしない。
「私は歯磨き粉君の白くてヌメヌメしたものを、お口の中で受け止めたいんです!」
「言った! この人言いやがった! ダメ! 放送禁止! って言うかみんなやってる行為! だからこそダメ!」
「離して下さい神崎くん! 私と歯磨き粉くんは結ばれてしまってるんです! 歯磨き粉くんの熱いものがドクドクと私の体の中に流れ込んできます!」
「ついに本性現したな、この変態委員長!」
俺はこの委員長を止められないかも知れない。
もし止められなかったら、エリカ辺りに任せることにしよう。
「歯磨き粉君の幸せのためなんです」
「だからなんなんですかさっきから歯磨き粉歯磨き粉って。もう言わないで下さい。金輪際。死ね」
「死ねって言いました! 今死ねって言いましたね!? ダイレクトすぎます!」
「委員長が痛すぎる人だからでしょう。豆腐の角に頭ぶつけていなくなって下さい」
「ひどい! あまりにもひどいです! ケド豆腐の角ごときじゃ死にません! はっ! ちょっと待って下さい! 豆腐で歯を磨いたらどうなるんでしょうか!」
「斬新な発想!? なにもならないと思うよ!? ただぼろぼろなるだけだと思うよ!?」
「し、しかし………………あぁ、試してみたいです」
「タンパク質が広がるだけ! むしろ虫歯になりそう!」
「でも神崎くん、一度溢れ出した好奇心は止まることを知らないんです!」
「知れよ! 知ってくれ! 留まってくれ!」
「いいえ私は止まりません! ってことで購買行って麻婆豆腐丼買ってきます!」
すげぇ、三分後、本当に買ってきたよこの人。
「ちょっと待って! 麻婆豆腐丼はまずいって! 色々辛いの入ってるから!」
「心配いりません! ほら、ごしごし」
「ちょっと待て! あんたなんで歯ブラシ持ってんの!?」
「いつでも学校に泊まれるように、何時だって女の子は準備してるものなのです!」
「学校でそんなイベントは起きない! むり! むりだから! 警備員うちの学校いるし!」
「じゃあ警備員さんの前でランデブーします!」
「やかましいわ! 何ださっきからランデブーって! 黙れ! 口を閉じろ!」
「私ならいいんです! なぜなら私は委員長だからです!」
「そんなに偉くねぇよ委員長! せいぜいクラスのトップだわ!」
「麻婆豆腐………………からい」
「だろうな! あんたの試みがおかしいんだよ!」
「私、失敗しました」
「だろうな!」
「失敗した失敗した失敗した………………」
「やめて! 懐かしいから! そして今の世代わかんないから! そのネタ古い!」
「私は失敗してしまったんだよ、どうしよう神崎くん! よし! 死のう!」
「早まるな! わかったよ! じゃあ俺が麻婆豆腐丼食べるの手伝ってやるから!」
「いいですよ! なにどさくさに紛れて人のもの食べようとしてるんですか!?」
くっ、バレてしまったか。
まぁバレたらバレたでしょうがないな。
「俺だってお腹空きましたよ」
「じゃあ私が購買行ってるタイミングで、なにか食べればよかったじゃないですか。購買だって行けたはずだし!」
た、たしかに……………………あんた天才か!?
「なるほど、たしかに一理ありますね」
「神崎くんがバカです!」
「るっせぇ! 麻婆豆腐では磨いてる女子よりはバカじゃねーわ!」
「なっ――! たしかに! たしかにそうですね神崎くん!」
「納得した!? この人納得したぞ!」
「私が間違ってたんです。神崎くんは正しい。ケドCさんは私のことを正しくないと言います。間違ってるのは誰でしょうか」
「あんただよ! 全面的に間違ってるのあんただよ!」
「う、うわっ! 神崎くんにこんな難しい問題が解けるなんて!」
「あんたバカにしすぎてんだよ俺のこと! とける! 幼稚園児でもとける! 麻婆豆腐で歯を磨く女子高生はどう考えても間違っている!」
「すごい、ラノベのタイトルみたいだね!」
「ぜってぇ売れねぇよ! 誰に売れるんだよ!」
「私!」
「いらん! あんた自作自演じゃねぇか!」
「人生の主人公は、私一人しかいないんですよ!」
「なんかやかましいこと言い出したぞこの人! 面倒くさいこと言い出した! 誰か助けて下さい!」
「ど、どうしたの神崎くん! なにかお困りごとかな!?」
「環奈! 助けてくれ! この人おかしいんだ! 麻婆豆腐で歯を磨きだしたんだ!」
「変じゃないよ神崎くん! さっきから変なことを言ってるのは神崎くんだよ!」
「俺が間違ってんの!? え!? 麻婆豆腐で歯を磨くのは、一般的なんですか!?」
「知らなかったんですか神崎くん。一般的ですよ」
「嘘つけ! 絶対嘘だ!」
「嘘じゃないよ神崎くん! 麻婆豆腐で歯を磨くのは、日本人ならではの風習なんだよ!」
「そうなの!? え!? そうなの!? 初耳! 俺が間違ってたってことなの!?」
「まったく神崎くんは無知ですね! そそそそそそんなの常識じゃないですか!」
「そそそそそうだよ神崎くん! 麻婆豆腐は歯を磨くためにあるんだよ!」
「むりに合わせようとしなくていいから! 環奈! お前むりに合わせようとしなくていいから! 頼む! お前はおしとやかキャラであってくれ!」
「む! 神崎くんそれは失敬だね! 私だって、暴走するときはあるんだからね!」
「怒られた!? 俺はなぜか怒られた!?」
「私はこう見えても、変人なのだよ!」
「知らん! いい! おまえはまともであってほしかった! 一番まともであって欲しかった! 違う! お前が一番の変人なのかも知れない!」
「まぁまぁ神崎くん。分かってくれればいいんですよ。麻婆豆腐は歯を磨くためにあるんですからね!」
「冷静に聞き返してみると、あんた怒られるぞ! 中華料理屋からバッシング受けるぞ、マジで! あんたそれでもいいのか!?」
「怒られないですよ! だって中華料理屋の主人は、みんな優しいですから!」
「わからない! それに至っては、わからない! データがここにあるわけではないから、わからない!」
「ところで神崎くんは、歯磨き粉を食べる系女子ってどう思いますか!? これもう流行っちゃいますよね!」
「流行らない! 絶対流行らない! どんな確信!? そんな確信持ってる人初めて見た!」
「私! 将来は食用歯磨き粉の生産に携わりたいです!」
「潰れる! そんな会社あったら絶対潰れる!」
「潰れません! 私の代でめちゃくちゃ大きくしてやります!」
「絶対むりだから! 保証してやる!」
「あはは! さっきから聞いてるとめっちゃ面白いね! なになに? 歯磨き粉食べる系女子?」
なんか夏美が参入してきた。参入してこなくてもいいのに。
「私、思うんですよ。歯磨き粉食べられたら、夢みたいじゃないですか?」
「悪夢! 悪夢だよ委員長! 俺はそんな悪夢見たくない!」
「もう、神崎くん! 人の夢バカにしちゃ、めっ、だよ!」
「怒られた!? 俺怒られたの!? え!? マジ!? 俺怒られるようなこと言ったかな――ァ!?」
「神崎くんは歯磨き粉食べたことないん?」
「あるわけねーだろ! え!? あるの!? 夏美はあるの!?」
「ないよ」
「ねーのかよ! 今一瞬あること期待したわ!」
「飲み込んじゃったことはあるけどね」
「まぁそりゃある! 事故ならある! ケド最初から食用にする人は滅多にいない!」
「ケド私は歯磨き粉、好きだよ! 特にチョコ味!」
「チョコ!? チョコ味あんの!? すまん! 初耳だ!」
「チョコ味めっちゃうまいから! 飲み込んじゃってもまぁ仕方ないかな、って感じ!」
「そうなんだ! チョコ味あるんだ! なにそれ俺使ってみたい!」
「じゃあ今度学校に持ってきてあげる!」
「マジ! 頼むわ! 俺見たことない! 子供用とかそんな感じ?」
「あー、そんな感じ。ってか子供用の歯磨き粉って、なんであんなにおいしそうな味なんだろうね?」
「たしかに! それについては賛同できる! 味付いてる奴ね! わかる! めっちゃわかる!」
「ところで神崎くんは、どんな歯磨き粉使ってるの?」
「俺か? いやべつにふつうのミント味の歯磨き粉だぞ!」
「だよね! めっちゃミントのニオイする!」
「ちょっと待って! なんかいやだ! 俺の匂い!? 俺口からミントの香り漂わせてたの!? 嬉しいのか嬉しくないのかわかんない!」
「めっちゃミント! もうベリーベリーミント!」
「いやだ! そんな匂いしてんのいやだ! 無臭が理想!」
「神崎くんの匂い、嫌いじゃないぜ!」
「なんか複雑! そういう表現、めっちゃ複雑!」
「神崎くん、おだちん頂戴?」
「なぜ!? 話の流れ考えろ!」
「私、歯磨き粉界に行きたい気分!」
「どこだ! もうお願いだから歯磨き粉から離れて!」
俺はいつものようにため息をついた。つかれた。ちょっと水筒のお茶飲んでいいかな。
「なぁなぁ、私はストロベリー味の歯磨き粉使ってるぞ!」
「だから何だってんだ……。お前まで歯磨き粉談義に参加したいのか、エリカ」
「なんならお前をすり潰して歯磨き粉にしてやってもいいぞ!」
「こえーよ! 発想が怖い!」
「お前は人間味の歯磨き粉だな!」
「誰使うの!? いったいそれは、誰が使うの!?」
「私だ」
「お前かよ! っていうか、絶対ぐちゃぐちゃになるわ!」
「猟奇的だな。ケド、実用的でもある」
「使えない! 磨けないから! 逆になんかこびりつく!」
「じゃあ骨粉を使うってのはどうだ!?」
「ありえそう! なんか古代エジプトの人とかやってそう!」
「名案だろう! 褒めてくれ!」
「褒めねーよ! それくらいで褒めて貰えると思うな!」
「しかし私は名案を生み出す天才だな!」
「名案じゃねぇ! 駄案だ!」
「名案クリエイターと言ってくれ」
「あーわかったわかった、名案クリエイター」
「なぁなぁ伊織、ついでだから歯磨き粉の他の有用な使い方について考えてみないか?」
「歯磨き粉の有用な使い方は、歯磨き以外にないの」
「そんなことはないと思いますよー。研磨剤は言ってるので、石とか磨くのに重宝するみたいです」
「く、詳しいですね委員長……。けどたしかに、磨くのには使えるかも」
「だろう! だから私は、体に塗りたくって輝かしい体を得る!」
「期待しない!」
「な、なななななんだと伊織! お前失礼だぞ!」
「いや! 研磨剤使って体磨く女子って、ドン引きだわ!」
「ドン引きじゃないぞ! 私は私なりに努力しようというのだ!」
「方向性! 努力の方向性が間違っている!」
「そ、そんな………………。これで伊織が振り向いてくれると思ったのに……」
「よけい振り向かねぇよ………………」
そんな女子、見たくない。
体に歯磨き粉塗ってる女子だぜ?
ど、どんなプレイだよ……。
なんか逆に興味湧いてきたわ。
「歯磨き粉プレイで伊織を夢中にさせてみせるぞ!」
「いらんわ! 俺はもうちょっと正統派な方が好みだわ!」
「な、何だと伊織!? まさか………………まさかべつの女性と………………!」
「そんなわけないじゃないですかぁ。この神崎くんが、ですよ。まともに考えればわかることじゃないですかぁ」
「そ、それもそうだな! 私の考えすぎだったようだ」
「おいィ! テメーらなに勝手に納得してんだよ! 俺にだってな! ピンク色の思い出の、ひとつやふたつくらい――――――――ないな」
「ほらやっぱりないんだろ? いやぁ、そうだよな。この伊織に、まさかそんなイベントが起こるわけないモンな!」
「はっきり言うんじゃねーよ! ショックだわ! 俺だってショック受けるんだぞ!」
「私はとんだバカだったよ」
「なんて言われよう! 俺そんなに女子とは無縁だと思われてんの!?」
「一生無縁だと思ってるぞ!」
「ひどい! ひどすぎるぞ!」
「私以外はな」
「助けて! 俺は地獄を見ている!」
「な! 伊織! 地獄とは何だ! わ、私の豊満なバディは、好きではないというのか!」
「そういうことを言ってるんじゃねーよ!」
と、ここで例によって例のごとく、チャイムが鳴った。俺たちの会話は自然と終了である。
「まったく、今日も疲れたぜ」
「でも私は楽しかったですよ!」
「そりゃ委員長はね。言いたいこと喋ってただけですもんね、あなた」
「そそそ、そんなことないよ! 歯磨き粉くんとランデブーの話以外は」
「認めちゃうのかよ……」
おれはため息をついた。まったくもう、この人達はなんて面倒くさいんだ。
だがまぁ、その面倒くささが愛おしかったりする。