第十話
大通りに出る。
人が多い場所はどうにも好きになれない。これは『殺し屋』である事には関係無く、自分のもともとの性格だろう。ミカエルは微かに笑って通りを歩く。周囲にはさっきと同じようなブティックを始め、沢山の店が並んでいる。ミカエルはそれらの店をのんびりと見て歩いた。無論、あくまでもそういう『ふり』をしているだけだ。少なくとも今の自分は、のんびりとウインドウショッピングを楽しむ高校生に見えているだろう。もちろんそんなつもりは無い。だがこの街で……
そしてこの国で、不審がられずに動くにはそれが一番良いだろう。
ミカエルは思いながら、表情だけは楽しそうに。
感覚だけは鋭く研ぎ澄ましながら、通りをゆっくりとした足取りで歩いて行く。
尾行けられている。
そのことに気づいたのは、大通りを歩いて少ししてからだ。
先ほど思い出した通り。自分は恐らくかつての仲間達に、何をされたのかは知らないが何かをされ、そして生き残った。だがその代わりに記憶を失った。
そんな自分を仲間達が放っておくはずが無い。少なくとも自分を攻撃したのが仲間達である以上、きっとこのままでは済まない。必ず何かを仕掛けて来る。
だからこそこうして……ぼんやりと街を歩いていた。
すぐに反応があった。つまりは仲間達に見つかったのは思いがけない幸運だった。
さて……
これから何処に行こうか?
ぼんやりと頭の中で考える。
「……っ」
そこまで考えた時、微かに頭が痛んだ。またしても記憶が……
何かが、思い出せそうな気がする。
ぼんやりと浮かんできたのは……白い大きめのビル。
これは、ホテルか……まるで意図したようなタイミングで思い出せたのは、この街で『仕事』をする為に来てから泊まっているホテル。
その場所は……
顔をゆっくりと上げる。
この通りの先だ。ミカエルは軽く笑う。少しだけ楽しい気分になる。誰なのか、どんな奴か、その辺りはまだ思い出せないが、これから自分を尾行している相手が何をしようとしているのかはだいたいの想像がつく。
どんな相手と……
どんな風に、命を削り合うやりとりが出来るのか。
それを想像するだけで、にやつきが押さえられない。
後は……
どうやって殺るか。
ふふ、と。
ミカエルは笑っていた。
やがてホテルに到着する。
数人の宿泊客がロビーで手続きをしている。ミカエルはあくまでもそんな宿泊客の一人を装いながら、カウンターの前に並んだ。宿泊客に紛れるにしては、泊まりの荷物も何も持っていないのは怪しいかも知れないが、これは仕方が無い。
後は金だが……
それもどうやら問題は無いらしい。ミカエルはそう思って軽く笑う。
うぃぃ、ん……と。
ホテルのロビーの自動ドアが開いた。
「もー」
声がする。
少しだけ怒ったような、甲高い少女の声。
「久しぶりの旅行だからって、お姉ちゃんはしゃぎすぎだよー、早すぎるー」
そう言ってガラガラとキャリーケースを引きずってくる音。
ミカエルはゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、一人の少女。
中学生くらいだろうか? 腰まで伸ばした長い髪、白い肌、自分と少しだけ似ている雰囲気の少女だ。
小柄な……ミカエルの腰くらいしか無い身体を、ゴスロリ、というのだろうか? 黒いドレスのような服装に身を包んでいる。くりくりとした大きな瞳が愛らしい少女、確かに自分と並べば、どう見ても姉と妹だろう。ミカエルは頷いて、彼女の言葉に従う事にした。
「貴方が遅すぎるのよ、久しぶりに旅行に来たからって、一メートルも真っ直ぐ歩かないであっちこっちのお店に入ろうとして、もうチェックインの時間過ぎてるのに」
「だからって置いてけぼりにする事はないでしょー? こんなに大きな荷物抱えてるんだし、それに……」
少女は自分の後ろに並びながら、少しだけ意地悪く笑う。
「私がいなかったら、お金とかどうやって払うのかなー?」
その言葉に、ミカエルはむ、と言い淀んだ様子を見せた。
「ふふーんだ」
少女は勝ち誇ったように胸を張る。
「あらあら」
声がする。列の前の方に並んでいた白髪の女性が、楽しそうに笑ってこちらを見ていた。
「妹さんの勝ちみたいねー」
「……す すみません、五月蠅くしてしまって」
ミカエルは恥ずかしそうに女性に頭を下げ、隣にいる少女の頭をそっと掴んで下げさせる。
「ほら、貴方もちゃんとごめんなさいしなさい」
「はーい、ごめんなさい、おばあちゃん」
少女は楽しそうに言う。
「……良いのよ、なんだか安心できたわ」
女性はどこか……
何処か、寂しそうな口調で言う。
「お一人で、ご旅行ですか?」
ミカエルは女性に問いかけた。
「ええ……ちょっと、大切な人との思い出の場所にね」
それがどういう人間なのかは解らない。
だけど……ミカエルはじっとその女性を見る。大切な人との思い出の場所。
その言葉はなんだか……
なんだか、ミカエルにとって……
とても、意味のある言葉に思えた。




