第2話 『突然の訪問者②』
お読みいただきありがとうございます。
「もう本当にダリアは紛らわしいんだから!」
「すいません~~!」
ダリアには本当驚かされた……。よく考えたら、あの厳格なお母様が無理に部屋まで来るはずがないものね。
「お嬢様、とにかく今はご支度のほうを」
ひとしきり驚いた後、ディアスがそう急かしてきた。
「ええ、そうするわ。ダリア、準備して頂戴」
「え?どういうことですか?」
そういえば、まだダリアはお母様が来たことを知らないのね。ディアスが、お母様が来たことと、すぐに私に会いたいと言っていることをダリアに伝える。
「えぇ~~~!?当主様がここに!?」
先ほどの私と同じような反応をするダリア。6年も来たことがなかった当主がここに来るとなると、そりゃあ驚くだろう。
「レジーナお嬢様、少々お待ちください!今、お着替えを持ってきますわ!」
そう言ってダリアはまた部屋を飛び出していった。相変わらず彼女は騒がしい。するとディアスも、
「では私は当主様のお相手をさせて頂きますので、お嬢様もお早めに応接室のほうにいらっしゃってください」
と言って、部屋を出ていってしまった。
突然部屋に一人で取り残され、お母様と会わなければならないという重く苦しい現実が一気にのしかかってきた。8歳の頃から出会っておらず、私のことを嫌っている母親と、一体どんな顔をして会えばいいのだろう。6年間ため込んだ私の寂しさと憎悪がぐるぐると私の中を巡っているのを感じる。彼女はまだ私の髪のことが嫌いなのだろうか。それとも、すでにお父様の死を乗り越えているのだろうか。
そんな甘い考えが浮かんだが、すぐに打ち消す。もし、本当にお父様の死を乗り越え、私を嫌っていなかったのだとしたら、もっと早く迎えに来てくれたらいいし、まず手紙を送ってくるだろう。
でも、それでも、もしかしたら、と思うことは止められなかった。高等な教育を受け、大人ぶってはいるものの、所詮私は14歳の少女なのだということを改めて痛感する。それに、普通の子供なら家族の愛を一身に受けているはずの年齢を、使用人たちと静かに暮らしていたのだ。期待してもいいだろう、そんな風に自分を納得させる。
「どうして……」
その言葉だけが口から漏れた。
どうして、今になって。どうして、私だけ。どうして、どうして。
言葉にならない思いが、さらに加速して私の中を駆け巡る。目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとしてきた。
嫌だ。こんなことで泣きたくないのに。ここで泣いたら、6年間の我慢が、私の誇りが、無駄になるような、失われるような、そんな気がして。
「レジーナお嬢様、お着替えをご用意いたしましたわ」
いつの間にかダリアが部屋に入ってきていて、泣きそうな私に優しく声をかけてくれた。でも、私は振り返ることも、返事をすることもできず、ダリアに背を向けてただ肩を揺らしていた。
そんな私をダリアは後ろから抱きしめて、
「大丈夫ですよ、お嬢様。私たちがいますから。このお屋敷の皆さんは、みーんなお嬢様の味方ですよ」
そう言ってくれた。
私はそれが嬉しくて、でもそんな彼らを誰一人心の奥底から信用できない私に腹が立って、また目頭が熱くなる。
「ほら、お嬢様!お着替えいたしましょう。今日はお嬢様のきれいな銀髪によく似合うドレスをご用意いたしましたのよ!」
「ええ、ありがとうダリア。急がなくちゃね。お母様をこれ以上待たせるわけにはいかないわ」
ダリアにも言った通り、いつまでもお母様を待たせるわけにはいかない。連絡もなくいらっしゃったことを見るに、本当に急を要するのだろう。少しだけ溢れた涙を拭いて、着替えに取り掛かる。
「お着替え終わりましたら、次はお化粧ですのよ!今日はいつもに増して最強のお嬢様にして見せます!これでお嬢様の向かうところ敵無しですわ!」
おー!と声が出そうなほどやる気のあるダリアを無視しながら、黙々と着替える。暑苦しいダリアだけど、彼女のおかげでお母様と相対する勇気が湧いてきた。
「さあ、行くわよダリア」
「はい!お嬢様」
着替えも化粧も終わり、完全な戦闘態勢になった私とダリアは、満を持してお母様の待つ応接室へと向かう。
応接室までの道のりの一歩一歩で、嫌な記憶や苦しい感情が湧き上がってくるのを抑えながら、やっとの思いで目的地の前にたどり着いた。
一度、大きく深呼吸をする。
久しぶりに会う母親の前で、私は平静を保っていられるのだろうか。そんな不安を息とともに吐き出す。
――コンコン
応接室の扉をノックした。
少し時間が経ってから、
「お嬢様、お入りください」
と、ディアスの声が聞こえてきた。
久しぶりに会う家族なんだから、ノックへの返事位してくれてもよいのではないかと考えながら、応接室のドアを開ける。
するとそこには、黒に少し赤の混じった髪を一つ結びにして降ろし、凛とした表情でこちらを見ているお母様、スティラ・アザールその人が座っていた。先に部屋にいたディアスは、私が座る予定の、お母様と対面の椅子の後ろに立っている。彼には珍しい、緊張した面持ちだ。今日だけで彼のレアな瞬間を二度も見てしまった。
そんなことを考えていると、お母様は私を見て嫌そうに目を細めた。
やっぱり、まだお父様のことは乗り越えていないみたいね。
そう思うと、もしかしたら、なんて考えていた自分が途端に馬鹿馬鹿しくなり、いつものお嬢様を演じることができるようになった。
「お久しぶりです、お母様」
「嗚呼」
予想していた通りの最低限の返事にうんざりする。お母様が私を見る目を見た時点で、私のことが未だ嫌いなことは気づいていたけれど、もう少し何かあってもいいのではないだろうか。元気だったか、とか、成長したな、とか。
6年経って、私は身長が随分と伸びたけれど、お母様は全く変わっていなかった。髪と肌の艶も全く失われておらず、それが逆にお母様の不気味さを際立たせていた。この前ディアスから聞いた話によると、今でも戦場を駆けまわっているらしい。公爵家の当主がそれでいいのだろうか。
「6年も経って、今更何用ですか」
私は、思いっきり嫌味を含めてお母様にそう言った。
するとお母様は、きっぱりと開かれた目をこちらに向け、瞬きもしないままに口を開いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
予定よりずいぶんと投稿が遅れてしまいました、申し訳ございません。
よろしければ、いいね、評価、感想、誤字脱字報告など、お願いいたします。